農園を手掛けるユニークな建設会社
宮崎県日向市にある株式会社内山建設社長の内山雅仁さんには、5年ほど前に取材したことがある。久しぶりに連絡をとったら、「4年ほど前から農園を始めているんですよ」と言った。本業(土木建築)に水を向けると、「(工事評定の)ただの点数稼ぎは会社としてやめることにしました」という話だった。
ユニークな社長であることは知ってはいたつもりだったが、あまりにユニークすぎる展開だと感じた。と言うことで、近年の内山社長の動向、内山建設の取り組みについて、ユニークだと思うところを中心に、お話を伺ってきた。
会社経営のかたわら、二級建築士に挑戦する
――ちょっと小耳に挟んだんですが、今二級建築士を勉強中だそうですね。
内山さん そうです。苦労しています。大変です。
――以前の取材で資格取得にご熱心なのは存じ上げていますが、どこまで手を広げるおつもりですか(笑)。
内山さん 正直、今回が最後かもしれません(笑)。学科は通ったんですが、製図は2回落っこっていまして、今回が3回目の受験なんです。製図には苦労しています。建築の図面は描いたことないですから。
――普通そうですよね。
内山さん キビしいんですけど、3回目まで受けられるので、やれるところまでやろうと思っています。
――自分が建築業を営んでいる以上、資格を取ることで建築というものを深く知ろうというのが動機なんですよね。
内山さん 目的は3つあります。1つは、おっしゃったように、建築の技術を理解するためです。一級建築施工管理技士の資格はすでに持っているのですが、技術的なところを深掘りするには設計を理解しておく必要があるだろうということです。2つ目は営業です。施工管理の資格を持っていても、営業ではまったく役に立たないので。3つ目は社員に対する啓発です。トップ自ら難しい試験に挑戦している姿を見せることで、社員に刺激を与えたいというのがあります。
ただ、これまでもそうだったのですが、試験勉強に費やせる時間の捻出に苦労しています。 たとえば、休みの日でも仕事のことが気になり、結局会社に行って1日が終わったなんてことがよくあったり。
経営という仕事は際限がないので。今から20年以上前、当時の技術士会の会長から「技術士の試験を受ける時間があったら、経営のことに時間を費やしなさい」と諭されることがありました(笑)。最近は記憶力と手の動きがかなり高齢化しているのも気になります。なので、資格試験は今回で最後にします。
日向発祥柑橘「へべす」の農園経営にも手を出す
江戸時代から宮崎で伝わる伝統柑橘「へべす」(内山建設写真提供)
――農園のお話が出ましたが、土木をやり、建築をやり、農園をやりという多角経営は、どこまで手を広げるおつもりですか?
内山さん 私の分身ができない限り、会社経営のほうも4つの事業が限界です。内山建設では、日向発祥の柑橘であるへべすの農園を経営しています。
へべすは、その商品の持つポテンシャルが非常に高く、市場は間違いなく広がっていくので中途半端にはしたくありません。土の事業はようやく黒字化が定着しつつあり、へべす事業とのシナジー効果があるため、こちらにも注力したいと思っています。なので、新しい事業は、当座はやりたくてもできないのが現状です。
――農園経営が前期赤字というお話がありましたが、今後事業拡大していくお考えですか?
内山さん そのつもりです。へべす事業は間違いなく伸びていくと思っていますし、へべす事業の知名度が上がっていくと、比例して本体である内山建設にも関心を持ってもらえるという狙いもあるんです。
また、へべすに関する事業は、取り組み方によってはまちづくり事業の中核にもなりえます。得意とするインフラ事業を絡めることで、より付加価値の高い事業が期待できます。
西川内の農園(内山建設写真提供)
――そもそもの話ですが、なぜ農園経営なんですか?
