波床 正敏(はとこ・まさとし)さん(大阪産業大学工学部都市創造工学科教授)

「すべての新幹線は30年で整備されるべき」 大産大・波床教授が研究する”公共交通インフラ学”とは?

全国的にも数少ない新幹線整備に関する研究者

大阪産業大学に波床正敏という先生がいる。新幹線などの公共交通インフラの研究者だ。

一口に公共交通インフラの研究と言っても、その内容は多岐にわたるが、代表的なもので言えば、新幹線などの交通インフラによる地域への経済効果などの分析が挙げられる。

興味深い研究だが、全国的にも新幹線整備に関する研究者は数えるほどしかしないニッチな学問領域らしい。

波床先生はなぜ、公共交通インフラを選んだのか。日本は今後も新幹線を整備すべきなのか。新幹線によって、実際にどれだけの経済効果が生み出されたのか。話を聞いてきた。おまけで、最近の学生気質などについても見解を聞いてきた。

公共交通が好きだから、大学で鉄道工学を学び、研究者に

――どのような研究をしているのですか?

波床正敏 公共交通インフラです。飛行機や新幹線など都市間交通が発達すると、50~100年スパンで見たときに、地域がどれだけ発展するかというところをメインにしています。

――土木のご出身ですよね。

波床正敏 そうです。京都大学で土木を学びました。以前、取材されていた藤井聡先生とは同級生です(笑)。藤井先生とは、彼の経済モデルを使って、新幹線の経済効果に関する共同研究を行ったことがあります。藤井先生は、学生のころからあんな感じです(笑)。

――なぜ公共交通インフラを研究しようと考えたのですか?

波床正敏 簡単に言ってしまえば「好きだから」です。

高校生の頃は、航空工学を第一志望として制御工学、電子工学、機械工学あたりを目指していましたが、「鉄道工学」という学問を知り、自分が好きなことを学べるのならということで、京都大学工学部に入学しました。

3年生で鉄道工学を受講し、これに関連する研究室で卒業研究をしました。その流れで、研究者になり、教壇に立つようになったわけです。

――公共交通インフラの研究者はどれぐらいいるのですか?

波床正敏 全国的に見ても、そんなにはいないです。藤井先生なんかはここ数年、新幹線整備の研究していますけども。

道路渋滞など道路インフラ関係やまちづくりの研究者の数に比べると、かなり少ないです。そもそも研究費が出ないので(笑)。

新幹線効果で観光が伸びた代表例は京都

――公共交通インフラの経済効果はわかりにくいところがあると思います。

波床正敏 そうですね。例えば、四国には3つの橋(瀬戸大橋、明石海峡大橋+大鳴門橋、しまなみ海道)があります。

世間的には3兆円突っ込んだのに、大失敗というイメージが植え付けられていますが、それは事業費と通行料金の関係だけしか見ていないからです。それらの関係だけで見れば、確かに赤字です。そもそも交通インフラは利用料金でペイするものではないので、当然のことです。

ところが、四国経済全体で見ると、本四架橋は、四国に大きな経済効果を生み出しています。これら3本の橋ができたおかげで、本州から四国への移動時間はかなり短縮されました。その前は船で行き来していましたから。

その経済効果を、統計を分析して推計してみると30年間で20数兆円に上ります。

つまり、3兆円を突っ込んで、20数兆円分のGRP(域内総生産)が生み出されているわけです。インフラの経済効果としては十分な数字です。

――新幹線の経済効果についてはいかがでしょうか?

