危ない土地に住むと税金3倍?土木の意見が「災害大国」を救う

左から、服部清二氏(日刊建設通信新聞社 常務)、津野洋美氏(応用地質株式会社)、藤代祥子氏(日特建設株式会社)、松田光弘氏(建設技術研究所 広報室長)

危ない土地に住むと税金3倍?土木の意見が「災害大国」を救う

巨大生物が衝突し、震度7の地震、建物は壊滅状態

謎の巨大生物がわたしたちの街に激突!その瞬間、衝撃波と震度7の地震が襲い、建物がつぶれ吹き飛んだ。地面は半径1キロ、深さ20メートルもえぐられ、あたりは火の海と化し壊滅状態。想像を絶する光景、かつて経験したことのない災害に建設産業界が立ち上がる!

――そんなテーマで建設関係者たちが討論するイベントが、8月9日、日本大学理工学部で開催された。日刊建設通信新聞社・日本大学理工学部・内閣府・文部科学省・日本経団連が主催する「夏のリコチャレ2018〜理工系のお仕事体感しよう!~」の一コマだ。

「災害デパート」と呼ばれる日本で、自然大災害からどう身を守るべきか?これからの土木技術者の在り方はどうあるべきか?そんな話を聞けるのではないかと期待して取材に伺った。

登壇者は下記の4名。

  • 日刊建設通信新聞社 常務 服部清二さん
  • 応用地質株式会社 津野洋美さん
  • 日特建設株式会社 藤代祥子さん
  • 建設技術研究所 広報室長 松田光弘さん

当日のディスカッションの内容を抄録する。

メディアは自衛隊だけで、土木技術者を取り上げない

建設通信新聞・服部さん

最近、西日本の豪雨や大阪北部地震、島根県西部の地震など、予期できないような災害が日本で頻発しています。

災害が起きると自衛隊が真っ先に取り上げられますが、自衛隊が現場に到着するまでに何をしなければならないか?その部分が抜け落ちて報道されているように感じます。

松田さん、そう思いませんか?

建設技術研究所・松田さん

災害があった時の初動は、土木の役割です。ただ残念ながら報道されないんです。

自衛隊が被災現場に行くためには、被災した道路を車が通れるようにしないといけません。東日本大震災の時は、車が通れるように内陸から三陸の方に向けて「くしの歯作戦」に取り組んだ。そのお陰で、自衛隊の車両も物資を送る車も通れるようになった。

しかし、「東日本大震災の時に一番助けてくれたのは誰ですか?」という国民アンケートの結果を見ても、第1位は自衛隊でした。確かにそうなんですが、その前に土木屋が頑張っているんだよ、ということをもっと国民の皆さんに知っていもらいたいですよね。

建設通信新聞・服部さん

自衛隊が活躍する前に、土木の方々が一生懸命道を作ってくれます。初動でヘリコプターが飛んでいくこともありますが、本格的な復旧は、車で行くことが非常に大切です。

インフラを整備をすることが土木の仕事ですが、それ以外の役割もありますか?

建設技術研究所・松田さん

やはり一般的には「工事をしている姿」が土木の象徴的な姿だと思います。ただ、物を作るためには色々な準備が必要です。

例えば、道路やダムを作る時には、そこの地質や自然環境がどうなっているかを最初に調べる必要があります。調べた結果を元に、どこに作るのが一番良いかという計画を立てます。そして費用を考え、図面を書いて工事をします。

工事が終わったあとは、建物の点検をして維持管理をします。お医者さんが人の体を毎年点検するように、土木技術者も土木施設の点検をします。これら全て土木の仕事です。

もちろん工事自体も大事ですが、それだけではなく、様々な人達が働いているのが土木の世界です。

建設通信新聞・服部さん

暮らしを支えるというのは、ハードを作るだけじゃなく、ソフト面も大事ということなんですよね。

建設技術研究所・松田さん

日本では、川や道路や町を、国や役所などが管理しているので、災害が起こると役所が助けてくれると思いがちです。しかし、役所で働いてる人ってそんなに多くありません。人口が1000万人を超える東京都民を全員助けることは到底できません。

そうなると誰が助けるのか。歩けない人や怪我をしてる人はなおさら大変です。ご近所付き合いで助け合わないと、とてもじゃないけど無理です。役所にはインフラを守る責任はあるけれども、全員の面倒は見られません。

建設通信新聞・服部さん

そうですね。「遠くの親戚より近くの他人」という言葉があるように、近所付き合いを良くしてコミュニケーションを良くして、いざという時に備えなくてはなりませんね。


東京の地下鉄は全滅

建設通信新聞・服部さん

さて、今日のテーマが、「謎の巨大生物がわたしたちの街に激突!その瞬間、衝撃波と震度7の地震が襲い、建物がつぶれ吹き飛んだ。地面は半径1㎞、深さ20mもえぐられ、あたりは火の海と化し壊滅状態」です。

さあ、松田さん、どうしましょう?

