イマドキの若者はなぜ土木系公務員を避けるのか?

日本の道路や橋、堤防やダム、港湾、都市公園──。これらの社会インフラは、戦後復興から高度経済成長期にかけて、国土交通省や自治体などの手によって築かれてきた。国土交通省や地方整備局、都道府県や市町村の土木職は、かつては「安定」「社会貢献」「技術者の誇り」を象徴する職業だった。しかし、2025年の今、若者たちの間でこれらの職種は急速に「不人気職」と化している。国家公務員総合職試験の志願者数は減少傾向にあり、地方公務員の土木職も採用難が深刻化している。

なぜ、インフラを支える仕事が若者から敬遠されるのか?その背景には、経済構造の変化、価値観の多様化、労働環境の課題、そしてテクノロジーの進化が複雑に絡み合っている。本稿では、国土交通省、地方整備局、都道府県、市町村の各ケースごとに、若者が避ける理由を分析し、考察した上で、この問題の解決策の可能性についても探る。

国土交通省:霞が関の「遠い夢」と現実のギャップ

ブランド力の低下

国土交通省は、土木系公務員の頂点に位置する存在だ。道路や鉄道、空港、港湾といった国家的プロジェクトを牽引し、20年、30年後の日本をデザインする仕事は、かつて多くの理系学生にとって憧れだった。しかし、最近の若者に、この「霞が関ブランド」が訴求しなくなっている現状がある。2024年の国家公務員総合職試験の志願者数は、前年比で約5%減少し、技術系職種の減少率はさらに顕著だ。

理由の一つは、霞が関の「過酷な労働環境」のイメージが定着していることだ。長時間労働、頻繁かつ有無を言わさぬ転勤、国会対応時のハードワーク。これらの実態は、SNSや就活情報サイトを通じて若者に広く知れ渡っている。SNSの投稿では、「国交省の総合職は激務すぎる」「30歳で地方転勤はキツイ」といった声が散見される。こうした情報は、デジタルネイティブの若者にとってリアルタイムで共有され、志望意欲を削ぐ。

民間との競争激化

民間企業の魅力が相対的に増していることも大きい。GAFAMや国内先進企業などは、高い給与、柔軟な働き方、グローバルなキャリアパスを提示する。たとえば、2025年の新卒初任給ランキングでは、IT系企業が平均年収800万円を超えるケースも珍しくない。一方、国土交通省の初任給は約450万円(2024年時点)にとどまる。

イマドキの若者に限らず、かつては当たり前だった「やりがい搾取」はまったく通用しない時代になっている。加えて、物価高が続く状況を考えると、この程度の給与水準で優秀な人材を確保しよう、というのは虫が良すぎる。

もちろん、公務員には身分保障や世間体といった保守的なメリットはあるが、成長し続ける民間企業が持つ「仕事の華やかさやダイナミズム」や「自己実現のスピード感」などと比べると、イマドキの若者にあまり刺さっていないのが現実だ。

国土交通省の仕事は、もちろん重要な仕事ではあるものの、「ビジョンや計画、ルールや基準づくり」といった事務的かつ間接的な仕事にとどまり、リアルでタッチングな経験に溢れる仕事とは言いがたい。幸運にも自分が望む仕事に就けたとしても、たいてい2〜3年で異動となる。若者にとって、「新しいものを生み出す」実感が得にくい職場は魅力に欠ける。

社会貢献の再定義

もう一つ見逃せないのは、若者の「社会貢献」に対する価値観の変化だ。俗に言われるZ世代やミレニアル世代は、環境問題やダイバーシティ、ソーシャルインパクトを重視する。国土交通省のプロジェクトは、確かにインフラを通じて社会を支えるが、ダム建設や高速道路整備には「環境破壊」や「地域分断」の批判が付きまとう。2020年代の若者にとって、かつての「コンクリートから人へ」のスローガンは、必ずしも暴論として受け止められているわけではない。再生可能エネルギーや脱炭素インフラの推進は魅力的に映るが、そうした仕事は民間企業でも実現可能であり、国交省特有の強みとは見なされにくい。

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地方整備局:縁の下の力持ちの「見えなさ」

地方勤務の現実

国土交通省の地方支分部局である地方整備局は、全国のインフラ整備を現場で支える役割を担う。しかし、ここでも若者の志望度は低い。むしろ、地方整備局のほうが、本省よりも採用事情は厳しい。最大の理由は、「ローカルなドサ回り仕事」のイメージだ。地方整備局は、本局はともかく、出先事務所は、都市部から離れた地域に置かれることが少なくない。基本的にローカル管内に限られるが、頻繁な転勤もある。ローカル管内とは言え、複数の都道府県をカバーするため、僻地への異動も珍しくない。これは筆者の主観に過ぎないが、たとえ都内の事務所であっても、なぜか全国共通のある種のローカル感が職場に漂っている。

