芝浦工業大学の志手教授と、CONCORE’Sの中島CEOにインタビュー
日本建築学会の著作賞を受賞したばかりの芝浦工業大学建築学部建築学科教授・志手一哉氏と、同氏がアドバイザー役を務めているCONCORE’S株式会社・中島貴春代表取締役CEOの両名に、建築現場のあるべき未来像や、現在の建築現場におけるムダな点などについてお話を伺った。
祝「日本建築学会著作賞」受賞!
施工の神様(以下、施工):先日、志手教授ら6名による編書『建築ものづくり論–Architecture as “Architecture”』が日本建築学会著作賞を受賞しました。これは建築学と経営学の融合という試みが認められ、建築学の研究に大きな一石を投じたように思いますが、いかがでしょうか?
志手一哉教授(以下、志手):経営学や経済学の専門家と、われわれ建築の専門家が一緒になって研究したことは、おそらく今回が初めての取り組みだったと思います。そのため、この書籍を上梓した当初は、「異端」として受け止められるのではないかと不安でしたが、日本建築学会著作賞を頂戴できたことで「新しい風」として認知されたのではないかと、たいへん光栄に思っています。
同書の完成までには約10年間かかりました。ご一読いただければ、これまでの建築業の慣習を脱却する新しい経営手法や生産性向上のヒントが得られると思います。
施工:もはや建築は、単なる施工の側面からだけではなく、経済学も経営学も融合しなければ語れない時代に突入し、建設業界は大きな変革期を迎えています。そういう意味では、志手教授が社外アドバイザーを務めているCONCORE’S株式会社も、建築業界に「新しい風」を吹き込む存在ではないでしょうか?
中島貴春代表取締役(以下、中島):私たちCONCORE’Sが提供している建設業向けの写真共有アプリ「Photoruction(フォトラクション)」は、建設現場で日々大量に撮影される「工事写真」の効率化を担うサービスです。スマートフォンのカメラで工事写真を撮影し、クラウド上で管理・共有できます。
フォトラクションを導入した現場では、ローカルの閉じたシステムで写真管理をした場合よりも、作業効率が約40%アップするという報告があります。現在の多くの建築現場では、まだドッチファイルのようなアナログ管理が一般的なので、建築現場の効率化の観点から芳しくないと思っています。
建築施工の写真管理アプリ「Photoruction(フォトラクション)」が目指すものとは?
施工:中島CEOは竹中工務店に勤務後、2016年3月にCONCORE’S株式会社を立ち上げたわけですが、竹中工務店時代から写真管理の業務は非効率的だとお感じでしたか?
中島:竹中工務店では大規模建築の設計や現場監督を経験しましたが、やはり建築現場の写真管理は不効率だと常々感じていました。昼は現場で、夜は写真管理という日々で、残業時間も多く辛かった思い出があります。ただ、その一方で、ITテクノロジーを活用すれば、建築現場の生産性が向上する余地は十分にあると考えていました。
施工:どのような経緯で起業に至ったのでしょう?
中島:私は芝浦工業大学で建設工学の中でも、BIMなどIT寄りの研究をしていたので、竹中工務店に入社後も、週末に趣味もかねてプログラミング学校に通っていました。その学校では、学生たちが開発した技術を投資家などに披露する「デモデー」という発表会があり、そこで今のフォトラクションの原型となる技術が評価されました。
せっかくのチャンスなので起業を決意しました。一企業の生産性向上ではなく、建設業全体の役に立ちたいという気概を持っています。
施工:社外アドバイザーに就任した志手教授と中島CEOは、芝浦工業大学時代の先生と生徒という関係なのでしょうか?
中島:実は、私は別の先生から指導を受けていました。私が竹中工務店に入社した際に、志手教授が竹中工務店から芝浦工業大学に移ったため、芝浦工業大学でも竹中工務店でもすれ違いで、上司と部下の関係でもありませんでした。しかし、志手教授が幹事を務めている日本建築学会「建築社会システム委員会」の小委員会を手伝っていたので、おつきあい自体は長いです。
施工:社外アドバイザーに志手教授、そして技術顧問には、IT業界で有名な藤川真一氏(通称:えふしん)が就任し、たいへん豪華な顔ぶれでCONCORE’Sへの期待感は高いです。志手先生は、フォトラクションの将来性、可能性について、どうお考えですか?
