建設キャリアアップシステムは失敗だったのか
「建設キャリアアップシステム(CCUS)は失敗した」――。
そんな声が昨年の秋頃、業界の中でささやかれるようになった。それには大きな理由がある。2020年10月に、建設キャリアアップシステムの運用の見直しと、利用料金の大幅な値上げが行われたからだ。
建設キャリアアップシステムの本格運用が開始されたのが2019年の4月であることを考えると、異例の早さの値上げと言える。
建設キャリアアップシステムは、長い目で見た時に建設業界にとって必要なシステムである一方で、その導入や運用には手間や費用負担の課題があり、必ずしも現場から手放しで歓迎されていたわけではない側面があった。
そんな中での早すぎる値上げに、現場からは大きな反発の声があがり、業界団体を巻き込んで大きな波紋を呼ぶことになった。
本記事では、建設キャリアアップシステムのこれまでを振り返りながら、今後の展望についてお話していきたいと思う。
「業界を変える」と期待されたシステム
建設キャリアアップシステムは、2019年10月から国の肝いりで始まったシステムで、技能者の就業履歴や保有資格などを業界統一のルールで蓄積していくシステムだ。
その仕組みを簡単に説明すると、まずシステムに事業者とその事業者に所属する技能者の情報をそれぞれ登録する。するとシステムに登録された技能者には1人ずつ個別のICカードが交付される。
次に、工事の現場を開設する元請事業者が、ICカードを読み取るカードリーダーを現場に設置し、その現場に参加する技能者は、現場に入るたびにICカードをカードリーダーにタッチする。そうすることで、システムに技能者の就業履歴が蓄積されていくという仕組みだ。
建設キャリアアップシステムの利用手順 / 国土交通省資料より
建設業界で働く技能者は、ひとつの職場ではなく、様々な現場を渡り歩きながらキャリアを積んでいくという他の業界にはないキャリアの積み方をする。
その業界特有ともいえるキャリアの積み方には、技能者個人の経験や技能が見える化されにくく、能力に応じた適切な処遇を受けにくいというデメリットがあった。実際に、そのことが建設業界の働き手不足、離職率の高さの一因となっているとも言われていた。
そこで、その課題を解決し、技能者が正しいキャリアアップを望める業界へ変化させていくために、この建設キャリアアップシステムは大きな期待感を持ってその運用が開始されることとなる。
しかし、実際に運用が開始されると、肝心の登録者数が国の想定を大幅に下回る数字となる。
当初国が計画していた登録者数は、初年度で技能者登録数100万人を見込んでいた。しかし、運用開始から1年が経過した2020年3月末時点での技能者登録数は22万人と計画を大きく下回る結果となった。この数字から、国と現場でのシステムに対する温度差が浮き彫りとなった。
そんな中で起きたのが、突然の利用料金大幅値上げだった。
業界が驚いた”早すぎる値上げ”はなぜ起きたのか
建設キャリアアップシステムの登録者数が伸び悩む中、2020年10月からキャリアアップシステムの運用の見直しと利用料金の大幅な値上げが行われることが発表された。
ご存じない方のために内容を簡単にお話すると、まず運用として、今まで登録方法はインターネットと郵送、窓口の3つの方法から選べたものを、原則インターネット申請に1本化(手数料が割高になるが窓口申請も希望すれば可能)、また電話での相談窓口も廃止となった。
そして利用料金であるが、資本金によって額が異なる事業者登録料は2倍に、同じく事業者にかかるID利用料は年間2,400円から年間11,400円に、ICカードリーダーを設置する元請事業者が負担する現場利用料は、カード1タッチあたり3円から10円に値上げされた。
また技能者登録料は据置とされたが、2021年4月から、簡略型と詳細型の2段階の登録体系とされ、簡略型は現行価格の2,500円、詳細型は4,900円となった。
現在の登録者と同じレベルの情報を登録するには詳細型を選択する必要があるため、実質的な値上げということができる。
料金改定案 / 国土交通省資料より
このように非常に大幅な値上げはなぜ起きたのか? その理由は驚くべきものだ。
