施主の思い込みに、逆転プランを提案した「木造改修工事」

“無理難題の木造改修工事” 施主の思い込みを、逆転プラン提案で打破!

「超ウルトラC」で乗り切った木造の改修工事

木造の改修工事は、新築工事よりも面倒である。

規模、構造にもよるが、くれぐれも施主に不確実な約束だけはしないほうが良い。

木造の一般的な住宅で、間取りを変更し、大きな空間が欲しい。――そんな要望に憶測だけで返事をした結果、かなり困った挙句、超ウルトラCで乗り切った現場の経験談を紹介する。

木造の改修工事はバランスを考えるべき

そもそも木造の改修工事では、素直に柱の位置に柱を重ね、バランスを考えていくべきである。

1階に居間等の大きな空間を設置し、上階は寝室等の小さく小割りした部屋を設置するのが一般的だが、1階の無柱空間にも限界がある。

昔の民家のように際限なく大きな梁成を使ったり、丸太をそのまま梁として利用できるならともかく、一般的な住宅の、しかも改修であれば、部屋の真ん中に柱が来てもいいんじゃないかと思う。

白状するが私も若い頃は、チャレンジ精神旺盛だった。住宅の一階居間を、大空間にしたいがために、3間×3間の18帖の無柱空間を2尺の梁で支えるなど、随分無理を通したこともある。

勿論、住宅は周囲に迷惑さえ掛けなければ、どんな自由な空間を造ろうと、他人からとやかく言われる筋合いはないと思うが、改修工事となると、出来る事と出来ない事がある。


住宅工事は施主の本音を聞きだすのが大事

私が改修工事を担当した木造住宅は、ごくごく一般的な、住宅街の中にある2階建ての木造住宅だった。

会社としては、住宅に特化しているわけではなかったので、手間ばかり掛かって儲からない工事である。設計事務所は尚更だが、その一方で、何としても住宅案件を手放さない設計事務所があるのも事実だ。

私はそんな設計事務所を尊敬する。なぜなら設計の基本は、全て住宅に詰まってるからだ。どんな大会社の社長でも、何十億円のビルを自社で建てる時は他人任せにしても、自分の家を建てる時はそうはいかない。自分の中の小さな希望が、沸々と湧いてくるものである。

「1階の柱を全部取っ払って、大きな一つの空間にしたい!」というのが、若い施主の希望だった。2階には普通に間仕切られた個室があり、話を聞いただけで「そりゃ無理だろう!」と思った。

しかし、営業担当者が大事な取引先からの依頼だと言うので、とにかく一度見に行こうと話がつき、その住宅へ向かった。

総面積約40坪、20坪が重なった、4間5間のごく普通の住宅だった。1つの空間と言っても、1階には便所、台所、風呂、洗面所、階段がある。さらに和室等もあり、結構細かく仕切られている。その角々に柱が立ち、上階を支えているはずだ。

簡単な図面はあるが、通し柱と管柱は天井裏に潜って視ないと断定できない。当然、梁がどう乗っかっているかも見なければ分からない。

正直言って「こりゃ面倒だ!」と思った。まあ結果的に施主の希望が叶えられないにしても、施主に十分説明出来るだけの資料をつくり、どこまで希望が叶えられるか考えてみようと思い、天井裏に潜った。

木造建築は軸組を無視して改修工事できない

和室の押し入れの天井から天井裏に入り、図面と見比べながら、まずは通し柱の位置を確認した。4隅と階段に通し柱を確認。残りは全て管柱だった。

梁は一般的な4寸角が細かく掛かり、最大で240の成のものが掛かってる。水回りと階段の周囲の柱は手を付けられない。ポイントは、その他の管柱をどの程度抜けるかだろう。

ただ、理屈で出来ると考えても、役所との兼ね合いもあり、あからさまに違反建築をする訳にも行かない。さらに現実的には、建物の強度を考えれば、柱間の筋かいを取った時の、建物のねじれも考えなきゃならない。頭の痛い処だ。

施主には問題点を全部話した。出来る事には限りがあり、可能な限り大きな空間を確保できるようなアイデアを考えましょうと伝えた。


改修工事より新築工事のほうが工費が安い?

すぐ思い浮かんだのが、溝型鋼で柱を挟み、ボルトで止め、開かぬように鋼材の下を溶接とボルトで締め、その下部でその柱を切断し、柱無しの空間を確保する方法だった。溝型鋼で木軸を支える訳だ。

天井の高さも一般的な高さなので、その部分は全部表しとする。溝型鋼を支える柱には、もう一本支えの柱を添わせ、ボルトで締め、角には補強の三角形の部材を付ける。その部材を平行に渡した後、それぞれを直角方向に繋ぐ鉄骨の梁を造る訳だ。

が、どんなに考えても100%の確信は持てなかった。部分的に補強しても、耐力は弱い箇所に集中し、弱い所が耐力の基準になるからだ。本音としては、「費用も時間も大変だ、いっそ新築したほうがいい」と思った。

若い施主は、もっと簡単に出来ると思ってたらしい。説明を聞いて黙ってしまった。

施主の話によると、この住宅は父親の家で、自分は一人息子だが、折り合いが悪くずっと付き合いが無かった。父親が関西に転勤になり、しばらく誰も住んでなかったが、そのまま誰も住まないのは家も傷むだけなので、好きなように改修していい、その費用も出すから住んでくれと言われて、最近住み始めた。1階を大きな空間にして絵画教室を開く、そのために引っ越してきたそうだ。

施主にプロの意見を伝えよう!

