志賀弘明さん(JFEエンジニアリング株式会社 社会インフラ本部 橋梁事業部 改築プロジェクト部技術室長)

「安全に対する意識はどこにも負けない」 JFEエンジの技術室長が語る改築保全の極意とは?

JFEエンジの技術室長にインタビュー

JFEエンジニアリング株式会社(本社:東京都千代田区、以下JFEエンジ)は、日本鋼管株式会社(NKK)と川崎製鉄株式会社の統合により誕生したJFEホールディングス株式会社傘下のエンジニアリング会社。横浜ベイブリッジやシンガポール・マリーナベイ・サンズの空中庭園スカイパークなど、国内外の鋼橋などを手掛けてきた。

そんな同社では、5年ほど前に改築プロジェクト部を新設。今後も需要増加が見込まれる鋼橋などの既存インフラの改築保全に乗り出している。同部の技術面を統括するのが技術室。室長を任されているのが志賀弘明さんだ。

同社はなぜ、インフラの改築保全に乗り出したのか。改築保全特有の技術的な難しさとはどのようなものか。志賀さんのキャリアを含め、話を聞いてきた。

改築保全には全体を見る「プロマネ」が必要

――改築プロジェクト部とはどんな部署ですか?

志賀さん 当社の橋梁部門は、鋼橋の設計、製作、建設をメインに行ってきましたが、近年になって、日本国内で鋼橋を新設する仕事が減ってきています。その一方で、高度経済成長期につくられ、古くなった鋼橋の補修や架替えといった仕事が非常に増えています。

私が所属する改築プロジェクト部は、鋼橋の改築や保全の仕事を専門とするセクションです。技術室は、工事を含む技術全般や設計を担当する部署になります。

鋼橋などを新設する場合、橋を設計して、工場で製作して、現場で架設するという仕事の流れがあって、社内組織として、それぞれ担当するセクションがバチンと分かれています。新設ではそれが最適なかたちなのですが、既にある古い構造物をなおす改築保全の場合は、そうはいきません。現場の状況をフィードバックしながら、安全管理を含めたプロジェクト全体をマネジメントする必要があるからです。

新設のように、ココからココまではこのセクションの仕事と役割を分けてしまうと、どのセクションが担当するか分からないハザマのような部分が残ってしまい、仕事を進める上でのネックになってしまうことがあるんです。

改築プロジェクト部技術室は、このハザマの部分を重視したセクションです。組織上、技術室というセクションになっていますが、設計もするし、製作も見るし、施工もするし、安全管理も損益管理もするという、技術的な観点からプロジェクト全般を見るプロジェクトマネジメントを目指しています。技術室では設計をしますが、設計だけではなく、現場にも行くし、工場にも行きます。

私の仕事は、私自身がプロジェクトを見るということに加えて、それに精通した人材を育てるということもあります。技術室が設置されたのは5年ほど前ですが、鋼橋の業界では、先駆け的なセクションになるように思います。

改築保全の仕事には「誰も手を出さない」領域があるんです。それを取り込めば仕事はうまくいきますが、逆にそれをしないと、仕事は絶対にうまくいきません。私は「ウチは技術室だから、ここまでしかやらない」というカベをつくらないように努力しています。「タテ割りになったら、うまくいかない」というのは、技術室だけではなく、改築プロジェクト部全体の方針でもあります。

――現在の改築のプロジェクト数は?

志賀さん 規模の大小はありますが、今は15ぐらいですね。われわれの拠点は横浜本社(横浜市鶴見区)ですが、現場に出ていることが多いです。私が渋谷駅東口歩道橋の架替え工事を担当していたときは、ずっと現場事務所にいました。もちろん現場代理人はそれぞれの現場にいるわけですが。

私の仕事内容は、プレイングマネージャーみたいな感じですかね。私自身、「自分の仕事はココまで」と区切らないよう心がけています。

渋谷駅東口歩道橋架替工事の様子(写真提供:JFEエンジニアリング)

――技術室のメンバー数は?

