【鹿島建設に聞いた】多様性が加速する時代の"ユニバーサルデザインの在り方"とは?

【鹿島建設に聞いた】多様性が加速する時代の”ユニバーサルデザインの在り方”とは?

ユニバーサルデザインの転換期

兵庫県明石市は10月中旬、「性的少数者への配慮が足りない」という指摘を受けて、”女性トイレは赤・男性トイレは青”と色分けしない公園内トイレの建設を発表した。しかし、「弱視の人が判断しにくくなるのでは?」といった批判的な声も散見された。

マイノリティに配慮したデザインは、他のマイノリティを置き去りにするリスクが潜んでいる。ダイバーシティが重んじられるこれからの時代において、ユニバーサルデザインを改める転換期が来たのではないか。

ユニバーサルデザインに精通している鹿島建設株式会社の原利明氏に、マイノリティと建設に関する話を聞いた。

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阪神淡路大震災が潮目

――日本のユニバーサルデザインの現状をお聞かせください。

原氏 東京オリンピック・パラリンピックの開催を受け、内閣府が先導者となり、日本のユニバーサルデザインを世界一にしよう!という号令の下、日本でのダイバーシティ的な取り組みは急速に進みました。加えて、昨今SDGsが注目されたことも、国内のユニバーサルデザインが推進された原動力になっていると思います。

――急速に進んだとのことですが、日本のユニバーサルデザインはこれまで進んでいなかったのでしょうか?

原氏 いえ、日本はかなり進んでいます。例えば、2007年ごろにシンガポールは国策として、日本をロールモデルにしたユニバーサルデザインと環境配慮に対する取り組みを実施し、私も何度かシンガポールなどでお話しする機会がありました。日本のバリアフリー整備やユニバーサルデザインの考え方に関心を抱いている東南アジアは少なくなく、”日本に追いつけ追い越せ”という風潮は強いです。

――世界的に見て、日本の状況はどうなのでしょうか?

原氏 やはりアメリカは多様な人種が共存しているため、ダイバーシティへの意識がとても高い。日本のユニバーサルデザインは欧米諸国を参考にしていた時代もありました。とは言え、ハード整備に関して日本は加速的に進んだように感じます。

――加速した理由は何ですか?

原氏 阪神淡路大震災の経験が大きいです。私も所属していますが、阪神淡路大震災をキッカケに”日本福祉のまちづくり学会”が1995年に立ち上がり、今現在もバリアフリーやユニバーサルデザインに関する勉強会が積極的に行われています。

また、当社も協賛させていただきましたが、2002年に三笠宮殿下を総裁として、日本で初めて国際ユニヴァーサルデザイン会議が開催されました。その後も4年に一度日本で開催されており、日本のユニバーサルデザインに対する意識は世界水準と言えます。

より広い視野を持ったデザインが求められる

――ダイバーシティの意識が広がり、建設業界ではオーダーやニーズにどのような変化がありましたか?

原氏 デベロッパーの方のリクエストがより詳細になりました。都心部を中心に大型の複合ビルが建設される際、入居を検討しているテナントは外資系企業やベンチャー企業が多く、ダイバーシティに対する意識が高い。そのため、「バリアフリー化が整備されていないビルでは契約しない」と考えるテナントも少なくなく、ダイバーシティの視点を非常に重視するようになりました。

――具体的には、どのようなリクエストの変化が見られましたか?

原氏 バリアフリー法では「多機能トイレを設置しなさい」「段差を解消しなさい」といった規定はありますが、その枠組みをもう一つ超えたオーダーが増えています。例えば、エレベーター内の階数ボタン付近に点字をつけることは規定されていますが、『この点字は英語表記すべきでは?』『この床デザインは錯視を誘発するのではないか?』など基準に記載されていないようなことにも指摘をいただくこともありました。

今後は、障がいをお持ちの方や外国の方など、マイノリティに各々対応するのではなく、より広い視野を持ったデザインが求められます。

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当事者に”言い訳”を与える重要性

――LGBTQ(性的少数者)に配慮したユニバーサルデザインとして、どのようなポイントを留意すべきですか?

