【首都高技術インデジ部シリーズ第1弾】部長・安中 智さん
首都高速道路などの維持管理業務を手掛ける首都高技術株式会社(以下、首都高技術)は2021年4月、新たにインフラデジタル部(以下、インデジ部)を発足させた。インデジ部は、インフラドクター課とインフラパトロール課から成り、首都高技術のデジタル技術部門を集約した部門だ。
インフラドクターは主に道路の定期点検に、インフラパトロールは道路の巡回点検のために開発したシステムである。インデジ部の最大のミッションは、このデジタル技術を他のインフラ管理者にも利用してもらい役立ててもらうことだ。インフラドクターは2020年度から東急グループで実用化されているが、他の事業者への利用拡大が当面の課題になる。
今回、インデジ部のシリーズとして、スタッフの顔ぶれを連載紹介することにした。第1弾は、インデジ部長の安中智さんだ。
こんなにあったかくて堅実な業界はない
安中さんは、首都高のメンテナンスに関わって30年以上のベテランだ。
新潟生まれの安中さんは、地元工業高校の土木科を卒業。そのままゼネコンや役所などに就職する選択肢もあったが、兄弟全員が大学に進学する中で、自身も上京し、兄が通う大学の夜間部に通い始めた。
日中はプラント設計の仕事をしながら勉学した。プラント設計では火力発電所や石油精製装置などの配管設計を手掛けた。図面が引けるようになると「設計会社の経営者と仲良くなり、自分で仕事を請け負うこともあった。けっこうな稼ぎになった」と言う。
大学卒業後は、先輩の紹介で首都高のメンテナンスを専門に請け負う会社に入社。メンテナンスの仕事は安中さんの肌に合ったようで、「こんなにあったかくて堅実な業界はないな」と強く感じたと言う。入社当時はタワー車に乗り、橋梁などの点検に汗を流す日々を送った。
点検!?そんなアルバイトみたいなことしてんのか
ただ、安中さんがメンテナンスの仕事に打ち込み始めたころは、ドボク業界では、メンテナンスの重要性に対する認識は低かった。ドボクの仕事と言えば、新しい構造物をつくるのが主流で、点検はオマケのような位置づけだった。
安中さんは、それを物語るエピソードを教えてくれた。
安中さんが25才ごろ、大手ゼネコンに就職した友人たちと再会したときのことだ。友人から「今どんな仕事をしているのか」と尋ねられ、「首都高の点検」と答えると、その友人たちからこう言われたと言う。「点検!?お前、そんなアルバイトみたいなことしてんのか」と。確かに花形ではないが、堅実な業界なので安心して働けると満足していた。
大学時代のプラント設計で稼いだお金で夏休みの間、英国にホームステイした。ホームステイ先の主人から「古い建物ほど価値がある」と言われた。これまでは新しいものが良いと思っていたが、「古くても、良いものを大切にする英国に触れ、なるほどと思った」と、大いに共感を覚えたことがある。構造物は、しっかりメンテナンスすれば数百年使い続けることができる。このような考えは、現在の安中さんのバックボーンになっている。
メンテナンス業務は、今では世間的、ドボク業界的にも重要視されるようになった。安中さんは、メンテナンスに対する世の中の見方が大きく変わったきっかけは、「鋼橋の疲労亀裂の問題と笹子トンネル事故だ」と指摘する。これらをきっかけに、メンテナンスが社会的に注目されるようになり、年々技術も高度化し、学術的な研究も進んだと言う。安中さんは「メンテナンスは社会を支える良い仕事だ。携わってきて良かった」と振り返る。
国道のメンテナンスに初チャレンジ
首都高のメンテナンスに特化した首都高技術が新たに設立されると、安中さんは転籍となり、引き続きメンテナンスの仕事に従事することになった。会社が徐々に成熟していくと国道の定期点検業務を手掛けるようになった。最初の国道業務は、常陸河川国道事務所の橋梁の定期点検だった。当時の社長から「金はかかってもいいから、とにかく高い品質を確保してくれ」と指示されたと言う。
この点検業務は、コンサルタント会社とJVで受注した。工期が非常に短かった。現場作業や報告書作成などは、首都高技術が担当したが、初めての経験だったので、手探り状態で業務に臨んだ。「とにかく工期が短いことと、初めての経験だったので夢中でやった」と言う。業務が完了するとコンサルさんから「お疲れさまでした。よくやりましたね」と声をかけられた。このとき、本当にホッとしたが、内心「首都高技術もやればできる」とも思ったと言う。
その後、首都高技術では、新たに点群データを活用した維持管理システムを構築するという構想が持ち上がり、開発が始まる。これが現在のインフラドクターだ。安中さんは、開発の立ち上げからメンバーに加わることになる。「新しいプロジェクトが立ち上がると、そこに飛び込まされてきた」と振り返る。
インデジ部はベンチャー企業みたいなもの
そんなキャリアを持つ安中さんは今年4月、首都高技術インデジ部の発足とともに初代部長に就任した。インデジ部というセクションについて、安中さんは「ベンチャー企業みたいなもの」と表現する。
「当社の一番の目的は、社会に貢献することだが、インフラドクターとインフラパトロールをビジネスとしても成功させなければいけない」からだ。
インフラDXはまだまだ黎明期
インフラドクターの主な販路は、道路、鉄道、空港、プラントだ。鉄道、空港については、東急株式会社と連携しながら業務拡大を図っている。今のところ、「鉄道がメインになりつつある」と言う。
ただ、コロナ禍によって鉄道会社の収益が落ち込んでいる中で、インフラドクターやインフラパトロールを採用してくれるかは不透明だ。この点、「(コロナ禍前より)消極的になっているのでは?」と憂慮する。とにかく、お客様のニーズに合致した技術開発をすることが重要だ。
「プラントにインフラドクター」と聞くと、少し奇異に感じられたが、「もともとプラントは3D設計することが当たり前の世界。若い頃が懐かしい」ということだ。プラントでは、膨大な3Dデータを扱っている。この3Dデータを管理する仕組みが欲しいというニーズがあり、とあるプラントエンジニアリング会社からインフラドクターに声を掛けて頂いた。現在、プラント用のシステム開発を共同で進めているそうだ。
「インフラDXといっても、まだまだ黎明期だと思う。インフラ事業者の多くは、デジタル化しなくても業務は回っている」と指摘する。
失敗を恐れず、チャレンジしていく
ただ、外販するうえでの大きな課題は「コスト」だ。営業先で「こんな高いシステムは入れられない」と難色を示される。特に地方では、維持管理にコストをかけられない事業者が多く、どんなに良いシステムでもコストが高いと使ってすらもらえない。
インデジ部の外販業務を軌道に乗せるうえで、カギになるのは、やはり人。スタッフだ。
「失敗を恐れず、好奇心を持ってチャレンジしてほしい。周りから『なんでそんなバカみたいなことをやっているんだ』と言われても、この仕事は柔軟な思考と発想力が必要。とにかく前へ、前へ。メゲないでほしい」とスタッフにエールを贈る。