志賀さん 私を入れて10名です。プレイングマネージャー的な動きをしている中堅社員もいれば、設計を中心にやっている若手社員もいますが、社員ごとに役割が決まっているわけではありません。必要に応じて、仕事の範囲が変わります。

個々の社員の意識が高くないと、ズルしたりする人が出てきたりするのかも知れませんが、幸い、今のメンバーはしっかりしているので、それぞれの裁量でうまくいっています。現場でトラブルがあったときには、全メンバーで助けに入るなど、フレキシブルに対応することにしています。

難易度の高い仕事は単純に面白い

――「新たに橋を架けたい」と思っている社員にとっては、改築の仕事をマスターするのは大変そうですが。

志賀さん そうですね。改築の仕事は、あまり魅力的には見えない仕事かも知れません。私自身、狭くて汚れたところにもぐり込んで構造物を計測したり、火災事故の復旧現場で煤まみれになったりと言うこともありましたし、若い頃は周囲から「よくやるよね」と言われていました。

ただ、「改築の仕事に魅力がないか」と言えば、「魅力はある」と思っています。技術者としては、難易度の高い仕事は単純に面白いものですし、何より社会に求められている仕事に携わる、人の役に立つという意味で、大きなやりがいを感じるからです。

――と言うと?

志賀さん 例えば、2008年に首都高でタンクローリー事故が発生した際の復旧工事が挙げられます。この事故では、火災によって橋桁が変形し、通行止めになりました。通行止めに伴う経済損失は1日5000万円と言われ、1日でも早く開通させる必要があったので、首都高さんをはじめ、われわれ、職人さんなど復旧工事に関わるみんなが一緒になって一日でも早い復旧という共通の目的を達成するために一丸となって作業を進めました。

この時は私はほんの一部に携わったに過ぎませんでしたが、「社会に必要な仕事をしている」ことを強く実感しました。これはスゴく大事なポイントだと考えていて、改築プロジェクト部の特に若い社員には、これを経験する機会をつくりたいと考えています。

首都高5号線でのタンクローリー火災事故復旧工事の様子(写真提供:JFEエンジニアリング)

改築プロジェクト部は、通常の改築保全工事以外に、緊急工事や災害復旧工事を手掛けることが多いんです。首都高の火災事故復旧工事のほか、山口県の大島大橋船舶衝突事故の橋梁復旧も、技術室のメンバーも加わり現場主体で行いました。

これらは要請を受けて緊急で行う仕事なので、部署の垣根があると、やはりちゃんと対応できないんです。こういう仕事は技術者にとって「社会貢献になる」と実感できる仕事でもあります。技術室のメンバーにとっても、こういう仕事を経験することが、自身の存在意義ややりがいを感じられる機会として、大事だと考えています。

――ここ数年、「今あるインフラを守る」仕事がクローズアップされるようになっています。

志賀さん 鋼橋の新設工事の発注量は年々減ってきていますが、改築保全系の仕事は非常に増えています。マーケットも変わってきており、当社では、橋梁という一つの部署だったものから、改築保全専門の部署を作り、今に至っています。

安全に対する意識は、どこにも負けない

――首都高の「恒久足場」は、発注者から要請を受けて設置したのですか?

志賀さん 恒久足場は、東京・渋谷の道玄坂上付近の首都高3号線の支承などを取り替える工事の中で設置したものですが、その工事をしているときに、その近くで火災事故が起きたんです。

当初の恒久足場は樹脂製の予定でしたが、火災事故をきっかけに、「樹脂製では火に弱い」ということで、首都高から「火災に強い金属製の恒久足場をつくってほしい」という要請を受け、開発したアルミ製の常設足場です。

重要なインフラである高速道路橋を安全に維持していくためには、定常的な点検や維持管理が不可欠で、常設足場はそこに役立ちます。夏場の足場内の点検や補修作業は、暑くて暗いので過酷です。われわれ自身、その過酷な環境を経験しているので、明るく風通しの良い構造とし、安全な作業環境を提供しています。

構造物としての美しさにもこだわっており、景観性も高いと評価頂いています。これは技術室だけでなく、改築プロジェクト部をあげて開発から実現まで手掛けた仕事です。この恒久足場は、首都高3号線の道玄坂のほか、西麻布付近にも設置しています。

首都高3号渋谷線に設置された恒久足場(写真提供:JFEエンジニアリング)

