永田佳文さん(首都高技術株式会社 インフラドクター部長)

「絶対に緩まないボルト」に「ボルト落下防止キャップ」 大ヒット商品を発明し続ける首都高技術の”メンテナンスの鬼”

「世界中のインフラを守りたい」首都高技術が誇る”メンテナンスの鬼”

首都高道路株式会社の100%子会社である首都高技術株式会社にインフラメンテナンスのプロがいる。インフラドクター部長の永田佳文さんだ。もともと化学者志望で、イヤイヤ土木を学んだ結果、やりたいこともないまま、なんとなく首都高速道路公団(当時)に入ったという変わり種だ。

永田さんは、首都高グループに在籍した30年間のうち、24年間をメンテナンス畑で過ごした。世の中にメンテナンスに必要な道具がなければ、自分でつくり上げるという「メンテナンスの鬼」だ。

現在は、出向先である首都高技術のインフラドクター部のトップとして、首都高のインフラ点検や新たなメンテナンス技術の開発などに多忙な日々を送っている。

メンテナンスと聞くと、地味な仕事の印象だが、永田さんは「達成感があって、非常に楽しい仕事」と目を細める。なぜ永田さんはメンテナンスの仕事にはまったのだろうか。


「お前みたいな飛び込み入社は初めてだ」

――大学で土木を学んだのですか?

永田 そうです。イヤイヤ土木を学びました(笑)。本当は化学を学びたかったんですよ。中学生の頃から、白衣を着て、研究所で研究開発をしたいという夢があったんです。

例えば、光触媒の研究なんかをやりたかったんです。大学に入るときに、応用化学科、機械工学科、土木工学科の3つを順番に志望したのですが、土木にしか入れなかったわけです。研究室は土質力学でした。

就職の際にも、化学者の夢を捨てきれずに、土木職で研究職を募集する東京のとある会社を受けました。首都高速道路公団(当時)に就職したのは、試験会場がたまたま近かったのと、たまたま試験に受かったからです(笑)。

私は大阪の大学にいたのですが、当時の首都高速道路公団は入社試験を受けるのに新幹線代とホテル代を出してくれたので、ついでに受けたわけです(笑)。他の学生はすでに内定をもらっている人間ばかりで、入社後、会社の人から「お前みたいな飛び込みを採用したのは初めてだ」と言われました(笑)。

――首都高速道路でやりたいことはとくになかったということですか?

永田 なかったですね(笑)。こういう人間は珍しいと自分でも思います。首都高速道路に入ってしばらくしてから、光触媒を用いたガードレールや遮音壁の開発に携わることができたので、今となっては、首都高速道路に入って満足してはいるんですけどね。

死亡事故をきっかけにメンテの大事さに目覚める

――首都高速道路に入ってどういう仕事をしてきたのでしょうか?

永田 最初は特殊設計課という長大橋などをつくるセクションに配属されました。横浜ベイブリッジとか鶴見つばさ橋の設計を担当しました。入社当時はバブルだったので、華やかな仕事をしていました(笑)。スゴく楽しかったです。特殊設計課の後は、ずっとメンテナンス畑です。維持管理の事務所や維持管理の設計などをやってきました。

――やはり橋のメンテナンスに関わってきた感じですか?

永田 そうですね。首都高320kmのうち80%が橋ですから。ただ、僕は自分のことを「橋屋」ではなく、「インフラ屋」だと思っています。社内的には「メンテナンス屋」だと思われています。「メンテナンス畑がこんなに長いヤツはいない」と(笑)。入社して31年のうち、24年メンテナンス一筋ですからね。

――これまでで一番印象に残る仕事はなんでしょうか?

永田 これは一つしかありません。本社の保全技術課にいた1999年4月、首都高7号小松川線で、排水桝のフタを車が踏んで跳ね上げて、反対車線を走っていた車のフロントガラスを突き破って、トライバーの方が亡くなられたことです。その年には、3号渋谷線で標識柱が落ちたこともありました。

当時はいろいろなモノが落ちていました。この事故の前までは、橋本体の構造物のことしか考えていませんでしたが、事故をきっかけに「附属物やメンテナンスって大事なんだ」と考えるようになりました。

当時の首都高速道路には、その排水桝の図面すらありませんでしたし、首都高全体の排水桝の数は誰も知りませんでした。ちなみ排水桝の数は5万1,000個です。後で数えたんですけどね(笑)。メンテナンスをしっかりやるためには、ちゃんとしたデータベースが必要だと気づきました。

一連の事故をきっかけに、「メンテナンスこそが大事だ」と僕の考え方がガラリと変わったんです。


緩まないボルトの研究を始める

――事故をきっかけになにが変わったのですか?

