一寸先は闇。そんなトンネル工事の魅力とは
国土交通省(高知河川国道事務所)は、床上浸水対策特別緊急事業として、仁淀川水系の日下川新規放水路(総延長5,368m)の整備を進めている。すでに掘削、覆工は完了しており、2023年3月末の放水路トンネルの完成に向け、カウントダウンの段階にある。
放水路工事の工区は、呑口側、吐口側の2区間に分かれるが、呑口側の区間を担当する鹿島建設の藤井広志さんにお話を伺う機会を得た。今の現場をはじめ、これまでのお仕事を振り返っていただきつつ、トンネル工事の魅力などについて聞いた。
地質不良区間では迅速な対応ができた
――こちらの現場の進捗はいかがですか?
藤井さん 2021年7月にトンネルが到達しました。それ以降は、覆工、インバートを進めています。覆工はほぼ完成しており、作業坑坑口付近まで来ています。残る作業としては、作業坑のインバート、埋戻し、舗装コンクリート、仮設撤去関係ということになります。2023年3月末が工期ですが、順調に来ています。
――これまでの工事で「これは大変だったな」と思ったことはありましたか?
藤井さん まずは、地質不良区間への対応です。地質不良区間に遭遇すると、どうしても工事の進捗に影響が出てしまうからです。そんな時は、いかに早く補助工法を含めた掘削パターンの選定、対策実施をするかがカギになります。
幸い、国土交通省さんには非常に迅速に対応していただきましたし、業者さんとの連携もうまくいき、資材の調達などスムーズにいきました。その結果、地質不良区間では迅速な対応ができ、工事も止まることなくうまくいったと思っています。
あと、当初工程は非常に厳しいものでしたが、それに加えてここの放水路トンネルの断面は約50m2しかなく、一般的な道路トンネルと比べ、非常に狭隘です。しかも、延長は2.85kmもあります。施工にとって何かと不利な条件が多く、工程も厳しいなか、セントル長を12m×2基(2班体制)にすることで、工程短縮を図りました。これによって、13ヶ月程度の工期短縮ができました。
また、施工方法についても、数々の自動化、ICT化に取り組みました。その結果、将来につながる技術を得ることができ、様々な生産性の向上、効率化という点で、収穫は大きかったと思っています。
この現場は、いわゆる働き方改革が言われ始めたころにスタートした現場だったので、生産性の向上について、いろいろな取り組みをしてきました。社内的にも注目が集まった現場です。
――「湧水」は大丈夫でしたか?
藤井さん 湧水は比較的少なかったです。当初から湧水の存在が懸念されていた区間については地質調査や先進ボーリング等を実施したので、施工方法や工期に影響が出たということはありませんでした。
坑内車両位置検知システムによりスムーズな車両通行を実現
現場(坑口)の様子
――安全衛生に関してはどうですか?
藤井さん トンネルが狭くて長いのが、この現場の特徴です。これを考えると、安全衛生管理上、重機などと人との接触が最も大きなリスクになると考えられます。切羽作業時はもちろん、後方のセントルでも車両との接触のリスクが考えられます。そこでわれわれは、このリスクを回避するため、さまざまな対策を講じてきました。
例えば、人が重機に近づくとセンサーを検知して重機が止まったり、警報がなったりするシステムを取り入れたり、重機始動時や車両が通行するときの合図方法、停止時のルールを徹底しました。
その他として、坑内車両位置検知システムの導入です。このシステムは、まさにこの現場で開発したものです。GNSSによる位置検知システムはすでにありましたが、坑内だとGNSSの電波が届かないので、位置の把握が難しいんです。
この点、新たな位置検知システムでは、坑内でもどの車両がどこにいてどちらの方向に走っているか、正確に把握することができます。そのため、車両同士が坑内で鉢合わせになって狭い中を長距離後進するといった危険な状況は一切ありませんでした。
これらのおかげもあって、無事故できています。
「現場ロスになるねえ」
――住民対応はどうですか?
