荻野 宏之さん 高知県土木部長

荻野 宏之さん 高知県土木部長

「インフラ後進県」高知県の土木部長の仕事は、やるべきことが多い

日本におけるインフラ整備のラストフロンティア

国土交通省キャリア(入省時は建設省)で、現在高知県に土木部長として出向中の荻野宏之さんに取材する機会を得た。

高知県は、全国でも有数の「インフラ後進県(インフラ整備が遅れた県、もっと言えば、インフラ整備を後回しにされた県)」として長らく認知されてきた(らしい)が、南海トラフ巨大地震(の被害想定)を奇貨として、ようやく地震津波対策関連インフラ(高規格道路含む)の整備が進み始めた観がある。そういう意味では、日本におけるインフラ整備のラストフロンティアだと言えないこともないかもしれない。

そういう状況を踏まえた上で、荻野さんにとって、高知県土木部長というポストはどう映っているのか。これまでの経歴を振り返っていただきつつ、お話を伺った。

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これからは地震防災の時代だ

――土木の世界に入ったいきさつを教えてください。

荻野さん 高校生のころから、なにがきっかけだったかは覚えていないのですが、地震防災に関心があったので、防災研究所がある京都大学の土木工学科に入りました。「これからは地震防災の時代だ」という思いがあったので、防災研究所で研究をするために土木を選んだということです。

――大学ではどのような研究に携わりましたか?

荻野さん 大学では、防災研究所で都市の地震防災を研究する研究室に所属しました。卒論は地震発生時の高架橋のシミュレーションに関するものでした。大学院では、GISを活用した地震被害などの分析に関する研究をしました。

就職氷河期だったので、「じゃあ、公務員でもやってみようか」

――国土交通省に入省した理由も「防災をやりたい」ということだったのですか?

荻野さん 私が就活した当時は、民間の採用者数が少ない時期で、いわゆる就職氷河期でした。そんな状況の中、公務員試験に受かっていたので、「じゃあ、公務員でもやってみようか」ということで、入省した感じです。当時は建設省でしたが、政策の上流側の仕事ということで、防災にもかかわれるかもしれないという気持ちもありました。面接時には「道路をやりたい」と言いました。

――最初の配属先はどちらでしたか。

荻野さん 本省大臣官房の技術調査室(現在の技術調査課)で、人事を担当しました。技術系職員の採用面接なんかをやりました。

――その後はどういう職場に行きましたか?

荻野さん 2年目は中国地方整備局の出雲工事事務所(現出雲河川事務所)の工務課に行きました。積算などを2年間やりました。その後は、国土庁に出向して、全国総合開発計画(現在の国土形成計画)に2年ちょっと携わりました。

――道路が出てこないですね(笑)。

荻野さん そうなんですよ。その後の職場を含めて道路は少ないです(笑)。

最貧国と言われていたエチオピアで3年過ごす

最貧国だったころのエチオピアの道路(荻野さん提供)

――国土庁の次はこちらに?

荻野さん 外務省に出向して、エチオピアの大使館に書記官として3年間行きました。無償資金協力で道路をつくっていたので、それも含めODAに関連する仕事をしていました。

――希望したのですか?

荻野さん 希望しました。東南アジア駐在のイメージで希望を出したのですが、アフリカ駐在になりましたが(笑)。

――エチオピア暮らしはどうでしたか?

荻野さん 当時のエチオピアは世界の最貧国と言われていて、郊外に行くと、自給自足の生活といった状況でした。なので、駐在員の生活もキビしかったです。生活物資が不足していたので、ヨーロッパなどの製品をなんとか入手しながら、暮らしていました。

あと、標高2400mほどの高地にある国なので、酸素が薄いんです。走ったりするとすぐ苦しくなるので、そこも大変でした。ただ、キビしい環境である分、休暇をたくさんもらえたので、静養を兼ねて、アフリカやヨーロッパといった他国に旅行する機会を得られました(笑)。

道路経験ナシで国道事務所の所長になる

――エチオピアの後は?

荻野さん 国土技術政策総合研究所(国総研)の道路研究室に主任研究官として行きました。当時、道路行政マネジメントという取り組みを進めていて、要するにPDCAを回すというものなんですが、それに関する支援といったソフト的な仕事をしていました。あとは、高速道路の料金設定で交通量をコントロールするといった交通マネジメントの研究にも携わりました。2年いました。

――「やっと道路に来た」という感じでしたか(笑)。

荻野さん ええ(笑)。

――その後は?

荻野さん 内閣府に出向して、PFI推進室(民間資金等活用事業推進室)というところで、PFIの制度設計や自治体支援といった仕事を担当しました。ここも2年でした。その後は、土佐国道事務所の所長として着任しました。

――いきなり国道の現場所長ですか。

荻野さん そういうことになりますね。普通は、本省で道路の係長や、地方整備局で道路の課長を経験してから、事務所長になるのですが、私の場合、そういうのは一切ナシでしたね(笑)。当時は高知東部自動車道や高知西バイパスといった現場が動いていました。ここに2年いた後、四国地方整備局の本局で道路調査官を3年やりました。このポストでは事業評価や啓開計画の検討など、道路関係のいろいろなことをやりました。

――その次は?

