「AIは人の代わりになる」建設業のAI待望論は正しいのか?
国土交通省は「ITを活用した建設現場の生産性の向上」を目指して、i-Construction施策に取り組んでいる。
日経BP社は「日経アーキテクチャ」と「日経コンストラクション」の読者を対象に、「インフラの建設や維持管理の領域において、今後、どのような先端技術を役立てたいのか」というアンケートを実施した。その結果を見ると、アンケート対象者の38.1%が、役立てたい先端技術としてAI(人工知能)をあげている。AI活用で期待する効果としては、75.9%の人が「時間短縮」と回答。次いで、人員の削減(64.6%)、コスト削減(59.5%)、技術者の業務軽減(54.4%)を期待するという結果が示された。
工事原価の約7割が労務費である建設業にとって、時間短縮=人員削減=業務低減=コスト削減を意味するため、1〜4位はほとんど同じことを言っていることになる。
つまり、建設業にとってのAIは、人の代わりになることを期待されていると読み取れる。
そもそもAIとはどのような技術なのか?
このような結果は、私の予想に反しなかった。なぜなら、AIという言葉のイメージが過大評価されているのは、建設業に限らないからだ。
AIと聞くとドラえもんやスターウォーズのC-3POのような、意思を持って自立した判断を行う人型ロボットを想像する人も多い。あるいは人間の存在を脅かす脅威的な存在と思う人もいるかもしれない。たしかにターミネーターやアイロボットなどの映画に登場するAIは、お世辞にも人に優しい存在とは言えない。
しかし、現在のAIはまだそのようなレベルにまで達していない、というより、全く似ても似つかない存在である。この意味から私は、建設業がAIに対して抱く過剰なまでの期待に、ある種の危惧を表したいと思っている。
現在AIと呼ばれているものの多くは、「人間が知能を使ってすることを機械にさせる」ということである。建設業のAI活用の事例から、この仕組みを説明しよう。
建設業のAI活用事例 大林組の内装工事
大林組はAIを利用した内装工事の進捗度合いを判定する技術を開発し、現在試運転中だ。内装を写真撮影し、同技術研究所に送信すると、AIが写真を見て施工途中か、施工済みかを判断し、時間が経過する毎に、どれくらいの進捗があったかを自動算出する。
この仕組みは機械学習というAIの学習手法を取り入れた仕組みだ。機械学習とは大量のデータを解析し、その中で見出されたパターンをコンピュータが学習するもの。ここでいう大量のデータとは写真である。
あらかじめ内装工事の工程毎の写真を大量に撮影し、それをAIに解析させる。するとAIはこれらの写真の中から各工程に見られる独自のパターンを見出す。そして見出したパターンを新たな写真の判断に利用することで、この写真が工程のどの時点なのかを判断できるようになる。
この技術が完成すれば、これまで人がひとつひとつチェックしていた内装の細かな仕上がりを、AIに任せることができるようになる。また撮影をドローンやロボットにさせれば、人が写真を撮影する手間もなくなり、内装仕上がり検査の無人化が可能になる。
建設業のAI活用事例 清水建設のシールドマシーン
清水建設はトンネル掘削におけるシールドマシーンのオペレーションを、AIに委ねる技術開発を進めている。これまでシールドマシーンの操作は熟練のオペレーターが行っていた。シールドマシーンは地中を掘削するための刃を持った建機であり、オペレーターはシールドマシーンの背後にある運転室から遠隔操作を行う。掘削する場合、掘削のスピードと掘削によって生じる土量の排出スピード、地質のやわらかさや土砂の圧力を考慮しながら操作する。
一歩間違えれば、土砂が崩れるなどの災害に繋がることから、熟練者が必要とされてきたオペレーションのシステムをAIが支援しようとしている。
清水建設の取り組みでは、まず熟練者に掘削を行ってもらい、それらをデータ化する。運転時間やスピードなど様々な要素をデータとして取り込み、さらに操作を行った地点での地質データなども加え、熟練オペレーターがどのようなタイミングでどのような行動を起こすのかをAIに解析させる。AIが見出すパターンは熟練者が経験を通じて体で覚えてきた感覚そのものである。この感覚を利用し、経験の浅いオペレーターでも熟練の技を真似できるようAIがサポートする。