志手:現場の写真をクラウド上で関係者が共有するためには、セキュリティーの強化が必須です。それを前提とした上で、写真を共有したそれぞれの現場関係者がLINE会議のように、サクサクと即座に意見交換できるようなプラットフォームに成長することを思い描いています。そうなれば、単なる写真管理業務の生産性向上にとどまらず、現場での意思決定にも寄与できる建設現場のプラットフォームへと利用範囲も拡大していくと思います。
中島:そもそも写真管理からサービスの提供をスタートした理由は、無料有料を問わず写真管理ソフトは市場が形成されているので、ニーズはあるだろうと思ったからです。今後はさらに建設現場全体の効率化のため、対象となる業務範囲を増やしていく方針です。現場の情報を見える化し、生産過程の情報を活用し、リアルタイムでの共有化を目指します。そのためにも、建築に精通した志手教授のアドバイスは心強いです。
建築現場のここがムダ!
施工:お二人とも竹中工務店の社員として建築現場を経験されていますが、写真管理のほかにも、建築現場でここが非効率だと思われる点はありますか?
志手:設計と施工が明確に分かれることにより、ムダなバリューエンジニアリング(VE)が多すぎるのではないかと思います。本来、VEは、施工段階ではなく、設計段階で考えるべきものです。施工段階でのVE提案によって設計変更・再調整を余儀なくされると、そこに大きな手間がかかり、全体として建築の生産性を下げていると考えられます。川上からもっとVE提案を取り入れて合理的な設計を行うべきです。
施工:VEは本来、建物の機能や価値を下げずにより良い提案をもって価格を下げる画期的な手法でしたが、一方で施工段階のVE提案は弊害もあるということですね。中島CEOはいかがですか?
中島:建設業の仕事は、お客様の要望にあった品質の良い建物を工期通りに施工することです。極端な話それ以外の行為は、すべてムダかなと感じます。具体的には、図面や写真の管理などをいくら一生懸命やっても、この仕事はここまで頑張る意味があるのかと(笑)。もちろん必要なことではありますが、もっと労力を注ぐべきことが他にあるはずです。
志手:特に日本のゼネコンは、必要以上の擦り合わせを行っている気がします。本当にそれが必要なのか、再考する時に来ていると思います。
施工:志手教授の専門であるBIM関連でも、生産性向上に関する課題はありますか?
志手:現在の一般競争入札は、価格で受注者を決定することが多いですが、BIMによって「悪かろう安かろう」の設計や施工を防ぐことができます。基本設計の段階で、きちんと材料・部材の情報を入れてライフサイクルの観点でコストを評価して、設計前から完成後の維持管理までを通じて、建物の価値を高めていくことも可能です。
BIMは様々な可能性を秘めていますが、やはり課題もあります。今後の一番の課題はビジネスとどうリンクさせるかです。例えば、ビルメンテナンス会社のビジネスは、建物を掃除してキレイにすることだけではありません。彼らの存在意義は、建物を所有する企業が来年度の予算を組むときに、限られた予算でどこの維持管理を効率的に行なえば、建物の価値を保全できるかを提案するという点に尽きます。そういうビジネス的な観点から、BIMとファシティリー・マネジメント(FM)を連携していく必要があります。
こちらの図は私の研究室(建築生産マネジメント研究室)で、建築生産システムを説明するために作成したものです。横軸はプロジェクトを意味し、単一の建物軸。斜めは不動産、サプライ・チェーン・マネジメント、維持管理などのビジネス軸とどこに接点があるのかを表しています。BIMは、両軸に属しています。この図を見ると、研究室の学生たちも自分の研究が、建設産業のどこに体系づけられているか一目で分かります。
施工:志手教授は、人手不足が深刻な建設業界に、優秀な人材を送り込むという重要な役割も担っていますが、学生を指導する上で意識していることはありますか?
志手:大学教育ではプロジェクトマネジメントのあり方、大学院では、今の時勢に合ったFMやプライベート・ファイナンス・イニシアティブ(PFI)について授業をしています。
大学1、2年生のうちは、BIMについて詳しく言及しません。最初は、地に足をついた建築の基礎知識を学び、それからBIMを教えるようにしています。一方、建築生産の全体像については、早い段階から知ってもらおうと心掛けています。そうすることで、例えば大学1年生のときから、設計以外の分野があることを知っていれば、建設業界に広い視野で興味を持つことができます。
また、大学で教える必要がなく、就職後の企業で学べば十分なことも多くあります。たとえば、細かな基準や規則については、業務で必要な時に学べば良いことです。教育の適材適所を意識しています。
施工:竹中工務店で学んだことを学生に伝えることもありますか?