その話を聞き、私はそう言う事ならと、すぐ逆転プランを提案しようと思った。

個室は1階に集中させ、生活全般を補い、2階を絵画教室にする提案をした。2階を大きな空間に改造したほうが遥かに無理がない。玄関から2階に向かう動線さえ自然に確保できれば、1階のプライバシーの確保も十分可能な事を説明。2階屋根の小屋組みと床組を調べ、中心に一本だけ柱を立て、その柱から傘の骨状に筋交いを造って支える案を提案した。下から見上げると、傘を下から見上げたような骨組みになる。

既存の梁を支える新たな梁が必要であり、かつ天井高さを確保するために、小屋組みは全て表しとした。屋根裏面は断熱材充填後、全てコンパネで覆った。既存の表しになる小屋組材は、当然化粧材ではないが、そこは施主が自分でペンキを塗る事を申し出た。上手く塗れなくても、それはそれで自分の作品だからと言い、特色ある絵画教室の目玉にしたいと言った。

しかし、床に養生用のシートを敷き、その上部で塗装作業をする訳だが、足場も必要だし、構造材の粗削りの表面にはペンキがうまく乗らず、作業の見通しが中々たたなかった。やむをえず表面を可能な限り、サンダー掛けをする事にした。工具の入らない場所は全部手作業だ。これは本当にキリがない。ペンキの仕上がりの是非は、下地で決まるのは事実だが、元来仕上げ用の木材ではない上、さらに接点には、錆びたボルトや金物が、無造作に木材に食い込んでいる。

が、若い施主は、職人が夕方5時に引き上げた後も、延々と自分で木材と金物にサンドペーパーを掛け続けていた。自分の絵画教室、自分の家の工事に関わりたい!という気持ちがそうさせるのだろう。


施主の思い込みと建築施工のプロ

1階の改修は大して苦労は無かった。生徒用のトイレを造ったが、それも既存のトイレの隣に造ったので苦労は無かった。ただ、施主の若い夫婦が工事中もずっと一階に住みながらの工事だったので、工事する側もされる側も大変だったと思う。

2階の小屋組内の下地の処理は、なかなか納得できるレベルまで達しなかった。それは手間を掛ければ掛ける程、表面が綺麗になっていくのが素人目にもハッキリ分かるからで、もう少し、もう少しと、下地処理の時間がドンドン延期されるからだ。結果的に施主の希望で、塗装工事前までで工事を一端終了する事になった。約1ヶ月後に施主から連絡を受け、見に行ったが、「良くぞここまでやったな!」と思うくらい、小屋組の木材と金物は綺麗に表面処理が出来ていた。

この仕上がりなら、表面に膜を造る塗料でなく、浸透性の木材保護材でもいけるレベルだ。が、絵画教室なので、やっぱり色をつけたい!と言う。どんな色を塗るんですか?それはご夫婦でやりますか?それとも我々のほうで塗りますか?と聞くと、施主のほうで場所別に色を指定するから、その通り塗ってもらえないか?と言った。

数日後、さすが絵画教室を開きたいと言うだけあって、細かな色の指定が書き込まれた資料を数枚もらった。実際は施主と塗料卸会社に行き、用意されてる色見本帳から選んで貰う事にした。どんな色を選ぶのか、私は興味深々だった。グラデーションだけは勘弁してもらい、塗装工事は10日で終了した。

工事完成後、その部屋で簡単な会が開かれ、関係者一同が集まった。皆で小屋組を見上げながら歓談し、施主も満足気だった。この一瞬だけは、建築の仕事やってて良かったと思う。

この現場の場合、最初に1階を絵画教室にすると施主が思い込むという無理があった。このような施主の思い込みは多い。施主の希望や意見は勿論尊重するが、明らかに他のアイデアのほうが良い場合は、躊躇なく発言すべきだ。施主だってプロの意見を聞きたいはずだ。

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工学部建築学科卒業後、A建築設計事務所に入所。その後、自ら設計事務所を立ち上げるが、設計だけでは良い建築は出来ないと判断し、施工会社に入社。それ以後、現場中心の仕事している。 設計事務所時代から海外案件が多く、現在も海外の案件に関わる事が多い。地球の上を這いずり回っているという感アリ。設計と施工に関わる年数が半々。 海外の建築現場の実態を中心に経験談を共有します。
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