似たような事例だが、大成建設は、道路工事などで地面を押し固める振動ローラーの運転をAIに委ねる技術開発を進めている。熟練オペレーターの運転技術を機械学習し、AIによる振動ローラーの無人運転を目指している。2019年度には道路工事で実証実験を行う予定だ。
AIは万能ではない。人間の想像力には及ばない。
このような技術開発がなされている現在を鑑みると、今まで人間が手を動かしてきた作業はAIやロボットに取って代わられるようにも思えてくる。実際、大手ゼネコンをはじめとした建設会社がこのような技術開発を行う背景には、人材不足を補い、可能な限り無人化施工にしていきたいという思惑がある。
しかし、このような技術開発が行われているとはいえ、AIは万能ではない。AIは限られた範囲の限られた情報しか利用できない。AIは人間の思考とは全く異なる考え方をする。
一方、人間には知識欲があり、何か判断するときに情報が足りない場合、自らの意思で情報を集めることができる。しかしAIは人間が与えた情報以外に情報を求めることはない。
例えば、曇り空の中、コンクリ打設を行うか否か、というような判断をしなければならない場合、人間は様々な要素を考慮し、必要な情報をかき集める。降水確率、生コンの水分量、型枠の形や大きさ、以降の工程への影響などだ。
もし今コンクリートを打たなければ、致命的な損害を被る恐れがあるとする。工期が長引き、労務費や機材費用が予算を大きく圧迫するかもしれない。しかし一方で今コンクリを打設し、雨が降り出し、雨水が流入すれば必要な強度を保てないかもしれない。 このような時、AIならば機械的に判断を下せるだろう。工期延長に伴う費用と打ち直しの費用を勘案して、決断を下せるかもしれない。
しかし人間ならば徹底した雨養生の方法を検討するのではないだろうか。雨水の流入を防ぎ、品質に影響を与えることなく、工期通りに打設する方法を考え出すのではないだろうか。
ここが現在のAI技術と人間の能力の差である。人智は全く新しい発想を作り出す、未熟ながら、優れた才のことを指す。
判断を下すのは常に人間。想像力はAIを超越する。
AIは確かに将来有望な技術だ。AIが私たちの仕事を奪う日も遠いことではない。しかし忘れてはならないのは、人間には人の才が備わっているということだ。
AIは人間には扱うことができない大量のデータを解析することができる。そしてそこから新たな知識を生み出すこともできる。ただし新たな知識を利用し、社会に役立てるのは機械ではない。それは人の役目であり、人の使命だ。
私たち人間には、想像力という機械にはない力が備わっている。私たちの脳は思いのほか不完全で、時に想像力によって間違った決断や行動をすることもある。しかしこれまで人間が文明を切り開いてきたのは想像力の賜物である。AIが私たちの仕事を奪うなら、私たちは自らの想像力をより発揮して新たな仕事を生み出すしかない。この考え方こそ人が未来を作り出してきた原動力である。
これからAI以外にも様々なテクノロジーが建設現場にも導入されてくるだろう。しかしテクノロジーを生かすも殺すも人間のスキルである。決してテクノロジーだけで世の中が良くなることはない。それを正しく生かすことができるかは人の想像力にかかっている 。そして想像力を正しく発揮するためには正しいリーダーシップを持つ人間が必要だ。建設現場でその役割を担うのは現場監督や職長、職人一人ひとりではないだろうか。
冒頭のアンケート結果を見れば、現場監督は新たな技術の導入で状況が改善されると思い込んでいるのかもしれない。だがそれは違う。建設現場を変えていくのは、現場を担う監督の仕事だ。新たな技術を導入し、改善につなげていけるかどうかは、現場監督一人ひとりの自覚と行動にかかっている。このことを誇りに思い、現場監督という仕事に取り組んでほしいと私は思っている。その意識が薄れたときこそ、AIは人間の脅威として認識されるのかもしれない。
・人間の関与をできるだけ減らすべき業務
…・同じことの繰り返し
…・間違いが許されない数字(お金など)を扱う業務
・人間の時間や思考力を奪う業務
…・定型業務
…・割り込み業務(電話応対など)
「多くの思考が要求されるのが現場監督の業務である」という命題が真なのであれば、「上述のような業務を自動化し、人間が思考に使うことができる時間を増やす」というのが、建設業におけるAI導入の望ましい方向性なのでしょうね。
このような記事は、私の予想に反しなかった。なぜなら、AIが現在の能力で留まると考えているのは、記者に限らないからだ。