どういう思いで土木を学んでいるのか
前回、福岡女子大学で土木を教える松永千晶准教授のリアル取材記事を書いた。そのお話の中で、土木と縁のない女子大であるがゆえに、土木を学ぶことに戸惑う学生もいるという趣旨のエピソードがあった。その当事者である学生さんはどういう思いで、なにを学んでいるのかが気になった。
そこで、松永研究室に所属する4年生5名に、研究室を選んだ理由、研究内容などについてお話を聞いてきた。オブザーバーとして、松永先生にも加わってもらった。(記事内容は昨年8月末時点)
福岡女子大学 国際文理学部環境科学科 住環境研究室(松永研究室)4年生
東 真央(ひがし まお)さん
守田 夏音(もりた なつね)さん
政次 美歩(まさつぐ みほ)さん
佐藤 柚月(さとう ゆづき)さん
吉井 志織(よしい しおり)さん
コミュニティバスや住民コミュニケーションなどが研究対象
――ご出身と研究テーマを教えてください。
東さん 出身は長崎県です。住民間ネットワークが地域の安全安心に与える影響について研究しています。
守田さん 福岡県出身です。研究テーマは糸島市のコミュニティバス需給ギャップの分析です。
政次さん 福岡県出身です。共同住宅、団地における住民間のコミュニケーションや、環境整備が住民の防災意識に与える影響について研究しています。
佐藤さん 出身は福岡県です。研究テーマは大野城市のコミュニティバスの相互乗り入れについてです。
吉井さん 長崎県出身です。研究テーマは、地域間における年齢構成と施設の重要度の比較です。
規模の大きなことが学べるのが、松永研究室の特長
――住環境研究室を選んだ理由はなんでしたか?
東さん 私自身、田舎から都会に出てきていたので、都会は、田舎より住民同士の結びつきが薄いと感じていました。そういった部分を研究するのはおもしろそうだと思ったのが、きっかけでした。
守田さん 本当のことを言えば、色彩とかデザインの研究室に入りたかったので、この研究室は第一希望ではなかったのですが(笑)、入ってから、地域の人々の暮らしやすさということをじっくり考えられるようになったので、今は入って良かったと思っています。他の研究室は、環境やエコをテーマにしたところが多いのですが、まちづくりとか、もっと規模の大きなことを学べるのが、この研究室の特長なのかなと思っています。
政次さん 住環境は、自分たちの生活とって一番身近なテーマだと感じたので、この研究室を選びました。あと、災害に関するニュースを耳にすることが多かったので、防災とまちづくりにも興味がありました。どちらも研究できるのも魅力に感じました。とくに災害発生時の共助に関して、とくに興味がありました。
佐藤さん 二級建築士の資格取得に興味があったので、比較的近いジャンルの研究ができるかなと思ったからです。それと、松永先生の講義を受けたときに、自分の地元の大野城市で研究しているお話を伺いました。どうせ研究するなら自分の地元で研究するほうがおもしろいのかなと思ったのもありました。
吉井さん 地方公務員になりたいと思っていたので、都市計画やまちづくりなどの研究テーマを扱っていて、公務員の仕事に活かせそうだなと思って、この研究室を選びました。
土木は男性がする仕事のイメージ
――松永先生は土木の先生ですが、土木についてどういうイメージを持っていますか?
東さん 私は建築に興味があって、就職先もハウスメーカーの施工管理の仕事に内定しています。土木と建築は近い部分があるので、そこに違和感はあまり感じていません。男性のイメージで、道路をつくったりとか、そんなイメージです。土木の人に関しては、話しやすい人が多い印象もありますね。
守田さん 土木は男性がやっているイメージだったので、最初は、女性の先生であることに珍しさを感じた覚えがあります。土木の人には、物理的な知識があって、なにか設計したり、建設資材を揃えている人という感じです。私は物理が苦手なので(笑)、土木の人はスゴいなと思っています。
――松永先生、「土木=物理」なのですか?
松永先生 ある意味間違いではないと思います。逆に、建築の人は物理が苦手な人が結構いると思っています。私自身、計画系なので、あまり物理をやっていません。前職で物理学演習を担当していましたが、「なんでお前が教えてるんだ」とツッコまれても不思議ではありません(笑)。
――土木に対してどういうイメージをお持ちですか?
