たかがキズ、されどキズ
私は以前、新築工事やマンションのキズ補修職人をしていました。
あまり一般的には知られていない裏方のお仕事ですが、キズ補修とは、新築やマンションの工事中、お部屋の中にキズを誤って付けてしまったとき、新品に交換するほどでもないけれど目立つキズ、施主様が気になったキズ(主には木材ですが、窓枠のサッシなどのアルミ補修もやっていました)を現場監督さんの依頼で補修するお仕事です。
例えば、大工さんが木材を運ぶときにドア枠に擦ってしまって出来たキズやへこみを、ドア枠と同じ色の補修材を作って埋め、平らにならして目立たなくする、といったものです。
現場の職人さんたちがどんなに慎重に材料を運んでいたとしても、道具を落としてしまったり、2階に付けるドアを運ぶ途中で手すりにぶつかったり、様々な要因で簡単にキズは出来ます。キズを作るのは簡単ですが、交換となるとその分の費用やコストがかかってしまいます。そこで私たち補修業者に依頼が入ります。
そのため、お家が出来てクリーニングが終わり、施主様が入居される直前など、最後に現場に入らせていただいていただくことがほとんどです。
仕事の楽しみ方は人それぞれ
キズ補修のお仕事をしていてよかったことの一つとしては、ほぼ完成した他人のお家が見れることです。
現場に入ったらまず、ブレーカーを上げて家中のシャッターを全て開け、明かりを確保します(このとき自動シャッターだと楽チン)。ほとんどの監督さんは直してほしいキズのところに付箋や養生テープをペタペタ貼っているので、だいたいどのくらいあるかを確認します。そのときに家の内装や間取り等も見るのですが、特に注文住宅は個性的なものがあって面白いです。一生に一度買うか買わないかの高額なお買い物なので、とっても気合いが感じられます。
例えば、吹き抜けのリビングに光が綺麗に入って素敵だなとか、オシャレなアイランドキッチン、可愛いネコの模様の壁紙、だいたい子供部屋かなって思う部屋は、雲が浮いてる壁紙だったり、電気を消すと光る星の天井だったりします。中にはこれ選ぶんだ!と驚くこともあり、ウォーリーをさがせ柄のトイレや、セレブっぽいスケスケのお風呂なんかもあったりして、人の数だけ趣味はあるなぁと勉強になります。
数ある中から選び抜いたこだわりのお家を拝見させてもらえるのが楽しいです。自分が家を建てるならこうかな・・・と妄想が捗ります。もちろん仕事はしっかりします(笑)。
そして何より、キズを元の木目と完全に一致・・・までは言い過ぎかもしれませんが、綺麗に補修できたときは感動ものです。ドヤ顔します。基本ひとりなのでバレません。
キズ補修職人は詐欺集団?
少し寂しいお話ですが、キズ補修職人の仕事を、あたかも最初からここにキズなんてありませんでしたって施主様をだます、詐欺みたいなお仕事だと言っていた同僚もいました。
でも、私はこれから新しい生活に希望を持って入居されるであろう見知らぬ施主様のお顔を想像すると、出来るだけ綺麗な状態で入居して欲しいと思うので、最後の最後に任された私たちは誇りを持って技術を提供するべきだと思っています。私の補修業に関する思想はほとんど社長の受け売りですが、仕事を経て、今は個人的にもそう思っているので、私の思想そのものです。恐縮です。
たまに施主様にお会いすることもありました。小さいお子様が部屋を楽しそうに駆け回っている様子を見ているだけで、ここは平和な世界だなぁと幸せな気持ちになりました。
詐欺師みたいなお仕事と言われても、時間をかけてやっと入居したのに、キズがひとつあるだけでがっかりするのは悲しいので、それを見せないように私たちプロがいるのだと思っています。
しかし、ごくごく一部ですが、せっかく買った家だからと完璧を求めすぎて、少し心無い言い方をされる方もいらっしゃいます。完璧を求めている方の気持ちはとってもわかります。とても高額な買い物だし、特別思い入れが強いと思います。でも、家って人が手作業で作っているものだという認識をされていない方が、少なからずいるなぁと感じました。
作っているのは人間、時には失敗もある
わかりにくかったら申し訳ないですが、私自身、昔は家っていつの間にか建ってるものっていう感覚があり、大工さんが建ててるっていうのは頭では理解してても、どこかに完璧なものが出来上がるものだという思い込みがありました。
誰しもが仕事中に些細なミスをすることはあると思いますが、費用が高額になればなるほど、それとおんなじだという感覚が持ちづらくなるのかなと思います。事務の人が書類の書き損じをしたりするように、職人さんたちも道具を落としてしまったりします。自分が体験したことのない職業だとなおさら、無意識に家は完璧な状態で建つもの!って思ってると思うんです。
ミスに関してはもちろんよくはないですが、意地悪でやっているわけではないので、そういう無意識の固定観念みたいなものは私も気をつけていきたいです。どうか優しい気持ちで受け止めていただけると嬉しいです。
ただ、多少寸法がズレてちょっと無理矢理はめ込んだらヒビ入っちゃったとか、ちょっとどうなの?って思うくらいキズを誤魔化そうとして、余計にキズをつけちゃう人も少なからずいます(そういう人たちは雑に補修屋に任せればいいやって思ってるかもしれないですが)。でも、そんな人たちばかりではないことは確かです。
人間なので心があります。ちょっとどうしてもって思うときにこそ、優しく、監督さんにどうか優しく接してあげて欲しいです。他の技術職の方とかに怒鳴られたり、バカにされた態度を取られる監督さんを見ていて、これはずっと思っていたことです。社長と仲の良い監督さんのお話をよく聞いていて、影響を受けている私は監督さん擁護派です。現場で出会った監督は皆さん優しい方でしたので、余計に監督さんには尊敬しかないです。監督さんに幸あれ。
女性も活躍できるキズ補修職人
キズ補修職人は、まだまだ女性が少ないお仕事ですが、基本的には誰とも会わないので、コミュ障な私にはとても優しいお仕事でした。力仕事もほとんどないので、技術を身につければ独り立ちして個人事業主になることも可能な、現実的な職業なのではないかと思います。
しかし冷暖房が使えないので、夏は日差しが暑くて冬はしっかり防寒しないと震えて作業ができません。人が入ってない家ってどうしてあんなに寒いのか・・・。
大変なこともありますが、どの仕事も多かれ少なかれメリット・デメリットがあると思います。キズ補修というお仕事は、あまり世の中には認知されていないので、皆さまに少しでも知っていただけたら幸いです。
大変な情勢のなか、現場で働く技術職の皆さまひとりひとりに感謝と尊敬を込めて。