“歴史ロマン溢れる” 復元プロジェクト
名古屋市は、名古屋城天守閣の木造復元プロジェクトを進めている。名古屋城は1612年の築城。天守閣は1945年の空襲により焼失したが、1959年に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された。
近年、再建から50年以上が経過する中、老朽化や耐震性の不足が問題になったことから、市は、実測図などの資料をもとに、天守閣の木造復元に踏み切った。
この歴史ロマン溢れる復元プロジェクトを引き受けたのが、株式会社竹中工務店(本社:大阪市中央区)だ。
プロジェクト自体は、石垣保全調査のための調査・分析や対策などが不十分であることにより、事実上ストップしているものの、同社がどのように天守閣を蘇らそうとしているのかは、ぜひ知りたいところだ。ということで、同社の担当者の方々に話を聞いてきた。
BIMを使って膨大な資料を紐解く
――天守閣の復元に際し、「BIM(Building Information Modeling)」を活用されているようですね。
林さん そうです。当社には、過去にBIMを伝統木造建築の復元に活用した実績があります。ただ、BIMを使いながら設計をまとめていくのは、困難な仕事です。
その困難さは、BIMそのものというというよりも、膨大な資料を読み解き、紐解いて、確定させていくことにあると思っています。その確定作業を進める上で、BIMにはメリットがあるということでやっています。
BIMを使った設計は正直大変でしたが、BIMを使ったこと自体が大変だったということではありません。われわれには、困難なBIMをやっているという自覚はありません。BIMを使わなければ、もっと困難な仕事になったであろうと思っています。
ただ、世の中に出回っているBIMのソフトは、伝統木造建築物の設計を目的につくられたソフトはありません。例えば、丸太の梁をモデリングするためには、そのためのパーツを新たにつくるほか、屋根の反りを再現するために、プログラムを組んだりする必要があります。
宮大工さんが「BIMは面白いねえ」
――BIMのメリットには、どういうものがありますか?
林さん BIMを活用し3Dデータのモデルをつくることによって、2次元の図面では人によって認識レベルが異なるところを埋め、チーム全員が同じ認識のもと、プロジェクトを進めることができるようになったことですね。
私自身は、伝統木造建築物の復元プロジェクトに携わるのは初めてですが、弊社プロジェクトチームには経験者が何人もいますし、社外から宮大工さんなどの職人さんなども参画していただいています。
宮大工さんは、2次元の図面で構造を理解できますが、私はすぐには理解できません。そもそも、名古屋城天守閣のような巨大な木造建築物の設計図を2次元で描いた人は、今はいません。
私にとって印象的だったのは、宮大工さんが、BIMのモデリング作業の様子を見て、「これ面白いね」と興味深そうにご覧になっていたことです。
宮大工さんと言えば、「3次元なんか使わねえよ」という伝統技術にこだわる職人的なイメージがあったのですが、実際には「使える技術はドンドン取り入れる」という柔軟なお考えをお持ちなのです。「BIMをやって良かった」と確信しました。
ダンパー設置などで耐震性確保
――木造ということで、難しいところはありますか?
片庭さん 現代的な技術には、設計業務の中で使う技術と実際の建造物に組み込む技術があります。木造だから特別な技術を使うということではなく、弊社が培ってきたいろいろな分野の最新技術を適用するというスタンスでいます。
耐震については、今ある最新の技術を組み込んでいるほか、防災に関しても同様で、避難路の確保や安全のための照明の設置を行います。
その一方で、史実に忠実な再現のため、木の組み方や部材形状などの昔のカタチの検証は徹底的に突き詰めています。
耐震や防災に関する最新技術を取り入れながらも、どれだけ控えめに、誰にも気づかれないようにいかに作り込んでいくかに腐心しているところです。
――耐震性の確保はどうなっていますか?
飯田さん 往時の天守閣は、築城してから1945年に焼失する前までの約300年の間に、宝永や安政東海、濃尾、昭和東南海などいくつかの大きな地震を経験しています。
その際に地震による損傷はあったと思いますが、倒壊は免れてきました。江戸時代の建造物としては、高い耐震性能を有していたと言えます。
天守閣の復元を行うに際し、往時の天守閣が持つ耐震性能を確認する必要がありました。そこで、天守閣を構成する柱、梁の仕口部分の加力実験を行いました。
外壁の土壁についても、伝統建築の協力会社さんに依頼し、幅2m、高さ6mの実物大の土壁をつくり、その耐震性能を検証しました。
これらの検証の結果、往時の天守閣が持つ耐震性能がかなり解明され、現代の建造物に比べると、柔らかい建造物だということがわかりました。天守閣は、高層ビルなどと同様に、地震が起きると、大きく揺れることで地震によるチカラをいなして倒壊を免れてきたわけです。
ただ、現代の建築基準法で求められる耐震性能を満たしているというわけではありません。したがって、補強が必要になります。
天守閣の耐震補強を行う場合、文化財における補強と同様、取外し可能な部材で補強すること、外観に影響を与えないことなどの制約があります。
これらを考慮し、耐震補強の手法について、検討を重ねてきました。その中で出てきた一つの手法が、制震ダンパーによる補強です。
制震ダンパーの設置については、最終的には有識者会議にてご相談の上決める必要があるので、具体的にどこにどのような制震ダンパーを設置するかは決まっていませんが、当社としては、今のところ制震ダンパーを設置する方針が最善と考えています。
――石垣保全についてはどうでしょうか?
片庭さん 石垣の保全については、われわれの当初の技術提案の中でも対策を盛り込んでいましたが、工期というシバリがあったので、われわれが提案できる対策も限定的にならざるをえないところがありました。
その後、石垣に関する調査が行われ、新たな対策が必要だということが判明しました。名古屋市でも「石垣ファースト」という方針を打ち出しています。われわれとしても、石垣保全に関して、新たな様々な対策を講じることができると考えており、その検討を始めているところです。
竹中発祥の地、名古屋に強い思い
――市の今後の方針転換によっては、技術提案の再提出なども考えられますが。
末永さん 天守閣の木造復元という当初の課題の上に、様々な現代的な課題が乗っかっているという状況にあります。弊社としては、これらの課題を解決することができれば、日本の文化財工事にとって、画期的なスタンダードになると捉えています。
「チャレンジャー」として、名古屋市さんとともにこれらの課題に取り組んでいくことは、非常に価値があると考えています。
名古屋市は、竹中工務店発祥の地であり、関わりの深い土地です。会社を挙げて、「なんとしても完成させる」という強い思いで、この事業に取り組んでいく考えです。
名古屋城天守閣木造復元に関わるスタッフは、設計が約30名、施工はまだ動いていませんが、それでも約15名います。今後は、スケジュールの見直しなどに合わせ、柔軟に対応していかなければならないと考えているところです。
工事のスケジュールは今のところ流動的です。われわれとしては、宮大工さんや石工さん、協力会社さんに迷惑をかけるわけにはいかないというのが基本的なスタンスですが、彼らに手を引かれると、困るのも事実です。
お互いの信頼関係をしっかり築き、いろいろな情報を共有することによって、最適な動き方ができるよう努力しているところです。