(一社)無機質コーティング協会の平良一夫会長から電話があった。「やっと完全無機にちかい塗料ができたでぇっ!」
すごくうれしそうだ。「塗装の無溶剤・完全無機」は平良会長の悲願だ。そこには、完全無機塗料の開発を封印してきたもう一人の存在があった。知人関係の二人はそれまで、自身の夢を語り合う機会には恵まれなかった。
「こんなおっちゃんらが、『自分はこんな社会貢献を実現するために頑張りたいねん』なんてにわかには語り合わへんしな。知ってからは急展開やな」。3年で完全無機にちかい塗料は事業化し、革新的技術としてインフラ管理者や住宅関連、そして「世の奥さまがた」の熱視線をあびている。
数十年持ち続けたそれぞれの思い、気持ちが通じたら3年で製品に
――とうとう塗料を完全無機にちかくできたんですね。協会発足から25年、急展開があったんですか?それとも、じわじわぁ~と進捗していたということですか?
平良さん ゆっくりと、そして急に、緩急両方ですわ。小川さんが3年前に技術部長として加わって急展開できたわけですけれども、その長足の進歩があったのは、若い頃から私は無機の会社と協会を作って取り組んできましたし、小川さんも無機の構想を持っていたことがとても大きいです。
私がまだ若い頃、子どもたちのシンナー中毒が社会問題になっていて、現場でも普通に塗装の溶剤にシンナーが使われていて、作業員にも周辺住民にも良い影響はありませんし、なにより子どもたちが簡単にシンナーを手に入れられるような状況を無くしていきたいと、溶剤にシンナーを使わない塗装の開発を決意しました。当時、子ども会の活動に加わりだしたころで、思いを強くしました。
「シンナーを使わずに塗膜の施工品質を出す塗料材は無機材料だ、無機はそれ自体環境負荷も少ないから社会のためになる」と開発に邁進したけれど、そこからはとにかく大変で、こんなおっちゃんでも心が折れまくり。でも、キレイごとではなく、ほんまに周りに恵まれて助けられて製品開発や施工品質のレベルアップができるようになった。ほんまに感謝しかない。新技術に熱心な発注者さんがヤードの協力をしてくれて、そしてニーズやリクワイヤメントへの対応の出来不出来や改善点を厳しい眼で評価してもらいながら、トライアンドエラーを重ねてきました。こうした進め方は、我々が”現場の困った”というニーズに対応する製品開発に注力するきっかけというか原点で、今でも大事にして続けています。
こうした成果で、溶剤のシンナーは早い段階で不要にできました。でも完全無機はどうしても難しくてできない。我々がいま見舞われている環境問題や社会問題の解決に無機は必ず役に立つと粘り強く取り組むものの、なかなか完全無機で施工性や塗膜品質で太鼓判を押せるまでには届かない。そこに小川さんの構想が舞い込み、発注者さんに協力をいただきながら協会が積み重ねてきた知見とシナジーが出て、やっと完全無機にちかい塗料が実現したんです。小川さんとは数十年来の知人やけど、いいおっちゃんらが、「自分はこんな社会貢献を実現するために頑張りたいねん」なんてにわかには語り合わへんしな。知ってからは急展開やな。
――小川さんの構想ってなんですか?この話ってこれから「風の中の~♪」みたいな展開になりますか?
小川さん 実際に開発したんはこの直近3年やから、そんなん技術大河めいてもおらへんわな・・・。ただ、どんな現場もそれぞれそれなりなドラマは必ず持ってはるんちゃいますか?
