プレスの質疑応答に答える小野田泰明会長(東北大学教授)

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日本建築学会(AIJ)新体制が始動。「会館再生」「建築士法改正への提言」「生成AI対応」の3つの重要課題に挑む

(一社)日本建築学会(AIJ)は6月17日、記者会見を開き、今期の新執行部体制による本格的な活動スタートを宣言した。

会見には、2年目の舵取りを担う小野田泰明会長(東北大学教授)をはじめ、学術レビュー・教育推進担当の楠浩一副会長(東京大学地震研究所副所長・教授)、総務財務担当の藤本裕之副会長(清水建設株式会社専務執行役員)、情報・国際担当の中谷礼仁副会長(早稲田大学教授)、社会ニーズ対応・普及啓発担当の東正典副会長(株式会社日本設計執行役員)が出席し、それぞれの担当分野における今期の重点方針や抱負を述べた。

会見で小野田会長は、前期にまとめられた「山梨レポート」を踏まえた建築会館再生に向けた10年間のロードマップ策定や、現在国会で成立に向けた調整が進む「建築士法改正案」に対し学会として近く国土交通省住宅局へ提出する「建築士の教育に関する意見書」の概要、さらに急速に進化する生成AIへの対応としてタスクフォースを立ち上げ、2026年9月までに一定の見解をまとめる方針などを明らかにした。

今期の2大テーマは「建築会館の再生」と「建築士法改正への提言」

――重点的に取り組みたいことは何か。

小野田会長 今期の重点課題は大きく2点あります。

第1は、前期に山梨知彦前副会長を中心とする「建築会館の将来と財政健全化に向けた検討タスクフォース」がまとめた「山梨レポート」の提言を踏まえ、学会の財務基盤の健全化と、東京・港区にある建築会館の維持・再生を一体的にどう進めるかです。

建築会館は延床面積約1万m2と規模が大きく、学会の多様な機能と歴史が複雑に絡み合う象徴的な資産です。とくに地下1階の図書機能については、今後のペーパーレス化・デジタル化の流れの中で、どのように位置づけ、未来へと繋げていくかが重要な議論となります。

山梨レポートが示した課題認識や方向性を会員の皆様と共有した上で、今期は「どのようなステップで実装に移すか」という実践的な進め方の構築を最大の課題として据えます。

第2は、「建築士法改正案」の動きに対する学術団体としてのコミットメントです。少子高齢化の急速な進行に伴い、建築設計や施工、行政の現場における専門人材不足は極めて深刻であり、とりわけ地方都市や地域社会では持続可能性を揺るがすほどの深刻な事態です。この危機に対応するため、国土交通省や主要な建築設計団体を中心に、試験制度の見直しや受験資格の緩和を含む法改正の動きが加速しています。

本学会は、単なる実務者団体ではなく、研究・教育の面から高度専門人材の育成を長年支えてきたという自負と歴史があります。ゆえに、短期的な人手不足解消だけでなく、「日本の建築界の将来を見据えたとき、真に必要な教育・制度の在り方は何か」という大局的な観点から、国交省住宅局に対して近く具体的な意見書を提出する予定です。

本日の理事会承認を経て正式に内容を公表する段取りですが、関係団体や地方自治体と密接に連携し、言うべきことをきちんと発信していくことが学会に課された社会的使命だと考えています。

創立150周年を見据えた「建築会館再生・10年ロードマップ」

――「山梨レポート」策定からの1年で、どの水準まで議論を進めたいか。

小野田会長 この記者会見の後、新執行部として最初の「企画運営会議」を開き、次の具体的なアクションについて議論を始めます。建築会館の再生は、古くなったビルを建て替えるか修繕するかといった単純な話ではありません。延床約1万m2の巨大な施設の中に、学術的な研究室や事務局機能、地下1階の歴史的な図書機能、一般向けイベントスペースなどが濃密に同居しており、一朝一夕に「こう変えます」と結論を出せません。

