「現場で怒鳴るのは必須」叱らないと技術レベルは下がる

現場で緊張感を維持させるために「怒鳴る」

曳家といえば、家がレールの上を動いてゆくわけですから、かなり面白い見世物です。

毎日、近所のジジイが現場に見学にやって来ては「おっ、今日はやっと持ち揚がったな」とか「いよいよレール敷いたな」などと話かけてきます。

もちろん近隣のご住民の皆様とは、揉めたくありませんので、愛想よくお話はさせていただきますが、いよいよ家が動く当日になりますと、多い時で20人くらいの見物人が集まります。

公道に面していると「見るな」とは言えませんが、近所のジジイが関係者面して、みんなに解説をはじめます。家が動いてくるセンター位置であるウインチの後方に仁王立ちして、監督のように見ています。

こういう時に自分は、ウインチを巻く担当の弟子に向かって大声で怒鳴ります。

「ごぉおらああ!飯田!ウインチの真後ろに人が立っちゅうじゃいか!ワイヤーが切れたら弓みたいにそこに飛んでゆくぞ。人を殺すぞ!こらぁ!ちゃんと廻りを見ええ!気を張れ!」

だいたいこれで皆様、遠くに離れてくださいます。

怒鳴られる役目

もちろん怒鳴られ役の弟子は、自分の役目として怒鳴られることが判っているわけです。他の業者さんと相判になる場合も、弟子を怒ることは有効です。

自分たちは、家を持ち揚げるにあたって、家から出る音を聞きながら作業をしています。ですので時々、世間話とかをぴったり止めて、耳を澄ませている時があります。

ただ工期の関係などで大工さんたちと一緒になると、大工さんはラジオをつけっぱなしにすることがあります。音を止めて欲しいと丁寧に説明しますが、翌日には、またラジオをつけています。こういう場合はなかなか、また言ったりできませんので、再び弟子を怒鳴ることになります。


事故は仕事を舐めていると起きる

ほとんどの事故は仕事を舐めているから起きるものだと思います。自分のしていることの意味がわからず単なる作業員として、指示された範囲のことを終わらせば良いと考えていると事故につながります。

曳家職人の場合、枕木を敷くのに反力を獲ることを考えないで、真ん中にジャッキを掛けずに、短い木を敷いて使ったりします。

しかし、良い職人のたまごは、工具の片付けをさせたら大切にきれいに片付けます。例えば、電動工具をきちんと片付けて養生することで感電事故なども防げます。

電気ケーブルを乱雑に敷いて踏みながら作業しているのもおかしい。電気が見えないから、電気ケーブルを折れたまま使っているが、これを水道ホースだとイメージすれば、どう扱えば電気が流れやすくてケーブルを傷めないかが判ります。

ちなみに自分は電気ケーブルを巻く時には、八の字巻きをしています。断線が起きないように配慮しています。ご存じとは思いますが、太鼓リールの延長コードは全て出してきれいに伸ばして使わないと1500W流れません。巻きつけたままだと500Wしか流れていない場合もありますので、例えば1200Wの消費電力が必要となる電動ハンマーだと十分に作動しないことになります。

また同様に、1回路に丸鋸や電動ハンマーなどを消費電力が大きい工具をたこ足配線で挿し足しても、コードや焼けたりブレーカーが落ちる事故が起こります。相判になる場合は現場に入る前に、使用できる回路が何口あるかも知っておくと、事故もロスもでないと思います。

自分は出張現場が多いですから、工具が壊れて作業が止まることの損失を常に考えています。ですので重くない工具は余分に持参します。重くても代換品が簡単に入手できないものは余分を持ってゆきます。

叱らないと技術向上しない

自分は高校を卒業して、ほんの3か月だけ他で就職させていただいておりましたが、実家の都合ですぐに家業の手伝いに入りました。

先代である父親はあまり自分には仕事を教えてくれませんでした。逆に先代の右腕のおんちゃんには、初期のジャッキーチェン映画も驚くほどのしごきを享けました。どれだけ凄かったかというと、お施主さんが先代に向かって「あの二人は親子ですか?」と尋ねるほど凄かったです。

腹がたって後ろからハンマーで殴ってやろうかと思うこともたびたびでしたし、先代に「今日こそ、あのオヤジを頸にしないのなら俺は辞める」と言おうと思ったことも一度ではありませんでした。

今は個人の人権を守るという観点から、あまりきつく叱られたことのない人が多くいます。ですが、それが現場のレベルを下げていると思います。

修行なのですから、きつく指導されなければ技術は向上しません。そして、どう動けば事故が起こらないのかは身体が憶えるのだと思います。


全員がプロの職人ばかりではない状況

30年ほど前に「東京ラブストーリー」などのいわゆる「トレンディドラマ」が流行りました。相手の気持ちを大切にするがあまり遠回りに、実にもどかしい恋愛が続くのですが、思わずテレビ画面に向かって「はっきり言えよ」と怒鳴ります。

はっきり言わないことが美徳とされた時代はありましたが、今は生産力を上げなくてはならない時代です。駄目な奴には、なぜお前がダメなのか?をはっきり言うべきです。

ヘルメットや安全帯をうるさく指導される現場もありますが、曳家の場合、床下を這いながら作業するわけですから、ほとんどの場合、これらは邪魔です。出来る限り身体を軽くしておくことで動きがスムースになります。自分は間もなく還暦を迎えますので、とにかく腰袋さえ重いです。身体を軽くして動きやすくすることに腐心しています。

素人を現場に入れないといけない時代になってきたため、うるさい安全対策を厳しく定めなくてはいけない状況を作っていると思います。全員がプロの職人ばかりではない状況ですので、職長はしっかりと作業員のそれぞれの資質を見極めて、任す範囲を絞って目を光らせなくてはなりません。

新人はどんな年齢であろうと、郷に入れば郷に従えを教え込まなくてはなりません。本当に嫌になるくらい何度も何度も同じことを言わなくてはならなくなりますので、嫌になることもしばしばですが、親方や職長は作業員の命と生活を守る立場にありますので頑張りましょう。

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ピックアップコメント

俺も殴られて育ったから正しい面はあると考えてるけど、時代の要請かな、、怒鳴って得られる効果を怒鳴らずに得られないものか考える毎日です。

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曳家岡本の二代目。日本屈指の曳家職人。テレビ出演は「真相報道バンキシャ」「心ゆさぶれ先輩rock you」「ウェークアップぷらす」など多数。漫画化もされており、雑誌「週刊漫画Times」で連載中の「解体屋ゲン」にもセミレギュラーで実名登場。
自分では「日本一小心者な曳家」だと思っているが、ある建築家からは「蚤の心臓」と呼ばれている。しかし、自分が凄いのではなく、かつて昭和南海大地震や伊勢湾台風から復興するための技術として栄えた高知県(土佐派の曳家)の技術が自分の身体に残っているだけである。
東日本大震災の直後に千葉県浦安市対策本部の招聘されて上京。近年は全国の社寺・古民家修復を中心に手掛けている。
曳家岡本HP ⇒ http://hikiyaokamoto.com
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