若い頃、無機材料は社会のためになると着目して、珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤の構想を練ろうと思ったんですよ。でも、環境より利幅の商慣習が席巻しとった時代やからまったく見向きもされへんし、研究も開発もなにもでけへんかった。封印ですわ。それからはずっと売れ筋で開発をしてきました。ただ、珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤は社会のためになるという思いはずっと持ち続けてた。
そのうちにさまざまな環境問題が顕在化してくるなか、その思いは一層強くなっていました。そして今、その製品化が「珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤W10番」として実現し、環境問題・社会問題の解決に寄与する革新的技術として、インフラの管理者や住宅関連などの多くの方々から関心を集めるようになったのです。何十年もなんもできひんかったけど、気持ちを持ち続けて良かった、そう思うてますのんや。
一人勝ちではダメ。みんなにハッピーな商売に
――その珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤って何ですか?小川さんが開発した物質ですか?どのへんに革新性があるのでしょうか?特許とかもあると思うので、差し支えない範囲で教えてください。
小川さん 珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤は前からあった材料で、僕が開発したわけではないです。良い材料です。ですが、耐水性が悪くて雨が降ると流れてしまう。これが弱点でした。ここを克服できればさらに良い材料になると思ったんです。常温乾燥する無機系の耐水、耐候性の良い水性塗料の技術は人類の永遠のテーマでもあったんですよ。
そしてもう一つ。無機材料は無機ゆえに硬いので、割れないよう追従性を持たせようとすると樹脂などの有機材料を混ぜなければならず、完全無機とはなりません。つまりトレードオフの関係です。なので実験室内の材料でなく、実社会で施工して使用するには完全無機は難しいのです。だから、世の中の無機塗料は有機材料も入っているほか、施工においても塗膜の接着剤に樹脂などの有機材料を使っています。無機質コーティング協会でも、今般の珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤W10ができるまでの商材は「業界最少」の10%程度入れてきた歴史があります。
そこで、平良さんと研究開発を始めるときに、珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤を、耐水性を良くすることと、有機材料を使わずに追従性と接着性を持たせることで、実社会で重宝される完全無機塗料に仕上げようと。つまり、トレードオフを克服するわけですから、競争優位が成り立つわけです。そして、その施工に際しても省工程で簡便に、講習をすることで誰でもできるようにしようと、製品設計の目標を定めました。施工性の良さと施工品質の良さ両方がないと、普及していきませんし数もこなせませんから、結果的に何の社会貢献にもなりませんからね。材料だけできたっちゅう話で終わってまう。
そして普及に大事なのはもう一つ、利幅の商慣習ですわ。環境に良いし、余計なコストは省かれるから利幅もある。発注者側も施工者側も消費者側にもハッピー。近江商人も言わはる「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」。それに環境にも良いから「未来よし」。京都市長だった門川大作はんも「四方よし」いうてはりましたやろ。商いは一人勝ちはダメ。どこかにしわ寄せがいって悪影響が出てしまう。みんなにハッピーな商売にしないと。この思いも平良さんと一緒だったんですわ。そうしたら、人手不足でもあるから、間接費が省けるようにしようと、だから省工程で簡便な施工で品質が良くできるようにと。
それで、珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤に耐水性と樹脂のような柔軟性・接着性をもたせた完全無機にちかい塗料「珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤W10番」ができましたんや。組成はノウハウそのものやから、メディアでババっとつまびらかにはできひんけど。もうすでにいろいろなインフラでテスト施工をさせてもらって、反応もすごく良いです。インフラ以外では浴槽のリニューアルも反応がすごく良いですね。ほかに建築も良いです。
環境負荷、社会的負荷のより少ないものを選ぶ世の中に
――まずインフラの話を教えてください。革新的技術として反応が良いということは、需要があったが供給がなかったという状況だったんですか?