波床正敏 新幹線の経済効果は明らかです。新幹線が停車する都市は、軒並み人口が増えています。

新幹線によって東京が地方のヒト・モノ・カネを吸い上げる「ストロー現象」が起きたと言われます。企業の管理機能など一部を見ればその通りですが、すべての産業を見ると必ずしもそうではありません。新幹線によって沿線地域の産業構造が再編されただけです。沿線都市の観光サービスを見ると、むしろ軒並み伸びています。

新幹線整備時期が古いので、継続的な統計的数字は追いにくいのですが、新幹線によって観光サービスが伸びた代表例としては、京都が挙げられます。もともと歴史のある都市でしたが、東海道新幹線が停まるようになったことで、観光都市としての地位を確立しました。

東京~新大阪間という大移動区間の間に立地していたのが、功を奏しました。意外なところでいくと、広島も新幹線によって観光が伸びました。

――北陸新幹線開業によって、金沢の観光が伸びているという報道があります。

波床正敏 金沢については、開業後まだ5年なので、まだはっきりとしたことは言えないと考えています。明確な経済効果が出るのは20~30年後です。

確かにメディアは金沢で観光ブームが起きていると伝えています。話題としては面白いかもしれませんが、経済効果というものはわずか5年ぐらいで評価することはできないものなのです。

年間 数百億円の投資は、国家予算で見れば「ppm」レベル

――四国新幹線など、基本計画があるが止まったままで、なかなか事業着手できない新幹線が残っています。

波床正敏 今のペースで基本計画のある新幹線をすべて整備すると、100年かかります。日本の多くの交通インフラは、おおむね30年で整備されてきましたが、100年はかかり過ぎです。今後30年をメドにすべての新幹線を整備するのが妥当だと思います。

四国新幹線の事業費は、1~2兆円と言われています。決して小さな額ではありませんが、10~20年かけて実施するインフラ投資額として、それほど大きい額ではありません。

メディアの印象操作により、「新幹線はべらぼうにカネがかかる」という世論が形成されていますが、百兆円規模の国家予算全体から見れば、年間 数百億円程度の国費支出などは、単位的には「ppm(百万分率)」レベルなんです。たいした額ではありません。

新幹線整備が進まない背景には、車社会になって、鉄道整備になかなか目がいかない状況がありました。整備新幹線5線がなかなか進まない中、四国新幹線などの基本計画新幹線の早期整備を言い出しにくい状況が続きました。北陸新幹線の新大阪駅までのルートのメドがついて、やっと基本計画線の要望活動が始まったようなところがあります。

現行の整備新幹線スキームでは、域内の線路の長さに応じて、地元自治体が費用を負担することになっていますが、東海道新幹線の建設時には、沿線自治体の負担はありませんでした。そもそも地元負担させる必要があるのか疑問があるが、誰も議論しようとしません。

九州新幹線(西九州ルート)では、沿線の佐賀県が「新幹線は必要がない」と主張し、新幹線建設は実質的にストップしています。佐賀県の主張は、負担がメリットと釣り合っていないという点で、その通りだと思います。

ただ、沿線自治体だとしても、「新幹線整備を阻止する権利がある」とは考えにくい。落とし所としては「費用負担なしで、ただし駅ナシ」ということが考えられますね。

――リニア中央新幹線をどう見ていますか?

波床正敏 リニア開業によって、スーパー・メガリージョンが形成されると言われています。その成否はリニア駅までのアクセス次第だと考えています。品川~名古屋の乗車時間が40分なのに、リニア駅まで40分以上かかってしまう場合、空港まで行って飛行機に乗るのと時間的には大差がありません。

航空機の乗車時間は羽田~伊丹を1時間程度で結びますが、スーパー・メガリージョンは実現していません。なぜなら、それぞれの空港が都心部から遠く、乗車時間に対してそれ以外の時間のロスが大きいからです。

リニア駅へのアクセスが改善されない以上、リニアによる恩恵はリニア駅周辺に限られ、スーパーメガリージョンの形成は覚束ないでしょう。

最近の学生は、叱るとすぐ心が折れる

――学生の就職先は建設業界が多いのですか?

波床正敏 ウチの大学の卒業生には、建設会社に入社して、現場監督をやっている人間が多いですね。

20年ほど前の学生時分は、ヘナヘナっとしていて「大丈夫かな?」と思っていたようなヤツが、工事現場で所長をやってたりする。「えー!アイツが?」と驚くことあります(笑)。

――最近の学生さんの気質はどんな感じですか?