2025年の若者は、都市部での生活やリモートワークを望む傾向にある。総務省の調査(2024年)によると、20代の約70%が「東京や大阪など大都市での生活を希望」と回答している。この点、地方整備局の仕事は、現場監督や現地調査が中心で、リモートワークの導入は限定的だ。SNS上では、「地方整備局の仕事は、夜間に雪かきしながら道路管理とかする。マジで無理」といった声が見られる。

キャリアパスの不透明さ

地方整備局のもう一つの課題は、キャリアパスの不透明さだ。国土交通省本省では、政策立案や法律改正、ビッグプロジェクトや国際プロジェクトなどに関わるチャンスがあるが、地方整備局(現場事務所)では、「発注や積算、現場監理、もろもろの調整ごと」が主な業務となる。もちろん重要な仕事ではあるものの、若者にとって単純に地味に映るのは否めない。とくに、大きな夢やビジョンを持った若者にとっては、大きなデメリットだ。

また、地方整備局の仕事は、ゼネコンやコンサルタント会社との連携が不可欠だが、実際の設計や施工は民間企業が担うケースが多い。公務員の役割は「発注者」や「監理者」に留まり、技術者としての「ものづくり」の実感が得にくい。これに対し、民間のゼネコンでは、BIMや3D設計を駆使した先進的なプロジェクトに関われるため、技術志向の若者にとって魅力が上回る。

都道府県:地域密着のジレンマ

地域貢献の魅力と限界

都道府県の土木職は、地域の道路や河川、公共施設の整備を通じて、身近な生活を支える仕事だ。地域密着型の業務は、地方創生やコミュニティへの貢献を重視する若者にとって、理論上は魅力的だ。しかし、実際には志望者が減少している。たとえば、千葉県の採用データ(2024年)によると、土木職の受験者数は5年前の約60%に落ち込んでいる。

その理由の一つは、業務の「ルーティン化」だ。都道府県の土木職は、既存インフラの維持管理や小規模な改修工事が中心で、大規模プロジェクトに関わる機会は少ない。また、東京都は例外かもしれないが、一般的な道府県は予算上の制約が厳しいことから、革新的な取り組みが難しいケースも多い。たとえば、スマートシティやグリーンインフラの導入は、予算や政治的優先度の影響を受けやすく、若者の「変革を起こしたい」という意欲に応えにくい。

人事異動の多さ

都道府県公務員のもう一つの課題は、国土交通省職員にも共通するが、やはり頻繁な人事異動が挙げられる。通常2~3年ごとに部署や地域を移動するケースが多く、自分のやりたい仕事に就ける保証はなく、自分が思い描くキャリアパスを歩める保証もない。

ある自治体の土木職幹部職員は、SNS上で「公務員である限り、自分のやりたい仕事に就き、常にやりがいを感じながら携わることは、ほぼムリ」と明かす。こうした人事慣行は、組織全体の柔軟性を高める一方で、若者にとっては「自分のキャリアが見えない」不安を増幅する。

民間との給与格差

都道府県の給与も、民間企業との競争力を失いつつある。2024年の地方公務員の平均初任給は約350万円だが、民間のゼネコンやコンサル会社では、400万円以上が一般的だ。さらに、民間企業は成果に応じたボーナスや早期昇進の可能性があり、若者の「早く成長したい」という欲求に応える。一方、都道府県の給与体系は年功序列型で、20代での大幅な昇給は期待しにくい。

市町村:最も身近で、最も遠い仕事

小規模自治体の採用難

市町村の土木職は、最も地域に根ざした仕事だが、採用難は特に深刻だ。2024年の総務省調査によると、土木職の欠員率は全国の市町村で平均8%に達し、特に人口5万人以下の自治体で顕著だ。 若者が市町村の土木職を避ける理由は、業務の「地味さ」と「将来性の乏しさ」にある。

市町村の土木職は、道路の補修や公園の維持管理、下水道の点検といった日常業務が中心だ。これらは住民生活に直結する重要な仕事だが、若者にとっては「目に見える成果」が少なく、やりがいを感じにくい。また、小規模自治体では、土木職の職員が1~2人しかおらず、多岐にわたる業務を兼務するケースも多い。SNSでは、「規模の小さな自治体の土木職は、草刈りから図面チェックまで土木絡みの仕事を一人で全部やる。ブラックすぎる」という投稿が話題になった。