建設技術研究所・松田さん

直径2㎞のクレーターができる程のエネルギーが一瞬にして発生すると、恐らくものすごい熱が発生すると思います。そして深さ20mですから、おびただしい土が周りに撒き散らされる。

さらに地震が起きます。今は震度7が一番大きいとされていますが、さらに経験したことのないような地震が広範囲に渡って起きるはずです。災害対策をする前に、こういう災害だと何が起こるかを予測しておくことが大事だと思います。

例えば、堤防などの土木施設は、振動で多くが壊れると思います。隅田川より東側には、海水面より低い土地の「海抜ゼロメートル地帯」があって、堤防が壊れると江東区・江戸川区・墨田区・葛飾区・足立区の大部分が海になります。

そういう事が起き得るということを考えて毎日生活しないといけないと思いますね。対策をどうするかというのは、何が起きるかを考えたあとです。

応用地質・津野さん

地下鉄も全滅ですよね?

建設技術研究所・松田さん

そうですよね。御茶ノ水には地下鉄がいっぱい走ってますよね。

千代田線、丸の内線、 都営新宿線だけじゃなくて、山をすぐ降りた所に銀座線や日比谷線があります。そこに穴が開いちゃうわけですから、当然、海の水が地下街に入り込みます。

そうすると、地下鉄はみんな繋がってますから、地下の商店街も含めて、多くの地下空間が水没することになります。

日本の地質と地名

建設通信新聞・服部さん

津野さん、地質的にはどうでしょうか?

応用地質・津野さん

日本は、プレートが4つも合わさってできていて、世界でも稀に見るくらい、ぐちゃぐちゃなんです。ちょっと隣であっても、全然違う地質ということがあります。

しかし、最善策を見つけるのが建設コンサルタント、地質調査会社の責任です。例えば、斜面と地質の重なり方が平行だと崩れやすいですが、斜面と地質の重なり方が逆だったら崩れにくいんですね。地すべりが起きるきっかけは水が多いので、水が流れやすい所を調べて、そこから水が入ってきた時に逃す道を作ると地すべりは起こらない。ちゃんと調べれば分かるし、考えれば対策ができるんです。

西日本の土砂災害があった所の土の多くは、花崗岩が風化した「真砂土」というサラサラの土でできています。真砂土は水が入るとすぐ崩れるので、危険な場所だと分かってはいた。けれども、それを認めたくない住民の方もおられて、なかなか災害の被災者が減らないという現実があります。

日特建設・藤代さん

日本には、軟弱な地盤や水が多いところを、科学的な方法で固めて家やビルを建てたり、大きな山や崩れそうな山だったところを切り開いて、山を押さえて道路にしたりした場所がたくさんあります。

役所の方や建設業界の人たちも、ここは危ないから対策をしようと少しずつ対策を進めていますが、これからは「ここは元々こういう場所だったから対策する必要があるんだ」と、住民の方々から上がってくる声を私たちが拾って社会を作っていくというのも、今後の一つの方向性として出てきてもいいところではないかなと感じます。

建設技術研究所・松田さん

以前、うちの足立区のマンションの管理組合で議論になったことがありました。昔から住んでる人の中で、「小さい頃はよく洪水があったけれども、最近は洪水がなくなったから安全になったんだな」と言った人がいたんです。

そうするとみんな、「うんうん」と頷くんですよ。私は驚いて「ちょっと待った、私、土木屋です」と言って「あの辺は、綾瀬川の氾濫原であり、荒川、中川もあり、遠くまで行くと江戸川、利根川もあって洪水の被害を受ける可能性がある地域なんです」と発言しました。

そしてハザードマップの荒川版・江戸川版・利根川版全部持って、「ここは数メートル水没しますからね」ということをマンションの皆さんに説明したら、そんなこと知らないで住んでるよという人がほとんどでした。下水道や河川が整備されたから、もう洪水が来ないとみんな思っていた。しかし、そうではないと分かったら、土嚢を積むための材料を備蓄しようかとか、トイレを買おうというような議論をするようになりました。

建設通信新聞・服部さん

地名からその場所の古い地質が分かることもありますよね?

日特建設・藤代さん

例えば、田んぼの田がついてたら、そこは昔は水田だったとか、谷という字が付いていたら、そこは谷合を埋めた土地だったというように、自分が住む土地の一つの情報として活用することができます。

建設技術研究所・松田さん

私が住む東京都足立区の「足立」の由来は、荒川の河川敷に葦が立ち並んで生えていたことから「葦立ち」だったと言われています。そして足立区の「谷中」という所は谷の中ですね。ですから本当に周りはズブズブの低湿地帯だったというのを分かった上で住んでいます。

日特建設・藤代さん

最近になって名前が変わった地名もあります。私は「高畑」というところに住む時、水という字が付かないので安全な場所だろうと思って決めたのですが、いざ地下鉄の階段を登って降りると、そこには海抜-20㎝ と書いてありました。

それから大阪の「梅田」は、昔は、埋めるという字を当てて「埋田」という時期もありました。土地の地名の漢字にも注目して住む場所を選んでいただけたらなと思います。


危ない土地に住んだら、固定資産税3倍に?

