若き2代目は、業界の救世主となりうるか
プラントメンテナンス工事を展開する有限会社柳井工業(本社・大分県大分市、柳井寿朗社長)は、後継者難で悩むプラントメンテナンス業界にあって、かなり技術や事業継承がスムーズに進んだケースとして話題になっている。
2代目となったのは、野村證券に在籍していた社長の子息である柳井寿栄常務取締役。柳井常務は「在籍型出向」「働き方改革」「DX活用による育成プログラム」など、社内の改革に着手。革新的な2代目としてプラントメンテナンス工事業界のみならず、異業種からも注目されている。
「好きで入社した野村證券を退職する時は大きな葛藤があったが、プラントメンテナンス工事には証券会社では味わえない”男のロマン”があった」と語る、柳井寿栄常務取締役に話を聞いた。
プラントメンテナンスには男のロマンがあった
――会社の概要からお願いします。
柳井寿栄氏(以下、柳井氏) 当社の事業内容は、石油化学のプラントで石油精製に使う装置、とりわけ回転機というコアな部分の整備、分解、加工や保守などのメンテナンス工事を行っています。市場は日本国内、まれに海外での仕事も請けています。
――前職は証券業界最大手の野村證券ですよね。どうして跡を継ぐことに?
柳井氏 2008年に、社長である父が大病をしたことがキッカケです。ただ、当時は入社2年目でしたし、事業継承するべきか頭を悩ませていました。
その後、それまで自分の父がどんな仕事をしているかも知らなかったので、父の会社を調べてみたんです。すると、証券マンとしての第三者視点でも利益率も良く、もったいない会社に見えました。
その一方で、調べれば調べるほどニッチな技術を要する業界であることも分かりました。それならば決断は早いほうがいい、そして自分なりに親孝行もしなければならないと思い、2009年に野村証券を退職し、柳井工業に入社しました。
もちろん、葛藤はありましたけどね。自分が望んで入社した会社ですし、会社の仕事も楽しくなっていた頃で、退社したくなかったのもホンネです。
――実際に入社してみて、どう感じました?
柳井氏 野村證券での仕事のやりがいは、お客様に大きな金額を入金してもらうことでしたが(笑)、プラントメンテナンス工事には証券会社では味わえない”男のロマン”がありましたね。
プラントの機械はすごく大きいので、団体スポーツのように10人単位で一つの機械の保守工事を工期内に完了させるわけです。そのためにはチームワークが必要で、仕事がうまく回った時は本当に喜びを感じられるんですよ。
その一方で、難しい仕事なのに報酬が少ない。しかも、ミスをした時には全責任を負わせられるなど、負の側面があったことも事実です。跡を継ぐからには、一人あたりの単価を上げ、理不尽な業界の慣習をなくしていこうと思いました。
「残業してナンボ」の世界から脱却
――どこから改革し始めたんですか?
柳井氏 社長である父がプラントメンテナンス業界に入った当時は、突貫工事で機械を動かせばモノが売れる時代でした。まるで戦時中のように、休みなく24時間働き続けるような世界です。これは50年前の話ではありますが、未だにこの働き方の名残があるのも事実です。
こうした”残業過多・休日なし”の状況を払拭すべく、月の平均残業時間を10時間以下にするなど働き方改革に努めています。また、プラントメンテナンス業界は繁忙期と閑散期がはっきり分かれているので、閑散期に当たる夏季と冬季は長期休暇を取得してもらうなどの工夫をしています。
また、当社は副業OKにしており、休みの間は別の仕事をしてもOKだと伝えています。
――建設業で副業OKって珍しいですね。
柳井氏 ええ。ただし、先ほど話したように時期により繁閑がハッキリしているので、副業は閑散期にしてもらい、繁忙期は本業をしっかり頑張ってもらいます。メリハリをつけて働くことが大事ですからね。
――単価の話も出ましたが、給与制度も見直したんですか?
柳井氏 「給与テーブル」を採用しました。私の知る限り、プラントメンテナンス業界では初めてだと思います。
これは、従来の勤続年数で給与が上がっていく仕組みではなく、職人や機械エンジニアのスキルを客観的に判断し、給与が上がる仕組みを整えたものです。ランクをつくり、スキルに応じた年収を明確に定めて、10~20年後の給与が想像できる制度としました。
柳井工業の給与テーブル。
建設業界やプラントメンテナンス工事は「残業してナンボ」の世界ですよね。しかも、年功序列です。私の入社当初も、年功序列制度を採用していました。でも、それじゃ面白くないでしょう。
製造業の若手を受け入れる「在籍型出向」を採用
――人材採用は?
柳井氏 新型コロナウイルスの影響で業績不振に悩む企業を対象に、当社が従業員を受け入れ、雇用機会を提供する「ES(エキスパート・シェア)採用」を開始しました。
これは「在籍型出向」の仕組みを活用し、”即戦力のある労働力をシェア”する採用制度です。出向元企業から当社へと出向いただき、当社からは雇用機会を提供する、というものになります。
「ES(エキスパート・シェア)採用」
「労働力調査」(総務省統計局 2020年12月分)によると、12月の就業者は前年同月比で71万人減少、宿泊業やサービス業のほか、製造業での就業者の減少も顕著なことがうかがえます。特に、製造業では若年層がリストラされているというデータもあります。
一方、建設業においては2020年9-12月の間にも就業者数は微増しており、現場では人手不足が続いています。プラントメンテナンス事業を展開する当社も例外ではなく、労働力の確保が必要な状況です。
当社は建設業ではありますが、昨今失業者が増加している製造業で働く整備士の方や工場の管理経験がある方などは、プラントで勤務する上での基本的な知識やノウハウが身に付いているため、たとえ業界が異なっていても多くの方が即戦力になり得ると考えています。
仕事はあるのに高齢化で技術継承が進まない
――今のプラントメンテナンス業界についてどう見ていますか?
柳井氏 当社の課題=業界の課題だと考えています。石油プラント工事業界の歴史をさかのぼると、50年ほど前に建設ラッシュがありました。当社の社長も今は70歳ですが、若い頃は現場に駆り出されて仕事をしていた時代です。それから50年が経って、回転機の整備ができる職人が一気に引退したので、後継者が本当にいないんです。これは単なる就業者減少の問題だけではなく、技術が継承されていかないことになります。
当社の場合、たまたま私が後継者となったので、技術・事業継承は比較的うまく進みました。ですが、当社のようなケースはこの業界ではまれです。ですから、仕事がないから廃業するのではなく、後継者が不在で高齢で仕事を続けられなくなってから、廃業を決断したケースもとても多いんです。
また、現場では65歳を超えると高所作業は禁じられていますし、70歳になると現場入場はいくら身体的に健康でも止められます。この業界は高齢者が中心であるにもかかわらず、高齢者を制限するのでますます人手不足になっています。
――人材の担い手確保・育成がポイントですね。
柳井氏 本社は大分なので、全国に出張するのですが、「出張が嫌」だと長続きしない人がいることも実情です。そこで2年前から現地で採用しています。現在の出張先は千葉県市原市と三重県四日市市なので、若者を中心にこの地域で採用し、定着してくれています。
――今、これからどういう方と一緒に働きたいと思いますか?
柳井氏 この業界はロマンがあります。そのロマンを大切にしてくれる人と一緒に働きたい。目を輝かせてくれる人、汗水たらして回転機を動かしてそれに感動できる人がいいですね。今、協力会社も含めてそういう方は徐々に増えてきています。仕事を楽しくなれば生きるのも楽しくなりますからね。