藤井さん 極力現場周辺を回って、ただ言葉を交わすだけでなく、草刈りや掃除なんかも定期的にやってきました。発破時には、できるだけ騒音を低減する方法をとりました。現場の周りには、防音壁などを設置しているほか、必要に応じて、住宅に二重サッシを設置しています。
また、現場近くには保育園があります。大型車両のドライバーに対しては、保育園の前を通行する際は、最徐行で通行するよう指示しています。そのおかげもあって、保育園から感謝のお言葉をいただきました。
この現場の周辺には、発注者は異なりますが、床上浸水対策工事に絡むいくつかの工事現場があります。鹿島を含め、これらの業者が集まって災害防止協議会をつくりました。この協議会では、定期的に集まって、清掃やイベントなどの活動を行っています。
そういった取り組みを通じて、近隣住民の方々にできるだけご迷惑をお掛けしないように努力してきたところです。
そのおかげもあって、とくに苦情という苦情はこれまで出ていません。今ではすっかり仲良くさせていただいており、工事が終わると「現場ロスになるねえ」とおっしゃっていただけたほどです(笑)。
「ありがたい現場」
――この放水路に対する地元自治体などの期待は大きそうですが。
藤井さん 私は、土木工事というものは、人に喜ばれてナンボであって、それが土木工事の原点だと考えています。この現場はまさに、地元に貢献できる仕事だと思っています。
見学会も非常に多く、たくさんの方々から直接励ましのお言葉をいただく機会も多いので、非常にやりがいを感じます。道路トンネルの現場だと、そういう機会はあまりないのですが、この現場は、とくにお声かけいただく機会が多い印象です。そういう意味で「ありがたい現場」だと感じているところです。
――完成に向けた意気込みをお願いします。
藤井さん まずは、最後まで無事故でいきたいと思っています。あとは、品質不具合がないようにということです。とにかく安全にキレイなモノを工期内に納めたいです。最後まで気を緩めずやっていきたいです。
最初に配属されたトンネル現場で「トンネルはおもしろいな」
――鹿島建設でこれをやりたいというのはあったのですか?
藤井さん 入社したときは、とくにコレというものはなかったですね。ただ、最初配属された現場が、高知と愛媛の県境を結ぶ寒風山トンネルでした。そこで「トンネルはおもしろいな」と感じました。
入社以来、ほぼほぼトンネル工事に携わってきています。いわゆるトンネル屋ですね。道路トンネル以外も、地下駐車場、地下鉄、地下発電所など、地下構造物ばかりです。
――印象に残っている現場はどこですか?
藤井さん それぞれ特徴のある現場を経験してきたので、すべてが印象に残っています。強いて言うなら、愛媛と高知の県境をまたぐ地芳トンネルの現場です。四国カルストの直下を貫くトンネルで、大量の湧水にさいなまれた工事でした。
私は10年の工期中、8年近くいて、貫通の瞬間にも立ち会いました。苦労した分、貫通の喜びはひとしおでしたね。
完成時の式典では、地元の方々が「命の道をありがとう」という横断幕をあちこちで掲げてくれました。仕込みなしで(笑)。こんなことは後にも先にもありません。非常に嬉しいことです。
――湧水はどんな感じだったのですか?
藤井さん 四国カルストは石灰岩でできた台地なんですが、地下は空洞だらけで、そこに大量の水が溜まっているんです。そのようなカルスト下部に穴を開けたわけですから、湧水量20t/分、湧水圧20kg/cm2級の水が噴出してきました。
当初は排水工法で掘っていましたが、抜いても抜いても一向に湧水が減りませんでした。そのうち、四国カルストの生態系の維持という観点から止水工法で掘削することが決まりました。とにかく水量、水圧がスゴいので、止水域が破られることもあり、非常に苦労しました。自然の偉大さ、恐怖を感じた現場でしたね。
とにかく、想像を絶するようなことが起こる現場だったので、記憶に残っています。
地質がどうなっているか想像するチカラが必要
――トンネル工事では「危険を察知する能力が重要」という話を聞いたことがありますが。
藤井さん その通りだと思います。トンネル工事はまさに「一寸先は闇」ですから。前方の地質を察知するには、いろいろな方法があります。この現場では、削孔検層をやっていて、ある程度の予測を立てながら、掘削を進めてきました。ただ、削孔検層はあくまで「点」の情報でしかないので、この情報をもとに、地質がどうなっているか想像するチカラが必要になってきます。そこが技術者としての技量が問われる部分だと思っています。
あと、私が大事にしているのは、作業員さんの感覚からくる意見を聞き逃さない、ということです。作業員さんは、常に切羽と対峙しているので、地質のちょっとした変化などを敏感に察知しています。そういう感覚的なことをポロッと言うことがあるので、そういった声も聞き逃さないよう心がけています。
キレイじゃない現場はあり得ない
――「他の現場に負けたくない」という気持ちがあったりしますか?
