クビは突然に・・・。まともな職人ほど現場から去っていく

クビは突然に・・・。まともな職人ほど現場から去っていく

クビは突然に・・・

北関東のプラント工事で、ここ一年ほど安全専任として関わっている。

私がいるのは、電気計装関係の仕事をしている会社で、現場はケーブル配線の一歩手前のラックの設置の真っ只中だ。小人数のケーブル敷設のための作業員が、すでに現場に入り、徐々にケーブル延線の作業が始まろうとしている。

作業員の人数は現時点で50名ほど。これくらいの人数であれば、全員名前を憶えている。

作業員の人たちとは、新規教育の時から付き合いが始まっているわけだが、印象深い人もいれば、まだほとんど会話を交わしたことのない人もいる。

つい最近、現場を巡回していた時にHさんと話す機会があった。Hさんは、この現場に来てからまだ3週間ほどだが、割と印象深い人だった。

会った途端、いつもと違ってちょっと険しい顔をしていた。「どうかしましたか?」と聞くと、

「いやあ、参ったよ!今日でクビだってさ!」と苦笑いでHさんは言った。

あまりに急なことでビックリして、「えっ!?どういうこと!?」と聞くと、色々と話をしてくれた。

「今日で終わりにしてくれ」

Hさんの年齢は60歳で、実に経験豊富な人だ。

話も上手く、現場に来てからの期間は短いが、色々なことを教えてくれた。確かに、やや理屈っぽいところはあるが、若い作業員にとっては何でも聞ける”先生のような人”だ。

話を聞くと、なんでも、朝礼の後に「今日で終わりにしてくれ!」と告げられたそうだ。

もともと他の仕事をしてたのを途中で切り上げ、この現場にぜひ来てくれ!と呼ばれて来たにも関わらず、突然そう言われたという。

言い争うのも嫌だし、「はい。分かった」と二つ返事をしたが、内心は「ふざけるな!!俺はモノじゃないぞ!」と怒りを抑えたそうだ。

私は一方の言い分しか分からないので、本当の事情は分からない。だが、他の作業員と一緒にというわけではなく、Hさんだけが外されたのは納得できない。

ひょっとしたら、上の人間がHさんを煙たくなって追い出したのかも知れない、と思った。それには理由があった。

昔ながらの職人気質な人間

詰め所で作業の説明をしている時、説明の後でHさんが彼なりの意見を言っている場面に、何度か出くわしたことがある。

電気作業のことなので、どちらの言い分が正解なのかは私には分からないが、リーダー格の人間が決めた作業方法や手順にHさんが意見した時、そのリーダーはさも面白くなさそうな顔をしていた。

どちらが正しいのかは別として、そんな意見の食い違いはどの世界にもあることで、そんなことをいちいち気に留めていたのでは、共同で何かを成し遂げることはできないだろう。

Hさんがこの現場に来た時から、色々と話を聞いていると、Hさんはどちらかと言えば、物事を自分の納得がいくまでやりたい”昔ながらの職人気質な人間”のようだ。

私の好きなタイプである(笑)。

Hさんとの最後の挨拶

そう思えば、数日前にHさんの仕事ぶりに関して、他の作業員が話してるのを聞いたことがある。

その作業員は、「いくら仕事ができても、あれだけ丁寧過ぎるほど時間を掛けていたのでは、他の作業員とのバランスが取れないよなぁ!」とぼやいていた。

作業量に関しては、一日で仕上げる内容は伝わっているハズだし、もし仮に伝わっていないのであれば、伝えればその時間内に終わらせることだって可能だと思うけどなぁ、とその時は聞きながら思っていた。

やはり職人気質な人間は、周りから煙たがられるのだろうか…。

Hさんが現場を出る時、挨拶に来てくれた。

「またどこかに来てくれと言われても、もう次はない!もう嫌だ。モノじゃないんだから。ポイッと捨てるようなことされたら、誰だって腹が立つでしょ?これからは普通の現場で、当たり障りのない仕事をしますよ!でも野口さん(私のこと)には世話になった。残念ですけど、今日でお別れです!」

Hさんと最後の挨拶をし、握手をして見送った。

腕のいい職人がドンドン辞めていく

Hさんに限らず、今までこれと似たような話は、色々な現場で見たり聞いたりしてきた。最後にHさんは「今日でお別れです!」と去っていったが、今まで同じようなセリフを随分聞いてきたことを思い出した。

これが原因で、腕のいい職人がまた一人、表舞台から姿を消すかも知れない…。これはかなり前から感じていることだ。

腕のいい、まともな職人さんがドンドン辞めていく。口は悪いが、あの人に任せてけば安心だ!と思える職人が、次々と同じようなセリフを吐いて去っていく。

一番大きな原因は、まともに工事や現場のことを知らない現場管理者が増えたからだと思う。

何も知らないから、上から言われたことを何の疑いもなく作業員に指示する。ところが、技術や経験がある作業員たちはそれに納得しない。だが、無能な現場管理者は、納得しようが、しまいが、無理やり作業をやらせる。

その結果、「こんなところで仕事なんかやってられない!」と作業員の不満が募り、現場から姿を消していく。そして、このパターンが繰り返される。

職人の技術の伝承だけでなく、今度は、現場管理者の知識の伝承がなくなり、もはや歯止めをかけるモノがなくなりつつある。

『赤信号、みんなで渡れば怖くない!』そんな心境で、管理者が工程だけを追っていたのでは、品質を保った仕事などできるハズがない。

何が正しくて、何が間違っているのか?管理者がその判断さえできなくなったら、これから一体、建設現場はどうなるのだろう?

さらに、そういう時代になったとしたら、いい仕事の評価も変わっていくだろう。文句を言わず、言われたことだけをハイハイと、とにかく早く仕上げることが、できる職人の基準になっていくのだろうか。

その時に、私などが「いくら早くてもこんなんじゃ駄目だよ!」と言ったところで通用しないだろう。残念だが、今やそれに近い状況があっちこっちで散見される。

もう手遅れなのだろうか。

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アジア、アフリカなど海外の建築現場で長年、施工管理に従事している。世界中で対日感情が良好なのは、先人たちの積み重ねである。日本人として恥ずかしくない技術者でいたい。
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