日本建築仕上学会女性ネットワークの会(熊野康子主査)は、東京都美術館講堂で「10年の歩み、そして次世代の仕上技術に向けて~」をテーマに「10周年記念講演会」を開催した。総合司会は、奥田章子副主査(大林組)が担当。冒頭の熊野主査(フジタ)の挨拶後、3者が講演を行った。
講演は、太田怜美さん(関西ペイント)が「鋼構造物の長寿命化に向けた次世代水性塗料の開発と今後の展望」、鎌田由佳さん(大日本塗料)が「水性内装用低臭塗料の開発」、織田麗さん(シーカ・ジャパン)が「プライマー塗付量の変更とプライマー接着可能時間の延長」をテーマに行った。
その後、「第5回建設業で働く女性へのアンケート」の結果報告をテーマに、熊野さんが司会を、諸橋由里奈さん(マサル)が副司会を担当して、森嶋順子さん(トーヨー科建)、宮原悦子さん(クレアールソシオ)、鎌田由佳さんが出席してパネルディスカッションを開催した。今回はこのパネルディスカッションの内容をもとにリポートする。
女性が活躍するほど待遇の男女差を感じる傾向に
パネルディスカッションでは、諸橋由里奈さん(女性ネットワークの会アンケート担当リーダー)が「第5回建設業で働く女性へのアンケート」での注目点を報告した。アンケートは全国を対象に実施。309名(うち現場経験者167名)からアンケートを回収し、回収期間は、2023年2月13日~4月15日。回答者の属性は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の首都圏が中心で、年齢は40代以降が多く、20代が次いだ。
第1回のアンケートでは、「現場の仕事を行なう上で待遇面での男女差を感じるときはありますか」という問いには、「感じる」と答えた人が50%に留まったが、第2回目からは70%に跳ね上がり、第5回アンケートまで同様の結果が続いた。この結果を前提とし、熊野さんが所感を語ったところから、トークセッションが始まった。
出典:日本建築仕上学会女性ネットワークの会による「第5回建設業で働く女性へのアンケート」
熊野康子さん(以下、熊野さん) この結果から見ると、女性が活躍すればするほど男女差の待遇を感じる傾向にあるのかなと思いました。第4回アンケートでは、「体力面で厳しい場面では配慮される」が1位でしたが、それに対して第5回アンケートでは、「優しく接せられる」(怒られにくい)が1位です。
諸橋由里奈さん(以下、諸橋さん) アンケート全体でみると、DXやSDGs(持続可能な開発目標)の取組みが前向きになり、コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う在宅勤務の推進や女性管理職・男性の育児休業取得者が少しずつ増加してきています。
一方、「現場の仕事を行なう上で待遇面での男女差を感じるか」という問いに対して、第2回から約7割の方が「感じる」と回答し続けています。世の中で様々な変化があった中、回答が変わらない項目があることはどういうことなのかを、今一度考えていきたいと思います。実は、この回答についてはもう少し変化が生まれるかと考えましたが、あまり変化もなく、前回アンケートと同様な結果であったことは、ある意味すこし驚いています。
女性の健康問題での労働損失は4911億円
熊野さん 日本ではこれから少子化対策が必要といわれていますが、やはりアンケートから見ても現場の意識や環境は大きく変わっていないことが明らかです。
女性ネットワークの会は6月8、9日の「理想の住まいと建築フェア」(大阪市)で、「建築業における女性活躍のためのDXおよびフェムテック」をテーマに、セミナーを開催しました。この内容について共有したいと思いますので、セミナーでMCをされ、大阪で運営委員をつとめられる宮原さんに解説をお願いします。
宮原悦子さん(以下、宮原さん) 6月8日のセミナーでは、産業医の中西 麻由子さんも登壇されるなど中身が濃い内容でした。聞きなれない用語かもしれませんが、Femtech(フェムテック)はFemaleとTechnologyをかけ合わせた造語です。女性が抱える健康課題をテクノロジーで解決する製品・サービスを指し、昨年から今年にかけてさまざまな商品が発売されています。
