寿命200年のコンクリート建築
「三田のガウディ」――テレビ出演(タモリ倶楽部)をきっかけに、そう呼ばれる人がいる。
一級建築士の岡啓輔さんだ。
岡さんは、10年以上前から東京・三田の一等地に、「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」という建築物をセルフビルドしている。共感する仲間たちの手を借りることもあるものの、そのほとんどは孤独な作業だ。
「蟻鱒鳶ル」の外壁は打ち放しコンクリート
現代日本の建築物はほとんど「組織」によって建てられるが、設計士、作業員、施工管理者、施主……と役割は分担され、オートメーション化も進み、建築物の「ありがたみ」が希薄なのではないか。岡さんは「すぐ作れちゃうから、すぐ壊しちゃえとなる」と語る。
極限まで水セメント比を減じたコンクリート
岡さんは自らの手によって生コンを打設する。小さなピースごとに丹念に、無理のない範囲で施工する。そのロットはせいぜい0.1~0.2m3程度。現代の建築とは手の掛け方がまるで違う。
現代の特殊な混和剤に頼らず、極限まで水セメント比を減じられたコンクリートは中性化が進行しない。水セメント比は36%以下。つまり、鉄筋がさびることはないから、理屈では鉄筋コンクリートの寿命がないということになる。専門家によれば、この「蟻鱒鳶ル」という建築物は、200年寿命を保つとされている。
特殊型枠を用いて打設されたコンクリート壁
一方、一般的な建設現場での生コン打設は、ポンプ車や生コン工場から届く生コン車などを用いて、階層ごとに一気に打設される。そのロットは100~200m3と大規模だ。そのため、生コンスランプは18㎝など柔らかく設定され、水密性を高めるために特殊混和材が多く用いられ、その度合いは年を追うごとに高まっている。
迫り来る大手ゼネコンの再開発計画
現代建築の作り方が「正しい」と信じている私たちにとっては、岡さんの話を聞くと、目からうろこの部分が多い。来る日も来る日も丹念に少しずつ、共感者の協力を得ながら、「蟻鱒鳶ル」という芸術作品を完成させようとしている。
現地で打設された内装
しかし、現在この建築は危機にさらされている。某大手ゼネコンによる再開発の計画が数年前から立ち上がっているのだ。しかも、ゼネコンの窓口担当者が変わるたびに方針は変わる。「必ず保存しますから安心してください」。次の担当者は「そんなことは申し上げたつもりはありません」。突き放されることもあるという。
流動的な状況であることから、本格的な作業は現在凍結し、細かな作業しかできない状況だという。しかし岡さんは組織というものの性質をよく理解し、「基本的にみんないい人なんですよ。しかたなくそう言っている」。そんな寛容な笑顔を見せる。
建築の本質を問う200年建築「蟻鱒鳶ル」
「図面では違う仕様になっていても、3階まで出来上がって、ふとそこからきれいな富士山が眺められることに気付く。じゃあ、ここに窓をつくろうってなるんですよ」。岡さんは、建築の本質をこう語る。
高慢ちきな建築家が一方的に「美」を押し付ける。俺が言うことが正しいんだ。お前らは俺の言うとおりにただ作ればいい。――そんな建築の在り方が日本の風景を壊したという批判もある。
しかし設計士も、末端の作業員も、管理者も、施主も、偶然通りかかる通行人まで、建築に携わるすべての人がまじりあうものづくりはどうだろう。「そんなふうに作られた建築なら簡単に壊せないでしょ?」
完成予想はいまだ見えない。再開発問題も出口が見えていない。岡さんだけじゃない、今の時代を生きるすべての人がこの世から去っても、残り続ける200年建築「蟻鱒鳶ル」。
ものづくりの本質を問う一人の男の覚悟と、それに共感した多くの人たちの想いを、「蟻鱒鳶ル」は伝え続けることだろう。
「蟻鱒鳶ル」のはす向かいにある丹下健三が設計した建物も、もうすぐ解体予定だという。
記事提供:生コンポータル