左から、竹内徹会長と川口健一副会長

左から、竹内徹会長と川口健一副会長

新用語「優良化更新」の概念が建築業界を変える【日本建築学会】

(一社)日本建築学会(竹内徹会長)は、関東大震災発生から100年を契機に『過去の100年から未来の100年へ歩みを進めるための、一歩先の常識を、7つの立場の人々の「新常識」』としてまとめた提言「日本の建築・まち・地域の新常識」を公表し、記者会見を行った。出席者は、竹内会長(東京工業大学教授)と川口健一副会長(東京大学教授)の両者。

竹内会長は、会見の冒頭に「これまで建築学会は短期的な防災に特化した提言が多かった。今回は100年後という非常に長いスパンの話だ。今後、人口も減少するなどの環境も変化をする中、防災も含めた住まい方、暮らし方での新常識という形でまとめた。くしくも1月1日に能登半島地震が発生したが、長期的な視点は変わらないと我々は考える」と挨拶した。

同提言のポイントは次のとおりだ。

我々は、皆さんと共に以下のような100 年後の理想的な建築・まち・地域を目指すことを提案する。
・ 「 理想的な建築・まち・地域」はいつでも、全ての人々が幸福に、健康に、長生きできる暮らしを支える。
・ 同じ地域にいる多様な人々の結びつきや支え合いを育み、促進する。
・ 優良化更新*していくことで建築の価値も上がり、地域の評価も上がる。
・ 住み手や利用者を守り、非常時には速やかに平時の生活に戻る強い助けとなる。
・ 災害への備えがある建築・まち・地域は社会に評価される。
・ 皆さんと共に実現し、世界のお手本となり、世界の人々の幸せに貢献する。
*建築物や施設を維持管理する際に、より良くなるように更新すること

関東大震災100周年タクスフォース部門の主査をつとめた川口副会長は、提言のねらいについて「全ての人々がいつでも幸福に、健康に、長生きできる暮らしを支える『理想的な建築・まち・地域』を実現することを目標にし、どんな意識を共有し、何を大胆に変えていく必要があるのかについてまとめたもの」と述べた。

過去の100年から未来の100年へ歩みを進めるための、一歩先の常識を、7つの立場の人々の「新常識」

100年後の明るい未来をともす提言

川口副会長からは提言の全体像の説明があった。提言をまとめるにあたり、建築を中心に100年前から現在に至るまで振り返る必要があったという。先の大戦から復興、その後の高度成長時代からバブル時代を経て、バブル崩壊後の失われた30年と時代は変遷してきた。高度成長時代では人口も増加し、人々の暮らしを建築が支え、量的にも拡大した歴史であった。ただし、この30年間は日本の成長も止まり、さまざまな矛盾も噴出した。今の日本は少子高齢化、気候変動、脱炭素社会、災害激甚化や格差社会と課題が山積しており、大きなターニングポイントでの提言となる。

この100年を振り返ると、物質的な拡大を続けてきたが、これからは「質・充実・縮小、営み、働き方、暮らし方、多様性」と暮らしの充実性に視点を置くことがポイントになる。そこで100年後の明るい未来の灯(ともしび)を燈(とも)し、目標を見失わず最短距離で進む提言と、提言を支える発想として「新常識」を提起した。

提言に基づいた図

日本建築学会は2023年9月1日に建築会館ホールで「関東大震災100周年シンポジウム 100年後の日本の建築・まち・地域」を開催、その際、提言案を明らかにした。その後、提言案をさらにブラシュアップし、今回の発表に至った。この新常識では「住まい手・利用者・管理者」「地域の一員」「作り手」「都市防災(市民・企業・行政・地域の行政・議会)」「社会」「教育」と7つの視点を示し、33項目を提起した。防災の視点も重要だが、おしなべてコミュニティ形成を重視した点が特徴だ。

関連記事:関東大震災100周年を契機に、100年後に通用する「建築の新常識」を提示【建築学会】

優良化更新で建築と地域の価値を高める

また、今回は新しい造語「優良化更新」も提案した。これは関東大震災100周年タクスフォース内で経年劣化の対義語になる用語を模索する中で生まれた新たな用語で、建築は放置すると痛んでいくが、よりよい更新をすることで建築の価値も向上し、最終的にはまちや地域の価値も上がることを意味する。提言では、この優良化更新について深く言及している。

現行の建築の法律上の価値は、竣工から「法定耐用年数」に従って下がるが、適切な管理、更新により建築の良好な状態を維持することで、建築の実質的な性能と価値の維持が可能になる。そこで積極的により良い状態へ更新していくこと(優良化更新)で、建築の性能や状態をより良くし、経済的価値を上げることが可能になる。

また、建築は所有者の財産であると同時に、地域の資産の側面もあり、建築の適切な維持管理は所有者と地域社会でも重要な問題だ。建築技術の進歩と住まい手・管理者・所有者の努力による優良化更新で建築の経済的価値をさらに高めれば、住まい手・管理者・所有者が建築を財産として維持するモチベーションが高まる。これにより個々の建築が良質な資産として地域社会へ貢献し続け、地域社会の質を上げることが優良化更新の意義となっている。

優良化更新の方針は提言の一丁目一番地で、「よりよくなった建物を正確に評価する社会システムが必要」だと川口副会長は述べる。今は減価償却で木造も鉄筋コンクリートも最終的には価値はゼロになる。

「途中で手を入れることで購入したとっきの価値を維持でき、場合によっては逆に価値が上がれば、空き家問題的な社会課題も解決に向かっていく。『優良化更新』により建築の価値を維持もしくは向上していくことについて、タクスフォース内でもかなり議論した」(川口副会長)