社会の困りごとや必要とされることにどこまで対応できるかが、「仕事の付加価値」になるものと思っています。社会から価値が高いと認められる仕事を通じて、自分たちの存在意義や価値ができていくものだと思います。

われわれが一番大事にしているのは、「安全」なんです。建設業界で「安全」は当然必要なことですが、その安全を守り続けることは簡単なことではありません。だからこそ、われわれは「安全」を一番重要視しているんです。手前味噌のようですが、安全に対する意識の高さは、どこにも負けないと自負しています。

具体的なことは言えませんが、ある発注者から、「安全に関する話を聞きたい」と呼ばれたことがあります。安全のために重要なことは、安全管理のための手法を駆使するだけではなく、まず「安全に対する意識をいかに高めるか」。これに尽きると考えています。

こう言うと、ありきたりな話のようですが、これ一つでガラリと変わるんです。改築プロジェクト部では、協力会社の皆さんも含め、仕事に関わるチーム全員の安全への意識の向上を徹底して行ってきています。

「実際に橋をつくりたい」でNKKに入社するも…

――もともと橋梁に興味があって入社したのですか?

志賀さん そうですね。もともと「エンジニアになりたい」という思いがあって、大学で土木に進んだんです。大学では「橋の設計をしたい」ということで、鋼構造の研究室に入りました。私には、鋼橋が魅力的でした。

例えば、トラス構造は、最適化された力の流れがよくわかるカタチになっていて、洗練された構造美というか、絞り込まれた美しさのような魅力を感じていました。当時の研究室のOBの方から、「ウチに来れば鋼橋の設計ができるよ」と言われ、当時のNKKに入社したわけです。

――コンサルは考えなかったのですか?

志賀さん 少しは考えましたけど、やはり実際に橋を造るというところをやりたかったので、当時のNKKに入社しました。

――メタルの橋の魅力は、橋の機能美ということですか?

志賀さん 例えば、ニューヨークのブルックリン・ブリッジは有名な橋ですが、そのアプローチのアーチ橋は好きな橋の一つです。マニアックかも知れませんが。大きな部材がつくれない昔の橋なので、メチャクチャ細かい部材を組み合わせて作られている橋なんです。そういう人の手と技術で造られた、緻密で、正確で、ムダがない構造美に惹かれますね。

――入社してからどのような仕事してきましたか?

志賀さん 私は今年で入社21年目です。新設の設計をやったこともありますが、首都高横羽線の耐震補強工事とか、ほぼ保全改築畑を歩んできました。改築保全の仕事は、難しくてややこしい仕事です。橋梁部門では、鋼橋を新設するのがメインだったので、ずっと「傍流・亜流」を歩いていた感じだったと思います。当時は、改築保全の仕事は、世の中でもあまり重要視されていなかったように思います。

昔は仕事そのものが少なかったこともありますが、手間がかかる難しい仕事の割には、発注者にも受注者にも、どこか「余計な仕事、面倒な仕事」みたいな感じがあったように思います。ですので、仕事に関わる色々な立場・役割の人たちがそれぞれ「これは自分の責任ではない」と言って、責任回避するみたいな感じがあちこちにあって。これではうまくいきませんよね。

若いころは「こういうのは嫌だな、良くない」と思いながら仕事していました。ですので、自分では、少しでも仕事が上手く進むように、だれも手を出さない問題やだれの仕事かはっきりしない境界に意識して手を出すようにしていて、それは、今の仕事の仕方のベースにもなっているように思います。

――鋼橋の新設に携ったことは?

