前回の記事では、建設業法と公共工事入札契約適正化法(入契法)の一括改正について紹介した。この中で「工期のダンピング」の禁止は法改正により、注文者と受注者双方が対象となった。
工期は、建設業の技術者や技能者の働き方にも大きな影響を及ぼす。建設業の2024年問題に代表されるように、働き方改革関連法は建設業にも時間外労働の上限規制は適用された。
そこで国土交通省は、3月27日に開催した中央建設業審議会で「工期に関する基準」を改定。同日にその実施が勧告された。改定点は工期設定での受発注者の責務と工期全般・工程別に考慮する事項であった。
これまでも中央建設業審議会は、2020年7月に適正な工期に向け、「工期に関する基準」を作成・勧告してきたが、4月からの上限規制の適用も踏まえ、規制の遵守を図るべく、今回改定することになった。
とくに建設業は他産業と比較しても休みが少なく、将来の担い手確保・育成が困難な状況にある。そこで長時間労働の是正や休日が確保できる職場の実現に向けた働き方改革をより具体化する状況にある。適正な工期の設定は重要なテーマであり、今回の改定内容も含め、「工期に関する基準」を解説する(なお、この記事での発言者の肩書は2024年3月27日の時点のものである)。
時間外労働規制を守れる工期に
国土交通省の塩見 英之不動産・建設経済局長が中央建設業審議会総会であいさつ
塩見英之・国土交通省不動産・建設経済局長は、「持続可能な建設業としていくためには現場を支えている技能者の担い手の確保が重要だ。この4月からは2024年問題で時間外労働規制がいよいよスタートする。そこで適正な工期の確保に向け、より一層実効性のある仕組みを設ける必要がある。今回、『工期に関する基準』の見直しを審議し、新たな基準としてスタートしていきたい。大きな目玉としては働き方改革関連法が建設業に適用され、規制がかかる点にあり、この規制を守れるような工期とすることが一番大きなポイントだ。また、昨年の夏は大変暑かったが猛暑日での不稼働や働けない時間も工期に反映することも大事なポイントといえる」と語っている。
今回の改定の主な改定のポイントは次のとおりだ。
工期設定における受発注者の責務について
- 変更契約時も含め、同基準を踏まえた適正な工期設定の必要性を明記
- 受注者で契約締結前またはは変更契約が必要となる際に、時間外労働規制を遵守した適正な工期が確保された見積りを提出することを努力義務として位置づけ
- 受発注者間のパートナーシップの意義を記載
- 発注者は、受注者やその下請負人が時間外労働規制を遵守できる工期設定への協力及び 当該規制への違反を助長しないよう留意する旨を記載(元下間も同様)
- 発注者において、受注者から契約締結前又は変更契約が必要となる際に、時間外労働規制を遵守した適正な工期が確保された見積りが提出された場合、内容を確認し、尊重する旨を記載
工期全般・工程別に考慮する事項について
- 技能労働者やオペレーターの移動時間等も労働時間に含まれる旨や、運送業者が物品納入に要する時間等を考慮する必要性を追記
- 自然要因として、猛暑日における不稼働に関する内容を追記
- 工期確保や交代勤務制の実施、労働者確保等に必要な経費を請負代金の額に適正に反映させる必要性を明記
早出出勤、残業、休日出勤による「工期のダンピング」
このように「工期に関する基準」の改定に動いた背景には、働き方改革関連法の建設業への適用もあるが、工期のダンピングがいまだに続いている実情がある。現状でも通常必要と認められる期間に対して短い期間による請負契約が締結されることによる長時間労働も見受けられる。工事内容の追加・変更を理由に、工期が遅れた際、本来であれば契約を変更し、工期を延長することが望ましいが、受注者が早出・残業や休日出勤により施工時間を延長するなど、必ずしも働き方改革に資するとは限らない対応がとられている場合もある。
こうした背景もあり、2019年6月には第198回国会で「公共工事の品質確保の促進に関する法律」、「建設業法」及び「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」を一体として改正する「新・担い手3法」が成立。成立後、中央建設業審議会は、同年9月に「工期に関する基準」の作成に関するWGを設置、同年11月の第1回開催以降、合計6回にわたる審議のうえ、中央建設業審議会は2020年7月に基準を作成した。