我々には明確なターゲットイヤーがあります。今から10年後、日本建築学会は創立150周年という偉大な節目を迎えます。その時点で、建築会館再生の具体的な方針が社会と会員に実装され、完成とまではいかなくとも「こういう姿に生まれ変わる」という明快なビジョンが誰の目にも見える形で示され、それを実現するための資金的裏付けや見通しが立っている状態にしたいと考えています。

そのために、今期中に今後10年間を逆算して組み立てるための「明確なロードマップ」を策定し、「いつまでに何を明らかにするか」「次のステップではどの課題を解決するか」というタイムラインとフェーズを確かな形にすること。これが、この1年で具現化したい成果像です。

人手不足解消のための「短期的措置」に危機感

――建築士法改正の動きに関連して、近く国交省に提出される意見書に、学会としてどのような期待を込めているか。

小野田会長 今回の建築士法改正案の特徴は、建築士試験の受験資格の大幅な「早期化」、すなわち在学中であっても必要な科目を修めていれば受験可能とする前倒しにあります。

世界的に見ると、プロフェッショナルな建築士として国際的に認められるための学歴要件などは、UIA(国際建築家連合)のアコード(協定)などによって厳格に定められています。我が国でもこれまで、4年制大学教育に加え、大学院教育を組み合わせるなどして、国際基準と整合をとるべくカリキュラムやインターンシップ要件を精緻に調整し、国際的に通用するシステムを整えてきた経緯があります。

しかし、今回の改正の議論では、そうした国際基準との整合性や長期的な人材育成といった本質的な議題が十分に深められないまま、「少子化でとにかく人手が足りない」「地方の現場が危機的だから、早く受験資格を与えよう」という短期的な課題の論理だけで、制度が大きく動きつつあります。

短期的な対応としてハードルを下げることは、一過性の効果があるかもしれません。しかし、基礎的な力が十分に備わる前に資格取得だけが先行すれば、長期的には厳しい状況を招きかねません。長い時間軸の議論を、短期的な制度設計の中にどう織り込んでいくか。その役割を本学会が果たしていきたいので、「ドアを開けてください」と国土交通省に要請します。

――合格後の実務経験の質や、継続教育など「試験後の課題」について、学会として長期的視点で関わるべきだ、ということか。

小野田会長 要件を緩和して試験に通すこと自体は、あくまで入口、スタートラインに過ぎません。その後、合格者がどのようにして真に優秀な建築士として育っていくのかという「試験後のプロセス」こそが本質的な課題です。

日本の建築設計は、国際的にも非常に高く評価されています。海外の設計事務所ランキングでは上位に米国勢が並びますが、アジア、さらには世界を見渡しても、日本の建築設計のプレゼンスは圧倒的であり、まさに誇るべき強力な「キラーコンテンツ」です。

この素晴らしいキラーコンテンツを守るためにも、社会的責務を負う学術団体として、我々はしっかりと意見を届け、今後の制度運用やグランドデザインの中に、長期的な育成の視点を組み込んでもらう必要があります。

国交省には、目の前の危機対応としての要件緩和で終わらせるのではなく、その後の運用やグランドデザインの中に、長期的な人材育成の仕組みを「セット」で盛り込んでもらいたい。意見書提出後に期待するのは、まさにそうした方向性です。

本学会は、日本の建築を守る社会的責務を担う学術団体です。だからこそ、長期的な視野を持った制度運用の工夫について、国交省に粘り強く提案し、確認していきたいと考えています。

「建築士法改正案」の4骨子と、学会が求めた3つの要望

ここで、改めて「建築士法改正案」の中身と背景を整理しておきたい。自民党の「建築設計議員連盟」を中心に今国会への提出を目指す同改正案は、深刻な若手不足の解消と専門人材の育成を目的とし、即効性を重視した内容となっている。骨子は次の4点だ。

1.在学中受験の対象拡大

大学などで既に導入されている「在学中(卒業見込み)受験」を、高校・専門学校の建築科にも拡大し、資格取得時期の大幅な前倒しを図る。

2.実務経験要件の緩和

建築系以外の出身者(未経験層)が2級建築士免許登録に必要とされてきた「最長7年」の実務経験期間を短縮。あわせて、2級から1級建築士へのステップアップに必要な実務経験期間の短縮も盛り込み、若手の早期キャリアアップを後押しする。