志賀さん それが、さほど多くは携わってきていません(笑)。入社した最初の1年間、研修がてら橋の設計を手伝ったぐらいで、後にちゃんとした橋の設計も経験しますが、2年目からは首都高横羽線の耐震補強の現場に設計担当として入りました。当時は「橋じゃねえなあ」と思っていました(笑)。言ってみれば、橋の部品ですよね。

耐震補強の後、開発部署に異動したのですが、開発と言うより、鋼製橋脚の疲労きれつの調査研究のような仕事から、補強構造を設計するような仕事をやっていました。

当時の道路橋の設計では、自動車の活荷重による疲労現象については考えなくて良いとされていましたが、首都高で鋼製橋脚に初めて疲労亀裂が発生したので、原因や対策などをいろいろ調べていたわけです。過去に自社でつくった橋を自社で直すのは当然のことですが、「ますます橋じゃないな」と思っていました。

若い頃は「橋の設計をさせてくれ」と会社に言い続けていましたが、なかなか機会はありませんでした。その頃は、イレギュラーな仕事をやることが多かったのですが、そういう人間は他にあまりいなかったのか、なんとなくイレギュラーな仕事を担当することが多かったように思います。おかげでイレギュラーな、よくわからない仕事をやるノウハウは蓄積されていったのかも知れません。

――「やりたいことができない」という思いがあったわけですか?

志賀さん 若い頃はあったと思いますね。でも、面白いと思うこともたくさんあったとように思います。決まった仕事をただ効率良くやるのではなく、決まったやり方やカタチがない仕事を考えながらやるほうが好きというか、燃えるタイプのような気がします。「こうやれ」と言われて、ただ素直にやるような性格でもないというか…。

結果的に、新設より、改築保全のほうが自分に合っていたということかもしれません。

エンジニアは、「人間性」

――エンジニアにとって必要なことは?

志賀さん 「人間性」ですね。エンジニアにとって、知識とか技術などはあって当たり前、とされるものだと思いますが、本当に質の高い仕事、誰もやったことがないような難しい仕事を成し遂げるためには、その目的を最優先として、私利私欲に囚われない正しい判断が必要になるものと思われ、それは高い技術者倫理とか人間性がないとできないと考えています。私自身、自分自身の人間性がどうなのかということに目を向けるよう意識しています。

職人さんの中には、その人しかできない仕事というものがありますよね。会社や土木技術者も同じで、この会社にしかできない、自分にしかできない仕事というものがあれば、それはスゴイ価値だと思っているんです。それを生み出す源は、その人の人間性に関係しているように思います。

例えば、大島大橋の船舶衝突事故復旧工事を考えると、「島民の方たちのために、1日でも早く橋を復旧させる」という強い思いがないと、やっぱり自分自身も現場も動かず、仕事は成し遂げられなかったように思います。

普通、人間って、難しい仕事でツラくなると、だんだんカベをつくったり、責任転嫁するようになるように思うんです。人間性が高ければ、ツライときこそ助け合うし、ツライときこそ逃げないんだと思います。そうなれば、結果的に良い仕事ができ、質の高いモノができるはずです。

「自由に動ける」のが会社のチカラ

――JFEエンジという会社の魅力は?

志賀さん 「おカタい」イメージがあると思いますが、「意外と良い会社」なところです。普通の会社だったら、われわれのような部署にとらわれない仕事のやり方は認めないと思うんです。管理という面では、誰が何をどこまでやっているのかよく見えませんから。

でも、JFEエンジは、会社として、その事業にあった仕事の展開を行っている、実際にそれをやる人間としては、「そういう自由さが意外と重要だな」と感じているんです。われわれの部署に「自由に動いて良い」という裁量を与えてくれている会社には感謝しています。会社として「組織が違うから、アンタはそっちに首を突っ込んじゃダメだよ」と言っちゃうと、その瞬間に仕事はうまくいかなくなるので。

――会社のイメージほどコンサバティブではない?

志賀さん 私自身、コンサバティブだと感じることはあまりなかったのですが、最近になって「自由な会社だな」とより感じるようになっています。社会の役に立つ、正しいことをするという理念と、今までの仕事のやり方にこだわらず、正しく、より価値の高いことができるカタチを作って取り組む柔軟性がある会社だと思います。それが「会社のチカラ」でもあるように思います。社員を大切にする会社ですし、福利厚生面などでも、かなり社員に優しい会社だと思います。

会社経営にとってスピードが大事とよく聞きますが、緊急工事などの現場では、本当にスピードが重要になってきます。普通に稟議や決済をやっていたら、間に合わなくなってしまいますよね。われわれのような仕事は、事業環境に合わせて、組織が柔軟に対応しないと、質の高い仕事はできません。会社としてのスピード感も、大きな強みだと思います。

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