ル・コルビジェ弟子前川國男が設計し大林組が施工した東京都美術館

女性建設技術者の「草分け的存在」が告白する逆境・出産・仕事術とは?

建築仕上学会「女性ネットワークの会」のイベントに潜入取材

建設業界にも女性建設技術者が徐々に増え始めているのを実感する昨今、様々な地域、様々な技術領域において、女性技術者による団体が立ち上がっている。建築仕上学会でも2014年1月に企画事業委員会の下部組織として「女性ネットワークの会」が誕生した。

建築仕上学会「女性ネットワークの会」とは、仕上材料・建築施工分野の女性技術者たちが企業間の垣根を越えて集い、広く情報交換を行う場であると同時に、建築仕上技術の向上と、女性技術者が活躍できる職場環境の整備とに寄与する団体である。

そんな建築仕上学会「女性ネットワークの会」が主催する「第3回 講演会」が2016年7月22日、東京・上野で開かれた。会場となったのは、ユネスコ世界遺産の登録決定で賑っている国立西洋美術館の奥……にある東京都美術館。実はこの東京都美術館も、ル・コルビジェの弟子である前川國男が設計し、大林組が施工を担当した名建築である。

ユネスコ世界遺産の登録決定で賑う国立西洋美術館

講演会の司会進行役は、奥田章子さん(大林組)が担当。主な登壇者は、熊野康子さん(フジタ)、宮川理香さん(関西ペイント)、服部道江さん(大林組)とかなり豪華な顔ぶれだ。

会場には女性建設技術者だけでなく、建設業界への就職を目指している女子学生など約140名が集まった。女性建設技術者の上司や社内教育者など男性陣の姿も多くあった。

「女性ネットワークの会」の設立経緯と活動内容

最初に登壇したのは「女性ネットワークの会」の主査役を務める、株式会社フジタの熊野康子さん。「建設業界を引退する時、絶対に悔いが残らないように全力で働く」というアグレッシブな女性である。子育ても経験しており、なんとお孫さんもいるという。

以下、熊野さんが発表した同会の沿革と活動内容を、ざっと簡単にまとめてみる。

建築仕上学会「女性ネットワークの会」のメンバー(一部) 右から3人目が主査役の熊野康子さん (写真提供:ミドリ安全株式会社)

まずは「女性ネットワークの会」の設立経緯だが、同会は女性建設技術者を増やそうという国の取り組みと連動して設立した。

◎「女性ネットワークの会」設立経緯

  1. 国土交通省が平成26年を基準として、建設女性技術者と建設女性技能者の人数を、平成31年までに2倍に増やす方針を打ち出した。目標人数は、建設女性技術者2万人、建設女性技能者18万人である。
  2. 建築仕上の分野でも、女性技術者・女性技能者の増加が必要だが、設計職や研究開発職に比べると、施工・専門業の女性はさらに少数派である。
  3. 各企業内でも少数派であるため、職種や企業の枠を超えたネットワークを構築し、女性技術者の交流・育成・ケア、女子学生の建設業界への誘引を図る必要がある。

そこで建築仕上学会で「女性ネットワークの会」が発足したわけだ。

◎「女性ネットワークの会」活動内容

  1. 建築仕上学会誌「FINEX」連載スタート(2014年1月)
  2. 講演会(2014年5月、2015年6月、2016年7月)
  3. 現場見学会(2014年11月、2015年2月、2016年2月)
  4. 作業服座談会・作業服試着会(2015年11月、2016年1月)
  5. 論文発表(2015年10月)
  6. 建築再生展への出展(2016年6月)

以上は活動のほんの一部。

講演で熊野さんは、「女性ネットワークの会」が学生の意識調査として実施した「現場所長にしたい芸能人は?」というアンケート結果を発表した。興味深いアンケート結果だが、「現場所長にしたい芸能人」の第1位は松岡修造さんだったそうだ。第2位は男女で票が割れ、男性は明石家さんまさん、女性は池上彰さんを支持、第3位はイチローさんだったという。