3.建築設備士の受験・登録要件見直し

建築設備士試験の受験時に求められていた実務経験要件を廃止し、「合格後、登録までの期間に実務経験を満たせばよい」とする仕組みに見直す。これにより、機械・電気など他分野からの人材流入と早期資格取得を促す。

4.小規模建築物の書面契約義務化

トラブル防止と若手の実務環境の適正化を目的に、これまで対象外だった延べ面積300㎡以下の小規模建築物の設計・監理についても、「書面契約」を法律上義務化する。

なお、日本建築学会は翌6月18日付で国土交通省に意見書を正式に提出した。建築教育と学術体系を担う立場から、丁寧な合意形成と国際水準の維持、そして資格取得後の継続的な育成体制の構築を強く求めている。意見書の主なポイントは以下の3点となる。

教育機関との丁寧な制度設計と十分な周知期間の確保

受験資格に関わる指定科目を提供する教育機関の意見を丁寧に聴取し、その声を制度設計・運営に反映することを要望。あわせて、在学中受験に伴う大学側の事務負担やカリキュラムへの大きな影響を踏まえ、法改正から施行まで十分な時間的余裕を確保するよう求めた。

日本の資格特性を踏まえた国際通用性と魅力の向上

日本の建築士資格が持つ「裾野の広い包括的専門資格」という特性・強みを踏まえつつ、将来の職能像を発展させる方向での改変を要望。国際通用性を備えた上位資格への接続を図ることで、次世代を担う人材にとっての資格の魅力向上につなげるべきだとした。

試験のデジタル化(CBT化)と通年分散型への移行推進

従来の紙ベース・年1回の一斉試験を見直し、DXの動向を踏まえたCBT化への移行を前提に検討することを提言。科目ごとの段階的な合格を積み上げる「通年分散型」とすることで、学生や若手の過度な学習負荷を抑え、多様なキャリアパスに対応できる仕組みづくりを求めた。


副会長4名が語る、激動期の建築界を支える役割とビジョン

こうした小野田会長の基本方針を受け、今期の学会運営を支える副会長陣からも、それぞれの担当分野における抱負が語られた。

藤本裕之副会長(清水建設株式会社専務執行役員)

藤本裕之副会長(清水建設株式会社専務執行役員)

私の担当は総務・財務です。本学会活動のプラットフォームであり、同時に大切な資産でもある「建築会館」の扱いと、学会活動の根幹となる財務基盤の強化が主な任務です。

建築会館については、長寿命化を見据えた適切なメンテナンス計画の策定や、保有スペースの高度化・更新に向けた具体的な道筋を示し、実行に移していく正念場の年です。

併せて、「知的財産」の取り扱いも重要なテーマです。本学会が長年蓄積してきた膨大な学術的知見や各種基準・指針類といった知財を、持続的な財務基盤を支える「収益」としてどう組み入れていくことができるか、新たな方向性を模索します。財務基盤の健全化は、そのまま学会活動の一層の活性化に直結します。

東正典副会長(株式会社日本設計執行役員)

東正典副会長(株式会社日本設計執行役員)

社会ニーズ対応・普及啓発を担当します。現在、建築を取り巻く社会環境は大きな転換点を迎えているというのが基本認識です。国内の急速な人口減少、地域社会の過疎化やコミュニティ維持の課題、地球規模の気候変動、それに伴う自然災害の激甚化・頻発化などへの対応は、一刻の猶予も許されません。建築分野に求められる社会的役割や期待は、今後ますます拡大・多様化していくでしょう。

こうした激動期だからこそ、本学会に集う多様な専門家の英知を結集し、社会に対して次代にふさわしい新しい価値観を提示していくことが求められています。私はこれまで、民間での建築設計実務や大規模プロジェクトのマネジメントに長く携わってきました。

そこで得た実務的な視点と経験を最大限に生かし、本学会が誇る最先端の「学術」と現場の「実務」とを強固に結びつける橋渡し役として、学会活動の普及と社会貢献に寄与したいしたいと考えています。