志手:よく話すエピソードが2つあります。両方とも、図書館の増築工事での経験です。現場事務所で躯体図を作成していると、上司から「現場を見に行け」と言われて現場に行くのですが、型枠大工の職長からは「お前は現場に来るよりも間違いのない躯体図を描け。図面がきっちり書いてあれば多少のことは施工で何とかしてやる。」と叱られました。もう1つは、2階に計画された閉架書庫の躯体工事で枠組み支保工の図面を作成したのですが、私の不注意で、支保工をスムーズに解体できませんでした。鳶工の親方に怒鳴られるのを覚悟しましたが、彼は私ではなく、自身の部下の職長を怒りました。「コイツの図面が間違っているのを、お前が発見しなければダメじゃないか!」と。私は型枠大工や鳶工のプロ意識、そして若手の現場監督に求められるプロ意識を学び、図面で勝負できない現場監督はダメだと思い知らされました。これからの工事監督は、BIMで勝負するのかもしれませんね。
施工:中島CEOも印象に残っている建築現場での経験はありますか?
中島:私はBIM推進室に配属されたので、現場経験は入社したての最初のほうだけですが、突貫工事の現場で、建設現場の根幹はコミュニケーションであると実感しました。ある日、初めて話す職人さんに現場について質問したところ、「なんで元請けのお前に俺が教えなければいけないのか?」と叱られました。ところが休み時間にコーヒーをもって話しに行ったところ仲良くなり、色々と教えてもらいました。どんなにITが進化しても、現場は最終的には人と人とのつきあいが大切で、コミュニケーションこそが良い仕事に直結すると実感した経験です。その点は、現場の効率化を目指すフォトラクションの開発でも意識しています。
国の担い手確保政策に違和感。建設技能者の正社員化が必須
施工:最近、建設業の生産性向上と担い手確保は、セットで論じられることが多いです。建設業の人手不足、若手入職者の減少について、 志手先生はどうお考えですか?
志手:国交省を中心に、週休2日モデル工事の実施や、建設業の魅了をPRするなど、様々な対策がなされていますが、若手が入ってこない根本的な理由はそこではなく、多くの建設技能者が正社員ではないことにあると思います。
工業高校を卒業する生徒が就職活動をする場合は、会社に就職したいと思うのが一般的ではないでしょうか。しかし、建設技能者や職人を目指す場合、そこに存在するのは会社ではなく、一人親方や職人集団です。いくら週休2日制を叫んでも、就職先がないのでは、若年層に対する建設業の魅力向上にほとんど意味がありません。ここに世代間のギャップがあると思います。
建設業に魅力があるのかを問う前に、社会保障に加入するような当たり前の会社組織にすることが肝要です。そのためには、建設技能者を雇用すべき会社の利潤を確保するための生産性向上が必須条件となってきます。そういう合意形成を、専門工事会社を中心に、建設業界でしていかなければなりません。そうすれば、一般財団法人建設業振興基金が構築している「キャリアアップシステム」の重要性も、より増していくのではないかと思います。
施工:ありがとうございます。では最後に、今後の建築現場とIT技術の展望について、一言お願いします。
志手:ITは、大上段に構えなくとも、自然に現場に浸透していくことになるはずです。30〜40代の方々は入社時からWindows95を普通に使い、パソコンに対して抵抗がないのと同じです。
ある専門工事業者の職長は、自前でクラウドサーバーを契約し、職人たちと施工図をPDFで共有し、明日の作業内容をチェックしています。
近いうちに、大学でBIMを学んだ10年選手が普通に会社にいる時代がやってきます。BIMを使いこなす人材が課長になり、部長に昇格していけば、ITによって生産性が高まる時代は自然とやってくると思います。
中島:私は、AIやIoTなど流行りの技術の前に、デザインの革命が起きると予想しています。日本の業務システムは残念なことに諸外国と比べてデザインの部分で大きく遅れており、ユーザー側の使い勝手がよくありません。
例えば、ある建設会社の一担当者の要望をアプリ機能として実装したとしても、その担当者以外にとっては不要な機能である場合もあります。そのような機能が本当に必要なのか再考するときに来ています。
フォトラクションにおいても、導入現場の技術者・技能者からの意見を最大限に取り入れていますが、より使いやすいアプリとして成長するためには、それをそのまま実装するのではなく、全現場に共通した形に昇華していくことだと思っています。
施工:CONCORE’Sのさらなる進化によって、より便利で魅力的な時代がやってくると期待しています。ありがとうございました。
人材採用・企業PR・販促等を強力サポート!
「施工の神様」に取材してほしい企業・個人の方は、
こちらからお気軽にお問い合わせください。