原氏 LGBTQに関する議論はまだまだ発展途上であり、私自身もヒアリングベースでやっている現状ですので、明確な留意点はお答えができません。今現在お話しできることとしては、LGBTQのユニバーサルデザインは、”性別を意識させられる場”、つまりはトイレのアップデートが重要になります。とりわけ、心と体の性自認が異なるトランスジェンダーを意識することが重要です。

――確かに、見た目が男性のトランスジェンダーの方が女性トレイに入ると、周囲は困惑してしまうかもしれないですね。なにより、当人としても、女性トイレを利用できないことへのショックは計り知れない。

原氏 そうです。加えて、いろいろな論文や調査結果を見ていると、『他人にLGBTQであることを知られたくない』という心理を当事者は抱いています。

ですので、多機能トイレをコンパクトにした個室トイレ”男女共用トイレ”をいくつか設置すれば、ストレート(異性愛者)も利用できるため、LGBTQのストレスを減らすことが可能です。男女共用トイレであれば、周囲の視線を気にする必要はなく、他の利用者が不安になることもありません。

――男女共用トイレの設置状況は進んでいるのでしょうか?

原氏 徐々に増えつつあります。ある企業のオフィスビルでは、社内に男女共用トイレを設置しているのですが、その狙いが面白い。同社では『そこしか空いていないから仕方なく利用する』という”言い訳”を当事者に与えているのです。

私たちも男性トイレが空いていない場合、やむを得ず多機能トイレを利用することがありますよね。その際に、『周囲の人にマイノリティだと思われないかな?』とは考えないじゃないですか。男女共用トイレはまさに好例ですが、言い訳を与えることは、LGBTQに関するユニバーサルデザインにおいて重要な考え方だと思います。

――トイレの外観にこだわるのではなく、男女共用トイレが広まれば当事者の負担はなくなりそうですね。

原氏 ただ、トイレで言いますと、LGBTQの方だけでなく、知的障がい者や重度障がい者を異性が介助する”異性介助”にも配慮しなければいけない。男女が2人でトイレに入ることを受け入れる土壌は現在醸成されていないため、トイレという施設の見直しは課題が多いです。

――各マイノリティに対応しても、他のマイノリティをスルーしていてはユニバーサルデザインとは言えませんね。

原氏 そうです。いろいろなマイノリティの人が、共通のシーンで問題を抱えていることは多々あり、特定のマイノリティだけに配慮すれば『はい、完璧』とはなりません。とは言え、LGBTQに配慮したデザインを考えることが、他のマイノリティに目を向けることに繋がり、ユニバーサルデザインを今以上にアップデートできる機会を与えてくれます。

――身体障がい者、LGBTQ以外のマイノリティに配慮したユニバーサルデザインの具体例をお聞かせください。

原氏 最近は、聴覚障がい者や知的障がい者など、”周囲が気付きにくいマイノリティ”に関する議論が活発です。

具体例を挙げると、不安を抱えるとパニックを起こしてしまう発達障がい者に配慮した、パニックが起きた際にリラックスできる防音設備が整った空間”カームダウン・クールダウンスペース”が、成田空港や羽田空港に設置されました。また、聴覚障がい者に配慮し、音ではなくランプで緊急事態を伝える火災報知器の設置を、弊社でも提案させていただいたことがあります。

誰もがユニバーサルデザインの当事者

――より一層ユニバーサルデザインを普及させるために大切な価値観はありますか?

原氏 まず「ユニバーサルデザイン=マイノリティに向けたもの」という認識を改めなければいけません。健常者であっても日常生活でマイノリティになるケースは結構あります。例えば、両手に重い荷物を持っている人は上肢不自由の人と同じです。ヘッドホンオーディオなどで大音量で音楽を聞いている人は、周囲の音が聞こえにくいので聴覚障がい者と変わりません。

ユニバーサルデザインは、そこで生活する全ての人の生活を助けるものです。誰もがユニバーサルデザインの当事者であることを自覚すれば、その必要性に気付くことができ、今よりも広まっていくでしょう。

――明石市の件を見ると、全てのマイノリティの人に配慮することは難しいように感じます。どのようなバランス感覚が今後のユニバーサルデザインに求められますか?

原氏 明石市の件に限らず、ユニバーサルデザインのバランスはとても難しいです。視覚障がい者にとって段差は”境界”を教える役割を担っていますが、車椅子利用者やベビーカー利用者からすれば邪魔でしかない。こういったコンフリクト(利害の不一致)は散見されており、残念ながら明確な解決策は見つかっていません。

ただ、私は様々なマイノリティが抱えている、問題の”共通点”を見つけることが重要だと考えています。例えば、全盲ではないけど視機能が弱い”ロービジョン”の人と認知症患者は全く異なるマイノリティですが、錯視しやすいという共通の悩みを持っていることに気付きました。

マイノリティの抱える不満や不安を照らし合わせていくことが、ユニバーサルデザインのバランスを担保するうえで重要になります。共通点を見つけるヒアリングは簡単ではなく、かなりの時間が必要です。ただ、誰もが安心して暮らせるユニバーサルデザインを実現するためには大切な営みではないでしょうか。

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フリーライター。主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。 Twitter:@mochizukiyuuki
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