中谷礼仁副会長(早稲田大学教授)

中谷礼仁副会長(早稲田大学教授)

情報・国際担当という、いま建築界でも最も変化の激しい分野を担当することになりました。この1年で、生成AI技術を日常的・業務的に使う場面は劇的に増えていますが、これからの2年間は情報技術面で本当の意味での「激動期」になると予想しています。

この1年、AI技術と向き合ってきましたが、AIの出力する回答や処理のスピードは圧倒的に速い一方、その内容を精査すると、事実誤認や文脈の飛躍など「論理的な揺らぎ」も少なからず含まれています。対して、人間による学術研究・実務・合意形成のプロセスは、AIと比べれば格段に遅いと言わざるを得ません。しかし、人間が作るものは、一歩一歩の検証を経て積み上げられているため極めて「着実」であり、かつ高い「正確さ」を有しています。

情報・国際担当としての自らの役割を考えたとき、この両者の間にあるギャップの埋め方を確立することにあるのではないか、という結論に至りました。

私たちがこれまで大切に培ってきた知見やシステムを適切に保護・継承しつつ、時代の変化に素早く柔軟に対応できる「スマートさ」を実装していく必要があります。とりわけ国際対応や海外への情報発信において、このスマートさを発揮していくことが私の大きな貢献のあり方です。

楠浩一副会長(東京大学地震研究所副所長・教授)

楠浩一副会長(東京大学地震研究所副所長・教授)

学術レビュー・教育推進を担当します。社会に対して大きな責任を負う第三者的学術団体として、本学会は社会のトレンドを牽引していかなければなりません。そのための柱の一つが学術レビューです。

その中で、学会が発行してきた膨大な論文集や技術基準、指針類といった「出版物のデジタル化・AI化」をどうハンドリングするかという非常に重い課題が私の元に降りてきております。学術団体として、未知の技術への恐れから「AI利用を全面的に拒否する」といった硬直的な姿勢を取ることは、将来を見据えた生産的な活動とは言えません。

むしろ、この急速な変化の過渡期において、本学会の有する唯一無二の知識資産と、AIという強力なテクノロジーの関係をどう交通整理するのかという、将来の建築教育・学術の在り方を左右する重い役目に寄与していきたい。

生成AIの「速さ」と学術の「着実さ」をどう繋ぐか

中谷・楠両副会長の発言を受け、学会としては生成AIへの対応を今期の執行部全体に横断する重要テーマと位置づけている。

専門のタスクフォースを立ち上げ、2026年9月を目途に一定の見解をまとめる方針を掲げている。中谷副会長が担う情報・国際分野でのAI活用の方向性、楠副会長が取り組む出版物のデジタル化・AI学習への対応指針、そして藤本副会長が検討する知的財産の収益化との関係整理など、各担当が連携しながら学会としての包括的なAIスタンスを形成していく構えだ。


深刻化する担い手不足に対し、受験資格の「超・前倒し」というドラスティックな一手を打つ今回の建築士法改正案。地方の工務店や建設会社にとって、高卒・若手人材の早期戦力化やキャリアアップを後押しする、強力な追い風となることは間違いない。

一方で、建築教育の現場を預かる日本建築学会が国交省に意見書を提出し、拙速な制度改正による「教育の空洞化」や「国際競争力の低下」に対して強い警鐘を鳴らした事実は重い。真の目的は、資格者の「数」を増やすことではなく、次世代を担う優秀な専門人材を社会に送り出し続けることにある。

要件緩和によって広がる門戸と、それに伴い求められる教育・実務環境の質の担保。この「期待」と「懸念」のギャップを埋めるには、今後、国交省が示す具体的な運用スキームを注視するとともに、実務側と教育側が恒常的に連携し、資格取得後の継続的な育成体制のグランドデザインを描き直すことが不可欠だ。

法改正という大きな転換点を迎えたいま、建設業界全体が「若手をどう育て、どう支えるのか」という本質的な問いに向き合うべき時を迎えている。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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