公益社団法人土木学会(池内幸司会長)は、2025年度会長プロジェクトの成果として提言「カーボンニュートラルでレジリエントな社会づくりプロジェクト~気候変動に対する緩和と適応に向けて、何を改善すればよいのか~」をまとめ、池内会長は2026年6月9日に、金子恭之国交相に同提言を手交した。
同提言は、土木分野でのカーボンニュートラル(CN)の加速を目的に、多岐にわたる取組みを体系的に整理したものだ。単なる技術的な実践の提示にとどまらず、それらの社会実装・普及を図る上で壁となる基準・規制・制度・運用上の障壁を明確化し、具体的な改善の方向性まで踏み込んで提示している。
日本全体のCO2排出量の内訳を俯瞰すると、土木分野の重要性は明確だ。建設機械の稼働や主要建設資材の製造・輸送というインフラの整備に直接・間接に関わる排出量は約13%を占める。これに加え、道路利用や各種輸送、家庭やオフィスでのエネルギー使用など、インフラの運用・供用に起因する排出量は約49%に達し、日本全体の総排出量の約3分の2が、何らかの形でインフラに関連している。これは、インフラの「つくり方」と「使い方」を同時に見直し、変革していくことが、日本のCN達成の鍵を握ることを示している。
土木学会は、この巨大な課題に対して土木分野で加速し、さらに非常時の地域の機能維持の相乗効果を生み出すべく、2025年度会長プロジェクトとして「ーボンニュートラルでレジリエントな社会づくりプロジェクト」特別委員会を組織し、2026年5月に産官学の知見を結集した包括的な提言を取りまとめ、5月25日に記者会見を行い広く公表した。
池内会長は金子国交相に対し、提言における課題と取組みの方向性、CN実現に不可欠な視点、土木分野のCN「見える化」、推進への課題と障壁の事例について説明。「土木分野でもCNに資する取組みが多い反面、障壁も存在する。今後、課題や障壁をフォローアップ・可視化し、必要な制度改善に向けて国交省や関係機関と連携し、推進していきたい」と強調した。
これに対し、金子国交相は池内会長が提示した「土木分野におけるCNへの取組みの全体像」の図について、「細部にわたり土木分野にCNが関わっていることが理解できる。国交省は交通や社会インフラなど幅広い業務を担うが、地球温暖化への取組みについても提言を参考にしたい」と言及。
さらに、「脱炭素化と自然との共生は今後の重要テーマ。国交省として環境配慮型の取組みを展開していく。とくに温暖化に伴う台風や豪雨災害だけでなく、近年は40℃以上の『酷暑日』が記録されるなど環境が変化しており、従来同様の対応では及ばない。提言を精査し、いかなる事態にも対応できるしなやかな体制を構築したい」との意向を示した。
終了後、池内会長は施工の神様との個別取材に応じた。金子国交相への手応えについて「真摯に耳を傾けていただき、大変ありがたかった」との所感を述べる一方、今後の方向性については、「提言は提出して終わりではない。学会内部で検討中だが、要望に応じて各分野のフォローアップを進めたい。今回提起した現場の課題や障壁がどの程度改善されるかを確認し、とくに重要テーマは関係機関へ働きかける。現場から多くの要望を得てまとめた提言であり、できる限り実現する方向で動きたい」と明かした。
では、具体的に提言ではどのような課題が指摘されているのか。次項からは、その全容と構造的な課題を紐解いていく。
CNの技術展開と社会実装を阻む「3つの構造的課題」
土木学会は提言の策定に当たり、国内の主要建設会社、エネルギー事業者、大学等の研究機関を対象に広範なヒアリング調査を実施した。その結果、前向きな技術開発が進む一方で、社会全体への横展開を拒む3つの構造的課題が浮き彫りとなった。
第1に、現在では多くの大手ゼネコンや先進的な地方自治体が、熱心にCNの取組みを推進している。しかし、これらの優れた試みは個々の組織内で閉じ、点在したまま展開されており、土木分野全体として俯瞰的・体系的に整理・可視化されていない。そのため、「業界全体で何が、どのように、どの程度行われているのか」という進捗の全体像が見えにくくなっている。
