年次点検で見つけたリスクの芽
私たち電気保安法人の仕事は、受託先のお客様からは理解されにくい仕事です。ただ設備を見て帰っているだけじゃないかと思われがちなので、信頼関係を築くのが結構難しいのです。
今回は、それを改めて実感することとなった事故についてお話します。
これは、とある老人ホームのお客様の設備を担当していた頃の話です。普段はとても協力的なお客様で、私はある程度、信頼関係が築けているものだと思っていました。
お客様からは、「ガス給湯器が壊れてしまったのですが、どこか修理してくれる会社知りませんか?」「防災訓練の時に使用する拡声器を安く買えるところとか知りませんか?」など、設備に関する内容以外の連絡が来ることもしばしば。
便利屋ではありませんが、こういう小さいお願いの解決を積み重ねることで、信頼関係を作っていくのが私のいつものやり方でした。
工事内容が勝手に変更されていた
ある年の年次点検(設備を停電させて行う点検)で、PAS(電柱に取り付けてある電気を遮断する機器)の試験を行ったところ、不具合が見つかったため「不合格」としました。
そこで、PASの更新工事をお勧めし、更新工事の内容もお付けしてお渡ししました。
また、今回不具合が見つかったPASのほかにも、PASからキュービクル(6,600Vで受電した電気を100Vや200Vなど、使いやすい電圧に変圧する機器が入ってる箱)までのケーブルも古くなっていたので、更新しないと次回更新時までに事故に繋がる可能性が高いなと思い、ケーブルの更新工事の内容も合わせてお渡ししました。
しかし、工事を請け負った電気工事店は、PASの更新工事のみという内容に変更し、お客様にも「年次点検の結果を見ると絶縁抵抗値もまだまだ大丈夫ですよ!十分持ちますからPASの更新のみにしましょう」と、勝手に工事内容を変更してしまったのです。
そんな事実を知らされずに、当日工事現場に向かい、朝一の打ち合わせが始まりました。そこで初めて工事内容を知ることになります。
「そんな話は聞いてない!申し訳ないけど、この工事は中止させてくれ!」
そう発言したものの私の抵抗はむなしく、お客様も電力会社も全員揃っている中だったので、結局お客様に説得され、しぶしぶ工事の許可を出してしまいました。
事故はある日突然に
本来は、保安規程(受変電設備を設置して使用する許可を得るためのルールブックのようなもの)にも書かれているのですが、「主任技術者の指示に従わなければならない」というルールがあります。
それを無視したということになるので、”この先事故が起こったとしてもこちらには一切責任はありません”という内容を試験報告書に記載し、お客様からも了承印をもらいました。更新工事は、何事もなく無事に時間通り終了しました。
そんな出来事があってから、わずか8カ月後-。
お客様の設備が停電するという事故が起こりました。その日たまたま近くの現場にいた私が現地に駆け付け、原因を調べてみると、ケーブルの絶縁が失われた結果、起こった事故だと分かりました。
すぐに自社の工事部隊に連絡を取り、事故が起きてから6時間後には復旧工事を終えることができました。
信頼関係を築くことの難しさ
老人ホームの事務長と当時の話をして分かったことですが、工事をする際に相見積もりとして私の会社と、今回の事故の原因を作った電気工事店から見積もりを取っていたそうです。
私が作った見積書は、ケーブル更新も含まれていたため、PAS更新工事よりも3割増しの金額になっていました。電気工事店が提示してきた料金は、私が提出した料金のわずか1割引きだったそうです。
その見積もりを提示された後に、電気工事店は年次点検の内容を見て勝手に工事内容を変更し、先に提示していた料金からさらに1割引きを提示してきたため、その会社で決めたそうです。
事務長からは、「本当にすまなかったね。わたしが指示内容を無視したばかりに迷惑をおかけして。金額に惑わされずに最初から信じるべきだったよ」という言葉をいただきました。
正直、『今頃そんなことを言われても』という気持ちと、『まだまだ信頼関係づくりで見落としている部分があったのかもしれない。あの時、お客様に恨まれたとしても工事を中止するべきだった』という気持ちが混在して、胸が締め付けられるような複雑な気持ちになりました。
語弊があるかもしれませんが、私たちの仕事で信頼関係を一番簡単に築く方法は、お客様に事故を経験させることです。
しかし、そんなことをして築いた信頼関係は、ただ虚しいだけです。日ごろのお客様とのやり取りの中で信頼関係を築くことは、改めて難しいなと痛感した出来事でした。
この記事を読んでくださっている皆さんが、お客様と信頼関係を築くために日ごろから取り組んでいることや気を付けていることなどがあれば、コメント欄で教えていただきたいです。