公益社団法人土木学会(上田多門会長)は、日本のインフラ体力診断第二弾として「地域公共交通・都市鉄道・下水道」の3分野を公表した。2020年度より「インフラ体力診断小委員会(家田仁委員長)」を設置して、日本のインフラの充実度、つまり体力を評価するため、議論を重ねている。
日本では一部に根拠に欠けるような「インフラ概成論」もあるが、現在のインフラがどれだけ充実しているのかを実際のデータを交えて評価している点は注目すべきことであり、量とともに質的側面において欧州など先進各国との国際比較を交えて、定量的に評価している。
報告書の作成を先導した家田仁委員長(政策研究大学院大学教授)、谷口綾子地域公共交通WG主査(筑波大学教授)、金子雄一郎都市鉄道WG主査(日本大学教授)、荒巻俊也下水道WG主査(東洋大学教授)が報告書について説明した。
地域公共交通は独立採算制を基本としない思想を
家田委員長は報告書について、「地域公共交通・都市鉄道・下水道」の3分野の中でも量的にはかなりの水準に達していても質的にはまだまだな点もある。また分野によっては、量的どころか基本的な考え方そのもので日本は遅れていると言わざるを得ないのではないかという視点もある。インフラはさまざまな分野があり、すべて一緒にしてもうインフラは十分概成したと考えるのではなく、個別の分野別に量的・質的な面を分けながら、いろいろと検討していくことが肝要であると述べた。
次に、地域公共交通について谷口WG主査が説明。地域公共交通とは、地域住民の日常生活や社会生活における移動のための交通手段として利用される公共交通機関の総称であり、ローカルな乗合バス、地方鉄道やタクシーなどを指す。
ここでは日本の地域公共交通の現状と諸外国と比較を試みた。しかし日本では地域交通に関する政府としての目標は存在せず、現状を評価可能な統一的な指標もない。
谷口主査は、「地域交通に関する目標値がないため、量的評価は困難である」と指摘。人間にたとえると「目標の不在はなりたい自分が分からない状況」となっている。そこで入手できたデータから、「公共交通分担率」「路線バスのアクセシビリティ」「収支率」「地域交通への投資状況」の絶対値で主に欧州の都市と比較した。
地域交通の利便性を評価する指標として公共交通分担率があり、日本では都市圏規模が拡大するにつれて、分担率が高い。スイスでは人口約5万人でも分担率は10~15%の都市が多く、一方日本では3大都市圏では分担率が高いものの、地方の中核都市圏でも約5%の分担率であることが分かった。
「路線バスのアクセシビリティ」では、都市人口別の公共交通分担率を日本の都市と欧州の同程度の都市を比較した結果、バスサービスレベルが1/3の低水準であった。一方、収支率は、日本の公共交通の収支率は高水準であるが、地方のコミュニティバスが低水準であり、課題も残った。
さらに日本と欧州では、地域公共交通に対する思想が異なる点についても触れ、日本が世界に誇る充実した大都市の公共交通網は独立採算制が基本となっている。しかし自動車の普及により、公共交通網の貧弱な地方部では独立採算制が立ち行かなくなり、現状危機的状況になり、さらにコロナ禍が追い打ちをかけ、壊滅的な状況になっている。そこで谷口主査は、「これからの地域公共交通は独立採算制を基本としない思想が求められる」と提起した。
バリアフリー整備、踏切の立体交差化が重要
都市鉄道については、金子WG主査が説明。3大都市圏や地方中枢都市(札幌・仙台・広島・福岡)を対象に、各種資料や統計データを使って、量的・質的評価を行った。
東京や大阪は世界の主要都市の中でも高い整備水準にあり、名古屋は路線網の規模は小さいものの、路線密度は中位、また地方中枢都市は海外の同規模都市と比較すると、中位からやや低位と評価。ただし空港へのアクセスは国際的な視点からさらなる改善が必要と指摘している。