波床正敏 昔の学生に比べ、最近の学生は、なにかあるとすぐ「ポキッ」と心が折れる人間が多い印象ですね。

最初はウチの学生だけかと思っていましたが、他の大学の先生と話をすると、同じことを言っていたので、世代的にそういう傾向があると感じています。最近の学生は、以前に比べ、打たれ弱くなっています。粘り強さがなくなっていますね。

――?られると、次の日から来なくなるみたいな?

波床正敏 その通りです(笑)。昔みたいにガーッと言うと、ホンマに来なくなります。文字通りいなくなります。

なので、なるべく優しく接するよう気をつけています。ただ、それを学生にさとられるとナメられるので、難しいところがあるのですが(笑)。

一方で、昔に比べると、最近の学生ははるかにマジメです。ちゃんと授業に出ます。私が学生の頃は、夏休み後半になっても「いつ頃授業が始まるのかな」という感じでした。確認しに行ったら、ガイダンスが終わっていたということもありました(笑)。

――「学生の土木離れ」を感じることはありますか?

波床正敏 リーマンショック以降、建設業界が学生を採用しなくなり、土木を学ぶ学生が減りました。民主党が政権をとって「コンクリートからヒトへ」と言い始めて、トドメをさされました。

学生の土木に対するイメージは最悪になりましたね。土木とか建設という言葉を使うと学生が集まらないので、ウチも含め、多くの大学で学部名、学科名を変更しました。

多くの学生は土木だと思わないで入学してくるので、入学してから「アレ?」という感じになるわけです。土木の学生だけども、最近の建築人気のせいで「実は建築志望でした」という学生が増えました。

建設関係に就職する学生がいても、少しでも建築のニオイがする住宅メーカーを選ぶようなところがあります。

――学生への指導方針などは?

波床正敏 新幹線などに関する研究はムリに学生にさせていません。ウチの学生は、新幹線なんかより、より身近なまちなかの交通に関する研究をやりたがるからです。新幹線の研究をやりたいと言う学生は3年に1人ぐらいです。

好きに研究テーマを提案させてみると、「調べてみると、この道路は渋滞がヒドいのでなんとかしたい」みたいな話を始めます。私は「気持ちはわかるけど、ウチの研究室は公共交通の研究室なんやけどなあ」とやんわり軌道修正をかけます。

本当は「そんなモンあくか~!!」と言いたいところですが、「じゃあその研究一緒に考えてみよか~」ぐらいにとどめています(笑)。なので、卒業研究と学会用研究は分けており、学会用は新幹線に関する研究が多いです。

――大学が抱える課題は?

波床正敏 うちの大学に限りませんが、若い研究者が減っています。助教(助手)をとらなくなったからです。今でも助教をとっているのは、一部の大きな国立大学ぐらいでしょう。

若い研究者が減ると、自前で大学の研究者を組織できなくなります。即戦力を求めがちになるので、大学の教員組織の高齢化が進んでいます。高齢化が進むと、ICTなどの新しい挑戦に対して消極的になりがちです。

この記事のコメントを見る

この記事をSNSでシェア

こちらも合わせてどうぞ!
藤井聡・京大教授が語る“真の土木工学” 「僕の研究こそ、土木の本道だ!」
「インフラを蔑ろにする国家は間違いなく滅びる」 藤井聡×ゼネコン×国交省の京大OBが語り合う”土木の使命”
BIMを活用したいけれど、どうすればいい? アウトソーシングや人材派遣で解決しよう
「四国新幹線」は実現するのか? 自民党・山本有二衆議院議員に聞いてみた
全額国費で全国に新幹線ネットワークを整備せよ!「新幹線投資」でデフレ脱却へ【自民党・西田昌司】
路面電車「ひろでん」を守るエキスパート。広電建設「鉄道軌道事業」の活躍
基本的には従順ですが、たまに噛みつきます。
  • 施工の神様
  • インタビュー
  • 「すべての新幹線は30年で整備されるべき」 大産大・波床教授が研究する”公共交通インフラ学”とは?
モバイルバージョンを終了