この整理の不足は、技術的な共通課題やサプライチェーン上のボトルネックに関する業界共通の認識形成を妨げ、各主体の孤立を招いている。結果として、取組みが断片的・局所的なものにとどまり、産業全体としての効率的・効果的なCNの展開が妨げられている。さらに、地域住民に対しても取組みの意義やインフラの価値が分かりにくく、社会的評価や将来の人材確保で本来得られるべき支持を十分に獲得できていないという側面もある。
第2に、近年の巨大地震や激甚化する風水害で発災直後の停電や燃料途絶が人命や社会機能の維持を著しく脅かす事例が頻発している。避難所や重要拠点での電源確保の成否は、災害時の直接死を防ぐだけでなく、その後の避難生活での健康悪化に伴う「災害関連死」を抑制するための生命線だ。現状のインフラ整備では、平時の脱炭素化施策と非常時の自立型電源確保の連携は、いまだ十分なレベルに達しているとは言い難い。CNに向けた地域の分散型電源や蓄電システムの導入は、そのまま地域の災害対応力強化に直結するはずだ。だからこそ、これら両者を一体的に運用する枠組みの構築が急務となっている。
第3に、実証実験や一部の先進事例で優れた効果が確認された新技術や低炭素資材でも、一般的な工事へ「普及・定着」させようとする段階で、高い壁にぶつかるケースが存在する。背景には、施工の安全性を担保するための評価基準の不在や、関係主体間の責任・役割分担の未整理という論点がある。さらに深刻な問題もある。数十年前の技術水準や従来の社会経済環境を前提に作られた既存の「施工基準、規制、公共調達制度、運用の慣例」そのものが、新技術の経済的自立や現場への導入を阻害する構造的な障壁として機能していることだ。
CNの「普及の壁」を打破する3つのアプローチ
そこで同プロジェクトでは、主として次の3点に取り組む。第1に、排出量の約3分の2を占めるインフラ等の運用に広く関わる土木分野として、長期にわたり国や地域の安全や社会経済活動を支えるというインフラの特質を踏まえた上で、CNを進めるに当たり不可欠な視点を提示する。あわせて、土木分野でのCN関連の取組みを俯瞰し、体系的に整理・取りまとめた上で、取組みの「見える化」を図り、社会に分かりやすく発信する。
第2に、災害時の電源確保に資するCNへの取組みを整理・取りまとめ、発信する。エネルギーの脱炭素化、分散型電源、蓄電は、平時でのCNの推進に役立つだけでなく、災害時の非常時における電源確保を通じて災害対応力の強化にも役立つ。この相乗効果を具体的に示し、レジリエンス強化の観点からも土木分野としての貢献の姿を提示する。
第3に、CNの推進に当たり、普及・定着に向けて関係者が共通に押さえるべき課題を整理するとともに、普及を阻害している具体的な障壁(既存の基準・規制・制度・運用)を明確化する。実効性のある見直しや運用改善の方向性を提示し、先進的な事例が社会に広がるための環境整備を図る。同プロジェクトは、土木分野のCNを体系的に整理・発信し、これらの社会実装を阻む課題の解消に向けた改善方策を提示し、CNの実現に向けた実施の加速を目指す。
CN実装の鍵を握る「4つの本質的視点」
土木分野におけるCNの実現には、インフラのライフサイクル全体を見据え、中長期的かつ統合的な視点で施策・投資・運用を組み合わせることが不可欠だ。提言では、「4つの視点」と「5つのカテゴリー」を示した。
第1に「長期的な視点」。耐用年数が長いインフラの特質を踏まえ、100年程度の時間軸を意識し、将来の不確実性を前提とした段階的更新など「将来の選択肢を残す設計・投資」が求められる。
第2に「空間的な視点」。国土・流域・街区といった複数の空間スケールでCNを推進し、エネルギー、土地利用、インフラ配置を行政区域にとらわれず空間上で統合・可視化して一体的に扱う必要がある。
第3に「エネルギー形態の視点」。電気・熱・化学エネルギーの利用・貯蔵特性に応じ、変換・貯蔵・融通を組み合わせてシステム全体の最適化と損失低減を図る。
第4に「レジリエンス強化の視点」。平時の排出削減だけでなく、非常時の機能維持(電力・熱・燃料の供給)による災害対応力強化を一体的に計画・運用することが重要となる。