デジタルネイティブとのギャップ

市町村の職場環境も、若者の期待に応えられていない。多くの自治体では、DXが進まず、紙の書類や古いシステムが主流だ。2025年の若者は、SlackやNotionといったツールを使いこなし、効率的な働き方を求めるが、市町村の土木職では「手書きメモや文書でのやりとり」や「電話やFAXでのやりとり」といった非DXな職場環境が未だデフォルトだ。こうした環境は、デジタルネイティブの若者にとって単純に耐え難い。

人口減少とキャリアの限界

市町村の土木職の最大の課題は、人口減少や予算不足による「仕事の縮小」だ。過疎地域では、新たなインフラ整備の需要が少なく、既存施設の老朽化対応が主な業務となる。こうした仕事は、若者の「未来を切り開く」という志向と相容れない。さらに、小規模自治体では昇進のポストが限られ、40代になっても係長止まりというケースも珍しくない。民間企業のように、転職やスキルアップでキャリアを切り開く自由度も低い。

若者の価値観と土木系公務員のミスマッチ

ワークライフバランスの重視

2025年の若者は、ワークライフバランスを強く求める。リモートワークやフレックスタイム、短時間勤務といった柔軟な働き方は、民間企業では当たり前になりつつあるが、土木系公務員の職場では導入が遅れている。特に、現場作業や緊急対応が必要な土木職では、休日出勤や夜間対応も少なくない。こうした労働環境は、「プライベートを充実させたい」という若者の価値観と衝突する。

自己実現の場としての職場

若者は、職場を「自己実現の場」と見なす傾向が強い。土木系公務員の仕事は、社会インフラを通じて大きなインパクトを生む可能性があるが、その成果は長期的で、個人に還元されにくい。たとえば、高速道路の完成やダムの運用開始は、10年単位のプロジェクトだ。一方、民間企業では、短期間で成果を上げ、昇進や報酬に直結するケースが多い。若者にとって、「自分の手で何かを作り上げた」実感が得にくい土木系公務員の仕事は、魅力に欠ける。

未来への提言:土木系公務員の再ブランディング

DXの加速

土木系公務員の魅力を高めるには、DXの加速が不可欠だ。国土交通省は、i-ConstructionやインフラDXを推進しているが、地方整備局や市町村レベルでの実装が遅れている。AIやIoTを活用したスマートなインフラ管理、デジタルツインによるリアルタイムモニタリング。これらの技術を現場に導入し、若者に「テックで社会を変える」実感を与える必要がある。

キャリアパスの多様化

若者が求めるのは、柔軟で多様なキャリアパスだ。国土交通省や都道府県では、専門性を深める「技術者コース」や、海外プロジェクトに関わる「グローバルコース」を新設するのも一案だ。また、異動の頻度を減らし、プロジェクトベースの働き方を導入することで、若者の「自分の仕事に責任を持ちたい」という欲求に応えられる。

社会貢献の可視化

土木系公務員の仕事は、社会貢献度が高いが、その価値が若者に伝わっていない。SNSやYouTubeを活用し、インフラ整備の「ビフォーアフター」や、災害復旧の現場をリアルに発信することで、仕事の意義を可視化すべきだ。たとえば、国土交通省の公式Xアカウントは、2024年に「インフラの未来」をテーマにした動画シリーズを公開したが、再生数は低迷している。そもそも、作り手サイドに「見てもらいたい」という情熱が感じられないという問題もある。若者向けに、情熱的でクリエイティブなコンテンツづくりが強く求められる。

民間との連携強化

民間企業との競争に勝つためには、協業も有効だ。ゼネコンやテック企業と共同で、スマートシティや脱炭素インフラのプロジェクトを推進し、若者に「公務員でも最先端の仕事ができる」ことをアピールする。また、民間企業への出向や、逆に民間人材の受け入れを増やすことで、柔軟なキャリア形成を支援できる。

インフラの未来を担う若者をどう取り込むか

日本のインフラは、老朽化と人口減少という二重の危機に直面している。2025年時点で、橋梁の約30%が建設後50年以上経過し、維持管理の負担は増大している。一方、土木系公務員の採用難は、この危機をさらに深刻化させる。若者が土木系公務員を避ける理由は、労働環境の厳しさ、キャリアパスの不透明さ、テクノロジーとのギャップ、そして価値観のミスマッチにある。

しかし、この課題は克服可能だ。DXの推進、キャリアパスの多様化、社会貢献の可視化、民間との連携──。これらの改革を通じて、土木系公務員の仕事は、若者にとって「未来を切り開く舞台」に変わり得る。日本のインフラは、単なる「コンクリートの遺産」ではない。それは、技術とビジョンで次の世代を支える基盤だ。若者たちがその可能性に気づき、再び土木系公務員に夢を抱く日が来ることを願うばかりだ。

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基本的には従順ですが、たまに噛みつきます。
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