株式会社楓工務店 田尻忠義代表取締役

株式会社楓工務店 田尻忠義代表取締役

「現場監督のケータイをいかに鳴らさないか」 施工前に図面をチェックすればするほど、施工管理はラクになる

7年で46人の新卒、若手が入社する地場工務店

ハウスメーカーの下請け会社で働く大工から、自分が考える理想の家づくりを追求することを目的に立ち上がった株式会社楓工務店(奈良県奈良市)に、にわかに注目が集まっている。

その理由は、極端に低い離職率。住宅・建設業界では、独特な人材採用・育成方法を打ち出し、7年間で46人もの新卒・若手が入社し、定着している。

若手人材が定着し、働きがいのある工務店とはどうあるべきか、そして施工管理業務の効率化のポイントなどについて田尻忠義社長に話を聞いた。

ハウスメーカーの顧客対応に疑問

――大工から工務店を起業したキッカケは?

田尻 私は元々、ハウスメーカーの二次下請けでしたが、昔の注文住宅は顧客からの要望であっても細かいディテールの指定ができませんでした。

たとえば、「背が低いので、カウンターの高さを低くしてほしい」という要望が過去にありました。私たちは一生に一度のおうちづくりですから、なるべくそのお願いに応えたいと思っていました。

ところが、ハウスメーカーは一度設計した図面が変わるのを嫌がる。私は「図面の変更ができないことは承知しました。ですが、このことはハウスメーカー側から顧客に報告してください」とお願いするわけですが、結果、ハウスメーカーは顧客へ説明することはありませんでした。

私たち大工は、顧客から「あれだけ言ったのに、なんでやってくれないの?」と言われました。そのとき、私は「なんのためにこの仕事をやっているんだろう?」と思ったんです。私は団地暮らしだったので、おうちづくりは”幸せの象徴”だと思っていました。しかし、現実には喜んでもらえないこともある。

だからこそ、一人ひとりの住まいや暮らし方の希望に叶えられるおうちづくりを実現するため、起業を決意しました。


設計と図面の認識を共有することが最重要

――顧客の希望に応える家づくりのポイントは?

田尻 顧客の要望をそのまま設計に落とし込むだけでは、単なる御用聞きになります。要望の目的までヒアリングし、その目的を実現するための設計であることが重要です。

また、施工管理は住宅建築の最後の砦です。顧客は、できあがった住宅で安心して理想の暮らしを実現できるという期待感に、2,000~3,000万円もの費用を投じるわけです。ですから、現場で性能や品質を絶対に担保しなければなりません。

――施工管理者の育成は?

田尻 施工管理は営業や設計と異なり、建てる場所や建物が違うだけで、仕事のフローは同じです。順序通り、正確にやっているかを確認するために、チェックリストの共有化や業務フローの統一化ができれば、施工管理が最速で一人前になれる職種だと考えています。

しかし、施工管理者が現場で判断しなければならない場面が多くなれば、経験も必要ですし、難易度も上がります。そこで仕事のバトンの渡し方が重要になってきます。

――具体的には?

田尻 設計が書いた図面を大工や職人が理解できず、施工管理者に確認する場面がよくあります。そこで施工管理者は設計の矛盾をなんとか現場で、個人の解釈で判断して施工しようとする。すると、顧客の要望とズレが生じ、場合によっては工事をやり直さなければならないことも出てきます。

しかし、これは本来、施工管理者の責任ではありません。設計の指示の問題です。つまり、仕事の川上を整えることが最も大事なことです。現場で出た問題や疑問は、しっかりと設計やインテリアコーディネーターと共有し、認識を一致させることが基本なんです。

現実問題として、施工管理者も「現場判断できない=技術がない」とみられることが嫌で、現場でなんとかしようとしますが、結果的に施工管理業務のブラック化につながっていると思います。

いかに現場監督のケータイを鳴らさないか

――どんなチェック体制を設けている?

