2025年1月、埼玉県八潮市で起きた大規模な道路陥没事故。日常の足元が突如として崩れ落ちるその凄惨な光景は、地面の中に隠されていたインフラ老朽化の現実を、私たちにまざまざと見せつけた。
高度経済成長期に整備された土木構造物が次々と耐用年数の限界を迎える中、とりわけ下水道は市民生活や社会経済活動を地下から支える重要な「都市の動脈」でありながら、「目に見えない」がゆえに劣化の把握が難しい。尊い人命が失われ、約100万人もの市民生活に影響を及ぼしたこの事故は、建設業界全体に対して「事後対応から予防保全へ」とインフラ維持管理のあり方を根本から見直すよう迫る、重い教訓となった。
こうした喫緊の社会的要請に対し、安藤ハザマ(本社:東京都港区、代表取締役社長:国谷一彦)は迅速に動いた。同社は2025年10月、各分野で培ってきた高度な技術的知見を結集し、下水道インフラの調査、診断から修繕、改築に至る技術を速やかに展開するための「専門チーム」を新たに発足させた。国土交通省の全国特別重点調査によると、2026年2月末時点で対策が必要な管路延長は748kmに達するなど、事態は一刻の猶予も許されない。
今回、安藤ハザマ 技術研究所 土木研究部 地盤・基礎グループ長であり、本プロジェクトの陣頭指揮を執る室山拓生氏にインタビューを実施。インフラ老朽化に対するゼネコンとしての社会的使命、ウォーターPPP(官民連携)時代における新たなビジネスモデルの構築、そして同社が誇る革新的ソリューションについて話を聞いた。
限界を迎えるインフラとゼネコンの使命
――インフラの老朽化による事故が相次いでいますが、最前線にいるゼネコンとして、今の状況をどう見ていますか。
室山拓生氏(以下、室山氏) 高度経済成長期に集中的に整備されたインフラが、現在50年から60年という耐用年数の限界を迎えつつあります。ゼネコンの立場から言えば、この「インフラ老朽化」という課題は決して昨日今日に始まったものではなく、以前から継続して警鐘が鳴らされてきた問題です。
――危機を訴える声は以前からあったものの、いよいよ限界が来ていると。
室山氏 ええ。ここ10年で更新期を迎える構造物が一気に増加しており、まさに「待ったなし」の状況に突入していると強く認識しています。とりわけ上下水道をはじめとする地下インフラでは、管路の破裂や損傷による深刻な事故が継続的に発生しており、発生頻度も増加傾向にあり、強い危機感を抱いています。
現在ある道路やトンネルといった社会資本のうち、すでに半数近くが建設から50年を経過しようとしています。これらに対して、本来なら継続的かつ計画的な維持管理、あるいは抜本的な入れ替え更新工事が不可欠です。しかし、国や地方自治体の予算的制約もあり、十分な対応が行き届いていないのが実情です。
――予算も人も足りない。そんな中で、ゼネコンは具体的にどう動くべきだと考えていますか?