作成の趣旨は、建設工事の適正な工期を確保するための基準。当初契約や工期の変更に伴う契約変更に際しては、同基準により各主体間で公平公正に最適な工期が設定される必要がある。その結果、長時間労働の是正などの働き方改革が進むことで建設業の担い手が安心して活躍できる魅力ある産業となり、他方、発注者としても自身の事業のパートナーが持続可能となることで質の高い建設サービスを享受することができ、相互にとって有益な関係を構築するための基準でもある。
なお、著しく短い工期の疑いがある場合には、同基準を踏まえるとともに、過去の同種類似工事の実績との比較や建設業者が行った工期の見積りの内容の精査などを行い、許可行政庁が工事ごとに個別に判断する。著しく短い工期による請負契約を締結したと判断された場合には、発注者に対しては建設業法第19 条の6に規定される勧告がなされ、また、建設工事の注文者が建設業者である場合には、国土交通大臣らは建設業法第41条に基づく勧告や第28条に基づく指示を行うことができる。
加えて、入札契約適正化法第11条第2項では、公共工事では、建設工事の受注者が下請負人と著しく短い工期で下請契約を締結していると疑われる場合は、工事の発注者は受注者の許可行政庁にその旨を通知しなければならない。
建設業法が建設工事の全ての請負契約を対象にしていることを踏まえ、基準の適用範囲は、公共工事・民間工事を問わず、民間発注工事の大きな割合を占める住宅・不動産、鉄道、電力、ガスを含むあらゆる建設工事や発注者・受注者(下請人を含む)を対象とする。
工期の概念 / 出典:工期に関する基準
業界からは実効性ある運用を望む声も
中央建設業審議会総会では、西野佐弥香・京都大学大学院工学研究科准教授が「結果として適正な工期とするために設計者と施工者の深いコミュニケーションが必要で、この具体化について検討を要望したい」と提起。これについて意見交換の場をしっかりと設けたいと国土交通省の事務局側は回答した。
次に、宮本洋一・(一社)日本建設業連合会会長は、「工期に関する基準の改定には大いに賛成する。とくに発注者の責務として、受注者が時間外労働規制を遵守できる工期の設定などに協力することが明記されることになれば、日建連が進める『適正工期確保宣言』への後押しにもなり、大変心強く感じる。この基準が実効性をもって運用されるよう、発注者に対する指導をお願いしたい」と賛意を示した。
日建連は、時間外労働の上限規制対応の前提となる適正工期の確保を推進するため、より具体的な取組みとして、2023年7月に「適正工期確保宣言」を決定し、同年9月から本格実施した宣言の趣旨は次の通りだ。
日建連の会員企業は、建設業の働き方改革を推進し、担い手確保を図るとともに、労働基準法に則り適正に工事を進めるため、発注者に対し見積書を提出する際に、工事現場の4週8閉所や週40時間稼働を原則とした適切な工期(以下「真に適切な工期」)に基づき見積りを行い、工期・工程を添付するとともに、発注者の理解を得るための説明を行う。また、協力会社から「真に適切な工期」を前提とした見積りがなされた場合には、見積りや工期・工程を確認した上でこれを尊重する。
日建連の「適正確保宣言」
さらに、奥村太加典・(一社)全国建設業協会会長(当時)は、全建として要望していた『猛暑日』(夏期におけるWBGT値が31以上の場合における不稼働等を考慮)に賛意を述べた。一方、全建では『適正工期見積り運動』を展開中であることに関連し、奥村会長は「時間外労働規制を遵守するだけの見積もりではなく、『工期に関する基準』を尊重する見積もりの必要性にも触れていただきたい」と要望した。さらに続けて、「発注者への『工期に関する基準』の周知について疑義が残り、また仮に周知しても無視する発注者も存在するため、改定を機会に真の基準となるよう実効性のある施策を検討してほしい」と要請した。
ちなみに、全建の「適正工期見積り運動~工期の見積りは『工期に関する基準』に沿って~」とは、発注者から工期の見積り・提案を求められた場合には、「工期に関する基準」に沿った見積り・提案を行うことを通じて、発注者の理解を得つつ「適正な工期」の実現を図ることを目的としている。
参考:「適正工期見積り運動~工期の見積りは『工期に関する基準』に沿って~」
また、国土交通省は4月からの時間外労働規制の適用を労働時間短縮等のチャンスと捉え、持続可能な建設業に向けた働き方改革を強力に推進するべく、関連施策をとりまとめているため、図にて紹介する。
ここでも「工期に関する基準」の拡充が強調されており、これからの官民工事では適正な工期が求められる。