「どこまでいけるか自分でも楽しみ」 山口土木松尾さんが語るICTの可能性とは?

松尾 泰晴さん(株式会社山口土木常務)

「カネをかけず、ラクして稼ぎたい」 山口土木・松尾さんがICTに情熱を注ぐ理由

独自スタイルでICT化を進め、売上が2倍に

株式会社山口土木(山田健一社長)は、従業員40名ほどの岡崎市にある地域建設会社だ。10年ほど前から、「カネをかけず、ラクする」ため、独自のスタイルでICT化を推進。作業効率が向上し、売上は2倍になった。

その先駆的な取り組みは、多くの注目を集め、国などのICTセミナーでたびたび紹介されてきたほか、視察や問い合わせなどは引きも切らない。そんな山口土木のICTに関する取り組みを牽引するのが、松尾泰晴さんだ。

なぜ山口土木はICT化に力を入れるのか。ICTによって現場仕事はどう変わったのか。松尾さんのキャリアを含め、話を聞いてきた。

地域建設業の従来のやり方を変えたい

松尾さんは、父親の営む建設会社の三男として生まれる。19才で実家の会社に入社。その後17年間、現場仕事に汗を流した。仕事を続ける中で、「カネをかけず、ラクして稼ぎたい」という思いが湧いてきた。そこで20年ほど前からスケッチアップなどツールを使った3Dモデリングなどについて勉強し始める。要らなくなった会社のパソコンをもらい、Linuxを使い、自分で会社のWEBサーバーを作成し、会社の連絡ネットワークの構築したこともあった。

そんなあるとき、父親である当時の社長に対し、「これからはICTの時代が来る。ウチの会社でも3Dなどをやろう」と提案する。ところが、「そんな時代は来ない」と一蹴されてしまった。現社長の兄にも理解されない。その後、悶々とした気持ちが松尾さんを襲うようになる。「このままこの会社にいても、自分のやりたいこともできずに、終わってしまう」と考えるようになるのにそんなに時間はかからなかった。

あるとき、株式会社山口土木(岡崎市)の社長から「ウチでやらないか」と誘いを受ける。2009年、二つ返事で山口土木に転職した。「地域建設業の従来のやり方をカイゼンしたい」というのが主な転職理由だ。「父親や兄には、自分に見えている未来が見えなかったということ。これは価値観の違いだからしょうがない」と振り返る。実家の会社を飛び出し、その後、絶縁状態になった。

社員にiPhoneを持たせたら、売上が倍増

山口土木で最初にやったことが、iPhoneの導入。主要社員に持たせ、ネットワーク、連絡網を充実させた。導入に際しては、どのキャリアが良いか、iPhoneで何ができるかなどについて、社長にプレゼンし、GOサインをもらった。iPhoneの設定、社員への使い方の説明などすべて松尾さん独りでやった。「山口土木は現場監督も作業員をする全員野球の会社。とにかく『みんなをつなごう』という思いがあった」と言う。

社員グループのやりとりなどには全て無料アプリを使用。極力お金をかけず、iPhoneによる社内ネットワークを構築した。アプリを通じたコミュニケーションは、今でこそ当たり前だが、当時はiPhone5が出たばかりのころ。ガラケーによる通話やメールでのやりとりが主流で、地方の建設会社では一般的なツールではなかった。アプリによるグループへの一斉配信により、社内での情報共有が格段に向上した。システムはGoogleの無料のWEBサービスを使用。GoogleDriveに工事図面などのファイルを保存し、いつどこにいても誰でも全ての現場の図面などを確認できるようにした。

とは言え、試行錯誤はあった。あるWEBシステムを試したところ、社員から「ブラウザへのログインがメンドくさい」という声が上がった。作業中に、いちいちブラウザを立ち上げて、ログインキーを打つのは確かに手間がかかるということで、アプリを開けば操作できるように工夫するなどした。試行錯誤の結果、実際に使えるシステムに仕上げていった。

松尾さんは当時のことを「最初にやったことは本当にちょっとしたこと、簡単なことだった」と振り返る。ただ、効果はてきめんで、2年で売上は2倍に伸びた。しかし3年目は純利益は増えたが売上は横ばいだった。このとき、「iPhoneだけではこれが限界」だと悟る。

20万円で買ったドローンをいきなり実際の現場に投入

そこで2014年、新たにドローン導入に踏み出す。SfM(写真測量)が目的だった。「仕事に使えるかどうか、とにかく調べまくる。ただ、新しい事例なのでそんなに情報がない。自分の中で半分ぐらい使えそうだと思ったら、チャンレンジする」。これが松尾さんのやり方だ。

