インターネットでの発信の危険性
建築というのは、人々の生活になくてはならないものです。にもかかわらず、ほとんどの人は、建築に興味を持つような機会に触れることも、建築に関わる人間と接することもなく日常を過ごしています。
ですが、「建築の世界を知ること」「建築に関わる人間と接すること」は、自分たちの暮らしを見直し、より良いものにするための手助けとなります。
また、我々のような建築の人間も、”見られている”という意識からより良い建築を生み出せるようになり、結果的に建築の技術、文化の発展に繋がると私は思っています。
昨今では、インターネットの普及により、様々なカタチでの発信が可能となり、全ての人たちが「自分のメディア」を持つことができるようになりました。建築の世界も同様で、建設会社、設計事務所に限らず、個人レベルでもSNSを用いて発信し、建築の世界についての発信や自身のブランディングにも活用しています。
これ自体は、非常に素晴らしいことだと思います。しかし、インターネットの活用は注意すべき点がたくさんあります。ネットでの発信はその性質上、実際に建築物を建築する以上に社会的責任を伴う可能性もあります。ネットは非常に繊細なものなので、一歩間違えるとネガティブな影響を業界に与えかねません。
今回は、Youtubeで建築の発信を行う、いわゆる「建築系Youtuber」の問題を通して、インターネットでの発信の危険性について書いていきたいと思います。
あらかじめお伝えしておきますが、私自身もYoutube(おっちー一級建築士事務所)や施工の神様を通じて、建築の世界の魅力を発信しています。今から述べることは、私にとっても他人事ではありません。
「どの口が言ってるんだ?」と思われる方もいるかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。
ネット上の情報は、実在の建築物よりも長く残る
インターネットでの発信は、私たちの自己発信の敷居を低くし、より多くの人と気軽にコミュニケーションをとったり、アウトプットすることを可能にしました。その種類も、文字、写真、音声、映像と多岐にわたります。
しかし、気軽に発信できる反面、非常に多くの責任とリスクを伴います。
ネット上での発信は、仮に本人が情報を削除したとしても、だれかがアーカイブを残していた場合、発信したデータは残り続けます。つまり、我々が現実世界で関わり生み出した建築物よりも、長い期間残り続けることもあり得るというわけです。
さらにネット上の情報は、世界中だれでも平等に触れることができます。つまり、発信した本人も予想できないような人の目に留まる可能性もある、ということです。それが発信の最大の魅力ですが、思わぬ誤解を与えてしまうリスクもあります。
当然SNSのサービスによっては、公開範囲を自分のフォロワーだけに限定することも可能です。SNSプラットフォームは、相互交流を目的として作られたものがほとんどですが、発信者の権限により事実上「一方通行」にできるということです。
例えば、関わってきた相手を一方的にブロックする機能が大抵のSNSには備わっていますが、これは不当で不快な反応、誹謗中傷に対する防衛手段であり、必要なものだと思います。
しかし、使い方を誤ると危険な行為にもなります。例えばですが、明らかに適切で妥当な指摘、もしくは発信内容に対する要望や要請に対して一方的にブロックすることは、失礼な行為ですし、信用を大きく損なう恐れもあります。
インターネット上で建築の発信を行う場合は、これらのリスクとうまく付き合っていくことが大切だと思います。特に建築の場合、他の業界に比べ業界規模が大きく、関わる人間の数や金額も大きいため、発信する範囲や表現方法などには、細心の注意を払わなければいけません。
バズるために過激な行為や迷惑行為を行う
建築の発信に限らず、インターネット上で発信を行う目的・目標は、やはり「多くの人の目に留まること」ではないでしょうか。
しかし、多くの人がネット上で発信を行っているため、大抵は埋もれてしまいます。また、インフルエンサーと呼ばれる、SNSプラットフォーム内においてフォロワーが多く、発信の影響力が高い人物に注目が集まってしまう世界です。
では、インフルエンサーにはどうすればなれるのか?自身の発信したものが注目を集める(いわゆる「バズる」)ためにはどうすれば良いのか?
このバズるための方法として、決して推奨できない、しかし普及してしまっている方法があります。それが「炎上」と「ヘイト」です。
炎上とは、ほとんどの場合が、非難を受けることで注目を集める手法です。近年問題にもなっている、過激な行為や迷惑行為をすることで注目を集め、動画の再生回数を稼ぐ「迷惑系Youtuber」が現れたのも記憶に新しいと思います。
最近では、建築の世界でも、そういった迷惑系Youtuberが増えてきています。以前、ある建築家を自称するYoutuberが、動画を転載してほしくないという取材先からの要請に対し、一方的に連絡をブロックするという事態が発生しました。
幸い、転載された側は動画の公開が中止されたことでこの問題は終結しましたが、このことはSNSを中心に非常に話題となりました。
この行為は社会的信頼を大きく損なうものであり、多くの人間と関わり、多額のお金が動く建築の世界において、非常に悪影響を及ぼします。簡単に考えればわかりますよね。「約束を一方的に反故にして、連絡手段も一方的に断ち切る人と仕事をしたいですか?」ということです。
建築業界に対するヘイトで共感、注目を集める
さらに、炎上と並んで多いのがヘイトです。特定の業界、人物などの文句や不平、不満を言い、それに共感、同調する人を集め注目を集める行為は、インターネット上で非常に多く見られます。
建築の発信の中でも、そういった投稿が散見されます。例えば、欠陥住宅や違法建築を紹介するものであったり、建設業界のブラックさを暴露するといった情報は、閲覧数や再生回数がとても多いようです。
その内容が事実であれば仕方がないですし、業界人として受け入れて改善していないといけない部分だと思います。しかし、最近では「建築業界は悪い」「ブラック」「オワコン(終わったコンテンツ)」と、完全に主観だけを主張する投稿や動画が増えてきているように思います。
それに同調するコメントが増え、拡散され、愚痴や文句はどんどん拡大し、陰口大会のような状態になっているものもあります。
多かれ少なかれ、建築業界に不満を持つ人はいます。というか、不満がない人はいないでしょう。それこそ、(今はできませんが)飲み会や、気軽に話せる友人に愚痴を言ってしまう、なんてこともあると思います。
しかし、この陰口大会のようなやりとりが加速すると、「自分の主張は支持されている、自分の言ってることは正しい」と錯覚し、悪口ではなく”正義の主張”と勘違いをしてしまい、より強い言葉を発するようになります。そして、無関係の人からは嫌悪され、どんどん周りから人が離れていってしまいます。
一連の行為は、自分の置かれている環境への不満を吐き出し、それにより快楽を得ているだけであり、その発信自体に意味は存在していません。
こういった発信をする建築の人間が増え続けると、「この業界は悪口を言う人しかいない」と見られ、業界全体に悪い印象を与えてしまいます。これは建築業界の魅力を伝える、という行為からは真逆の行為となってしまっています。
酸いも甘いも伝えることが大切
建築の世界には、当然悪い慣習はあります。解決しないといけない問題もたくさんあります。しかし、それだけでしょうか?建築業界は悪い部分しかないのでしょうか?
それは違います。建築の仕事が素晴らしい、良いものであるから、この業界は存在し続けられているのだと思います。その理由や魅力は、多種多様です。悪い経験、良くない上司や元請けもいますが、それもひっくるめて建築の魅力ではないでしょうか。
インターネットを使った発信は、「愚痴のはけ口」になってはいけません。だからといって、建築業界のキレイな部分だけを見せれば良いということでもありません。酸いも甘いも全て、建築の魅力として伝えていくことが大切だと思います。