平良さん それもありますし、そういう世の中になってきたというところもありますね。SDGsとかエシカルとか、そういった環境に良いとか社会に良いとかが判断の物差しとして定着してきて、無機系塗料が選ばれる世の中になってきましたし、そうなってくるとさらに高い要求として「完全無機塗料はないのか?」となりますから。
先ほどお話したように、完全無機はとても難しいんです。実社会での施工性と施工品質を伴うとさらに難しい。だから完全無機はなかなか達成できないなか、今回完全無機にちかい珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤W10番ができたのは画期的なわけです。
火事や中毒の不安を排除したいインフラ管理者さんも多く、施工品質・塗膜品質が確かならなるべく無機を選びたいという需要も多いです。現場でも消防法の関係で、燃える材料は保管量に制限がありますから、結構小出しに運搬する間接費も膨らんでしまうのです。
また世の中空前の人手不足ですから、とくに現業のエッセンシャルワーカーが足らん。みんな時短でできる方法を探っている世の中で、現場が省工程でできれば工期を短くでき、通行止めも短くできますから、多くの人が助かりますよね。
小川さん いろいろな化学物質で問題が顕在化してきて規制も整備されてきたこともありますね。ホルムアルデヒドの問題、エポキシのビスフェノールの問題、アミンの皮膚障害、エチルベンゼンの発がん性、VOCの問題、有機則の問題、鉛則の問題、PFASの問題などです。
なので、こうしたものを含まない無機系塗料が採用される世の中になってきて、さらに今はより環境や社会に良いものを積極的に採用するのが当たり前な世の中になってきていますからね。そこで、ジンクリッチペイントについても、インフラ管理者さんからより一層の環境にも良く性能も良いものを探しているとのお話があり、協会でも水性無機ジンクリッチを持っていますから、そのバージョンアップ版を開発して、というかこれまでとは全く別のものになりまして、社内試験での結果も良いと出てますねん。それで、有料高速道路さんからテスト施工の依頼が来てるんですわ。
――これまでとは全く別の水性無機ジンクリッチですか?
小川さん まず、ジンクリッチとは亜鉛が70%以上入っているものをいうんです。管理者さんの中には、水性とか無機とかのジンクリッチを採用しているけれども、めくれてきてしまうというお悩みがある、というところもありました。めくれると、そもそもコートできないわけですから、せっかく亜鉛を70%入れていてもその性能が発揮できないわけです。
そこでなぜめくれてしまうのか。水が入って接着性が落ちるからなんですね。だから、まず水が入りにくい構造にする必要があるわけです。これまでのジンクリッチはポーラス構造ですから水が入りますので、新製品「W-100」では亜鉛をフレーク状にすることでラベリンス効果を出して水を入りにくくしています。日本では亜鉛フレークはあまり見聞きしないのですが、ドイツにエカルトというメーカーがあるんですけれど、ここがデータを公表しているんですね。これがあったので、開発が速かった。
インフラだけじゃない。世界中のバスタイムをハッピーにしますのや
――浴槽の話も教えてください
平良さん 浴槽から洗い場まで、まるっとリニューアルできるんです。工事は1日もかからへんし、安い、環境も心配ない。住宅関連さんや、大家さん、そして奥さまがたに喜ばれていて、えらい反響ですわ。これも施工は簡単なんですが、施工品質が大事ですから、必ず研修をしています。引き合いが多くて研修が追い付かへん。
――そうでしたね、平良さんのところは、講習や研修をやっていますよね。協会員向けに年に何回とか、インフラ関係でも現場が始まる前に、発注者さんも参加して実際の現場でとか。
平良さん 無機の塗料は言ってみれば新技術でしたから、協会員の施工会社さんも発注者さんも、土木や建築のプロではあるけれども、新技術に関してはその技術がどういう理屈なのか、だからどう扱えばいいのか、実際に施工に関してのポイントはどこかなど、具体的に知りたいんですよ。発注者さんも施工者さんも、目的は一緒で、確実な塗膜品質を実現したい、思いは一緒ですからね。ですから、その目的に向かって「なるほどそうか」というアイデアが出てきて、そこでディスカッションもできます。
加えて、現場現場で、対象の構造物のコンディション、既存構造物の塗装系とか、現場の温度湿度とか、表面処理の程度とかいろいろ異なりますから、2回目、3回目と採用いただいている発注者さんでも、やっぱりその現場ごとに研修を開きたいという要請もあって、ほとんど習慣化しているんです。
土木とか建築は大きな構造物をつくるので、なにかある程度大雑把さが許容されているようなイメージを持たれがちなんですが、実際はいろいろなコンディションに対してものすごく繊細な対応が必要ですから、ちょっとしたコンディションの変化で、期待品質とのズレが出てしまうことがあります。そうしたときは、必ず速やかに対応することを徹底しています。そして研修や講習でフィードバックして再発防止しています。
無機質コーティング協会は施工品質への取り組みに熱心なことでも知られ、年に数回の技術情報交換会も兼ねた研修や講習を開くほか、現場に入る前にも発注者の要請で発注者と施工者が共に現場前研修を開くことも多い。
――そうなんですね。それで浴槽に関しては、どうしてそこまで反響がすごくなっているんですか?