室山氏 私たちゼネコンは長年の経験を通じて、事前の地質調査から実際の施工に至るまで、あらゆる工程を総合的に管理し完遂してきました。専門の協力会社との手配や調整を含め、現場の機微を最も深く理解し、全体を俯瞰しているのはゼネコンであるという自負があります。
だからこそ、地方自治体とタッグを組み、効率的かつ安全にインフラ整備を進めるプロセスでは、ゼネコンが中心的役割を担い牽引していくべきだと考えています。今後、この重要な社会課題に対して、安藤ハザマとしてもより一層深く足を踏み入れ、全社を挙げて尽力していく考えです。
八潮市の教訓。「不可視の危機」に抗う
――今年の1月に八潮市で起きた陥没事故は、まさにその危惧が最悪の形で現れた事例でした。
室山氏 あのような大規模陥没事故は、建設業界だけでなく日本社会全体に重い課題を突きつけました。何よりも痛ましく、深く受け止めているのは、尊い人命が奪われてしまったという事実です。
さらに、広範な地域住民に対して取水制限が敷かれるなど、市民生活に甚大な影響を及ぼしたという点でも、重大な事故だったと言わざるを得ません。また、とくにゼネコンとして大きなショックを受けたのは、事態の収拾や復旧までに信じがたいほどの長時間を要してしまった事実です。
――過去の陥没事故の事例と比べて、なぜあそこまで復旧が難航したんでしょうか。
室山氏 過去に起きた大規模な陥没事故、たとえば福岡市のケースでは、約3日程度で仮復旧に漕ぎ着けました。しかし今回の八潮市では、人命救助を最優先に行う極度の緊張状態に加え、現場の地盤が砂質土で、土砂が水とともに瞬く間に流出してしまうという極めて劣悪な条件が重なりました。
陥没が拡大していく中で、その流出と崩落の連鎖を食い止めることが困難だったという技術的な限界に直面したのです。最終的に「なすすべがない」というほどの過酷な時間が長く続いたことは、私たち建設技術者にとって非常に悔しく、インパクトの大きい出来事でした。
元々あの地域の地盤条件が芳しくないことは事前に把握していましたが、まさかこれほど収拾がつかない事態に発展するとは予測しきれず、その脅威をまざまざと思い知らされました。
「水の官民連携」時代を拓く専門チームが発足
――あの過酷な現実を突きつけられた直後の2025年10月、安藤ハザマは下水道インフラの専門チームを立ち上げます。このスピード決断の裏には何があったのですか?
室山氏 八潮市の事故がもたらした社会的注目の高まりが非常に大きかったことは間違いありません。
そしてもう一つ、国がインフラ維持管理の仕組みを根本から変革しようと主導し始めた点が決定的な契機となりました。現在、国は「水の官民連携(ウォーターPPP)(※)」やコンセッション方式といった新たな官民連携の枠組みを推進しています。
※ウォーターPPP・・・地方自治体が担ってきた水道事業の運営を民間企業に長期・一括で委託する仕組み。深刻化する施設の老朽化や人口減少による収益悪化、専門職員不足を解消する「切り札」として期待されている。建設業界にとっては単なる受注者ではなく、設計から維持管理まで広域的に担う「運営のパートナー」への転換を意味する。
その背景には、インフラ管理者である地方自治体側で専門的な技術職員が不足しているという深刻な実態があります。発注の仕組みそのものを抜本的に変えていこうという時代のうねりの中で、私たちゼネコン側もそのパラダイムシフトに追従していく必要があります。
この変化に的確に対応していくためには、従来の枠組みを超えた専門チームの設置が不可欠で、それが発足の最大の理由です。
――チームの具体的な陣容と、それぞれの役割を教えてください。
室山氏 コアメンバーは、技術部門から5名、営業部門から5名の計10名体制です。技術部門は主に高度な技術開発を担っており、コンクリート材料の専門家、地盤改良の専門家、最新の調査技術を扱う専門家という3つの柱で構成しています。
一方の営業部門は、先ほど触れたウォーターPPPをはじめとする官民連携事業において、JVやコンソーシアムを組成し、いかに戦略的に事業を受注していくかを検討するグループです。
技術と営業という2つのプロフェッショナル集団が密な協議を重ね、一体となってインフラ再生に取り組んでいるのが、このチームの最大の強みです。
官民連携で牽引する次代のインフラ管理
――国が進める「ウォーターPPP」という新しい枠組みの中で、ゼネコンとしてどう戦っていく戦略ですか?