女性の健康問題による労働損失は4911億円であるといわれています。私が塗装・防水現場に入ると、まずトイレはどこにあるのかを確認しますが、女性の健康課題に対応し、働きやすい現場の整備をすることで人材確保につながります。
また、同じく経済産業省の資料では、女性従業員の約5割が女性特有の健康課題などにより職場で困った経験があると回答がありました。女性は健康課題を抱えても直接上司に言えないなどメンタル的な問題も抱えています。そこで女性の健康課題にご理解のある上司が増えてほしいと願っています。
出典:経済産業省
女性ネットワークの会でも「フェムテック」についてのアンケートを実施しました。「生理や月経前症候群(PMS)で仕事への影響を感じたことはありますか」という問いに対しては、「感じたことがある」「やや感じたことがある」の合計で8割を超えています。
次に、会社の制度では生理休暇を取得できるはずですが、利用したことがない方が圧倒的に多い。「なぜ取得できないか」という問いについては、さまざまありますが「上司が男性で言いにくい」「ずる休みと思われたくない」、「本当に休まなければならないのか」と心無い言葉を投げかけられるなど、メンタル面で課題があるとの回答もありました。
こうした課題を解決することがテクノロジーです。そして、まずどんな課題があるかを抽出することが大切です。そこで前回のセミナーでは、課題出しにつとめました。その中には、「男性に対してもアンケートを行い、啓蒙活動を行ってほしい」との意見もありましたが、女性の健康課題について男性が知らない職場が多く、働きやすい職場とするには経営者層も含めて共有していくことが必要です。女性の健康課題からヒントを得て、働き方を変えていかなければなりません。そこでDXの活用が今後、カギになっていきます。
建設会社のDXはまず課題出しから始め、ビジョンを明確に
熊野さん フェムテックという言葉をはじめて聞いた方もたくさんいると思います。今まで働く女性が少なかったから、それほど話題にはなりませんでした。これから建築業も半分は女性が占める可能性があります。そうなったら、フェムテックという言葉を上司も含めて知っていないと対応ができなくなるんです。
次にパネルディスカッションの2つ目のテーマ「女性活躍にとって今後、必要なこと」について語り合っていきます。そこで男性の育児休暇、在宅勤務の普及、DXとさまざまなキーワードが浮上しています。
先ほど鎌田さんは、勤務先の大日本塗料は男性の育児休暇取得率は高いと講演の中で語られていましたが、いかがですか。
鎌田由佳(以下、鎌田さん) 講演するにあたり、社内で確認しましたところ約60%という数字でした。取得されている方は20代後半や30代前半が多く、年々増加している感覚があります。2か月から半年くらいの期間の方が多く感じます。
聞いてみますと、会社から取得するよう指示された覚えはないとのことです。推測になりますが、先輩や同僚が取得していることから、自分も取得できるのではないかと考え、周囲に相談するかまたは自発的な取得の動きにつながっているのではないでしょうか。
熊野さん 働き盛りの方が取得していますね。
鎌田さん 周囲の方も積極的に取得しているので、敷居がだいぶ下がったように感じます。
出典:日本建築仕上学会女性ネットワークの会による「第5回建設業で働く女性へのアンケート」
熊野さん これから敷居を下げるために女性だけではなく男性も取得してほしいですね。さて、森嶋順子さんは現場でバリバリに働いていますが、在宅勤務についてはどうお考えですか。
森嶋順子さん(以下、森嶋さん) トーヨー科建の仕事場はほぼ現場ですから、在宅勤務は限られていました。しかしこのコロナ禍で在宅勤務が普及すると、「まずできることから始めよう」と動き出しました。