小川さん 安くてエコ、ここが反響のポイントですね。浴槽は長く使うとどうしても、表面にすごく微細な傷だとかしわだとかが入ってきて、そこに汚れが定着してしまうんですね。なので、中古住宅販売の会社さんとか、大家さんとか、一般家庭の奥さまとか、「バスルームをリフォームしたいわ」となるんですけれど、とても高くなるんですよ。なぜかというと、現状の浴槽を生かした簡便なリフォーム技術はあまりないことと、だったらいっそ浴槽を取り換えるか、となると浴室のドアを壊さないと浴槽が入れ替えられないので、これも大掛かりになるんです。大概の場合、浴槽が大きいので浴槽を設置してから、出入り口のドアを施工するので、浴槽の交換にはドアや壁の破壊が伴うんです。
我々の工法は、浴槽や浴室の表面をいっぺんキレイに表面処理して、珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤W10番を塗るだけです。常温で乾きも早いです。なので、簡便で少人数・省工程施工、工期も早く1日、ごみも少ないしエコ、環境に悪いものは使いませんので安全安心、つまり安くてエコ。
なので、喜ばれるんですよ。商いでリフォームされる中古住宅販売関連の業者さんや大家さんはもちろんのこととして、リフォーム工事を個別にされる一般家庭の奥さまがたがとにかく喜ばれる、僕らも嬉しいわ。世界中のバスタイムをハッピーにしますのや。
既存のバスルームを簡便な塗り替え工事でリニューアルする。
――喜ぶでしょうね。使えるものを粗大ごみで捨てる罪悪感もないし。それで、お掃除とかも普通にやって大丈夫なんですか? “シャーっとミスト状に吹きかけて、こすらなくってもいいんです”タイプのバス洗剤でも、コーティングを傷めませんか?あと消費者の敵・ピンク色のカビに対策する洗剤とかも大丈夫ですか?
小川さん お掃除は通常のお風呂と一緒です。ただこすり落とすタイプのお掃除道具はあきまへんわ、珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤W10番に限らず、全般的にそうですわ。表面にすごく微細な傷だとかしわだとかできる原因のひとつですから。
――そうなんですね。それで、この珪酸ヒドロゾル系常温硬化型完全無機質コーティング剤W10番に興味がある、話を聞いてみたいとか、使ってみたいとかいう発注者さんや施工者さん、奥さまがたはどうすればよいですか?
平良さん 協会にお電話でもメールでもしてもらえれば、技術関係に詳しいスタッフがお話を聞かせてもらいます。インフラも浴室・浴槽もテスト施工をいくつかさせてもらって、順調に経過していまして、それを受けて現場写真集、仕様書ができあがったところですので、やっとお渡しできますわ。
やっとと言えば、発注者さんから近年強く望まれてきた”無機の塗装の規格化”についても、ほんまにもう大詰めの大詰めで、間もなくお出しできそうですねん。
――えっ、いつごろですか?内容はどうなっているんですか?
平良さん ほんまに間もなくですんで、またゆっくりお話しさせてもらいますわ。