……ということは、松岡修造さんや池上彰さんみたいな現場監督を増やせば、女性技術者は増えるということかもしれない(笑)

女性技術者の活躍は企業メリット大

2番目に登壇されたのは、関西ペイント株式会社の宮川理香さん。 大型建築物、プラント、医療福祉施設などの色彩設計を長年担当してきたCD研究所所長である。

宮川さんは、ご自身の結婚・出産体験や、社内アンケートの結果を交えて、女性技術者の子育てと仕事の両立について語った。

ざっくりまとめると……

◎女性技術者が妊娠後に直面する課題(関西ペイント)

  1. ペイント溶剤が身体に悪いのかも?
  2. 立ちっぱなし作業は流産しやすいかも?
  3. たまに24時間の実験業務もあるのかも?
  4. 研究所は都心から離れているので保育サービスの絶対量が少ない

こうした理由から、女性技術者は結婚・妊娠後、分析業務や特許関連業務への異動を希望するケースが多い。そのため、関西ペイントでは、どんな部署でも管理職を目指せる環境づくりを目指している。

出産後に関しても「育児と仕事の両立のために、仕事をセーブできる支援(育児休暇や時短勤務など)」だけでなく、「育児と仕事を両立しながら、仕事で成果を出せる支援」にも力を入れるなど、関西ペイントでは今後さらに女性の活躍が期待できそうだと感じた。

◎関西ペイントが女性技術者の活躍に期待する理由

  1. 女性活躍の度合いが、企業の評価、他社との差別化、人材確保につながる。
  2. グローバル化、多様性に対応するため、企業としての許容幅を拡げる必要性がある。
  3. 労働人口の減少に伴い、高スキル人材の確保が難しくなるため、社内人材の最大活用が必須である。

女性技術者が妊娠・子育てと仕事を両立させる方法

そして以下は、研究所の所長になった女性技術者・宮川さんが実際に行っていた、育児と仕事を両立させる方法である。

なかには、真似できないようなものもあるかもしれないが、若い女性技術者にとってはライフプランの設計に大変参考になると思う。

◎育児と仕事を両立させる方法

  1. 「早く戻ってきて」と言われるくらい成果を出してから出産する
  2. 育休中も上司や同僚と連絡を取り、仕事のことを忘れていないとアピールする
  3. 育休中も月報のときは、手土産げを持参し参加する
  4. 時短勤務の時期は、仕事の進捗は毎日上司に報告し、データの保管場所も共有する
  5. 会社のイベントに子供を連れて行き、かわいがってもらう(子供が風邪をひいたときなどに休みやすくなる)
  6. 自分の専門領域を持ち、仕事を楽しむ(積極的な姿勢は周囲の協力を得やすくなる)
  7. 掃除などの家事は専門業者に依頼し、生協の宅配を利用するなど、時間を有効活用する

宮川さんは「近い将来、きっと女性技術者の働きやすい時代が来る」と、会場にいる女性技術者の卵たちにエールを送った。女性の活躍を推進することは、企業としてもメリットが多い、というのが、とても印象的な講演であった。

大林組初の女性現場監督

次は、株式会社大林組・服部道江さんの登壇である。東京スカイツリー建設工事の副所長を勤め上げ、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012 リーダー部門」を受賞している服部さんは、女性建設技術者たちも憧れる特別の存在なのだ。

服部道江さんが建設業界に入ったのは、今よりももっと女性技術者が珍しかった時代だ。就職活動の際には、女性というだけで門前払いされたことも多かったという。「私が大林組に入社できたのは、女性だから給料が安くて済むという考えられたからでは?」と冗談めかして語る。それほど女性技術者としての道は険しかったのだ。

服部さんは大林組に入社後、図面描き、施工計画、現場監督、海外購買などを経て、現在は赤坂一丁目再開発工事事務所副所長を務めている(2016年7月)。大林組で初めての女性現場監督でもある(加須市文化センター建設工事)。

デキる女性現場監督の現場マネジメント術とは?