田尻 まず、設計から施工管理者に図面を渡す前に関所を設けています。

たとえば、設計やインテリアコーディネーターによる設計図面は、綿密なセルフチェックを行います。しかし、セルフチェックにも漏れがある可能性があるため、第三者的な図面のチェック係を設け、そのダブルチェックを経たうえで、施工管理者に図面を渡しています。もちろん、施工管理者も図面をチェックをし、大工や職人に渡す前に図面の疑問点を洗い出しさせています。

さらに、施工前には職人にも「図面を見てわからないことがあれば、あらかじめ漏れなく書いてほしい」と要請しています。職人の疑問点が解消してから、ようやく現場が開始されます。

――ここまでチェックをすると、職人から施工管理者への問い合わせも減る。

田尻 一般的に激務と言われる施工管理者を救うには、まず施工管理者の携帯電話に一体どの業者からなんの用件で連絡がきているかをすべて記録させ、設計やインテリアコーディネーターと真剣な話し合いの場を設けるべきです。

設計の曖昧さが、インテリアコーディネーターの曖昧さにつながり、さらに施工管理の曖昧さにつながっていく。そして、その曖昧な図面を見た職人は、施工管理者の携帯電話に連絡する。チェック体制が曖昧な会社ほど、施工管理者の携帯電話が鳴りっぱなしになります。

「今日、生コンどうするの?」

「排水の位置が書いてないけど、どうすればいいの?」

などの疑問が職人から施工管理者に次々にぶつけられると、いつまでたっても仕事の効率化などできません。チェックを繰り返し実施することは、その時点では手間がかかりますが、最終的には施工管理者の業務負担が軽減されます。


結婚と採用は同じ

――新型コロナウイルスの影響は?

田尻 売上的に大きく変わっていませんが、集客に影響があります。ゼネコンと異なり、現場が止まることはありませんが、営業の機会が少なくなっているので、集客の方法も今後、変える必要がありますね。現在は、Zoomでの打ち合わせも増えました。

採用をWEBに移行したのも最近です。三次選考のカリキュラム、入社してからの条件、働き方、給与規定の説明についてはZoomを使って一斉配信しています。

対面型が多かった選考は、Zoomにシフト

――どのような内容?

田尻 採用の段階で、弊社の情報開示を心がけています。具体的には、私たちの仕事内容はもちろんですが、私たちの企業理念や仕事の目的に共感してもらうことがとても大事なことです。

最初から住宅業界を目指す学生はそれほど多くありません。統計では、業種を決めずに就活を行う学生の割合が7割だと言います。住宅業界でも、営業、設計、施工管理などさまざまな職種がありますが、最初から建設業界を目指している学生だけにフォーカスして採用活動すると集まりません。

ですから、あまり住宅業界の知識がない学生に対しても、住宅業界で仕事をするとどう社会に貢献ができるのかをアピールすることのほうが重要です。弊社も、社員の7~8割が学生時代に建築の勉強をしていません。

新卒採用に注力し、売上高は順調に推移

――「共感型採用」という新しい採用方式ですね。

田尻 仕事ですから、しんどいこともあります。だけど、「ウチは楽ですよ」「給料が高いよ」「休みが多いよ」と甘い言葉で学生を誘うと、いざ仕事を始めたときに、聞いていた話とのズレで離職につながりますから。

よく、就職活動を結婚にたとえていますが、たった2回のデートでは結婚しませんよね。付き合いを重ねて、親御さんへのあいさつなども重ねて、ようやく結婚するんです。

ウチの採用活動もまったく同じ流れです。等身大のリアルを学生に伝えることは離職を防ぐうえで大切なことです。

「家を売っただけ稼げる」という思考の営業マンはいらない

――ほかに、採用の特徴は?

田尻 社員全員が選考過程のどこかで必ず学生と関わりを持つようにしています。そうすると、社員も、”自分たちの目標達成のための戦力”として獲得するのではなく、弟や妹を入社させるような責任を持って、育成する意識を持ちます。

一方、学生も入社したら「楓工務店号」に乗せてもらって、どこか目的地に楽に連れて行ってもらえるという依存の意識ではなく、今は戦力でなくともいずれこの船をまっすぐと航行させるための駆動力をつけていくマインドで入社してもらえることが望ましい。

本人が心の底からウチで頑張りたいという意識がないと内定を出すわけにもいきませんし、また、別の会社に落ちた時の保険にされるのも嫌ですからね。

――学生に対して「楓工務店を顧客にプレゼンする」という斬新な課題も出している。

田尻 この課題は、プレゼンの完成度から、どの学生が優秀かという点で見ているのではなく、学生がちゃんとウチの社員になった時のイメージができているのかを確認するために行っています。

顧客にとって、一生に一度、一番高い買い物が戸建て住宅です。それなのに、「家を売っただけ稼げる」というような営業マンのコミッション魂で入社されても、顧客を不幸にします。ハウスメーカー志望の就活生はそういう人が多い印象がありますね。

