日本国内での建設事例が少ない「流水型ダム」
今、なにかと話題に上っている「流水型ダム(穴あきダム)」。熊本県内に今まさに建設中の流水型ダムがある。白川上流部、阿蘇くじゅう国立公園内に位置する立野ダム(重力式)がそれだ。
流水型ダムは昔からあるダム形式だが、平時は水を貯めない治水専用ダムのため、日本国内での建設事例は少なく、国直轄での建設は立野ダムが初めてだ。
なぜ白川流域に流水型ダムが必要なのか。流水型ダムのメリット、デメリットはなにか。工事を担当する国土交通省九州地方整備局立野ダム工事事務所の阿部成二所長に話を聞いてきた。
「6.26水害」を教訓に、立野ダム建設
――そもそもの話ですが、なぜ白川流域に立野ダムが必要になったのでしょうか?
阿部さん 白川の特徴は、流域の8割を阿蘇地域が占めている点です。白川を流れる水の多くは、立野ダムの建設予定地の上流域で集められているわけです。逆に言えば、立野ダム建設予定地の下流域は、河岸段丘の一番低い部分を流れており、あまり水は入ってきません。
最下流域には、政令指定都市である熊本市があり、その市街地の中心部を流れています。熊本市は江津湖があるところまでもともと海だった場所で、白川から流れた土砂の堆積によって、平野部が形成された歴史があります。そのため、今でも川の部分が高くて、平地部分が低いという特殊な地形が残っています。白川沿川には、熊本市だけでなく、熊本県全体の経済を支える住宅や商業施設などの資産が多く集積しています。
白川には、下流域に位置する熊本市内での洪水発生リスクが高く、ひとたび水があふれると大きな被害が出やすいという特徴があるわけです。
白川では実際、昭和28年6月26日洪水、地元では「6.26水害」とも言われる水害が発生しています。その後も幾度も洪水の危険にさらされてきており、最近では平成24年7月洪水により、少なからずの被害が出ています。この洪水被害の経験は、今でも流域の方々の記憶に残っており、流域の方々は「いつ洪水が起きても不思議ではない。なんらかの治水対策が必要だ」という当事者意識をお持ちです。
流水型ダムが一番理にかなっていた
本体コンクリート打設中の現場を見守る阿部さん
――国直轄としての流水型ダム建設は立野ダムが初めてのようですが、なぜ流水型ダムを採用したのでしょうか。
阿部さん ダムには、必ずメリット、デメリットがあるものですが、通常は、多くのメリットが受けられる多目的ダムを建設することがほとんどです。しかし、白川でダムを建設するメリットは、計画当初から治水のみだと考えられていますし、白川の洪水特性や周辺環境等を考慮した場合、流水型ダムしかないという結論に至ったと理解しています。
――白川の河道拡幅とか、河床掘削などの河岸整備による治水対策はそれほど有効ではなかったようですね。
阿部さん そうですね。平成24年に行ったダム検証の際には、河道拡幅や河床掘削、遊水地整備などのダム以外の治水対策の組み合わせについて議論がなされました。河道拡幅については、下流域ではすでに成熟した都市機能が形成されており、コスト、技術などを考えると、現実的ではないということになりました。
河床掘削については、技術的には可能ですが、部分的に橋の架替えなどの関連工事を伴い、ダムと比較して時間もコストもかかります。何より白川下流域は、地形的に土砂が堆積しやすいため、川の洪水を流す断面を確保するには、頻繁に河床掘削を行わなければなりません。コストや早期の治水効果発現の観点から、立野ダムが最も優位であるという判断に至ったと思います。
黒川は縦断勾配が意外と緩やかなのに対し、白川は急峻なんです。緩やかなほうが遊水地をつくりやすいので、地形に合わせた治水対策を選択することが重要です。その中で、流域面積の8割をしめる阿蘇外輪山の出口付近にダムをつくって、一時的に水を貯めるというのが、理にかなっているわけです。
理想を言えば、ダムなんかないほうが良い
――日本ではダム不要論が未だ根強いです。
阿部さん 当然ダムは万能ではなく、治水ツールの一つに過ぎません。ダムなどの治水対策を講じることによって、自然環境になんらかの影響が出るのは事実です。治水対策は必ずデメリットも伴うんです。ただ、一方で、生命や生活を守るというメリットも必ずあります。メリット、デメリットの大きさは、河川によって違ってくるわけですが、大事なのは、その河川トータルとして、ダムなどの治水対策が必要なのか不要なのかを判断することが基本だと考えます。
私自身、今はダムの工事事務所の所長という立場ですが、理想を言えば、川にダムなんかないほうが良いと思っています。川が一番低い場所を流れていれば、堤防や護岸すら不要だと思っています。しかし、すでに享受している文化的な生活をすべて犠牲にしてまで、理想を求めるわけにはいきません。文化的な生活を守るためには、どこまで自然を犠牲にすることができるかについて、メリット、デメリットを勘案した上で、トータルで判断すること。これがわれわれが日々一生懸命取り組んでいる仕事なんです。
例えば、家を新築した人がいたとして、実はその土地が5年に1回は浸水する場所だった場合に、河川管理者として、その状態のまま放置して良いのかということなんです。われわれとしては当然、なんらかの治水対策を打たなければならないと考えます。対策を打たなければ、大げさかもしれませんが、家を建てた人の人生を変えてしまうおそれがあると思うからです。
2023年3月完成に向け、工事は順調
3D模型を手に、立野ダムについて語る阿部さん
――立野ダム工事の進捗はどうですか?