鉄道駅のバリアフリー化は欧米の都市と比較し、経路の段差解消はおおむね達成としたものの、今後の段差解消経路の拡大やホームドアの設置に関しては、新設されたバリアフリー料金制度を活用し、整備を進めることが重要と指摘。さらに踏切道について、海外に比べ日本は多数の踏切が存在し、時間損失や交通事故の発生など社会に大きな悪影響を及ぼしているとして、国が指定した緊急に対策が必要な踏切「カルテ踏切」を対象に、引き続き立体交差化などの対策の推進が必要であると強調している。
浸水防止は、中小都市対策の推進が急務
最後に下水道については、荒巻 俊也WG主査が説明。浸水防止に関しては被害を最小とすべく効率的なハード対策の着実な整備に加え、ソフト対策、自助の取組みをあわせた総合的な浸水対策を推進しており、おおむね5年に1度の大雨に対して安全であることを目標としている。現在、政府や地方自治体では、気候変動を踏まえた中長期的な計画の検討、下水道施設の耐水化の推進、流域治水関連法の整備や下水道による内水対策に関するガイドラインなどの改訂などを進めている。
報告書では、都市規模別の都市浸水対策達成率を示し、2020年度末の達成率は全国で60%であるものの、30万人未満の都市では50%未満と低く、中小都市対策の推進が急務であることが浮き彫りとなっている。そのため、今後より一層の浸水対策が求められるが、その整備には長時間かかるため、段階的対策計画の策定として、既存施設の有効活用やハード整備の加速化・充実や治水計画の見直しを行うことが重要であるとしている。また、上下流や本支流の流域全体を俯瞰し、国や流域自治体、大学、研究機関、企業、住民など、あらゆる関係者が協働して取組む「流域治水」の実効性を高めるべきと提起している。
他にも、降雨量が多いこともあり、目標整備水準として、9割の地方自治体が5~10年と設定している降雨確率年は、「必ずしも高くない」とも指摘している。
民間の活力を活かし、市民とともにインフラの再生を
最後に、家田委員長はこの3つの報告書について、「都市鉄道と地域公共交通はあえて2つ並べたが、実に今の日本の状況が垣間見られる。都市鉄道は世界の中でも高い水準にあると言われますが、しかし地域公共交通は、「ものの考えができていない」ことを含めて、極めて劣悪な状況にある。コロナ禍以前からその状況となっていることから、コロナ禍以後ではより深刻な状況に陥っている。この件について国民の皆様に知っていただき必要な措置を講じない限り、日本の地域公共交通が低い水準から脱却することは難しい。日本の多々あるインフラ分野でも地域公共交通が遅れていることが分かったことに大きなインパクトがある。
また、下水道の状況は、昔の隅田川や多摩川に比べれば水質的に改善していることは歴然だ。これは日本の下水道整備のたまものであると思っている。しかし、雨の降り方が他国と異なり、内水氾濫が極めて頻繁に発生しています。そこで都市水害対策はまだまだこれから実施する必要性がある」と総括した。
続けて、谷口主査は「思想の転換にはトップダウンとボトムアップの両面が必要。政治家や経済界の力のある方に現状を知っていただき、危機感を抱いてほしい。また、地域公共交通がこれほど壊滅的な状況になっているにもかかわらず、地方の方は気が付いていない状況もある。地道な教育、周知が必要になってくる」とし、家田委員長も 「地域公共交通の現状を隅々まで国民が知っていただき、今はなんとか生活できているが、これが10年も経つと難しくなるという想像力を発揮され、これから地域ごとに大転換を図ってもらうことが肝要だ。日本が得意としてきた民間会社の力を最大限活用し、個々の市民たちも非常に協力的のため、日本や海外のよき点を取り入れつつ、問題を先送りにするのではなく、国民を主役として総力戦で行えば改善できると期待している」と締めた。
「日本のインフラ体力診断」は2021年度に「道路・河川・港湾」についてまとめ、今回の公表は第二弾。インフラについて、議論が促進されるよう、結果をまとめ公表している。第三弾は、今後「新幹線」や「公園」を予定している。