一建設 人事部次長の米山信一氏

一建設 人事部次長の米山信一氏

【一建設】住宅の品質を支えるための「福利厚生への戦略投資」

分譲戸建住宅のリーディングカンパニーとして市場を牽引し、飯田グループホールディングスの中核をなす一建設(堀口忠美社長)は、企業の持続可能性を担保するため、福利厚生制度の大幅な拡充を図っている。

建設業界における時間外労働の上限規制、いわゆる「2024年問題」を乗り越えるためには、現場の生産性向上と並行して、社員の心身の健康を守る仕組みが不可欠だ。適切な休息とリフレッシュを支える福利厚生制度は、プロフェッショナルとしてのパフォーマンスを維持するための「インフラ」としての意味も持つ。

そして、「家をつくる」という社会的責任の重い事業において、社員が安心して働ける環境を整えることは、顧客に対する「品質への誓い」の裏返しでもある。福利厚生の充実は、ESG経営を実践する企業としての姿勢そのものを体現していると言えよう。

今回、一建設 人事部次長の米山信一氏に、同社の福利厚生に込めた思想と具体的な施策について話を聞いた。

生活基盤の安定こそが「良質な住まいづくり」の源泉

――一建設における福利厚生の根底にある考え方をお聞かせください。

米山信一氏(以下、米山氏) 当社の福利厚生は、「社員が心身ともに健康であり、生活に不安がない状態こそが、お客様に良質な住まいを届ける源泉になる」という考え方に集約されます。

まず前提として、当社の定年は67歳と、他社よりも長く働ける土壌があります。社員がこれだけ長い期間働くにあたり、その障害となる要素を取り除くことこそが私たちの役目です。だからこそ、単なる諸手当の充実に留まらず、「社員の生活基盤の安定」と「ワークライフバランスの適正化」を両立させるという明確な思想に基づいて制度を設計しています。

とりわけ、近年の建設業界における人材確保の難しさを鑑み、若手層が「長く、安心してキャリアを積める」環境作りに対し、戦略的な投資を行っています。

――「長く働く」ための土台として、具体的にはどのような支援策を打ってきたのでしょうか。

米山氏 たとえば、「スキルアップ支援」があげられます。他社では資格取得時に合格祝い金のみが支給されるケースも多いですが、当社では資格に応じて手当金を毎月給与に付与しています。対象は一級建築士(3万円)、二級建築士(2万円)、宅地建物取引士(2万円)、1級建築施工管理技士(2万円)など、計47の資格となっています。

さらに「資格取得支援」として、試験対策講座の受講費用補助(上限20万円)といった合格に向けた学習サポートも用意しています。私自身もキャリア採用で入社しましたが、この点については外から見ても素晴らしい制度だと受け止めています。

また、29都府県に営業拠点を構えている関係で転勤が発生することもありますが、その際の負担を軽減するために「転勤に伴う一時金(支度金)」も整備しています。

沖縄県沖縄市で建設中の分譲戸建住宅

柔軟な働き方と奨学金支援で、若手に選ばれる企業へ

――建設業界というと「休みが少ない」「柔軟な働き方が難しい」というイメージが根強いです

米山氏 そこは明確に変えていかなければならない部分でした。直近の制度では年間休日が115日で、建設業界の中では比較的多いと評価されてはいたものの、働き方改革を推進する他産業と比較すると見劣りする部分がありました。そこで、当社の事業年度に合わせて3月24日より、年間休日数を120日へと増加させました。

休日の増加と並行して、1日の総労働時間は変えずに始業・終業時間を前後させる「スライド勤務」も2025年10月から設けています。標準労働時間は「9:00〜18:00」ですが、部署や職種に応じて柔軟な働き方が認められており、現在の利用率は約20%です。これに加えて、2026年4月1日より「時間単位の年次有給休暇制度」を導入し、年5日分を上限として1時間単位での休暇取得を可能としました。スライド勤務と組み合わせることで、スケジュールのコントロールが容易になり、プライベートの有効活用に繋がると考えています。

また、有給休暇の付与タイミングも見直しました。従来は6ヶ月の試用期間明けに有休が発生していましたが、これでは入社直後に小さなお子様が熱を出して病院へ連れて行く際、有休がないため欠勤扱いになってしまうケースが出てきます。そうした不都合を解消するため、入社したタイミングで即座に5日間の有休を付与する仕組みに切り替え、2026年4月1日入社の新卒社員も同様の扱いとなります。

――2026年4月からは「奨学金返済支援制度」もスタートするそうですね。

米山氏 はい。当社は2025年4月に大学卒初任給を27万円へと引き上げましたが、同時に物価や家賃も高騰しているため、若手社員の手取り収入の感覚はあまり改善されていないのが実情です。そこで若手社員の経済的負担を直接的に軽減するため、「奨学金返済支援制度」を正式に導入しました。

当社は毎年約100名弱の新卒を採用していますが、調べてみると、コロナ禍の影響などもあり奨学金を利用している学生が想定以上に多かったのです。対象者のデータを見ると、奨学金の給付を受けている学生は約70%に上り、設計職に限れば100%、施工職も高い水準でした。返済額は平均月額1万7,000円でしたので、本制度では賞与支給のタイミングで月額換算最大2万円を支援します。支給期間は入社から5年目の3月までです。