ただ、SfMができると言われていた当時のドローンは数百万円と高額なモノばかり。とても買えない。海外での事例なども調べていく中で、「DJIのPhantom3でもできる」という情報を見つける。専用のカメラがついて、価格もヒトケタ違う。そこで社長に「20万円だけ出して欲しい」と交渉し、導入を果たした。ただ、当時のまわりの人たちからは「そんな機体じゃ絶対に測量できない」と言われたこともあった。

そもそも松尾さん自身、ドローンを操作した経験がなかった。詳しい人に操作を教わりながら、毎日近くの公園でドローンを飛ばして、操作、データ解析を覚えていった。そうこうしているときに、道路の新設工事の仕事が出た。ぶっつけ本番ながら、SfMを試すことにした。マニュアル飛ばしだったが、ラップ率も良好で、Phantom3でのSfMデータ取得に成功する。3D点群処理システムなどを導入したのも、このころだ。

i-ConのためにICTをやっているわけではない

ドローン測量をきっかけに、ソフト会社に請われて、成功事例を紹介する全国セミナーを回った。ただ、「実は、ウチはいわゆるi-Conの現場は未だに一度もやったことがない」と言う。国の工事はやっていないし、県や市でICTを使って工事したが、i-Conがスタートする前だったので、カウントされていないからだ。そんな松尾さんがICT施工に関する講師として全国セミナーを回っていることを考えると、なかなか皮肉が効いている。

ただ、この点、松尾さん自身は至って淡白だ。「ウチはi-Con関係なく、自分たちのためにICTを使っている。点数や実績欲しさにやっているわけではない。ICTを使うことによって、それまで10のリソースをかけていた仕事が、8で済むように成る。浮いた2のリソースをほかの仕事に振り向けることができる」からやっているにすぎない。別にi-ConのためにICTをやっているわけではない。

松尾さんがICTに情熱を注ぐのは、あくまで「実際に作業で動いている人々の日々の仕事をラクにするため」だ。「3Dをやるやらないは技術の問題ではなく、ハートの問題だ。ヤル気さえあれば、すぐにできる」はずなのに、いくら国がお膳立てしても、なかなかICT施工に踏み出さない建設業界ってなんなの?という思いがある。

ICTをやらない会社は「浦島太郎」になる

建設業界の古い体質をカイゼンする一環なのか定かではないが、松尾さんは、アドバイザリーとして、他の建設会社にICTに関するコンサルも行っている。発注者やメーカーにもアドバイスを行っている。

「世の中の建設会社は、ICTと言えば、ドローンやレーザースキャナー、マシンコントロールばかり考えすぎなところがある。それが根本的な間違いだ。ウチのような末端の会社がアドバイザリーの仕事をしているのは、ある意味面白いこと。私の知る限り、ICTに関しては、スーパーゼネコンより、小さい建設会社のほうがスゴい。大手と違って、今世の中で一番良いツールを自由に使えるのが大きいと思う。そういうスゴい会社は実は世の中にいっぱいある。ICTをやっている会社とやっていない会社の格差は、両極端になりつつある。やっていない会社は、ここ1、2年のうちに『浦島太郎状態』になっちゃうと思う」と指摘する。

睡眠時間3時間のショートスリーパー

松尾さんのポリシーは「一番遅く帰る」。毎日の睡眠時間は3時間程度。いわゆるショートスリーパーだ。「ラクに稼ぎたい」とICTを始めた話と軽く矛盾するような気もするが、睡眠時間を削るのは「別に苦にならない」と笑う。とくに最近は、次から次へと新しいツールが世に出てくる。それらを調べるためには、寝る間がないという側面もある。ただ、最近は、ICT化のおかげもあって、社員の帰社時間が早くなり、気がつけば誰もいない状態が増えたと言う。

3年前のある日、父親が危篤だという連絡が入る。10年ぶりぐらいに父親と対面すると、父親から「お前はスゴかったな。俺たちにはわからんかった。お前は行けるところまで行け」という言葉をかけられる。その後まもなく、父親は息を引き取った。松尾さんのモチベーションは、父親の「行けるところまで行け」という言葉に支えられている。「どこまで行けるか自分でも楽しみ。本当に行けるところまで行けたら、親父にホメてもらえそうな気がする」と目を細める。

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