実はこの建設キャリアアップシステムは、運用が開始された直後から赤字運用に陥っていたことが国からの公表で明らかになった。その赤字額には、2019年度末で累積約57億円、20年度末には100億円に達するという衝撃的な数字が並んでいた。赤字運用に陥った原因は、登録の審査やコールセンターにかかる人件費など、運用経費の見込みの甘さとされている。
そのため、加入者が増えれば増えるほど赤字が膨らんでいく構造になっており、それを解決するには値上げに踏み切るしかなく、運用わずか1年半での値上げ劇はかくして行われたのである。
腹をくくった国と業界団体に”撤退”の2文字はない
この値上げ発表には現場はもとより、業界団体からも大きな反発の声が上がった。というのも、国はこの利用料金値上げと共に、各業界団体にシステムへの追加の拠出金を求めたのだ。その額は総額で16億円という非常に酷な要求であった。
当然、各業界団体から反発の声が上がったが、国との話し合いが重ねられる中で、最終的に業界団体は、最後の拠出とした上でその要求を飲んだのである。
この決断によって、国と業界団体は完全にその腹をくくったと考えて良いだろう。この建設キャリアアップシステムを必ず業界で普及させるという強い意志表示が、この追加拠出金には込められているといっても過言ではない。
では、今後どのようにしてこの建設キャリアアップシステムの普及を推し進めていくのか。ここからは多くの建設事業者、技能者に関わってくる、今後のシステムの展望についてお話していく。
建設キャリアアップシステムの今後の展望
建設キャリアアップシステムは、今後さまざまなシステムや制度と連結していく方針が国から出されている。
まず、2023年からは、建退共の運用を建設キャリアアップシステムに完全移行する方針が出されており、現場での証紙の配布がキャリアアップシステムに置き換わることが予定されている。
また、マイナンバーカード(マイナポータル)との連携も予定されており、年金情報や社会保険加入情報などの登録自動化、また技能講習修了証や安全衛生関係の各種免許をキャリアアップカード(ICカード)と一元化することで、キャリアアップカード1枚でそれらの代替を可能とする計画がなされている。さらにスマホなどを代用し、このカードさえ不要にしようとする実証実験も実施される予定だ。
取り組みは技術構築だけではない。強力にシステムの普及を推し進めるために、義務化モデル工事や推奨モデル工事の実施も多く予定されており、そういった流れの中で、公共工事の入札時に登録業者を優遇する自治体も急速に増えていくことが想定される。
実際に、既に建設キャリアアップシステムの登録を公共工事の加点項目に設定する自治体も出ている。山梨県は、県土整備部発注の土木一式工事を対象に、総合評価方式の評価項目に「技能者の登録」を追加。入札に参加する事業者、雇用する技能者が登録している場合、評価点を2点上乗せする。また福岡県は、競争入札参加資格審査で、地域貢献活動の評価項目に「事業者の登録」を追加。別項目の要件も満たしていると5点加点となる。
現時点ではこの2県のみだが、他にも宮城県や栃木県、長野県、静岡県、熊本県なども同じように登録事業者の優遇を検討しており、今後こういった動きはますます加速することが予想される。
このような動きの中で、国は2023年を建設キャリアアップシステムの原則化フェーズと位置づけ、官民全ての工事の現場で、建設キャリアアップシステムを導入するという方針を掲げている。近い将来、建設事業者であれば建設キャリアアップシステムに登録をしていないと現場に入れないような状況になることも十分に考えられる(現状登録は任意である)。
そんな中、業界団体からは、事業者の金銭的負担を少しでも軽減するよう要望が出されており、公共工事の積算についてICカードリーダーの設置費用や現場利用料の経費計上を認めるよう働きかけている。
長い目で見ると建設キャリアアップシステムは業界にとって必要な仕組みであり、考え方であるのは間違いない。ただし登録が思うように進まない現状は、現場の人間がメリットを感じていない裏返しでもあり、公共工事での入札加点等は登録に後ろ向きな事業者には強引な普及策に映るかもしれない。
国は、値上げという大仕事は完遂することができたが、今後も未来と現在のバランスをとりながら難しい舵取りが求められることになりそうだ。