(公社)土木学会のインフラ体力診断小委員会(家田仁委員長)はこのほど、「日本のインフラ体力診断」の第4弾として街路空間、バルク港湾、空港の分析結果を公表した。体力診断は土木学会が行っている「日本のインフラ実力診断」の3つの診断の1つで、各インフラ関連の制度・整備の推移、国際比較の観点から質・量双方の総合アセスメントを取りまとめ、各現存インフラの充実度を診断して、整備状況の現状と展望について評価と提言を行うもの。
小委員会ではこれまで、第1弾で主要な公共インフラである高速道路・治水施設・国際コンテナ港湾を対象とした「インフラ体力診断書 Vol.1」を、続けて2022年に第2弾として下水道・地域公共交通・都市鉄道を対象とした「インフラ体力診断書 Vol.2」を、さらに2023年には第3弾として水インフラ・公園緑地・新幹線を対象とした「インフラ体力診断書 Vol.3」を公表。今回の第4弾の内容も含めて、2024年度中に取りまとめ、書籍として出版する。
家田委員長は第4弾までの体力診断を終えて、「通常のインフラ分野についてひととおり網羅・診断ができ、一段落をした。機能と安全の2点では世界と比較して劣るところはない。しかし、細かく言えば、利便性や顧客サービス、ローカルの交通も厳しくなりつつある。ニーズも高度化・多様化している。遅れている点は、文化や美観の創造などにある」と総評した。
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日本の歩行者・自転車の道路空間は遅れている
これからの交通インフラのテーマは歩行者や自転車空間の整備が重要になる
街路空間のレポートでは、岸邦宏・街路空間WG主査(北海道大学大学院工学研究院土木工学部門教授)がとりまとめた。
日本交通事故死者数の状態別交通事故死者構成比でみると、自動車乗車中はG7の中で最も低いが、歩行中・自転車乗車中はアメリカについで2番目に高い。そこで高規格道路の整備に加え、歩行者や自転車走行空間もあわせて重要であるとの問題意識を抱いた。
幹線道路の歩道設置率を大阪市、名古屋市とロンドンを比較すると、ロンドンが99%でほぼすべての道路に設置されているが、大阪市は70%、名古屋市は83%に留まった。非幹線道路の歩道では、ロンドンの97%に対して、大阪市24%、名古屋市32%と設置率が低い。これは日本の都市の道路では延長が長い反面、幅が狭い特徴があるため、新たな歩道が困難ということが背景にある。
「交通事故対策の観点から、持続的に歩道を整備していくこと。幅員が狭く新たな歩道の設置が難しい際には、自動車の走行を抑制する対策を施し、安全性を向上を図るべき」(岸WG主査)
「公共空間がその街の風格を担うものになっているか。歩行者にとってはいい空間になっているかは改善の余地がある。こうした発想は贅沢だと考えること事態はもはや古い。贅沢だから機能と安全に特化したのが戦後70年だ。幹線道路の整備から行ってきたが子どもの通学路が安心して歩行できるほど整備はしていない。道路の重要性ではもう一つの主役である歩行者や自転車の環境に力を入れる点では、まだ不足しているのが現状で整備を進めていかなければならない」(家田委員長)
歩道空間では、幹線道路では大部分の道路に歩道が設置しているものの、非幹線道路の歩道設置率が低い実態がある。歩行中、自転車走行中の事故件数に課題があり、交通事故対策の観点からも、幅員が広い道路では積極的に歩道を整備すべきと提起した。
次に、電線類の地中化は、各国主要都市と比較して日本は低水準であり、電柱が歩行空間を狭め、歩行阻害となっている実態を指摘。欧州の多くの都市では、面的に面積が広がってきており、低速ゾーンを市街地全体に展開、都市全体の交通政策として低速ゾーンの整備を進める必要性を訴えた。また、自転車通行空間は自動車や歩行者との混合交通が多く、安全・快適に通行できるように専用通行空間の確保を求めた。
自転車通行空間延長密度の国際比較では、日本は遅れている実態も
ワトキンス・レポート※では、「日本の道路は信じがたいほど悪い。工業国でこれほど完全にその道路網を無視してきた国は日本のほかにない」といわれ、日本は幹線道路を中心に整備を進めてきた。岸WG主査は、「歩行者や自転車を意識した道路空間の整備は遅れているといわざるを得ない。通学中の子ども列にダンプが突っ込むような痛ましい事故があるように、子どもにとって本当に良い道路空間については、まだ整備の余地がある」と指摘した。
ワトキンス・レポート:1956年(昭和31年)にアメリカのラルフ・J・ワトキンス率いるワトキンス調査団が建設省に提出した、日本の道路事情についての報告書である。当時の日本の道路事情の劣悪さを指摘した報告書として知られている
最後に、日本全体が歩行者・自転車中心の道路空間をつくる目標を共有し、道路管理者、道路利用者、地域住民などの関係者が協働で取り組み、答えを出していくべきと提案。「プロセスは欧州の手法に習う必要はなく、独自の手法で将来にわたり道路の文化を創っていくぺき」と岸WG主査は語った。
バルク港湾の課題はケープサイズ船への対応