政次さん 前の二人と同じく、男性中心で、理系で計算しているというイメージです。
佐藤さん 私も理系のイメージです。建築とどう違うのかはよく分かりませんが、市役所とか公務員の人が地域共通のルールに則って、道路などを整備している印象が強いです。普通にまちなかを歩いていても、「ここは土木の会社だ」と感じさせる看板などをあまり見かけないので、やっぱり、「土木=市役所とか」というイメージですね。
吉井さん 私も、土木については、男性が道路をつくったり、橋をつくったりするイメージがあります。
住民のつながり意識と防災の関連性を研究
――それぞれの研究内容を詳しく教えてもらえますか。
東さん 地域における住民間のつながりは、目に見えないので、それぞれ感じているところも異なり、住民のつながりは「これ」と一概には言えません。たとえば、あいさつをしたらつながっていると考える人もいれば、そう考えない人もいます。
私の研究では、このつながりについて、なるべくたくさんの住民の人々にアンケート調査をして、それを分析しています。つながりがあると感じている人ほど、地域に対して安心感を持っているのではないかということで、つながり意識と防犯意識の関連性に主眼を置いて研究しているところです。
――松永先生、東さんの研究内容について補足をお願いします。
松永先生 地域の安心安全には、防災とか交通安全とか、いろいろな切り口がありますが、東さんの場合は、主に防犯を対象とした調査を行っています。防犯には、直接犯罪に巻き込まれるということのほか、不審者に遭遇するとか、犯罪ではない状態も含まれます。
これまでの研究で、実際に犯罪が起きた場所と住民が不安を感じている場所は、あまり一致しないことが明らかになっています。なので、安心安全なまちづくりを進めていく上で、どういうアプローチをするかは、非常に難しい問題です。私としては、エリアマネジメントの手法を住宅地に当てはめてみるという研究をやっています。
物理的な環境要因をしっかり設計するとか、パトロールするとかすれば、一定の効果はあると思います。しかし、それらによって安心感を得られたかと言えば、必ずしもそうではないからです。安心感というものは、それぞれの住民が直感的、経験的に感じているものだと思いますが、なにが貢献しているのかについて、学術的に明らかにするというのが、東さんの研究です。
東さんは、私の子どもが通っている小学校校区でもアンケート調査を実施予定です。
GISを活用し、居住実態とコミュバス利用実態のギャップを研究
――守田さんはどういった研究をしているのですか?
守田さん コミュニティバスはお年寄りなどの日常的な移動を助けるためのサービスだと思っています。糸島市では、少子高齢化が進んでいますが、一方で、他の地域や海外からの移住者が多く、市の人口そのものは増加傾向にあります。つまり、糸島市には、他都市にはあまり見られない人口動態があるわけです。
そうなると、居住分布などにも変化が生じているはずなので、コミュニティバスの路線やバス停にも変更を加えるべき点があるはずです。需要と供給のギャップなど解明するため、GISを使いながら、調査分析しています。
松永先生 この研究は、守田さん自身が興味を持って始めたことです。ウチの研究室では、2021年に別の研究で糸島市役所にご協力いただいたという経緯があります。
守田さん 研究を始めたのはたまたまです。私が住んでいる場所と糸島市がたまたま近くだったからです(笑)。
松永先生 GISを使った調査分析がちゃんとうまくできるかどうかは、守田さんの頑張りにかかっているので、期待しています(笑)。
守田さん 難しいので、ヤバそうです(笑)。
松永先生 チュートリアルがあるので、一緒に頑張りましょう(笑)。
団地における住民の防災意識を調査
――政次さんはどうですか?