永田 部材の落下原因はボルトにあります。ボルトがしっかりしていれば、部材は落ちないわけです。ただ、当時は緩まないボルトはありませんでした。

「世の中にないなら自分でつくろう」と思って、緩まないボルトの研究を始めました。ある人に「バカみたい」と言われましたけど、全部ボルトでとまっているので、ボルトが大事だという考えは揺るぎませんでした。

――緩まないボルトとはどういうものですか?

永田 ボルトのナット内側にコイルが入っていて、緩もうとすると、閉まる方向に力が働く仕組みになっています。ボルト屋さんと相談しながらつくった機械的に絶対に緩まないボルトなんです。

現行のボルトは2代目ですが、良い商品です。特殊工具は不要で、普通の工具で締められるようになっています。

――接着剤とかは?

永田 接着剤だと、5年ぐらいしかもたないんですよ。長く持たせるには機械的に緩まない仕組みが必要なんです。

緩まないボルトについて熱く語る永田さん

――緩まないボルトを実際に使用するには苦労もあったのでは?

永田 緩まないボルトの規格を自分でつくりました。それまで緩まないボルトの規格はありませんでした。だから緩むボルトが世に出回っていたわけです。ちょうど米国科学アカデミー(NAS)に似たような規格があったので、それをベースに、3万回揺らす試験などをつくったわけです。

揺らす試験では、普通のボルトだと、簡単に緩みましたし、市販の緩まないナットと称するボルトでも200回ほどで緩みました。ただ、この緩まないボルトだけは、緩みませんでした。

たまたま設計のセクションにいたので、自分のボルトを採用しました。そういうことで徐々に広げていきました。首都高で使っているボルトということで、他の高速道路会社にもジワジワ広がっていきました。

――大ヒット商品ですね。

永田 ありがとうございます。ただ、僕は今や「首都高を守ろう」という領域を飛び越えてしまっていて、「インフラを守ろう」という境地にいます。

僕には、商品を開発して利益を求めようという考えはまったくないんです。インフラの安全を守るためだったら、安い価格で多くの人に使ってほしいという考えでいます。僕の頭には「安全を守りたい」しかありません。

それは日本国内に限りません。例えば、ミャンマーの橋梁は、1時間に2本くらいボルトが落ちてきたんです。そういう国のインフラも守りたいという思いがあります。首都高速道路がこれまでに培ってきた技術やノウハウを世界に広めていきたいです。

首都高は現在、すでにいろいろなメンテナンスを行ってきているので、壊れることはないと思っています。もちろん想定外の巨大地震などが起きればどうなるかわかりませんが、まず壊れることはないという自信はあります。

ボルト1本で、夢の国が閉園になって良いのか

――緩まないボルトの以外にもつくったものはあるのでしょうか?

永田 ボルトの落下を防止するキャップも私がつくったものです。これは複数のボルトをキャップで結び、一つ緩んでもぶら下がって落下しないという商品です。自分で言うのもなんですが、かなり有名な商品です。

ボルト落下防止のキャップはきっかけがあります。2001年9月のアメリカのテロの翌月、東京ディズニーランド近くの首都高速道路から高架下の従業員駐車場に、ポルトが1個落ちたんですが、ディズニーランドは「これはテロだ」と考えたんです。

ボルトの落下を受け、従業員の車を一斉にボルト落下現場から移動させ、「閉園する」とまで言ったんです。そのとき、「ボルト1本で、夢の国が閉園になって良いのか」と思って、つくったわけです。

ボルト落下防止キャップを手にする永田さん

コンクリート床版の寿命が伸びる樹脂、壊れない橋の伸縮継手、防音壁などの道路附属物の落下防止装置などもつくりました。1回で塗り終わる省工程塗料もつくりました。

塗装は通常、5回ほど塗ります。そのたびに首都高の通行規制をしなければなりませんが、交通規制の費用は1回40万円ほどで、かなりの額に上ります。それが1回で塗り終わり、耐久性が十分にある良い塗料だと思います。

五色桜大橋の振動発電も私がやりました。橋の振動を利用して橋のライトアップなどの電力を賄っています。今では発電が主眼になっていますが、もともとは、振動による地元苦情への対策が目的でした。エネルギー保存の法則に則って、振動のエネルギーを別のエネルギーに変えれば、振動が小さくなるんじゃないかという発想だったんです。

アスファルトに優しい発炎筒もつくりました。筒にジェル状の不燃性材を入れて、温度が上がらないようにした発炎筒です。通常の発炎筒だと、熱でアスファルトに穴が空くんです。アスファルトは180℃以上の温度になると柔らかくなるのですが、発炎筒は230℃まで上がるんです。