建設通信新聞・服部さん

日本は安全神話が浸透しすぎている気がするのですが、実は日本の国土っていうのは全く安全じゃない、むしろ危険な国土だと言っても過言ではないと思います。

想定しうる限りの災害に対して、どのようなことをしていけば良いのでしょうか?

建設技術研究所・松田さん

まず、どのような災害が起こり得るかということを一通り考えてみることだと思います。

日本は「災害のデパート」と言われている通り、地震がとても多く、火山が各地にあり、川が非常に急なため洪水が起こりやすい。面積が少ないから渇水にもなりやすい。水を貯められないから何とかダムで貯めていますが、雨が降らなくなるとすぐに水が無くなってしまう。

アメリカとかヨーロッパとは全く違う国土の条件です。ちっちゃい平野におびただしい人間が住んでいるということです。

日特建設・藤代さん

これからはどこが一番危険でどこが安全かというのをもっと明確にして、人が住む住まないという防災に向けた町づくりが必要かなと思いますけど、どうですか?

応用地質・津野さん

これから人口も減っていくし、住む場所を限るっていうのはすごい良い案だと思います。住んで良い場所、ダメな場所を決める、土地利用を制限する、この場所にはこういう物を作ろう、ここは作っちゃダメ、と区分けしておくのは良い案ではないでしょうか。

建設技術研究所・松田さん

そうですね、あとは規制をかけるという方法もあるでしょうし、税金で対応する方法もあります。例えば、危ない低地に住んだら、固定資産税は3倍になりますとかね。

なので、なるべく高台の安全な所に住んでくださいと。3年、5年ではなく、50年、100年で考えた時に国のあり方そのものを考える必要があると思います。色々な国民的議論があっていいと思います。人口が減りポツポツと人が住むようになると非常に非効率です。ある程度コンパクトに集中するというのが、今の都市計画の考え方ですから。

これからの土木技術者が担う役割とは?

建設技術研究所・松田さん

やはり今後は、世の中の在り方はこうではないかと、土木技術者が発信していくことが大事だと思いますね。

日特建設・藤代さん

私の場合は、施工というハード面で物を作って、国土を抑えていく工事が多いのですが、土木工事や対策工事はとてもお金がかかります。しかし、大きなお金が動く時に、そうした問題を知らない方々の心象が悪く、税金の無駄遣いじゃないかという方向に意識が向いてしまいがちです。やはりハード面でしっかり守っていかなければならないことが沢山あります。

しかし、お金が足りないから、あっちでちょっと、こっちでちょっとと中途半端な対策しかできなかったこともありますし、この場所はあまり人がいないし人通りも少ないから、いつ落石があるか分からないけどそのまま放っておくしかないという場所もあります。

危険な場所だけど住みたいと思う人の自由もあります。ただ、建設業に関わる人として、どういう風に国土を守るかという観点から、危険なところを全て守ることは、最近の災害でも難しいことだと分かってきていると思います。

今後は技術の進歩もありますから、人が住む地域に限定してお金が投入できるよう取捨選択をすることで、人がより死なないように生活できる社会の街づくりができるかなと思っています。

建設技術研究所の松田広報室長

ハードで守ることはとても大事なことですが、限界があります。だから、普通の災害までは耐えられるようにハードで守る。だけど、それ以上の災害が起こってるし、起こり得る。そこをソフト面でどうカバーしていくか、ハードとソフトと両方を考えて進めていくという世の中になりつつあるし、これからはもっとそれをやらないといけない。

ですから、役所だけに任せるのではなく、一人ひとりが対策を考える、あるいは地域の皆で一緒に考えるということを全国民がやっていく必要がある。今まさにそういう時期に来ているのかなと思います。

応用地質・津野さん

ソフトの一例として、一人一人が自分の命を守る「津波てんでんこ」という言葉がありますね。東日本大震災で釜石の奇跡と呼ばれて、 三陸地方では代々言い伝えられてきた言葉です。

まさしくその地域で津波は起こり得るし、いろんな地域で色んな災害があるので、それぞれの地域にあった教えが浸透していくと良いなと強く感じました。

建設通信新聞・服部さん

これからは土木技術者が防災教育をするようになっていくと良いなと思っています。私は3.11の東日本大震災のあと、岩手県の石巻市長にインタビューに行きました。技術屋さんである市長は第一声で「山に逃げる道を整備していなかったことが一番悔やまれる、技術屋として恥ずかしい」とおっしゃっていました。道さえあれば山に逃げられた、道がないがために多くの人が亡くなった。それを肝に銘じていると。

私は土木というのは「思いやりの産業」だと思っています。なので幅広い知識と人を思いやる心を持っていただきたいと、そしてまたそういう産業であってほしいと願っています。これから土木の道に進まれる方、今土木をやっている方、ぜひ「思いやり産業」で日本の国土を守っていただきたいと思います。

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公共工事をすぐに悪く言う人に読んでほしいですね。税金払ってるからって何でも言っていいわけじゃない。

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