荻野さん 本州四国連絡高速道路(本四高速)に出向して、神戸にある本社で企画課長をやりました。全国の高速道路の料金を共通化するという時期で、それを2年ほど担当しました。

そのあと、JICA(国際協力機構)に出向して、東京にある本部で参事役として、主に道路関係のインフラ案件をつくったり、専門家派遣など技術協力のプロジェクトなどに2年ちょっと携わりました。その次に、本省の都市局に戻って、都市政策課都市環境政策室長として、都市環境のほか、リニア新幹線の大深度地下事業の認可に関する仕事もしました。その後、広島国道事務所に所長として2年弱ほど行ってから、今の職場に来ました。

インフラ整備の遅れを挽回する

――これまでのところ防災の仕事が出てこなかったですが。

荻野さん 防災は、今の職場が一番近いですね(笑)。まさに最前線でやっているところです。

――なるほど(笑)。では、今のお仕事について教えていただけますか。

荻野さん 高知県土木部では現在、次の5つの基本方針に基づき、事業を進めているところです。

  1. 南海トラフ地震対策の推進
  2. 豪雨等災害対策の推進
  3. 産業振興や安全・安心に繋がるインフラ整備の推進
  4. 既存インフラの有効活用と計画的な維持管理・更新
  5. デジタル化・グリーン化・グローバル化の推進

この中でとくにチカラを入れている事業としては、1と3に関係する四国8の字ネットワーク(高規格道路)関連事業があります。四国の8の字ネットワークの整備率は76%ですが、高知県は61%と遅れています。ちなみに、一般道路改良率で見ると、都道府県道(41%)、市町村道(46%)ともに全国では下位にある状況です。

これを挽回すべく、直轄部分については、しっかり整備を進めていただけるよう国にお願いしているところです。高知県担当の一部区間については、2025年春頃の部分開通に向け、整備を進めているほか、未着手区間の調査や用地取得、直轄未事業化区間の事業化に向けた取り組みなどを進めているところです。

同じくチカラを入れているのが、1に関係する浦戸湾の三重防護事業です。この事業は、国と高知県の共同事業で、県内の人口や経済が集中する高知市市内を地震津波から守るため、浦戸湾の3つのラインごとに、防波堤の延伸や粘り強い化、海岸堤防の耐震対策などを行うものです。

三重防護事業のイメージ(高知県提供)

県の事業としては、浦戸湾内の第3ライン海岸堤防の耐震対策を進めているところです。海岸堤防以外にも、浦戸湾に流入する河川堤防の耐震対策などを進めています。

直轄を含めたこれらの事業は、いわゆるL1クラスの津波、数十年~百数十年に一度の津波の浸入を防ぐことを主眼においています。L2クラスの津波、東日本大震災クラスの1000年に一度の地震津波に対しては、被害を完全に防ぐと言うより、被害を低減させ、避難のための時間を稼ぐことを目的に取り組んでいるものです。

高知県発祥の1.5車線的道路整備

荻野さん 高知県独自の事業としては、1と3に関連する中山間地域での1.5車線的道路整備があります。道路改良を行う場合、2車線でないと、国から補助がもらえず、県単独で整備するのが原則でした。ただ、高知県の場合、中山間地域の道路をすべて2車線で整備するのは極めて困難であることから、2車線、1車線、局部改良を効果的に組み合わせた1.5車線的道路整備を進めています。

この1.5車線的道路整備については、国に要望して、平成15年から補助の対象にしてもらっているほか、国の道路の計画・設計の考え方の一例として採用されました。高知県での実績をきっかけに、今では他県でも取り入れられています。

――1.5車線的道路整備はまだまだ先の長い事業ですか?

荻野さん 先の長い事業ですね。この道路の多くは、中山間地域の生活を支える道路であるとともに、高知県道路啓開計画における啓開ルートにもなる重要な道路ですが、完了まで何十年もかかる見通しです。順々に整備していくしかないというところです。

1.5車線的道路整備(県道畑山栃ノ木線)のビフォー(高知県提供)

1.5車線的道路整備(県道畑山栃ノ木線)のアフター(高知県提供)

空き家率も全国ワースト

荻野さん 3に関連する事業としては、空き家対策があります。県内の空き家率は12.8%で、こちらも全国ワーストとなっています。土木部住宅課の中に空き家対策チームを設置し、県外からの移住者受け入れとリンクさせながら、取り組みを行っているところです。

――働き方改革への対応はどうなっていますか?

荻野さん 工期設定や費用については、国の歩掛を原則採用しており、基本的に週休2日制モデル工事として発注しています。また、週休2日の実施状況により、工事費補正は100%対応しています。

――BIM/CIM対応はどうですか?

荻野さん BIM/CIMについては、試行的にやっている段階です。まずは、ICT施工による生産性向上が重要と考えており、ICT施工の普及にチカラを入れているところです。

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物事を総合的に見ながら仕事するのが、おもしろい

――土木部長という仕事のやりがいについては、どう感じていますか。

荻野さん 国土交通省では、所管しているインフラの整備や管理が仕事の中心になりますが、自治体では、県庁全体の仕事や地場の建設産業の動きなど、いろいろな方面に目を配りながら、自分の仕事を進めていくという違いがあります。高知県に来て3年近く経ちますが、物事を総合的に見ながら仕事をするという点では、自治体の仕事はおもしろいと思っています。

とくに高知県の場合、インフラ整備が遅れているほか、南海トラフ地震への対策など、やることがいっぱいあるので、ある意味仕事が充実している、やりがいがあると感じているところです(笑)。

――国土交通省の仕事の魅力はなんでしょうか。

荻野さん 私自身の経歴で言えば、道路の経験は少ないですが、それ以外の海外駐在をはじめとするいろいろな仕事を経験してきました。そういう経験を積んできたからこそ、自分の強みになっている部分があると思っています。本省や地整だけでなく、海外駐在をはじめ、国際機関や道路事業者、自治体などに出向するといった多様な職場で仕事ができるのが、国土交通省の仕事の魅力だと考えています。

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