内山さん きっかけは2つありました。土をつくる会社を20年ほど前に立ち上げていました。評判の良い土をつくっていましたが、その後の業績があまり良くありませんでした。土の業績をあげるには、自分たちで土を使うなんらかの事業をやる必要があると考えていました。これが1つ目のきっかけです。
もう1つは、行政関係のある人から「へべすという日向発祥の柑橘系果物があるんだけども、モノや評判は良いんだけども、小規模な生産農家しかなく、出荷量が伸び悩んでいる。ブランド化もできていない。へべすをなんとかしてもらえないか」と頼まれたことです。
私はもともと、まちづくりや地域づくりに関心があったので、地域にお世話になっている建設会社として地域還元にもなるということで、引き受けることにしました。「地域の活性化には、地域の建設会社が必要だ」ということを、業界以外のより多くの方に知ってもらいたいというのもあります(笑)。
――農園の規模はどれぐらいですか?
内山さん 西川内、深谷の2箇所にそれぞれ2ヘクタールほどの園地があって、合計で3300本ほどの苗木を育てています。深谷園地については今後拡張予定で、最終的には10ヘクタール以上になる見通しです。生産量的には、現在は3トンほどですが、10年後には240トンまで増産する計画です。
――スタッフは何人ですか?
内山さん 現在4人です。責任者はとある菓子メーカーの元営業マンです。農業大学出身の社員もいます。スタッフは適宜、増やしていくつもりです。
農園で作業する内山建設(ひむか農園)社員の鹿瀬拓真さん。農業大学で学び、「農業で地元に貢献したい」という思いで、内山建設に入社したそう(内山建設写真提供)
――へべすの特長はなんですか?
内山さん すだちやかぼすと似た果物ですが、それらと比べて、最近の分析結果から、香り・旨み成分が高く、えぐみ成分が低いという食品としての品質指標が高いことが分かりました。栄養的にも優れていて、メタボやガンに効く成分を多く含んでいます。「最高級の伝統柑橘」ということで、ブランディングしています。
――販路はどうなっていますか?
内山さん 現在は青果のほか、ストレート果汁、今年からはシロップの販売も始めました。自社のHPの他、県内の道の駅、空港、飲食店や物産展に加え、今年から全国に店舗展開する飲食店にも販売が決まりました。また、複数のミシュラン一つ星のレストランでの採用も決まっています。行政の関係者からは「スピードが速すぎる」と揶揄されますが、それくらいの感覚でやっていかないとブランド化は進まないと思っています。
――かなりチカラを入れている印象ですが。
内山さん かなりチカラを入れてやっています(笑)。おかげさまで県内メディアに取り上げられる機会が増えました。
――とても建設会社の社長のお話とは思えません(笑)。
内山さん 事業分野が大好きな「食」に関してであることと、市場を自らが創造していける事業である点は魅力です。非常に楽しいです(笑)。
採用は地道な会社PRが一番カタイ
――会社として、売上30億円を目指しているようですが、規模も大きくするということですか?
内山さん 規模ありきでは考えていません。建設事業だけで規模を追求しようとすると、M&Aを活用しないと無理でしょう。ただ、案件自体はそこそこあり、そのニーズには対応したいとは思っています。今の社員数ではちょっと手が回らないところがあり、技能者を含めて社員を継続的に増やしたいです。結果的に特需的な仕事をうまく受注できれば、2〜3年内には30億円はいくかもしれません。
――とくに中途採用者を増やすということですか?
内山さん 中途と新卒両方ですね。中途では、建築技術者が今年1人入りました。採用はハローワーク経由です。うちのホームページを見て応募したようです。
――ハローワーク経由なのはスゴいですね。
内山さん そうなんです。現在活躍してくれている中途採用社員のほとんどがハローワーク経由です。以前には、その他の民間媒体経由も使ったことがありますが、コスパがあまりよくないですね。やはり流動的に動く人材は、よほどのことがないと定着しないように思います。人を採用するなら地道に会社の中身を充実していくことが大事かなと。そして、その取り組みがこういう取材などで対外的に紹介される形が理想です。
――従業員数は増えていますか?
内山さん ええ、数年前からけっこう増えています。今は43名です。新卒は直近5年で4名採用し、全員辞めずに楽しくやっているようです。中途入社組には、社員の紹介による事例もここ数年増えてきていますね。今後も継続的に採用していきたいと考えています。
――年齢構成はどうなっていますか?