こちらの制度は、4年前に新卒で入社した社員から2026年卒の新入社員までが対象となり、以後も継続します。同時に、全社員を対象に、現行1万5,000円の住宅手当(賃貸)も、近年の家賃高騰を踏まえて2万円に引き上げます。

2025年10月16日に開催した木造住宅の建築現場見学会(宮城県白石工業高等学校)

――大学や専門学校、就活生からの反響はいかがですか。

米山氏 学校の先生方は、奨学金の返済が社会人生活における大きな負担になることをよくご存じですので、確かな手ごたえを感じています。従来は採用業務の一部をアウトソーシングしていましたが、2026年卒からはフル内製化し、2025年から私たちが直接学校訪問を行っています。リリース前から学校側から奨学金支援について尋ねられることもあり、関心の高さを実感しています。

最近の学生は、入社をゴールとするのではなく、入社後数年先の生活まで見据えて企業を選択する傾向があります。面接で「昇格は何年後ですか?」と質問されることも多くなりました。一定レベルの学生から見て、これまで当社の福利厚生は選択肢の決め手に欠ける部分があったかもしれませんが、今回の充実した制度を見て入社を検討してくれる学生は確実に増えると期待しています。

「67歳定年」が描く技術の循環

――福利厚生だけでなく、入社後の「キャリアの描き方」についても改革を進めているとうかがいました。

米山氏 はい。これまで、若手がキャリアアップを目指すには「管理職に昇格する」しか道がありませんでした。しかし、中には「マネジメントよりも、現場の仕事が好きでスキルを磨き上げたい」という職人肌の社員もいます。そうした人材の受け皿として、新たに「スペシャリストコース」を用意しました。

背景には、DXや施工管理における最新テクノロジーの普及により、管理業務よりも「特定の技術」に特化して成果を出す人材の価値が急騰していることがあります。マネジメントが苦手な人材を無理に役職に就けて組織の効率を下げるよりも、現場の第一線でプロとしてモノ作りを続けたい優秀な若手・中堅層の離職を防ぐことが重要だからです。

――長く働き続けた先のシニア層の働き方についてはいかがでしょうか。冒頭で「定年は67歳」というお話もありましたが。

米山氏 2025年4月の高年齢者雇用安定法改正により、「希望すれば65歳まで働ける環境」の整備が義務化されましたが、当社では法的な基準を上回る「67歳」まで定年を延ばしました。

私自身もそうですが、50歳を過ぎてキャリア採用で入社する社員もいます。世の中は65歳定年が主流ですが、私はあと15年間は第一線で頑張れると考えていたときに当社から声をかけていただき、さらなる延長で67歳まで働ける環境に大きなメリットを感じて入社を決めました。

――定年後の再雇用となると、給与が大幅に減額される企業も多いですが。

米山氏 当社の場合は、給与水準は変わりません。現在も定年後の再雇用で働いている社員が複数名いますが、1年ごとに契約を結び、その都度適切な待遇を決定しています。

「絆」を可視化し、理念を浸透させる

――スピード感で制度改革を進めていますが、社内教育や組織づくりについてはどのようにお考えですか。

米山氏 現在、社内で中期経営計画のプロジェクトが進行しており、その一つが「教育・採用・働きやすさ」を見直す人事系プロジェクトです。2025年4月には人事制度を刷新し、能力次第で向上する等級制度などの運用を既に開始しています。

教育面では、テクニカルスキルは現場のOJTが中心ですが、ビジネススキルや当社の理念経営については本社が主導して教える必要があります。そのため人事部では、入社から3年間にわたる若手の教育期間を設け、半期に1回の研修を実施しています。

この研修は、スキルアップはもちろん「同期の絆」を深めることに大きな意味があります。コロナ禍に入社した世代は入社式も研修もリモートで、2022年までは同期と直接顔を合わせたことがないという状況でした。3年間の研修で定期的に同期と対面し、交流を深め、互いに助け合う関係性を築くことが離職防止に直結しています。一般的に「入社3年で3割が離職する」と言われますが、この研修を通じた同期の交流により当社の離職率も減少しており、非常に機能していると実感しています。

――一連の取組みに対する社員からの反響と、今後の展望をお聞かせください。

米山氏 4月からスタートする新制度に対するニーズは元々非常に高かったため、人事としては社員が求めているものを具現化できたという十分な手ごたえを感じています。

現在は、従業員が企業に抱く「愛着心」や「貢献意欲」、いわゆる組織との絆を可視化するため、3ヶ月に1回のショートスパンでエンゲージメント調査を実施しています。5月が次回のアンケート月ですが、今回の制度導入を経て結果がどのように変化するか期待しているところです。また、アンケートで各制度の利用率をリサーチするだけでなく、私たちが各支店を行脚し、直接生の声を聞きに行く機会も増やしたいと考えています。

今後の課題として、福利厚生の拡充は社員にとってメリットが大きい半面、会社にとってはコスト増となります。今後は、リモートワークなど直接的なコストはかからないものの社員満足度の高い施策などを、優先順位をつけて検討・導入していく予定です。

2027年2月で、当社は創立60周年を迎えます。これを機にビジョン・バリューを刷新し、理念浸透に紐づいた活動をさらに強化していきます。具体的には、従来の結果に対する表彰だけでなく「プロセス」を対象とした表彰制度の拡充や、全社員会議の開催を通じてマインドを一つにする試みを展開し、社内の結束力向上と従業員の定着に全力で取り組んでいきます。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。