阿部さん 2018年8月に立野ダムの着工式を執り行い、基礎掘削を始めました。約70万㎥の岩盤の砂掘削が終わり、今年10月から本体基礎地盤部分のコンクリート打設工事に入っているところです。熊本地震の影響で少し工事スタートが遅れ、今年に入って新型コロナウイルスに伴う影響も心配されましたが、2023年3月の完成に向け、今のところ順調に来ています。立野ダムは国直轄ダムとしては小型のダムです。谷が狭くダムサイトが小さいので、そもそも大きなダムはつくれません。
――本体基礎の部分の工事は、ダム工事でかなり重要な部分でしょう?
阿部さん 一番大事ですね。最初は荒掘削で一気に掘ります。ダイナマイトや重機などを使って掘り進めるのですが、その後、最後の仕上げとして人がハンマーなどを使って整えます。そして、水で洗って、掃除機でゴミなどを吸い取ります。最終的には、スポンジなどを使って、人がなめても大丈夫なほどピカピカに仕上げます。そこまでしないと、基礎と本体がピタッとくっつきません。ダムは規模が大きな土木構造物であることが注目されますが、最後の仕上げは人の手が必要なほど、実は非常に繊細な構造物なんです。高さ100mの水圧は、砂粒程度の隙間であっても滲み込んでいくので、ダムには高い水密性、高い強度が求められるわけです。
――施工管理上、貯留型ダムと異なる点はあるのですか?
阿部さん 流水型ダムの基本的な構造は、貯留型ダムと同じです。穴の部分にゲートと呼ばれる扉がつくかつかないかの違いだけです。なので、工事の進め方も貯留型ダムとほとんど同じです。コンクリート打設そのものは、重力式ダムとしては従来から数多く採用されてきた柱状打設を採用しています。ブロックを一つひとつ積み上げていって最終的に壁に仕上げるイメージです。
――i-Con関係で取り組んでいることはありますか?
阿部さん 設計段階からCIMを使って3次元設計を行っています。最初は景観のために導入したのですが、コンクリート本体やゲートなどの機械設備など異なる工種にもCIMを活用しています。仮設計画を作成し、短い工期の中で待ち時間の少ない施工計画を立てることにも活用しています。
いわゆるi-Conではないですが、働き方改革の一環として、録画による遠隔立会を試行的に実施しています。たとえばある市販の製品などが納入された際に、製品を撮影した動画を業者さんに事前に情報共有システムにアップしてもらい、それをあとでウチの職員が動画を見て基準に適合したものが使用されているか遠隔で確認するというものです。現場までの移動時間が不要になるし、お互いの時間調整も不要になるので、作業の効率化に役立っています。動画撮影はスマホでできるので、業者さんにも評判が良いです。結果的にですが、コロナ対策にもなっているので、なかなかうまくいっていると思っています。
流水型ダムは地域振興の重要なツール
――観光資源としての立野ダムの活用にも取り組んでいますね。
阿部さん ええ。私は一昨年、立野ダム工事事務所の所長に着任したのですが、そのとき、職員に対して「流水型ダムの新たな価値を見出そう」と言いました。景観に溶け込むダムとか、環境に優しいダムをつくるということもありますし、ダムは地域振興のための重要なツールという視点もあります。
阿部さんが発案した「TATENO☆D」コンセプト
「TATENO☆D」というコンセプトも私がつくったのですが、この「D」はダムではなく、デザインなんです。われわれは、立野と名の付くものすべてをデザインしているんだという意味を込めています。それはダムであり、地域であり、働き方であったりします。
今は工事中なので、インフラツアーがメインですが、完成後は、ダムそのものを使ってなにができるかについて、南阿蘇村や大津町と一緒にいろいろ考えているところです。例えば、ダム施設であるトンネルの中でワインを貯蔵するといったことなどを考えています。