拡大を続ける猫関連の住宅市場
コロナ禍の巣ごもり需要で、ペットとともに暮らす家庭が増えている。とりわけ高い人気を誇るのが、近年長期的なブームが続く猫だ。2017年には犬の飼育頭数を上回り、住宅市場でも、猫との「共生」をコンセプトに打ち出すハウスメーカーが出始めた。住宅産業では猫関連の住宅市場が徐々に拡大している。
こうした中、一級建築士の資格を持ち、猫と人が快適に暮らせる住まいづくりを提案する人物がいる。株式会社ネコアイ(東京都渋谷区)の代表取締役を務める清水満氏だ。「猫と人が幸せになってほしい」という信条のもと、多岐にわたる活動を続ける同氏に、手掛けている仕事や、やりがいなどをインタビューした。
ファッションデザイナーを目指すもインテリアデザイナーに
――主にどのようなお仕事を?
清水さん 基本的には設計事務所なので、猫と共に暮らす住宅のほか、保護猫カフェや動物病院、ペットショップなどペットに関わる設計をしています。加えて猫専用賃貸物件や猫用品のコンサルティング、猫展などイベントのサポートなども手掛けています。
猫に関わる仕事を始めて10年ほどになるのですが、近年の猫ブームの影響か、コラムの執筆、TV出演、雑誌などメディアからの取材、セミナー・講演の依頼などは最近増えました。猫に関連する方々との繋がりも増えたので、猫をテーマに作品を創る作家のためのギャラリーなどの設計も行うこともあります。今では、猫専用住宅の設計と猫に関わる相談などが6対4くらいの割合でしょうか。
「ねこ検定」をはじめとした本の監修も行う
――そもそも、設計の道を歩んだきっかけは?
清水さん 元々はファッションデザイナーに憧れていたのです。モテるかと思って(笑)。札幌の大学時代はブティックによく足を運びました。Y’s(ワイズ)やISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)などが好きで、DCブームで沸いていました。あるときそのブティックが、インテリアデザイナーによってデザインされたものであることを知ったんです。斬新で尖ったデザインが多く「こういう仕事もあるのか。目指してみよう」と思い行動に移しました。
大学時代にアルバイトでためたお金で都内の専門学校に入学、学生時代から先生の建築士事務所でアルバイトさせていただき、卒業後も同じ事務所に残り学ばせてもらいました。徒弟制度に近いものが残っている時代だったので、生活できるような給料は貰えません。でも、設計に関われるだけで楽しかったし覚えることも多かったです。
住環境で愛猫のストレスをどう解消するか
――独立開業はどのように?
清水さん 「どうせ、ここままじゃ食べれないのだし」と30歳で独立開業することを目標に、仕事をしながら二級建築士の資格勉強に励みました。資格を取って開業しましたが、今考えると無謀だったかもしれません。バブル経済の絶頂期で浮かれていたと思います。
独立後すぐにバブル崩壊、決して滑り出しが順調な経営ではありませんでしたが、一級建築士の資格も取り、いくつか大型商業建築のデザインも手掛ける事ができました。中でも、スウェーデンの自動車メーカーVOLVO(ボルボ)のショールームは、約2000通の応募があった商業店舗のデザインコンテストで金賞を受賞しました。ほかにもブティックやレストラン、美容室、大型マンションの企画などにも携わりました。
トステム(現LIXIL)フロントコンテストで金賞を受賞したVOLVO倉敷店のデザイン
――猫関連の仕事をするようになった経緯は?
清水さん 独立して15年くらいの頃でしょうか、自宅から最寄駅まで歩いていたら生後2〜3ヶ月くらいの猫に出会ったんです。やせっぽちでノミがたかった子猫で、足にしがみついてきました。結婚後もペット不可の住宅に住んでいたので、ある程度ケアしたのちに譲渡先を探そうとしました。しかし妻も私も、可愛らしさで手放せなくなりました。それが上京後はじめての飼い猫、一休(いっきゅう)との出会いです。一級建築士に受かった時に出会ったので一休と名付けました。
5年後にペット可のマンションに引っ越した途端、今度は妻が勤めていた会社の前で子猫と出会い、愛猫の海(かい)と暮らす事になりました。引っ越しのストレスと元気な海からの”遊んで攻撃”のストレスで、先住猫の一休が病気になり、引っ越し先の近くにある動物病院に何度も通いました。
動物病院の先生と親しい間柄になったある日、「病気や怪我については飼い主にアドバイスできるけど、病気になる前のストレス対策や住環境の改善方法については、どうしたらいいかわからない」と言われたことがありました。「だったら自分が建築士だから、調べてみよう」と行動することにしたんです。
猫関連の仕事をするきっかけとなった一休くん(左)と海くん(右)
大型商業建築の設計で賞を取り、これからの仕事についても考えていた時だったので、設計・デザインとともに、大好きな猫も絡めて仕事ができれば楽しいのではないかという考えが浮かびました。
といってもペット住宅設計の実績も無いですし、他に活動しているような人もほとんどいませんでした。何をしていいかもわからないので、ペット業界の重鎮と思われる方にメールや電話をして、直接会いに行って、ペットについて教えてもらったりしていました。
また、建築士だけどドッグトリマーとしても活動してる設計事務所の後輩がいたので、ペット業界の方たちとのつながりを広げられる幸運もありました。こうしたリレーションの中で「猫のために、こういうものを作りたい」という依頼が増えはじめ、経験を積んでいきました。
猫の”生態と行動”を意識した住まいづくり
――業界の動向は?
