八木建設株式会社の八木雅之社長

八木建設株式会社の八木雅之社長

【OJT依存からの脱却】老舗地域ゼネコン・八木建設が仕掛ける、就業時間内の「3年1サイクル」育成革命

若手の離職を防ぎ、一人前の現場責任者をどう育てるか。全国の地域建設業者が頭を悩ませるこの難題に対し、1955年創業の老舗ゼネコン・八木建設株式会社(本社:埼玉県本庄市、八木雅之社長)は、一つの答えを出した。

それが2026年7月に開校する社内大学「YAGIビルドアカデミー」だ。最大の特徴は3年間の育成を基本サイクルとし、年間24講義・計56時間にも及ぶカリキュラムすべてを「就業時間内」に行うことだ。施工管理技士の資格取得支援も含め、若手を責任ある現場管理者へと着実に引き上げるための教育環境を本格的に整えていく。

同社がこの仕組みを構築した背景には、従来の「現場任せ・OJT依存の教育体制」に対する、経営トップとしての強い危機感と反省があったという。「木造非住宅のプロを育てる基礎を学ぶ大学」をコンセプトに掲げる同アカデミーでは、1年目で現場に必要な基礎を体系的に学び、2年目で更地から完成までの全体像を把握。3年間を通じて、若手が抱える「判断への不安」を払拭し、社会人としてのキャリア形成を後押しする。この取組みは、教育機関からの信頼向上や採用力強化に繋がるだけでなく、地域を支える次世代の建築人材育成モデルとしても注目を集めそうだ。

「アカデミーを通じ、人として、そして地域の現場を支える責任者として成長できる環境を整えていきたい」と語る八木社長に話を聞いた。

限界を迎えた「OJT依存」と「現場の性善説」

――まずは、御社の概要からお願いします。

八木雅之社長(以下、八木社長) 当社は埼玉県本庄市に本社を置く、1955年創業の総合建設会社です。2025年で創業70周年を迎えました。売上高の8割が工場、倉庫、医療福祉施設といった民間の非住宅事業で、残りの1割が公共工事、もう1割が注文住宅やリフォーム工事となっています。

現在、従業員は25名ですが、そのうち女性が36%を占めており、女性活躍推進にも力を入れています。その結果、2025年度には「埼玉県荻野吟子賞(※)」のいきいき職場部門賞を受賞することができました。

※埼玉県荻野吟子賞…埼玉県出身で日本初の公認女性医師となった荻野吟子にちなみ、男女共同参画の推進に顕著な功績のあった個人や団体に贈られる賞。

知事公館で行われた「埼玉県荻野吟子賞」の表彰式(右は大野元裕・埼玉県知事)

――今回、社内大学「YAGIビルドアカデミー」を設立された背景についてお聞かせください。

八木社長 80周年に向けたコーポレートメッセージとして、「人と環境にやさしい マチ・ヒトづくり」を掲げました。この「ヒトづくり」を具体化したプロジェクトこそが、今回の「YAGIビルドアカデミー」です。

そもそも、こうした教育体制の再構築を急いだきっかけは、若手に任せた小規模工事で、先輩社員からの指導不足が原因で手戻りが発生してしまったことです。その失敗の原因を探っていくと、社内教育が行き届いていないことに気が付き、トップとして大いに反省させられました。

それからは「工事で必ずチェックしなければならない工程は、先輩社員が現場で指導しているだろう」という、性善説に基づく考えを改めました。マニュアルや社内ルールを充実させて、それをただ読んでもらうのではなく、基礎的な部分からしっかりと教え、自社に合った教育体制を整えることが大切だと思い至ったんです。

YAGIビルドアカデミーのロゴ

――仕事をやりながら覚えるOJTは、様々な課題が指摘されていますね。

八木社長 2018年に本社を木造で新築したのですが、当社ではこの時点からOJTに依存した社員教育はストップしていました。その後、社外から講師を招いて、社会人の在り方や組織運営の教育を実施していた時期もあります。