お金に価値を置くこと自体悪いことではありませんが、それよりも顧客に価値を提供できるスキルが重要であり、その結果として高い報酬が得られます。


「見て覚えろ」は育成の放棄

――しっかりと選考し、採用した若手の育成については。

田尻 私は大工出身で見習いから始めましたが、当時は文字通り、「見て習え」でした。この手法は、特殊な技術を継承する際には効果があります。たとえば、宮大工は厳しい世界で手取り足取り教えてくれません。宮大工には見よう見まねで技術を次の世代に継承する見習い制度があり、そこには高いモチベーションが必要です。

ところが住宅業界では、先ほども話した通り、最初から施工管理や住宅営業で活躍したいという思いで入社する学生はあまりいません。つまり、見習い制度ではモチベーションを維持することはできないんです。

だから、私は「見て覚えろ」という育成を否定しています。会社は育成を放棄すべきではありません。

――そのほかに、他社と違う育成を行っている点は?

田尻 先輩が新人に説明する時、新人はメモを取ります。しかし、そのメモ・ノートはその新人だけの財産になってしまいますよね。そこで、弊社では教えられた側がその財産を動画やチェックリストにして、クラウド上に保存・共有してします。

弊社では、このノウハウの共有について「足跡のこし」と呼んでいます。最初から100点の精度の足跡にすることは難しい。最初は完成度が低くてもいいので、メモやノウハウを残していこうと指示しています。

それを次の世代の新人が仕事をする時に「足跡のこし」を確認し、さらに改良することで「足跡のこし」のブラッシュアップされていく。そして、自身が業務で迷ったときの道しるべになり、与えられる側から与える側に回ることにつながるんです。

新人はすぐには結果が出ないので、果たしていま自分が行っている業務は成長に向かっているのだろうか? このまま続けて望む成果が出せるのだろうか?と気持ちがブレる時が必ず来ます。

そのとき、会社から必要とされているという自己肯定感を与えることはとても大事です。今すぐに顧客に対して価値を与えることはできなくとも、指導を受ける途中での「足跡のこし」の作業は今すぐに需要がなくとも、未来の後輩や、同じ部署の同僚たちが困った時に必要なものを残しているんだ、という意識、自己肯定感につながります。

夢(家)を売るなら、自分も幸せでなければならない

――全社員参加の「理念合宿」というイベントも開催されている。

田尻 今年は新型コロナウイルスの影響で開催を見送っていますが、基本、毎年開催しています。

社員たちは、時になんのために仕事をしているのかという疑問から、仕事への高揚感が薄れることもあります。

そこで自分たちの仕事の目的とはなにか、入社1年目、3年目、5年目の年次では仕事の捉え方はどう変化していくのかなどを共有しあう場として合宿を行っています。

普段、別々の部署で働いている社員はコミュニケーションを取る機会がないので、一泊二日でご飯を食べ、泊るなどの体験を共有することはチームビルディング的にも良好な効果があります。

理念合宿のようす

――女性活躍については?

田尻 弊社では職業柄、お客様満足度を追求しています。お客様に夢(家)を売る会社のスタッフは、自らも幸せでなければなりません。

奈良県の女性の1日当たりの家事関連時間は、全国1位です。就労の面から考えると、子どもの急病などの際に、休暇が取りやすい職場でなければ就労の継続が難しく、仕事と育児に1人で奮闘する「孤育てママ」が多くいます。

そこで弊社では、”孤育て応援制度”を制定し、女性が働き続けられる環境整備に積極的に取り組んでいます。社員の男女比は、約1:1。住宅・建設業界では珍しく、女性が多く活躍している職場です。

設計士の後藤恵理さん。入社後に結婚、出産を経験し、2児のママ(5歳・3歳)

女性は、ライフステージの中で結婚や出産を迎えます。その際、なるべくキャリアロスしないように、本人の希望を重視し、テレワークでの業務も認めています。

「夫の転勤で県外に引っ越すが、会社を辞めたくない!」という女性社員からの要望で、富山県や京都府といった県外でのテレワーク勤務も導入しています。

キャリアをロスすることは、本人にとっても会社にとってももったいないんです。出産が終わったら、保育園にお子さんを預け、本人が会社に戻ってきたい自己充実感を抱くことができる環境でありたいですね。

また、弊社では若い女性も多く、これから結婚と出産のライフステージを迎える女性のために、2019年6月に奈良県の建築業界では初となる企業主導型保育園を開園しました。復帰する時に、子どもを預けたくても保育園がないというケースが多いので、保育園を運営しています。

リールキッズ楓保育園

これは私の意向ではなく、1期生の女性社員が「子どもが産まれてもずっとこの会社で働きたい」という思いから実現したものです。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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