「建築の瑕疵」の慰謝料
原則として、工事の不具合(瑕疵)に対して慰謝料が発生することはありません。
大阪高裁平成13年11月7日判決では、建物の不具合が問題となった事案について、「財産権が侵害された場合には、その財産的損害が賠償されれば、特段の事情のない限り、精神的損害も回復するので、慰謝料を請求することはできない」と判示されています。つまり、お金で解決できる損害であれば、それによって精神的苦痛も癒やされるという考え方が基本です。
しかしその一方で、被害の程度や業者の悪質性、あるいは事後の対応の悪さなどが際立っている場合には、例外的に慰謝料の請求が肯定されている裁判例もあります。
慰謝料100万円が認められた判例
では、どのようなケースで慰謝料が認められるのでしょうか。本件は、財産的損害の賠償に加えて、請求された満額である100万円の慰謝料が認容された判例です。
この裁判では、原告のXが土地建物を代金4,250万円で購入したものの、当該土地の擁壁や建物の基礎などに重大な瑕疵があったことが発覚しました。そのためXは、建設業者Y1および設計監理者Y2に対し、不法行為に基づいて土地建物の購入代金を超える約6,136万円(慰謝料100万円を含む)の損害賠償を求めて提訴したのです。
これに対して裁判所は、以下のように判断しました。
「本件コンクリート擁壁が最大で16センチメートル(角度2.5度)回転移動し、壁面に多数の亀裂が走っていること、本件建物が7センチメートル以上不等沈下していること(中略)本件土地及び本件建物には敷地の擁壁、建物の基礎、軸組といった主要部分にまんべんなく瑕疵が存在しており、もはや部分的な補修によっては安全性を回復することは不可能であるから、これらを取り壊したうえ、擁壁や建物を作り直すほかないというべきである」
結果として、以下の通りの判決を下し、X側の訴えをほぼ全面的に認める形となりました。
「被告Y1及びY2は、Xに対し、金6,002万4,912円(慰謝料100万円を含む)及びこれに対する遅延損害金を支払え」(平成10年7月29日 大阪地裁)
本件で請求額満額である100万円の慰謝料が認容された背景には、単に建物が壊れていたという事実以上の苦痛がありました。
判決要旨では、「両親を引き取る予定で本件土地・本件建物を購入したのに、入居当初から様々な瑕疵に悩まされ、両親を引き取ることもできず、本件建物が倒壊するかもしれないという不安を感じながら今日に至った」と言及されています。
つまり、瑕疵の重大さや、不快感・不安感を持ち続けていた期間の長さに加え、「両親を引き取れなかった」という事情までもが、慰謝料認容の理由となったのです。これは、建物に関する慰謝料の認定においても、人間味のある考慮がなされる余地があることを示しているといえます。
慰謝料についてのその他の判示
他にも、居住者の精神的苦痛を重く見た判例は存在します。
たとえば横浜地裁は、次のように判示しています。
「原告は、冬期に室内に外気が侵入し室内が結氷するような粗雑な建物内、外壁に苦しめられ、応接間が感覚的に応接間らしい体裁を欠くため羞恥感に苦しんでいること(中略)そのため深刻な精神的苦痛を蒙っていることが認められ、これを慰謝するには(中略)請求の20万円は相当である」(昭和50年5月23日 横浜地裁)
また、大阪地裁では、次のように判事しています。
「原告らは母子二人暮らしであるが、本件建物に入居以来、現在まで雨漏りと揺れに悩まされ、寝具、カメラ、ビデオ、ソファー等にかびが生えるなどの生活上の不安や損害を被ってきたことが認められ、本件が居住用建物であることからすれば、そのような事情は建築業者である被告に予見が可能であったから、慰謝料100万円の請求は相当である」(平成10年12月18日 大阪地裁)
ピアノが弾けないことの精神的苦痛の慰謝料は?
それでは、今回の本題である「防音室にピアノが入らない」というケースでは、弾けない苦痛に対する慰謝料は認められるのでしょうか。これに関する興味深い裁判例があります。
建築請負業を営むAは、プロのピアニストであるBとの間で、Bが居住を予定しているマンションの一室をピアノ用防音室に改装する工事の請負契約を締結しました。しかし、工事を終えて搬入業者がいざピアノを運び込もうとしたところ、搬入経路であるサッシ開口部の高さが低く、ピアノを搬入することができませんでした。
その後、AはBに対して請負代金252万4,200円の支払いを求めましたが、Bは「本件防音室の出入口の幅を大きくするなどの補修が必要である」と主張。瑕疵補修に代わる損害賠償、およびピアノの練習ができない状況に置かれたことによる精神的苦痛の慰謝料を相殺することを求め、支払いを拒みました。
この争いに対し、東京地裁は次のような判決を下しました。
「Aは本件居室を現地調査し、共用廊下側から本件サッシを通ってピアノを搬入する経路について、これを前提とする施工をすることを提案したが、ピアノの搬入は不可能ではないもののピアノメーカーが推奨する方法で搬入することは不可能であることから、瑕疵補修に代わる損害賠償金等を控除した147万1,806円の限度でAの請求を認容する」(平成24年11月13日 東京地裁)
このケースでは、ピアノの搬入が物理的に不可能だったわけではありません。しかし、ピアノメーカーが推奨する「本体プラス10センチメートル」の余裕を持たせた安全な搬入はできませんでした。さらに、事前に梱包を解かなければならず傷つくリスクが発生するため、人員を増やしたり特別な器具を準備したりする必要があることなども考慮されました。結果として、裁判所は「要求される施工水準を欠く」と判断し、請負代金から105万2,394円を減額したのです。
なお、裁判所は施工の瑕疵のみを認容し、精神的苦痛についての慰謝料は認められなかったようです。建築の瑕疵についての慰謝料は、やはり認められにくいようです。