政次さん 研究対象となる団地は3ヶ所あるんですけど、そのうちの1ヶ所の団地の近くの広場に防災設備を設置する計画があります。防災設備の設置によって、住民の防災意識がどう変化するかを調査しています。設置完了は私が卒業した後になるので、最後まで調査に携わることはできないのですが、前段階の調査をしています。
ほかの2つのうち1つは、数年前に防災公園が整備されている団地なので、ちゃんと避難訓練が行われているかなどを調べたいです。最後の団地は、自治会の防災意識の高い団地だそうで、なぜ防災意識が高いのか、どういう活動をしているかなどについてヒアリング調査を行った上で、団地整備に必要な要素を把握したいと思っています。
――松永先生、お願いします。
松永先生 高度経済成長期に一気にたくさんの団地が整備され、現在それらの建物の老朽化、住民の高齢化が社会問題になっています。そういった問題を背景に、団地の環境整備が進められています。
政次さんの前の学生が3つの団地内の花壇や農園を比較して、運営組織や管理内容、住民の交流状況などについて調べながら、どうすればうまくいくのかについて分析しました。物理的な環境整備主体でやるのか、自治会などの人的な活動主体でやるのかなどを比較調査するものでした。政次さんの研究は、その延長線上にあると言えます。
防災施設は必要な施設ですが、ただ設置すれば良いというわけでありません。施設がほったらかしになるケースもあるからです。防災施設がちゃんと機能するためには、住民の防災意識が重要であって、住民参加型で環境整備する必要があります。防災にまちづくりには、ファシリテーター以外にも、なにか必要なものがあると考えています。
地元大野城市と隣接市のより良いコミュバス乗り継ぎ運用について調査
――佐藤さん、研究内容の詳細について教えてください。
佐藤さん 大野城市をはじめ、隣接する春日市や太宰府市にもそれぞれコミュニティバスがあります。それぞれのコミュニティバスがうまく乗り継ぎできるようになれば、より簡単に相互の行き来ができるようになります。パーソントリップ調査を使いながら、コミュニティバスのより良い運用に関する調査をしています。
先日、大野城市内を通る西鉄大牟田線の高架化が完了したので、高架化に伴うコミュニティバスの運行時間の変化などについても調べることにしています。調査結果がまとまったら、大野城市さんに提出することも視野に入れています。
――先生、お願いします。
松永先生 大野城市さんは前々からコミュニティバスの相互乗り入れを検討されているようです。ただ、実際にやるとなると、法的、財政的な面でいろいろと問題が出てくるのですが、今のところは、移動の需要がどうなっているのか、どこで乗り継げば効果的なのかといったところを、とりあえず把握するための調査になります。
大野城市のコミュニティバスについては、以前に学生が路線バスとのアクセシビリティの比較研究をしています。大野城市の南部は、路線バスがあるので、コミュニティバスが走っていないんです。コミュニティバスと路線バスとは、運賃や運航ルートなどのサービスレベルが違っていて、市民から不公平だという声が上がっていたりします。
高齢化した地域における各種施設の利用状況などについて調査
――吉井さん、研究内容について教えてください。
吉井さん 都市計画マスタープランはそれぞれの市町村の住民の意見を取り入れる必要があるものです。それを前提に、研究対象を選びました。大野城市が新しく策定した都市マスタープランは、市を4つの地区に分け、それぞれに都市計画をまとめています。私は、大野城市を27の地区に分けて、地域特性がより顕著に出るようにして、高齢化している地域で施設がどう利用されているか、利用状況などにどんな違いがあるかなどについて、調査をしています。
――先生、いかがですか。
松永先生 大野城市さんが都市マスタープランを策定する2020年年末に、住民にアンケート調査を行ったのですが、その中にわれわれの研究室が聞きたい質問項目も入れていただきました。この研究も以前別の学生がやっています。
大野城市さんとしては、小学校校区のような比較的小規模単位で生活利便施設などを充足したいというお考えがありました。都市マスタープランの策定には、以前から住民参加が重要視されているので、大野城市さんはアンケート調査をされたわけです。そこに、私たちのほうで用意した公共インフラをはじめ、コンビニや銀行などの施設の重要度などに関するアンケートを盛り込みました。
年齢や性別などの属性によって、日常利用する施設の需要度は異なってくると考えられますが、それは地域の人口構成に左右されると考えています。吉井さんがやっているのは、これらの関係性について、明らかにするための研究です。
大野城市さんは4つの地区に分けましたが、住民の属性にほとんど違いがなかったんです。これだと、整備方針もほとんど違いがなくなるわけです。そこで、地域特性が出やすくなるように、27のより小さな区域に分析することにしました。
独立しても良いし、副業で稼いでも良い
――仕事観についてお聞きしたいのですが、就活などはどんな感じですか?