清水さん 近年の猫ブームもあり、ここ2〜3年の間に、大手のハウスメーカーが「猫と暮らす住宅」の企画を打ち出してきています。猫用品を作り始めた建材メーカーなども増えました。戸建てや賃貸住宅などの建築、不動産業界は人口が減っていく中での生き残り戦略として、ニッチな分野に進出しようという動きがあります。
ペットとの共生住宅以外にも、ピアノ演奏者やバイカー向けのマンションなどが事例にありますね。しかし昔から猫を飼っているから、猫好きだからと「キャットウォークを付ければ猫共生」と安易な考えで設計をしてしまう業者も増えてきています。
清水さんが手掛けた施工事例。ガラス製のキャットウォークは肉球好きにはたまらない
ハウスメーカーや工務店から「どう施工したらいいのか」といった相談や、セミナーの依頼なども増えています。セミナーや直接事務所に聞きに来た場合は、「猫に幸せになってほしい」という思いが第一にあるので、基本的なノウハウや猫の生態・行動はオープンで教えています。ニッチな分野で「私にしかできない」と抱え込めば、業界における猫専用住宅市場の広がりがありません。
ハウスメーカーなどの依頼で、講演やセミナーもこなす
――猫のための住環境を考える上で大切なことは?
清水さん 安心できる場所をつくるということです。人間でもそうですが、最終的に落ち着ける場所、定住できる場所が非常に大切だと思っています。また、猫が屋外で活動しているのと変わらないくらい、生き生きと活動できるようなつくりも、意識する必要があります。
清水さんが手掛けた施工事例
私が影響を受けた事例として、北海道旭川市の旭山動物園があります。坂東園長とは知り合いなのですが、そこでは行動展示といって、限られた空間の中でも動物の生態を学んで、動物本来の行動ができるような生活環境になっているんです。
外にいる猫の場合半径200m~500mをハンティングテリトリーとして見廻ることを毎日しています。完全室内飼いの猫でも範囲は室内で狭くなりますが、室内のテリトリーを廻る行動をします。ですので家のつくりも一方通行だけではなく、キャットウォークや家具などを利用して廻れるようなつくりを意識するといいですね。
ペットを通したまちづくりを
――これから取り組んでみたいことは?
清水さん 住宅のみならずまちづくり全般に関わりたいと思い、様々なアプローチをしています。現在は大手企業が主導する次世代型都市構想や過疎対策の町興しなど様々な取り組みがあります。
これらに対して、自分の得意分野のペット関連で何か貢献できればと考えています。新しいシステムをつくる上で、老人や障害者、外国人、ペット、以上四つに対する配慮が見逃されがちですが、決して外してはいけないことだと思います。
とりわけペットは言葉を話せませんから、自分からどうしてほしいとは言えない存在です。環境的な影響を一番受けやすく、一番弱い立場のペットのことを考えて取り組めば、自ずとバリアフリーや化学物質汚染など、あらゆる諸問題への対策に波及し、人間の生活や地球環境もより良いものになるに違いありません。
ご機嫌で饒舌な清水さん
――仕事をする上で心がけていることは?
清水さん 本心からやりたいことか、楽しいかどうかを重視しています。独立して仕事がなかった時期でも、継続して受託できる下請けなど自分の自由に使える時間がない仕事はあまりやらないようにしていました。後で本当に自分が手掛けたい仕事の依頼が来た時に、手一杯になってしまうからです。
猫関連の仕事をして最初は依頼もなく収入も少なかったですが、「楽しいから」「飼い主さんが喜んでくれるから」「何といっても猫が生き生きと生活してほしいから」という思いで続けてきました。今でこそ猫専門建築士として認知もされてきましたが、どんな仕事でもやり始めると深み・面白みがわかってくるんです。何かやりたいことを見つけて、続けていけるのは幸せなことですね。