提言をリードした川口健一副会長

 

優良化更新をビジネスにし、建築需要の維持を

さらに、竹内会長は「優良化更新をビジネスにしてほしい」と強調する。そのために、新築に加えて優良化更新の技術開発の推進により、産業振興につながる点を提起した。現在、土木はすでにインフラメンテナンスへとシフトしているが、建築は首都圏での再開発など新築の需要も旺盛なため新築に偏る傾向にある。しかし今後、建築は土木と同様にメンテナンスや優良化更新をビジネスにしていかないと現在の需要を維持できない点も示唆した。

また、今回の提言とは直接関係はないが、同会見の質疑応答では竹内会長が興味深い点について披露。日本建築学会の住まい・まちづくり支援建築会議委員が空き家に関する現状を解説、利活用事例の紹介や、空き家に関する研究論文の探し方、マッチング事業、各部会の成果を報告する「空き家ものがたり」のサイトを紹介した。これから地方はますます少子高齢化が続き、空き家が増えていくなか建築はどのような役割を果たすべきかが重要なテーマになる。

「同サイトでは地方の建築家を紹介し、空き家をどのように改修し、生業(なりわい)へと導いていくかの事例も紹介している。たとえば、もともとのお風呂屋を改修し、お土産屋とすることもあった。今、若い建築家は地方に行き、設計の仕事だけではなく地方でのビジネスを生み出す方々がいる。単に空き家の改修だけではビジネスは生まれない。ビジネスをつくる業務も建築家の仕事の範疇とする価値観で動く方も増えている。さらにもっとうまく展開すれば、地方でイノベーションを起こすお手伝いもできるのではないか。空き家の改修や『優良化更新』とともにビジネスや生業をつくるお手伝いを産業界に望む。たとえば、徳島県の空き家率は2割を超えるという衝撃的なニュースが飛び込んできたが、これから何かしらの生業を誘致することが肝要だ。ここが建築家の腕の見せどころと言え、地域の産業を興す方々をどのように呼び込んでいくか知恵の出しどころと言える」(竹内会長)

「ビジネスについては、所有者とWIN-WINな関係にならないと意味がない。所有者側にも優良化更新を行う価値があると理解してもらい、市場が生まれることが健全だ。今回の能登半島地震で改めて思ったことは、もし今でも建っていればいい風情の古民家や素晴らしい街並みが崩落して心が痛んでいる。古い建物でも風情があれば十分に街としての価値があり、そこに人を呼び続けられた。古い建物を維持すれば価値が認められる社会の流れをつくっていければ望ましい」(川口副会長)

古い基準や規制の撤廃で社会に活力を

また竹内会長は、「首都直下地震、南海トラフ巨大地震が発生したときに、同じような災害が広域に発生するため、街を造り直すプランを準備していく必要がある。能登半島地震の事例では、建物解体するにあたり、すべての相続人を特定しなければ公費解体が出来ない問題がある。憲法上・民法上で私有財産の制限は、日本では難しい。しかし、ある程度の非常時ではルールを制定しなければまったく進まない。建築学会でどこまでできるかは分からないが、提言の中でゆるやかな表現ではあるが言及している」と語った。この点について、「建築は私有財産であっても、地域社会における役割を持つことを理解する」の項目に入れている。「事前復興のビジョンが策定されたときには、住み手としての協力が必要との意味合いを込めている」(川口副会長)

シンポジウムで提示された案では「免震構造」を標準化と明記していたが、その後、「免震という特定技術を出すのは再考していただきたい」との意見も提起され、最終的には「大地震後も無傷で住み続けられ、社会的損失を生じない建築が標準となるようにする」との表現に修正された。

「大震災のような非常時にはルールが必要」と強調した竹内会長

提言では規制緩和についても言及された。「地域の行政・議会の新常識」では、「時代遅れの規制や法律を漫然と継続することは社会的に大きな損失をもたらす。また、社会の変化が早い時期には、たとえば10年経った規制は一度廃止するなどの原則を設け、実情に合っているか必要性を見直していく必要がある。旧い規制の撤廃は社会に自由度と活気を与える。過去に作った規制や法律が放置されると、迅速性を必要とする新技術やシステムの導入を阻害する。旧態依然とした規制が既得権益の温床となり、新たな時代に相応しい活動や技術の参入を意図的に阻害し、社会の進歩を大きく遅らせてしまう場合もある」とするなど、規制緩和を強く訴えている。

限られたリソースを有効活用する時代に

川口副会長は会見の中で、「全体的には一つひとつの課題を解決していく余力はなく、一つの新常識の実行で二つ三つの効果をもたらすことが重要だ。そこで全体的に見直し・ブラッシュアップし、効果的に書き直し、最終的な提言とした」と語った。

関東大震災以降の100年の日本社会の変化の多くは、経済至上主義で目先の物質的豊かを追求してきた時代でもあった。現在、建築物も老朽化を迎え、少子高齢化という大きな流れの中、限られたリソースを有効に活用しつつ、成長から充実の時代を模索する時期に来ている。

提言では現在の課題を列記するのではなく、関東大震災以降の過去100年の進歩や経験を俯瞰しつつ、100年後の理想の建築像を見据え、短く分かりやすい言葉で表現した。100年後も変化しないであろう、目指すべきゴールを明確に共有することで、限られたリソースをより効率的に、本当に必要な点への選択と集中を重視すべきだとしている。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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