木造建ての八木建設本社

ただ、講師は建設技術者ではないので、当社の根幹である建物の施工については先輩社員から若手へ教えるしかありませんでした。しかし、その先輩社員のやり方が本人にとっては正しくても、会社としては別の方法でやってほしいケースもあり得ます。また、そもそも教える機会がないと、基礎的な技術伝承すら途絶えてしまう可能性に気づきました。

若手が現場のOJTだけで業務を覚えて成長するという想定には、明確な限界が来ていたと思います。

1講義120分を就業時間内に。「木造建築の現場責任者」を育てる実践的カリキュラム

――アカデミーの具体的なカリキュラムについて教えてください。

八木社長 カリキュラムを構築する上で最もこだわったのは、「新入社員研修」と「アカデミー」を明確に切り離すことです。

まず、4月の入社から3ヶ月間の試用期間は、純粋な新入社員研修にあてます。ここではパワーポイントを使い、「ヘルメットの正しい被り方」から「現場での安全靴の着用」「足場にのぼる際の安全帯のルール」まで、建設業に携わる人間なら当然分かっているべき基本中の基本を教え込みます。

そして、試用期間を終えた7月からいよいよアカデミーが開校します。こちらは「木造建築の現場責任者」を育成するための本格的なカリキュラムです。1講義120分、年間24講義を設け、更地の状態から建物の引き渡し、さらにはその後の維持管理に至るまでの全工程を網羅します。

年間カリキュラム。丸数字の⑧⑰⑳㉒は新入社員・2年目・3年目、それ以外は新入社員・2年目の受講を想定。

また、ありがたいことに、プレスリリースで当社の取組みを知った協力会社の社長さんたちから「私が講師を担当してもいいですよ」とお声がけをいただいたんです。現時点でのカリキュラムはあくまで「たたき台」で、今後はこうしたサブコンの皆様や外部教育機関にも120分の講義枠をお任せし、リアルで専門的な知見も取り入れながら、“生きたカリキュラム”へと進化させていく方針です。

――講義はすべて「就業時間内」に行うそうですね。

八木社長 はい。教育は就業時間中にやるべきものですから。具体的には、第2・第4木曜日の午後1時から午後3時にかけてに想定しています。基本的には座学を社内の会議室で行い、測量や実機を必要とする場合は現場で実施します。

講義イメージ

――アカデミーは3年サイクルとのことですが、座学と現場はどのようにリンクしていくのでしょうか。

八木社長 1年目と2年目は、基本的に同じカリキュラムを反復させる予定です。というのも、新入社員がいきなり講義を聞いて100%理解できるとは思っていません。講義を聞いた上で現場へ行き、「これはアカデミーで教わったことだ」と答え合わせをする。その経験を経た上で、2年目に復習というかたちでもう一度同じ講義を受け、現場で絶対に踏み外してはいけないチェック項目を落とし込む予定です。

そして3年目には、当社の強みである「木造非住宅」の現場責任者になることをゴールに見据え、より実践的なカリキュラムへとステップアップさせます。

「答えられず自信を失う」若手をどう救うか。実務的なコミュニケーション手法も体系化

――建設業界では、せっかく座学で学んだものの、現場に出てからのコミュニケーションに悩み、離職してしまうケースも少なくありません。

八木社長 ええ。ですからカリキュラムには、技術面だけでなく「職人とのコミュニケーションの手法」もしっかり盛り込んでいます。とくに今の若い世代は、学生時代をコロナ禍で過ごした影響もあり、対面のコミュニケーション経験が不足しがちです。そして、現場で職人から専門的な質問をされ、即答できないと「自分はダメだ…」と思い込む傾向があります。