藤井さん それはありますね。非常に強くあります。他の現場と比べて、当現場が劣っていると少しでも感じたら、すぐにでも挽回したいと考えます。私がとくに気をつけているのは美観です。構造物のキレイさ、現場のキレイさには、非常にこだわってきたし、今もこだわっているところです。
たとえば、この現場ではトンネル覆工の清掃を何回もやりました。その分時間もお金も余計にかかりますが、汚れたままで納品するわけにはいきません。なので、今の現場では、至るところでしょっちゅう掃除しています(笑)。あとは、坑内の照度とか、路盤の整備などにもこだわっています。
なぜそこまで現場のキレイさにこだわるのかと言えば、生産性や安全性に影響すると考えているからです。キレイじゃない現場は、私にとっては、あり得ない現場です。
こだわり過ぎると、技術者として進歩がなくなる
――現場では「こだわり」は必要なモノなのですね。
藤井さん ただ、最近になって、「独りよがりなこだわりが過ぎるのは良くない」と思うようにもなっています(笑)。やはり、広くいろいろな意見を聞かないと、技術者として進歩がないからです。
たとえば、測量をやる場合、10人いれば10通りのやり方があります。工事の仕方、安全管理、掘削の方法なんかも同様です。「自分はこうやる」というモノは持ちつつも、他人のやり方も貪欲に吸収できる自分でありたい、と考えるようになっています。「アイツの言うことは聞かない」といったような姿勢をとらないように心がけています。現場の他の人間にもそう言っています。
――いわゆる「聞くチカラ」ということですか?
藤井さん ただ聞くだけではダメなので、考え、納得し、自分の意見に昇華させそれを実行、実践に移し、結果を出すことが大事です。そうであってこそ、人の成長にもつながるからです。
――深いお話ですね。
藤井さん 私はこれまで、細かいことでも、「こうやるのが一番正しい」ということが結構ありましたが、「それがすべてではない」と思うようになりました。
――人に「任せる」ということですか?
藤井さん そうですね。「任せるチカラ」ですね。しかし、まだまだ任せきれないことも多くあります。失敗を恐れず、勇気を持って任せることを心がけている、というところです。自分がやる以上に、注意して、任せるということをやっています。
――「コイツなら任せられる」をどう判断しているのですか?
藤井さん 常日頃その人間を見ていれば、だいたいのことは分かってくるものです。「これがポイント」というものはないですが、人間全体を見て、「任せられる、ここまではできる」ということを判断しています。
一番難しいところですね。やみくもに任せるのではなく、ちゃんとフォローしながらも、できる限り任せていく、という感じです。
小さな声でボソボソ話すような人間は、現場力があるとは言えない
――施工管理の仕事は「コミュ力が大事」という話をよく聞きますが。
藤井さん 私もそう考えています。朝のあいさつに始まり、声かけ、雑談といったコミュニケーションは、現場では絶対に必要なことです。
私自身のモットーは「明るく、元気に、ほがらかに」ですが、現場の人間にもそれを求めています。たとえば、小さな声でボソボソ話すような人間は、現場力があるとは言えないと思っています。
とりあえずは、「明るく、元気に、ほがらかに」ができてさえいれば、コミュニケーションもとれるようになりますし、現場のちょっとした情報なんかも自然と集まってくるようになるものです。
――藤井さん自身、現場でも常にそのように振る舞っているのですか?
藤井さん それはちょっと違うんですけどね(笑)。自戒の念を込めて言ってます。そのように努めようとしているところです。
――ふだんはもっとイカめしいんですか?
藤井さん いやいや、そうではないと思うんですけどね(笑)。
ビッグプロジェクトに携われる一方、職場の希望も聞いてくれる
――鹿島建設という会社の魅力はなんですか?
藤井さん まずなにより、ビッグプロジェクトに携われることです。この現場もそうです。あとは、社内にはいろいろなチームがあるので、自分がやりたい分野、得意とする分野の仕事に携われるチャンスが大きいことです。施工管理以外にも、設計や開発といった部署もあるので、仕事の幅がとにかく広いです。
勤務地についても、社員の希望を極力叶えてくれます。どこかの支店で働きたいと言えば、希望を尊重してくれます。こういったところも鹿島建設の魅力だと思っています。
不測の事態を乗り越えるおもしろさ、ドキドキ感
――トンネルの魅力についてはどうですか?
藤井さん 不測の事態に対峙したときに、それと調和しながら、工事を進めていき、それを乗り越えることのおもしろさ。そこに魅力を感じます。トンネルは貫通の瞬間がその最たるものです。
どんな工種、現場にも難しさはあるものだとは思いますが、苦労に苦労を重ねて、その仕事がやっと完成したときの達成感。これがないと、おもしろくはないです。