発炎筒を投げる人に話を聞くと、「事故が起きないから、いつも同じところに発炎筒を投げている」とおっしゃっていましたが、同じところに投げ続けていると、熱で穴が空くんです。そこで、発炎筒を工夫しなければいけないということで、7年かけてつくりました。

コンクリート床版のヒビ割れに浸透させる樹脂も、私がつくったもので、これもかなり有名で、他の高速道路会社でも使用されています。コンクリートの引張強度より樹脂の引張強度を強くしています。これでヒビ割れを食い止め、コンクリートを長持ちさせるわけです。樹脂は30分ぐらいで硬化するので、舗装打替え工事と一緒に作業することができます。

――それぞれ、担当だからつくったわけではないですよね?

永田 担当ということじゃないですね。ただ、長年メンテナンスの仕事に携わってきたので、現場が困っていることとか、こんなムダなことやっているんだと思ったことがきっかけで、自分で考えたものが多いです。「こういうものが欲しい」と思っても、だいたい売っていないので、じゃあ自分でつくろうという感じです。今も2つぐらい製作中の商品があります。


自分でつくった商品を首都高の設計基準に入れる

――発明家みたいですね。

永田 自分では発明とは思いません。「これあったらいいな」というひらめきだけです。現場に行くと、アイデアの種がいっぱい落ちています。

――困って探す人はいますが、自分でつくる人は少ないと思います。

永田 そうでしょうね。私の場合、自分でつくったモノを設計基準に入れちゃいましたからね(笑)。コンクリート床版の寿命を延ばす樹脂は、首都高道路の基準に入っています。その後、他の高速道路会社などでも基準になりました。よほど気に入ったんでしょうね。

樹脂は、樹脂メーカーと舗装会社に「こういう樹脂をつくりませんか」とお願いしてつくりました。開発中は、何度も配合を変えたり、実験を繰り返しトライアンドエラーを繰り返しました。

省工程塗料の開発の際には、最初、気温20℃ぐらいの設定で試作品をつくってもらったのですが、冬場の施工を考えて、冷蔵庫に入れてみると、凍って使い物になりませんでした。そこで配合を変えてもらって、冬場でも大丈夫だと職人の方に確認した上で、商品化しました。

――特許はどうなっているのですか?

永田 首都高速道路名義で特許をとっています。

永田さんがつくった床版の寿命を伸ばす樹脂

点検は補修のためにやるもの

――首都高技術に出向したのはいつですか?

永田 去年の7月です。その前の3年間は首都高速道路でインフラドクターを担当していました。インフラドクター部は去年の7月にできたセクションで、私が初代のインフラドクター部長になります。

首都高速道路では点検と補修を両方行いますが、首都高技術は点検のみです。そこに業務内容の違いがあります。私は首都高技術の社員に対して、「点検は補修のためにやるものだ。その意識を持ってほしい」と言っています。

――インフラドクター部長としてのミッションは?

永田 首都高が持ついろいろな点検技術をPRし、営業するほか、新たな技術開発も行っていくことだと理解しています。Infra Doctorをはじめ、すでに業務のプラットフォームはできあがっています。若い社員が多いので、既存の技術、ノウハウを蓄積して、多くの人が活用できるモノに仕上げていきたいという思いはあります。

――自分の土木技術者としての人生を振り返って、どう評価していますか?

永田 これはこれで良いんじゃないかなと思っています(笑)。自分が好きなことをやらしてもらったので、満足しています。

緩まないナットにしても、会社から「これをやれ」と言われてつくったものではありません。子供の頃に夢見ていた研究者の仕事をやっているという感じもあるんですよね。この会社に入って良かったと思っています。

鉄道のインフラなら鉄道会社の人々とチームをつくれば良し、空港なら空港のチームをつくれば良い。いろいろな人々と交流しながら、良いものをつくっていきたいと考えています。

――メンテナンスの仕事のやりがいは?

永田 他の会社から「この技術は良い」と認めてもらい、使ってもらったときに、スゴく達成感を覚えます。私にとっては、大きな橋をつくるのと比べても、大差はありません。

――今後やりたい仕事は?

永田 先ほども言いましたが、「世界中のインフラを守りたい」それだけです。困っている人がいたら、一緒に技術を開発したり、技術をシェアしていきたいと思っています。

それで助かる人がいて、インフラの寿命が延びれば、それで十分です。それは国内外を問いません。いろいろな国のインフラを守っていきたいですね。

ピックアップコメント

インフラを守る、そのための技術向上は、開発にて対応する『ない技術はつくる』考え方に共感します。

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