室山氏 これまでの下水道工事というと、管路を10m、20m単位で修繕するような小規模な発注が主流で、ゼネコンが単独で参画するには事業規模の観点からハードルが高く、主に地元の有力企業が担ってきました。
しかしこれからは、自治体の負担を軽減するため、管路の調査から10年単位の長期的な維持管理計画の立案、実際の補修や更新までを包括的に民間へ委ねる動きが加速しています。
すでに全国で数十件規模の発注案件が出始めており、他社と協力体制を築きながら受注に向けて総力を挙げている段階です。
――対象になるのは、管路だけでなく水処理施設なども含まれるのでしょうか。
室山氏 「水の官民連携」と呼ばれるように、基本的には上下水道の双方が対象です。業務範囲としては、地中の「管路の維持管理」と、浄水場や汚水処理場といった「施設の維持管理」の両輪が存在します。これらが一体で発注されるケースもあれば、個別に発注される形態もあり、自治体によって条件は多岐にわたります。
私たちとしては、管路のみを対象とした連携であれば、綿密な調査に基づいて10年間の効率的な維持管理スケジュールを策定するというシンプルなアプローチが可能で、第一歩として取り組みやすい事業領域だと捉えています。
一方で、浄水施設などが含まれる案件はより高度な専門性が求められるため、水処理プラントに精通したコンサルタント企業などと協力体制を構築し、共同で事業に臨む協議を戦略的に進めています。
――ただ、発注側である地方自治体の受け入れ態勢も追いついていないのでは?
室山氏 おっしゃる通りで、地方自治体の技術職員の減少は深刻なレベルに達しています。下水道業務は清掃から点検、修繕計画の立案まで多岐にわたりますが、これを少数の職員で網羅して管理するのは限界を超えています。
業者への細かな発注業務だけでも膨大な負担となっており、専門的なノウハウを持つ民間企業が一手に引き受けることができれば、はるかに効率的で質の高い維持管理が実現できます。
しかし自治体によっては未だに図面や台帳が紙で管理されており、業務が属人的でDXが遅れているケースも散見されます。そうした環境では円滑な引き継ぎが難しいため、DXがある程度進展している自治体を先行してターゲティングし、デジタル情報を活用したスマートな維持管理を提案していく方針です。
――水コンサルタントや地元企業とコンソーシアムを組むとなると、企業間の競争も激しくなりそうですね。
室山氏 上下水道に特化した高度なノウハウを持つ専門企業は、実は全国的に見ても数が限られています。そのため、優良なパートナー企業を巡る業界内の競争は必然的に激化しています。
自治体からの公募が正式に発表されてから動くのでは遅いため、将来的にウォーターPPPが導入される可能性の高い地域を早期に絞り込み、先見的な営業を展開することが重要です。案件ごとに、その地域や特定の仕組みに強みを持つ提携相手を見極め、オーダーメイドのコンソーシアムを形成するという柔軟な戦略をとっています。
硫酸劣化を根絶する「防菌コンクリート」
――そこで勝ち抜くためには、「自社の技術」が強力な武器になります。今回インフラ再生の切り札として「3つのソリューション」を打ち出されていますが、まずは一つ目の「防菌コンクリート」の仕組みから教えてもらえますか。
室山氏 下水道施設特有の過酷な環境下で、コンクリートの劣化を引き起こす最大の要因は「硫化水素」です。この硫化水素を「硫黄酸化細菌」という微生物が硫酸へと変化させ、その強酸がコンクリートを激しく腐食させてしまうのです。
私たちが独自に開発した防菌剤は、この硫黄酸化細菌の活動を直接的に阻害する画期的な薬剤です。これを練り混ぜた「防菌コンクリート」は、細菌による硫酸の生成を根本から抑制することで、硫酸劣化を未然に防ぎます。
特筆すべきは、対象となる腐食原因菌以外の有益な微生物や、周辺環境への悪影響が一切ないという点です。下水道本来の水処理機能などを妨げることなく、防食効果が長期間持続する、環境調和性の高い技術です。
――この防菌コンクリートは、すでに実際の現場で使われ始めているのでしょうか?