次に、柴崎隆一バルク港湾・空港WG主査(東京大学大学院准教授)が日本のエネルギーや食糧安全保障を支える「バルク港湾」についてまとめた。原油・天然ガス・鉄鉱石・石炭・穀物といったいわゆるバルク貨物のスムーズに受け入れるためのバルク港湾は、重要なインフラだ。しかし、コンテナ港湾と比べると、特定企業の専用ふ頭が多くを占めるバルク港湾は世間の関心がより向きにくいだけでなく、政府や港湾管理者などの行政による支援がこれまであまり行われておらず、船舶大型化の進展に伴う大規模投資が必要な現状で、日本の産業の国際競争力の維持・強化のためにも、新たな視点と提案が求められる。
その整備水準だが、東アジア地域のとうもろこし主要輸入国や輸出国の主要港湾の岸壁の最大水深をみると、日本の主要輸入港のなかでも、満載のパナマックス船が入港可能な水深14m程度の岸壁を有する港湾は、釧路港(北海道)など一部に限られていることがわかった。一方、世界の潮流は、2016年のパナマ運河拡張も踏まえ、穀物輸送についてもよりサイズの大きいネオパナマックス船の利用も増加しつつあり、米国やブラジル、中国などの港湾ではより大水深の岸壁も整備されており、日本の港湾とは差が生じている。
記者会見で説明する、柴崎隆一バルク港湾・空港WG主査
また、とくに柴崎WG主査が懸念を示したのが石炭の輸入の際のバルク港湾だ。日本の石炭の主要な輸入先は、オーストラリア、インドネシアなどである。主要国間における石炭の輸送は10~20万DWTクラス(必要水深16~20m)のケープサイズ船が多く利用されており、主要輸出入国の港湾の多くでは整備が進んでいるものの、日本では多くの港湾で対応できておらず、世界との差異がとくに顕著となっているという。
石炭取扱港湾における岸壁水深の国際比較
これからはさらに主要なバルク貨物の輸入拠点として、大型船が入港可能で、十分な量の貨物の貯蔵や二次輸送への対応が可能な港湾や貯炭場・サイロの備蓄施設の整備が不可欠になる。仮に、大型港湾の整備が不十分である場合、輸入需要が競合する近隣諸国よりもバルク貨物の輸入が高コストかつ不安定となり、製造業の国際競争力や安定的な国民生活への影響が懸念される。そこで政府は、2011年5月に、穀物、鉄鉱石、石炭の3品目を対象に、国際バルク戦略港湾として次の10港湾を選定している。
- 穀物:釧路港、鹿島港、名古屋港、水島港、志布志港
- 石炭:小名浜港、徳山下松港・宇部港
- 鉄鉱石:木更津港、水島港・福山港
選定以降、供用や整備が進む釧路港、小名浜港、水島港などでは関連する民間投資が進み、大型船が入港できる効果も生まれており、今後とも国際バルク戦略港湾政策の継続の大切さも強調した。「今後の脱炭素社会構築に向けたエネルギー需要の転換を見越し、水素やアンモニアなどの新エネルギー受け入れのための輸入拠点の形成を図っていく必要がある」(柴崎WG主査)
バルク港湾・空港の増強を
続いて、空港も同じく柴崎WG主査が解説した。これからの空港に求められる機能では、「防災・減災、国土強靭化」をあげた。2021年度から「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」がスタート。対象範囲を航空輸送上重要な16空港からネットワークの拠点となる23空港へ拡大、2025年度までの5年間で重点的・集中的に対策を講じる。なお、護岸、排水、滑走路等以外の対策については95空港全てが対象となる。
次に空港におけるDX・GXの推進だ。空港の維持管理や運営の業務では生産年齢人口の減少に伴う人手不足が従前からの課題であり、コロナ禍での航空需要の激減に伴う離職者の増加や、航空需要が回復してきた中、より一層深刻な状況だ。そこで空港の効率的・効果的な整備・メンテナンスのため、ICT施工、BIM/CIM 活用の推進や、維持管理における草刈工の自動化施工および空港除雪の省力化・自動化を推進中だ。
今後も継続した需要の増加が予想される空港を中心に、DXの活用や世界的な脱炭素の動向、維持管理のニーズにも配慮しながら、引き続き容量の拡大や利便性の向上を図り、さまざまな輸送需要に柔軟かつきめ細やかな対応が求められるとした。
家田委員長は、バルク港湾・空港について、「機能面、安全面については”まあまあ”です。前までは地方では1県1空港で整備してきたが、国際的にマッチしないということで、空港でいえば羽田や成田の拡張など大きな空港でより力強く整備し、また、バルク港湾でも国際バルク戦略港湾として舵を切り直してきた。そこで今ようやく世界に伍してきたが、余裕のあるつくりになっているとはいえない。空港にしても、フランクフルト空港では、周囲は森林で大変広々としている。したがって空港周辺で騒音対策をする必要がない。反省で言えば、もう少しゆとりのある空間利用をすればよかった。空港と港湾は海外との窓口であり、国際情勢が緊迫感を増している中で、エネルギーや食糧の安全保障や人の動きも極めて重要だ。それに耐えうる余力を持っているかと言えば少々心配な点があり、もう少し増強していくべきというのが昨今の状況から読めるところだ」とコメントした。
土木学会は2024年度全国大会を宮城県仙台市で開催。9月4日には「日本のインフラの体力を診断する」をテーマに研究討論会を行い、3分野の体力診断結果を解説するとともに、これまで実施した分野を含め、現在の日本のインフラの「体力」と、今後土木界が取り組むべきことについて討論する。現地とオンラインのハイブリッドで公表する。
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