内山さん ここ数年間でかなり若返っています。あとは、ベテランが持っている経験値をどうやって中堅若手に伝承するかです。とくに土木は大ベテランがいるので、彼らのノウハウを若手にしっかり継承させていくのが当面の課題です。中堅が何人かいますが、まだ任せきれないところがあるので。この世代間ギャップをどう埋めるかが問題です。定期的に勉強会などをやりながら、なんとかギャップを埋めようとしているところです。
「点数稼ぎ」ではなく「ものづくりの喜び」にシフト
――最近、工事の点数稼ぎにイヤ気がさして、土木のベテランが辞めたそうですね。
内山さん そうです。時期はもう5年以上も前ですが、もうちょっと正確に言うと、テクニックとしての点数稼ぎがイヤだと言って辞めたんです。創意工夫や地域貢献などはどんどんやるべきだけども、本来の目的から離れて点数稼ぎのテクニックになっているのが許せなかったようです。
経営者としては、点数1点の差で受注できないこともあるので、社員には「点数を稼いでくれ」と言ってきたわけですが、内心では同じことを思っていました。手段と目的を履き違えるのは「なんか違うな」と思っていたということです。
――「なんか違う」と言いますと?
内山さん 「点数で評価される喜び」よりも「ものをつくる喜び」のほうが大事だということです。ものをつくる喜びは、子どもにも感じることができる、人間にとって根源的な喜びだと考えています。これは土木だけでなく、建築も一緒です。
点数で評価されることも喜びには違いありませんが、点数ばかりを追いかけると、ものをつくる喜びが失われてしまいがちです。ベテランが辞めたことをきっかけに、そこのところを改めて意識するようになりました。ウチだけでなく、建設業界全体で忘れられかけている大切なことではないかと気づきました。今は、ものづくりの喜びをどうやって復活させるかということを常に念頭においています。しかし、点数を稼がないと、そもそも仕事をとれないので、非常に悩ましいところです。スゴく葛藤があります。
1つの試みとして、現場で完了検査が終わった際に、写真を撮るようにしています。現場担当者と発注者の担当者の2人一緒に、現場をバックにして写真を撮り、ラミネート加工をして2人に渡しています。写真を渡す理由は、それぞれの家族に見てもらい、ものづくりの喜びを改めて感じてもらうためです。
建設業界が人手不足に苦しんでいるのは、少子高齢化という構造的な問題があるにせよ、なによりものづくりの喜び味わっていないから、あるいは、味わっていたとしてもそれをちゃんと情報発信していないからだ、と私は考えています。
テクニックを使って、やみくもに点数を追いかけることはもうしない
――辞めた社員の言葉で経営者として認識を改めた、というのはスゴい話ですね。
内山さん もともと内心ではそう思っていたからです。スゴく仕事のできるベテラン社員から直球で言われたので、それがズシンときた。だから、「そうだよね」と改めて認識することができたわけです。
――おっしゃったように葛藤がものスゴそうですけど。
内山さん そうなんです。建設会社にとって一番悲惨なことは、仕事を受注できずに働く現場がないことです。そうだとしても、以前のように、テクニックを使って、やみくもに点数だけを追いかけることはもうしません。
――点数よりもっと追い求めるべき高みがあるということですか。
内山さん 言ってみればそういうことですね。これをやれば施工がやりやすくなるとか、もっと工程を短縮できるといった技術的な提案は今後もドンドンやっていきます。その結果、点数が上がることは否定していません。それは良いことですし、ものづくりの喜びにつながっていくものなので、引き続きやっていきます。
――数年後(3〜5年後ぐらい)、内山建設をどういう会社にしたいですか?
内山さん さきほども申し上げましたが、建設工事に従事する技術者、技能者がつくる喜びを実感し、家族に誇れる環境をもっともっと創成していきたいです。また、そのつくる過程を縁の下で支える事務職、管理職の社員もつくる喜びを共有し、家族に誇れるような会社にしたいですね。
あと、できればまちづくりに主体的に関われる事業にも携わりたいと思っています。ひむか農園のへべす事業、エコロの培養土事業と合わせて、「地域活性化に貢献しつつ、サスティナブルな経営を目指している」という内山建設グループ全体の価値観が上がれば本望です。