室山氏 はい。現場打ちのレディーミクストコンクリートはもちろん、鉄筋コンクリート管やマンホールといった「二次製品」、さらには「補修用モルタル」に至るまであらゆる形態で適用可能です。
すでに国内外で豊富な施工実績があり、海外ではベトナムのハイフォン市のマンホールに採用されたほか、大阪府や仙台市など全国各地の自治体で数多くの納入実績があります。
新設から維持修繕まで幅広く対応できる汎用性の高さと実績こそが、技術の信頼性を証明している何よりの証左です。
ひび割れを自己治癒する革新マテリアル
――二つ目の「バイオスマートコンクリート®」は、どのような特徴を持つ技術でしょうか。
室山氏 「バイオスマートコンクリート®」は、生物の力を借りて構造物の寿命を劇的に延ばす最先端の自己治癒マテリアルです。
一般的な微生物は、コンクリート内部のような高pH(強アルカリ性)の過酷な環境下では死滅してしまいます。しかし同技術では、pH11~12という極めて強いアルカリ耐性のある特殊なバクテリア(バチルス属)を、専用の栄養素とともにコンクリートに練り混ぜます。
このバクテリアの呼吸により、コンクリート中の溶存酸素を消費し、酸素不足により鉄筋腐食を防止します。さらに、コンクリートに微細なひび割れが発生した場合には、呼吸で吐き出された二酸化炭素によって炭酸カルシウムを析出させ、ひび割れを物理的に閉塞させる仕組みまでも併せ持ちます。化学的な防錆効果と物理的なひび割れ閉塞をもたらす、まさに一石二鳥の革新的技術です。
――実際に、漏水を防ぐ効果はどの程度実証されているんですか?
室山氏 厳格な漏水実験を通じて、その高い治癒能力を明確に実証しています。供試体に人工的なひび割れを導入して実験を行った結果、わずか1週間で自己治癒機能が働き、漏水が完全に停止することを確認しました。
さらに、同じ供試体に対してより大きなひび割れを再度導入する過酷な試験も行いました。一度治癒した箇所にさらなる負荷をかける試験ですが、こちらも2週間で完全に自己治癒し、漏水を止めることに成功しています。繰り返し発生するひび割れに対しても継続的に効果を発揮するという結果は、インフラの長寿命化において決定的なブレイクスルーになることは間違いありません。
既存構造物を延命させる「スラスラ工法」
――そして三つ目の「スラスラ工法」とはどのようなものですか?
室山氏 「スラスラ工法」は、稼働中の既存コンクリート構造物を効果的に延命させるためのリニューアル技術です。腐食抑制剤を混和した耐硫酸性の専用断面修復モルタルを既存の躯体に吹き付けた後、「スラスラシート」と称する高分子シートを差し込むことで、既存構造物と強固に一体化させます。
専用モルタルが持つ防菌作用と、シートの耐薬品性の相乗効果により、長期間にわたって卓越した防食性能を発揮し続けます。適用範囲は広く、下水処理場における着水井や最初沈殿池といったプラント設備のほか、マンホールやボックスカルバートなどの管路施設にも最適です。すでに流域下水道浄化センターの改修や、商業ビルの排水貯留槽修繕など、多くの現場で実績を積んでいます。
予防保全を主導し、都市の地下を守り抜く
――最後に、今後のインフラ強靱化に向けて、安藤ハザマとしてどんな未来を描いているか聞かせてください。
室山氏 安藤ハザマは、本日紹介した3つの技術にとどまらず、現在もインフラの健全度向上に寄与する次世代の技術開発に鋭意取り組んでいます。
研究開発の進捗に合わせて、順次新たなソリューションを社会へ展開していく予定です。今後は、このチームで獲得した知見と成果を武器に、下水道管理者である地方自治体へ技術とマネジメントプランを積極的に提案していきます。
老朽化という国家規模の課題に対し、ゼネコンの総合力と最先端のテクノロジーを融合させることで、市民の安全・安心な生活と、持続可能な社会経済活動を地下から力強く支え続けること。それこそが、私たちに課せられた最大の使命に他なりません。