東さん 私はずっと続けていける仕事に就きたいと思っています。もともとは設計の仕事がしたかったのですが、いろいろあって、施工管理の仕事でハウスメーカーから内定をいただいています。施工管理の仕事を続けた後、いずれは設計の仕事につけたら良いなと思っています。2023年に2級建築士の試験を受ける予定です。
――その会社を選んだ理由は?
東さん 人を大事にする会社だと思ったからです。社長さんが、「お客様に満足してもらうためには、まず自分たちが満足しなければならない」とおっしゃっていました。「スゴくあったかい職場だな」と共感を覚えました。
――守田さん、仕事についてどうお考えですか?
守田さん 私は、WEBデザインのエンジニアとして、IT系会社から内定をいただいています。もともとはデザインに興味があったのですが、いきなりデザインの仕事で勝負するのはハードルが高いので、まずはプログラミングを習得してから、デザインにチャレンジするという考えでいます。プロフェッショナルな技術者になりたいです。
本社が東京にある会社なので、東京勤務の可能性もありますが、働く場所はどこでも良いと思っています。ずっとこの会社で働き続ける考えもありません。独立しても良いし、副業で稼いでも良いと思っています。
――政次さん、仕事についてどうお考えですか?
政次さん 私は、結婚や出産をしたとしても、仕事は続けていきたいと思っています。私はまだ就職が決まっていないんですけど、漠然とですが、「人を支えたい」という気持ちがあるので、公共性、公益性のある仕事に就けたら良いなと思っています。
――佐藤さんはどうですか?
佐藤さん 大学の研究とは全然関係ないのですが、ネット銀行に就職が内定しています。大学に推薦枠があったので、チャンスかなと思って応募しました。バリバリのキャリアウーマンになる将来像は描いていません。先のことはわかりませんが、今は、もし結婚や出産をしたら、どちらかと言えば、子育てに専念したいと思っています。あと、福岡を離れることは考えていません。職場も福岡限定です。
――吉井さんはいかがでしょう?
吉井さん 九州の自治体から内々定をいただいています。事務系公務員は、数年ごとに職場が変わるのですが、変化を楽しみながら働いていければと思っています。
1年間の寮生活を通じて、いろいろな友だちができる
インタビュー風景
――松永研究室、福岡女子大学の良さはなんですか?
東さん この研究室はやさしい人が多いので、仲良く楽しく勉強することができることです。福岡女子大学では1年生は寮に入るのですが、寮生活を通じて同級生との仲が非常に深まります。学科とか関係なく友だちが増えるので、非常に素晴らしい制度だと思っています。
守田さん 雰囲気がほんわかしていると言うか、温かい研究室です。松永先生もしゃべりやすい方です。東さんも言っていましたが、福岡女子大学の寮生活は、友だちづくりのきっかけになりました。サークル活動も充実していて、他の学科でもたくさん友だちができました。
政次さん 前のお二人と同じですが、みんな優しくて話しやすいところです。勝手に研究テーマが決められることはなく、自分の好きなテーマを研究することができるのも良いところです。福岡女子大学はわりと規模が小さい分、学生一人ひとりに目が行き届く環境があることです。留学生もけっこう多いので、英語を学びやすいです。あとは、キャンパスがキレイなことも魅力です。
佐藤さん 私も温かい感じが好きです。柔らかい感じは自分に合っていると思っています。寮生活はみんなで仲良くやっている感じが楽しいですし、学校もキレイなのも良いです。インカレなんかもあって、他大学との交流もできるのも、良い環境だなと思っています。
吉井さん アットホームな研究室なので、とても居心地が良いです。福岡女子大学は、英語を学ぶための海外研修や留学などの制度が充実しているのが、良いと思っています。
土木計画学研究会で発表
――松永先生、最後にシメの言葉をお願いします。
松永先生 さきほど土木計画学研究発表会の事務局から連絡があって、みなさんの研究発表が採択されました。みんなで沖縄に行きましょう(笑)。
学生 ウォー!(拍手)