「漏水事件での消滅時効の起算点」という争点で発揮された"リーガルマインドの力"

「漏水事件での消滅時効の起算点」という争点で発揮された”リーガルマインドの力”

新築2年目から雨漏りが発生

雨漏りについては損害の発生時期や加害者の特定が困難で、消滅時効が争点になるケースが多くあります。Xが勝訴した経緯を見ればリーガルマインド(法的思考力)で自己の権利を守ったと推測できます。事案の概要は下記です。

まず、Xは平成18年に、実家の隣に自宅を新築することにし、Y社に施工を依頼しました。Y社は、建物の解体をメインの業務とする会社でしたが、両親がその代表者yと面識があったこともあり、Y社に頼むことにしました。

その後、建物が完成し、引渡しから約2年後の「平成20年」には、家中から雨漏りが発生するようになりました。大雨の度に家中に雨漏りが生じ、旅行にも行けず、せっかく休日に出掛けても雨が降ると帰宅しなければならないような状態でした。平成25年5月、Xの求めで、Y社が外壁のコーディング工事を実施しました。しかし、雨漏りはおさまりませんでした。

そこでXはやむを得ず、自腹を切って雨漏りの原因を調査し、補修工事を行うことにしました。

平成27年10月、平成28年5月、平成29年3月の三度に分けて、外壁をめくっての調査を行ったところ、

  • すべての窓まわりと配管貫通部において防水テープの施工がされていなかった
  • 全体的に防水紙の重ね代が足りていなかった

という事実が判明しました。並行して補修工事を行ったところ、雨漏りは止まりました。ここまでの調査及び補修工事にかかった費用は800万円に及びました。

これを受けてXは、平成29年10月、Y社に不法行為責任(民法709条)、yに会社の代表取締役としての責任(民法709条、会社法429条1項)を追及する損害賠償請求訴訟を提起しました。

Xは、防水紙メーカーの施工マニュアルにおいて、窓枠や配管貫通部には、防水テープを施工することが前提とされていること、複数の防水紙を継ぎ足して使用する場合、防水紙の重ね代は90mm以上にしなければならないとされていることを指摘し、本件雨漏りが瑕疵に当たると主張しました。

これに対してY社は、雨漏りの原因は、

  • アンテナ設置工事による屋根の穴
  • エアコン設置工事による壁の穴
  • 経年劣化によるシーリングの切れ
  • 経年劣化によるジョイントの開きにより、台風等の大雨により繰り返し大量の水が壁の内部を伝わって、防水テープが剥がれたり防水シートが十分に機能を果たせなくなった

ことにあると反論しました。

裁判所は、「本件瑕疵は、建物としての基本的安全性を損なう瑕疵であると認められる」と判断しました。

Xは、この裁判で雨漏りによる損害として、調査・補修工事費用800万円、慰謝料200万円、弁護士費用80万円の合計1080万円を主張しました。裁判所は、慰謝料請求を認めなかったものの、調査・補修工事費用及び弁護士費用として計880万円の請求を認めました。

時効の起算点は「具体的な瑕疵の認識」時点

ところで、不法行為による損害賠償請求権は、「損害及び加害者を知ったとき」から3年で消滅時効にかかります。この点をY社が主張しました。

具体的には、XがY社に外壁のコーディング工事を求めた平成25年5月の時点で、損害及び加害者を知っていたとして、消滅時効の主張がなされました。平成25年5月が消滅時効の起算点とすれば、Xが提訴した平成29年10月には消滅時効が完成しており、Y社は責任を免れることになります。

これに対し、Xは、「民法724条にいう『加害者ヲ知リタル時』とは加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味する」とする最判昭和48年11月16日判例を引用した上で、

  • 雨漏りは「瑕疵現象」であって「瑕疵」ではない。
  • 「瑕疵原因」が判明していない段階では、加害者を認識し得ない。自腹を切って雨漏りの原因を調査した平成28年5月が『加害者ヲ知リタル時』であり、消滅時効の起算点であり、平成29年10月の提訴時には消滅時効は完成していない

と主張しました。

裁判所は「本件については、Xが、本件瑕疵を具体的に認識しなければ、Y社らに対して損害賠償請求をすることは不可能というべきであるから、Y社らに対する損害賠償請求権の消滅時効は、Xが本件瑕疵を具体的に認識した時点、すなわち、外壁を撤去して調査が行われたことにより本件瑕疵が具体的に明らかになった平成28年5月19日より進行すると認めるのが相当である」と判断し、Xの勝訴が確定しました。(令和2年2月10日 名古屋地裁 後に和解)

民法における時効制度の目的

民法の時効は次のような目的を持っています。

  • 事実状態の保護と社会の安定:長年続いた事実を保護し、社会の安定を保ちます。例えば、AがBの土地に家を建てて10年ないし20年住み続けた場合、AはそのことをBに主張すれば(援用)、当該土地の所有権を獲得することができます。
  • 証明困難の救済:時間の経過とともに、例えば領収書や契約書などの証拠が失われて借金の返済履歴が不明となることからの救済を図ります。
  • 権利の上に眠る者を保護しない:長期間行使しないまま放置している権利行使者(債権者など)を保護しないという考え方です。例えば、AがBに対してお金を貸したような場合、弁済期から10年の経過をもって、Bは貸金債権の時効消滅を主張できます。

勝訴を引き寄せたXのリーガルマインド

漏水のように継続的に被害が発生するケースでは、損害の発生時期や加害者の特定が遅れることがあり、消滅時効の起算点が争われます。

加害者の過失による不法行為(民法第709条)や、建物の瑕疵による工作物責任(民法第717条)に基づく消滅時効は以下のとおりです。

  • 短期時効:被害者が損害及び加害者を知ったときから3年。
  • 長期時効:不法行為のときから20年。

「損害及び加害者を知ったとき」とは、被害者が損害の発生を認識し、誰に対して損害賠償請求ができるかを知った時点を指します。

今回のケースでは、Xは新築の家の引き渡しから2年後の平成20年に雨漏りが生じており、平成25年にはY社に外壁のコーキング工事をさせています。この時点で住宅の瑕疵とY社の加害責任を疑っていたはずです。

しかし、平成27年に調査を開始し、平成29年に提訴して消滅時効の完成を回避しているといえます。平成27年の調査が勝訴の決め手でしょう。Xは法的思考力で自己の権利を守ったといえると思われます。

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