日本の都市開発と自然生態系の調和を目指す取り組みの中心に、グリーンインフラという概念がある。国土交通省の中で、この取り組みの最前線にいるのが、国土交通省の水管理・国土保全局(以下、水局)だ。
水局が河川事業や海岸事業などにグリーンインフラをどのように組み込んでいるのかを理解するため、河川環境課の企画専門官である林利行氏に話を聞いた。林氏は、洪水対策や環境保全を進めながら、自然システムを活用してレジリエンス、生物多様性、コミュニティ参加を強化する水局のアプローチについて詳しく語った。
グリーンインフラと水局の親和性 なぜ積極的に取り組むのか?

林 利行氏
――水局は他の国土交通省の局と比べて、グリーンインフラに積極的に取り組んでいる印象があります。これは河川や海岸事業とグリーンインフラの親和性が高いからでしょうか?
林氏 グリーンインフラは私たちの使命と密接に結びついています。河川や海岸は本質的に自然のシステムであり、生態系の機能を維持・強化することが私たちの仕事に自然に組み込まれています。グリーンインフラ―自然環境が有する、洪水制御、生物多様性、コミュニティスペースなど多様な機能の活用―の趣旨は、私たちの取り組みの方向性と一致しています。
たとえば、河川事業では多自然川づくりを通じて生態系を支えつつ流水を管理してきました。この自然環境が有する機能を活用したグリーンインフラは、私たちの取り組みにおいて重要な役割を果たしています。また、各部局の取り組みにはそれぞれ特長があり、私たちは河川や海岸などが有する特性を最大限に活かした取り組みにつなげています。
流域治水におけるグリーンインフラ 河川事業や海岸事業との統合の理由
――グリーンインフラが「流域治水」の枠組みに組み込まれていると聞きましたが、なぜこのような位置づけになっているのか教えてください。
林氏 流域治水は、山から海岸まで流域全体で水害を軽減させることを目指し、多岐にわたる関係者が協力的かつ包括的に取り組んでいます。グリーンインフラは、たとえば、湿地や氾濫原などの自然環境が有する機能を活用して水害リスクを軽減することにつながるため、この枠組みに適合します。河川や海岸などの事業の中には「グリーンインフラ」と明示的に名乗っていない事業もありますが、流域治水とともに「グリーンインフラ」の推進に取り組んでいます。
2021年の関連法の改正など踏まえ、この方針が明確化され、自然環境が有する多様な機能を活かし災害リスクの低減につながる生態系ネットワークの形成が示されました。グリーンインフラを流域治水に組み込むことで、河川や海岸などの事業について、それぞれ単独の取り組みではなく、河川・流域が連携した取り組みとして推進しています。
流域治水でのグリーンインフラの定義と役割
――流域治水の枠組みの中でグリーンインフラはどのように定義され、どのような役割を果たしていますか?
林氏 流域治水におけるグリーンインフラは、水害リスクへの対応、生物多様性やコミュニティの活力保持などといった地域の課題に対応するために自然環境が有する機能を活用することです。
これは、自治体、住民、企業などのステークホルダーがハードとソフトの対策を協働し進める流域ごとのプロジェクトを通じて具体化されます。たとえば、斐伊川流域では、流域治水プロジェクトにおいて、多様な生態系にとっての生息地の保全や活気ある河川空間の創出などを通じてグリーンインフラを推進しています。
この治水と環境の両立は、109の一級水系全てで策定しており、国土交通省のグリーンインフラ戦略にも反映しています。生活ニーズと生態系の保全や創出を両立させ、河川の機能を活かし住みやすい空間につなげることが目標です。
グリーンインフラが築く環境配慮の伝統
――水局は長年にわたり環境に配慮した河川管理を行ってきました。グリーンインフラはこの伝統をどのように発展させていますか?
林氏 グリーンインフラが一般的になる前から、私たちは環境重視の取り組みを実施してきました。また、1990年代からは「多自然型川づくり」(2006年から「多自然川づくり」)を推進し、1997年の河川法改正で環境保全が法の目的として追加され、河川管理のすべてのプロセスにおいて生物多様性や自然景観を考慮することが義務づけられました。グリーンインフラは、これらの取り組みを現代的な枠組みで統合し、洪水対策やコミュニティ参加と結びつけるものです。
たとえば、国と横浜市が共同で整備した鶴見川の多目的遊水地は、洪水調節施設として機能しながら、平常時は都市部における貴重な自然環境として、多様な生物の生息・生育・繁殖の場になっているほか、スポーツ・レクリエーションの拠点として多くの人々に親しまれています。グリーンインフラの概念が一般化する前から実施している事業の中には、グリーンインフラの趣旨に合致しているとして後からグリーンインフラとして位置づけられたものもあります。
SDGsやネイチャーポジティブなどの概念との交差点
――「ネイチャーポジティブ」「カーボンニュートラル」「SDGs」といった言葉は、グリーンインフラと関連づけられて、しばしば語られます。これらの概念は水局の取り組みとどう結びついていますか?
林氏 これらの概念は私たちのアプローチに深く織り込まれています。ネイチャーポジティブは、河川整備を通じて生態系の生息や繁殖の場を強化する私たちの取り組みと一致します。たとえば、渡り鳥や魚類のネットワークを支えられるよう河川空間を設計し、生態系のための連続性を確保しています。
カーボンニュートラルについては、たとえば、無動力ゲートの導入や環境配慮型の建設資材の使用を通じてCO2排出を削減しています。SDGsも、生物多様性や住民参加を通じて地域の持続可能な発展を目指す私たちの取り組みとリンクしています。
これらは単なるスローガンではなく、具体的な計画や技術に落とし込まれています。たとえば、荒川では、生物多様性と住民参加による自然再生などをグリーンインフラと位置づけ、地域住民や企業などによる河川の清掃活動、自然環境の保全活動を推進しています。