この日、服部道江さんは登壇するや否や、「今回の講演内容は、大林組には内緒にして頂きたい内容も多い」と話した。もちろん聴衆の心をつかむための一流のジョークである。会場は笑いに包まれ、聴衆はすぐにハートを掴まれてしまった。さすが現場監督の人心掌握術といったところである。

以下、服部さんの現場マネジメント術について、ざっくりまとめてみる。

  1. 現場で一緒に働く人をじっくり観察し、個々人の「帳尻合わせ」と「やりがい」を見抜く。
  2. 「帳尻合わせ」とは、個々人が内面で密かに行っている、仕事を口実にした損得勘定である。例えば「能力UP」「残業代」「達成感」「出世」など、仕事と引き換えに得ているものは人によって異なる。仕事よりも趣味を重視している人もいる。
  3. ときにはプレイベートも知らないと「帳尻合わせ」や「やりがい」を見抜けないこともあるため、とにかくコミュニケーションを大切にしなければならない。
  4. 現場の出来高を上げるために、個々人の「帳尻合わせ」と「やりがい」に合わせて、仕事を配分する。
  5. 最近の出世欲が薄い若者は、人参のぶら下げ方が難しい。
  6. 将来に起きる出来事をある程度想定して計画を立てる。部下が失恋して急に休暇を申請してきた事件があり、これは予測できなかった(笑)
  7. 会議では根回しが重要。会議は様々な意見を着地させる場であるから、事前にコミュニケーションを取って、外堀を埋めておく。
  8. ただし、酒の席で物事を決定する日本の慣習は止めるべきである。
  9. 女性を蔑視する男性がいても、性別の違いではなく、キャラクターの違いとして対応する。女性として反論してしまうと「飛んで火に入る夏の虫」である。

以上、建設現場をマネジメントするためには、コミュニケーションを活発化させる土壌作りが重要であることを再確認した講演だった。

若い女性技術者とオヤジたちへの提言

そして服部さんは講演の最後に、未来の女性建設技術者たちと、建設業界のオヤジたちに、次のような提言を発した。

  1. 建設現場は今、安全になったが、女性は体力的に男性に若干劣るのは確かである。
  2. どんな女性も現場でヘルメットをかぶっていると、可愛く見える。魅力的であるということは、寝ているオオカミを起こしてしまう可能性もあるので用心が必要。
  3. 建設現場での事故は絶対に防がなければならない。そこで男性陣に訴えたいのは、自分の娘を預けても安心できる建設現場の環境を目指して欲しい、ということである。
  4. 娘を持つオヤジの視点こそ、建設業界の環境改善に必要である。
  5. そして女性は、可能であればぜひ結婚・出産を経験して、多くの価値観を持って欲しい。時代遅れの男性社会の、ただの女性版にならないで欲しい。

建設現場で数々の波を乗り越えてきた、服部さんの言葉はかなり重かった。


 

……この後、上記3名の講演者に加え、笹原悠さん(エーアンドエーマテリアル)、針川優子さん(マサル)、櫻井はるかさん(藤倉化成)、そして男性パネリストとして、谷本亘さん(日野興業)、鈴木哲也さん(トラスコ中山)も登壇し、「女性の社会進出における男性からのサポートについて」というパネルディスカッションが行われた。

なお、閉会の挨拶を行う予定だった、企画事業委員会委員長の永井香織先生(日本大学生産工学部准教授)は、残念ながら当日欠席し、ビデオレターが映し出された。永井香織先生の手には、建築仕上学会「女性ネットワークの会」と「現場の神様」のコラボ・タオルが握られていた。

閉会後は、近所で懇親会も開催されたが、私は酒に飲まれてしまうタイプなので、そそくさと退散した次第である。これからも建築仕上学会「女性ネットワークの会」の活動から目が離せない。

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