――それを防ぐために、どのような指導をするのでしょうか。

八木社長 答えが分からない質問はいったん受け流し、時間をもらったうえで正確に回答する、といった具体的なコミュニケーションスキルも講義に加えています。職人からの質問に10問中すべて即答できなくてもいいんです。一部は自分で答えて、残りは持ち帰って先輩に確認してからその日のうちに回答する。そういった実務的なコミュニケーションの手順を教えなければ、若手は「自分は建設業界に向いていないのでは」と自信を失い、この業界や施工管理という仕事から去ってしまいかねません。

八木建設 社員

――「知識」だけでなく、「判断力」や「コミュニケーション力」もあわせた現場責任者に求められる3大スキルを体系的に学べる意義は大きいですね。

八木社長 当社で活躍するには知識は必須条件です。前社長である父(現会長)も私も一級建築士の資格を持っており、営業から積算業務まで今なお対応するトップ営業のスタイルです。現在営業職に就いている社員も元は施工管理職で、技術知識が非常に豊富です。また、当社は管理業務が中心ですので、現場にいてもいなくても職人から電話などで常に即座の判断力が求められます。

そしてそれらは「コミュニケーション力」にも直結します。たとえば、内装の色彩決めについても、「単なる色決め会議ではない。その建物をどう使い、ビジネス展開するのかを含めてお客様の想いを汲み取る仕事だ」と指導しています。職人だけでなく、施主に対しても小手先ではないコミュニケーション力が不可欠です。

いつか卒業生が「講師」になる日まで。木造非住宅のプロを育てる育成の好循環

――現場責任者としての明確な「ゴール設定」についても教えてください。

八木社長 当社は埼玉県北部と群馬県南部に商圏を形成しており、関越道などのルートにより物流が盛んなエリアです。以前は工場や倉庫を鉄骨造で施工していましたが、時代の変遷もあり、現在では「鉄骨造」と「木造」のツートップ体制が当社の大きな強みになっており、私自身は木造の魅力や素晴らしさを常々社員に伝えています。

だからこそ、アカデミーで学んだ若手には、この「木造非住宅の現場責任者」になることをゴールにしてほしいと考えています。

八木建設が手掛けた木造4階建てのクリニック

――八木社長が考える「理想の施工管理者像」はありますか?

八木社長 「リピーターとしてお声がかかる現場責任者」です。他社も同様ですが、丁寧な仕事をこなすことでリピーターが増えます。私が考える良い技術者は、リピーターとしてお声がかかる現場責任者です。それは技術や知識だけでなく、お客様の想いを汲み取るコミュニケーション力を伴っていなければ実現しません。

工事で問題が発生した場合に、担当している現場責任者ではなく、私に直接連絡が来るうちはまだまだです。もしお客様としっかりとコミュニケーションが取れていれば、私に連絡が来ることはありません。

逆に、コミュニケーションに長けた現場責任者と一緒に現場へ行くと、お客様は私のほうを見ず、現場責任者の目を見て話します。これこそが、お客様との間に深い信頼関係を築けている証拠であり、現場責任者として成長した一つのゴールと言えます。

――教育体制を整えたことは、採用活動にも良い影響を与えそうですね。

八木社長 例年、当社に学生を送り出されている専門学校の先生にアカデミーのパンフレットをお渡ししたところ、「ここまで教育を見える化し、しっかりと教える建設会社を知りません」と仰っていただきました。地域建設業として70年間、堅実に歩んできた歴史の重みや社風をご理解いただくだけでなく、教育体制をここまでオープンにすることで、学校側も「八木建設になら安心して教え子を託せる」と評価してくださっています。

YAGIビルドアカデミーのパンフレット

――最後に、今後のアカデミーの展望をお聞かせください。

八木社長 最初は私や部長陣が講師を務めますが、アカデミーを卒業した若手社員には、いずれ「講師」としてアウトプットする側に回ってもらいます。教えることで本人の理解も深まりますし、社員全員でこのアカデミーを盛り上げることで、社内での絆をさらに深め、強固な団結力に繋げていきたいですね。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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