月に1度、定例会議があり千葉と東京をつないでリモート会議を開いたことがキッカケで、家でできることは家で行う方向へとシフトしています。たとえば、見積り作成についてデータ上でやりとりするよう勧められています。また、当社は防水やリニューアル工事全般を業務としていますが、関連業界の会合ではどのように在宅勤務を進められるかについて話し合っています。
熊野さん コロナ禍では森嶋さんから解説があったようにある種の結果をもたらしました。コロナ禍は不幸なパンデミックでしたが、もしなければ、在宅勤務、リモート会議はこれほど進展しなかったかもしれませんね。
これから建築現場にも在宅勤務の導入の動きが活発になっていく印象があります。そこでテーマになるのはDXです。女性ネットワークの会でもDXに関する講演会を開催しています。宮原さんはITコーディネータをつとめ、DXを推進されている立場からして、建築業界での女性活躍を推進するにあたり、どのようなことが必要と考えていますか。
宮原さん まず課題を見つけることと、「こうなってほしい」という未来のビジョンを明確していかないと、DXはうまくいきません。「DXをやらなあかん」ということだけでDXが目的になっている会社は、DXに失敗していますね。
ですから、DXはあくまで手段であることを考えて、目的を明確化することが大切です。
熊野さん 何もかもいっぺんにDXするのではなく、まずは一つターゲットを見つけることが大切なのでしょうか。ここで諸橋さんが所属されるマサルの事例の解説をお願いします。
諸橋さん 業務は、防水の専門工事業とマンションなどの大規模修繕が中心で、現場によっては常駐と巡回に分かれています。マサルでは、紙であったものが少しずつ電子化され、IT化が徐々に進んでいます。業務効率化の観点から、働きやすさ、働きがいを考え改革が少しずつ行われています。今、「Microsoft Teams」によりオンライン会議を増やすとともに、就業規則や勤務管理システムを新たに導入し、少しずつですが働きやすい方向へ変わってきています。女性、男性問わず子育ての面からも在宅勤務が増えているので、「従業員エンゲージメント」が向上してきています。
私自身も「Microsoft Teams」を使いオンライン会議に参加する例が増えています。子どもがいると、熱が急に出る場合もあり、出社したくてもできないこともあります。しかし、パソコンがあれば参加できるので非常にありがたいです。
出典:日本建築仕上学会女性ネットワークの会による「第5回建設業で働く女性へのアンケート」
熊野さん マサルさんのように働く女性や子育て女性に優しい会社がもっと増えてほしいですね。そこで再度、宮原さんにうかがいますが、組織とDXは関係が深いのでしょうか。
宮原さん まず会社内でのITガバナンスやリテラシーを築いていかないと、DXまで到達いたしません。これはトップマネジメント、経営者層から意識改革をし、会社を将来的にどのような方向で進展させるかを考えながら、リーダーシップを持ち、進めていくことが肝要です。
川口とし子日本建築上学会理事が締めの挨拶で激励
締めの挨拶を行った川口とし子日本建築上学会理事
パネルディスカッション後、「大改造!!劇的ビフォーアフター」(テレビ朝日)に匠として登場された、川口とし子日本建築上学会理事が登壇し、締めの挨拶をした。
「私は一昨年に長岡造形大学教授を定年退職となり、アーキスタジオ川口一級建築士事務所で根を張り、新たに建築設計活動に入っています。女性ネットワークの会の躍進は本当にきれいな水の波紋のように、確実に広がっています。運営委員の方々がそれぞれの会社を背負って、ご活躍されている女子の方に拍手を送りたい。設計事務所としての視点では、取引先の工務店、メーカーなどの建設関係の会社に対しては、その会社に若手がどれだけいて、どれだけ頑張ろうとしているのかにより縁を持たせていただく一番の判断基準としています。これからはますます人のつながりが重要であり、皆様から見て女性ネットワークの会の進化を楽しみに見守ってください」と力強く女性ネットワークの会を激励した。
女性ネットワークの会HP:https://finex-womens-nw.jimdofree.com/