土木分野でのCNは、再生可能エネルギーの活用、都市・交通の省エネ、インフラの整備・維持管理、CO₂吸収源の拡大、分散型エネルギーの導入など多岐にわたり、行政・企業・大学・地域など多様な主体が個別に推進している。しかし、広範囲な取組みが個別展開されているため、土木分野全体として「何が、どのように、どの程度行われているのか」という体系的な把握や、相互の関係性が見えにくいという課題がある。
これらの4つの視点を踏まえ、土木分野の取組みを俯瞰的に整理・分類し、分野横断的な位置づけと代表例を示している。
① 再生可能エネルギー等の供給・貯蔵・利用
水力や風力発電、水素、軽油代替燃料、下水汚泥等の未利用エネルギーの供給・貯蔵・利用によるCNの推進。
② エネルギー利用の効率化・省エネ
交通の効率化、街区・流域単位など空間的視点での分野横断的連携を通じたエネルギー利用の効率化や省エネの推進。
③ インフラの整備・維持管理・更新
低炭素材料の開発とインフラへの導入、建設機械の脱炭素化、インフラの長寿命化など、ライフサイクル全体を通じたCNの推進。
④ CO₂の吸収
ブルーカーボン、CO₂固定コンクリートの活用、木材利用、地下貯留等による、排出されたCO₂の回収と長期的な固定の推進。
⑤ レジリエンス強化につながるCNへの取組
地域マイクログリッド等による脱炭素化と、これを通じた災害時の機能維持、地域レジリエンスの強化。
これらのうち、①および②は対象エリアのスケールに応じたエネルギーの最適化が必要なため、「空間的」「エネルギー形態」の視点がとくに重要となる。③や④はインフラの耐用年数や炭素固定の持続性を踏まえるため「長期的な視点」が不可欠で、⑤は「レジリエンス強化の視点」を軸に、他分野と組み合わせることで相乗効果を生む。
ルールを変え、人を育てる。分野横断のCN推進
CN実現では、土木分野はインフラの「つくり方」と「使い方」の双方に深く関与し、排出量の相当部分に対して影響を及ぼし得る分野だ。このため、緩和と適応を車の両輪として一体的に進めるうえで、重要な役割を担う。とりわけ、気候変動の影響が顕在化する今日では、CN推進とともに、災害等の非常時でも機能を確実に維持し得る社会の実現が強く求められる。
そこで提言では、各分野での推進における「課題」と、「障壁」を明確化し、社会実装と普及を阻害している要因と改善の方向性を示した。CNを社会に定着させるには、個別技術の開発・導入促進に加え、基準・規制・制度・運用といった周辺条件を整備し、事業の意思決定から実施に至るプロセス全体において「より低炭素な取組が選択される」環境を構築することが不可欠だ。
今後は、計画段階から設計、施工、維持管理に至る各局面で、阻害要因の見直しと運用改善を着実に推進する必要がある。とりわけ、排出削減効果を客観的に評価し得る共通指標を整備し、これを計画策定、公共調達、補助制度、評価制度に一貫して組み込むことが重要となる。これにより、投資判断や技術選定が「費用」のみならず「削減効果」を含めた総合的な比較に基づいて行われるようになり、関係者が説明責任を果たしやすくなる。
さらに、先行事例の成果やデータを体系的に蓄積・共有し、計画や基準の改定、運用改善へとつなげるフィードバックの循環を確立することで、普及・定着の一層の加速が期待される。加えて、人材や組織の観点からも、評価手法やデータ整備を担う体制の確立、地方自治体・事業者・研究機関の連携強化、標準化やガイドライン整備を推進する枠組みの充実が求められる。
CNの推進には、土木分野にとどまらない多様な知見と実践の連携が不可欠だ。まずは分野横断・異分野連携を促進していく必要がある。それと同時に、技術者の資質向上を支援する学習プログラムの充実や、未来の技術者へのアウトリーチの強化など、CNに資する人材の育成を進めることも重要となる。
今後、土木学会は、①課題や障壁の改善状況の把握と見える化、②CNに資する土木技術の体系化と標準化の推進、③CNに資する研究成果の発信を通じて、土木分野におけるCNの普及・定着を継続的に支える方針を示した。
参考:提言「カーボンニュートラルでレジリエントな社会づくりプロジェクト ~気候変動に対する緩和と適応に向けて、何を改善すればよいのか~」を公表いたしました(土木学会)

