繫忙期に起きた2つの事件
毎年、繁忙期になると思い出す事件がある。数年前の繫忙期に起きた2つの事件だ。
事件1.違算の発覚
年度末や年度初めは、新規工事や工事完了等で積算業務は繁忙期を迎える。
猫の手も借りたいくらい忙しく、昼休みや休日も返上で仕事をする。人によっては数日家に帰れないこともあり、会社には寝袋やシャワールームも完備されている。
その環境下である日、あろうことか違算が発生した。
通常なら簡単に見つけられるミスも、あまりに忙しく、体力的にも精神的にも疲れ切っている状況では、見落としが発生してしまうこともある。
事件2.管理技術者の失踪
違算の発覚と同時期に、もう1つ事件が起きた。それは、夏の暑い日のことだった。いつものように出勤し、始業後すぐに異変に気付いた。
管理技術者が出社していない。
有給休暇かなにかだろうと思い、あまり深く考えてはいなかったものの、念のため他の社員が連絡をしてみることにした。しかし、本人と一向に連絡が取れない。緊急連絡先であるご家族にも連絡を取ってみたが、ご家族もわからない状態だった。
事件や事故に巻き込まれたのではないかと憶測が飛び交う中、会社が「警察に捜索願を出したほうが良いのでは?」とご家族に持ち掛けるも、頑なに拒まれたため、会社側はなぜ?と不審に思ったが、最後はご家族の意向に従うこととなった。
衛生管理者による聞き取り調査
そうした中、会社の衛生管理者が、失踪した管理技術者の聞き取り調査を始めた。
- 異変はなかったか?
- 交友関係は知っているか?
- 家族ぐるみで付き合いはないか?
- 失踪した管理技術者が行きそうな場所は?
- 家族の異変について
- 仕事(以前の職場)について
- SNSをやっていたか? などなど。
もはやプライバシーを無視した感じで、警察に取り調べを受けているようだった。私は、自分の悩みを管理技術者に相談していた時に、管理技術者がよく口にしていた内容を伝えた。
- 管理技術者になりたくなかったが、組織の幹部に命令され、やむなく管理技術者になったこと
- 幹部たちは、部署が抱える問題について解決策を導こうとしていないこと(絵にかいた餅状態)
- 他の技術者と関係がうまくいっていなかったこと(前任の管理技術者と比較され、なめられていて、言うことを聞いてもらえなかった)
- ウエイトが重たい仕事(本来は担当技術者がすべき仕事)を2件同時進行で行っていたこと
- 以前から夜中まで仕事をしていたことや、土日祝を返上してウエイトが重たい仕事や各種システムの改修・改良を行っていたこと
私がすべて話し終わると、衛生管理者が「他の技術者が知らないと言っていた中で、まともに答えたのはあなただけだよ」と言っていた。
『組織の人間として、素直に答えてしまったのはNGだったのかな…』と、ありのまま話してしまったことを少し後悔した。
衛生管理者による担当技術者への聞き取り調査が、翌日から再度行われることとなった。
遅すぎたステークホルダーへの謝罪
一方、違算事件はというと、ステークホルダーへの説明として、「違算がなぜ起こったのか」「適切に確認や照査が行われていたか」「ステークホルダーの担当者とのやりとりが適切だったか」などをまとめた資料をつくることとなった。
会社の幹部連中がステークホルダーへ謝罪に行ったのは、違算が発覚した数日後のことだった。
幹部連中はステークホルダーのOB(天下りで入っている)で、謝罪先であるステークホルダーの人間は、OBたちにとっては、昔自分の部下だった人たちということになる。そういう背景もあり、少なからず甘えがあったのだろう。
なぜ今回違算が発覚したのかについての資料をとりまとめ、資料を元に幹部連中が説明を行った。しかし、幹部連中は答えられないこと(わからないこと)が多く、ほとんど資料を作成した人間が説明を行った。
すると、ステークホルダーから幹部連中に対して、以下のことを言われた。
- 普通の会社なら、違算が発覚した時点ですぐに飛んできて謝罪をするはずだが、御社にはその態度が全く見えない(反省の色が見えない)
- 通常ならば指名停止に値するぐらいのことだが理解できているのか?
- 社員たちに「がんばれ、がんばれ」だけで、配慮(業務量を管理)ができていないのでは?
- 幹部連中たちは、私腹を肥やすことしか能がないのか
- 計画書に書かれていることが遂行できていればこういったことは起こらないと思うが、計画書が絵にかいた餅になっているのではないか?
- ミス防止のために、システムの開発に注力して投資をするなど、なにか具体的な取り組みはしていないのか?(民間企業ならするはずだが)
- ミスをした技術者への配慮はできているのか?(責めたりしていないのか)
これらのことをステークホルダーから指摘され、「再発防止策を取りまとめ次第、報告しなさい」と言われたそうだ。
・・・ごもっともである。
その後、再度資料をとりまとめ、再発防止計画書を作成した。内容は、総括管理者を選任、照査技術者と2重でチェックすること、3人1組でチェック体制を強化することを明記し、ミス防止システムの開発をシステム会社に数千万をかけて開発すること、をステークホルダーに約束した。
管理技術者の交代
管理技術者が失踪したことで、後任の管理技術者が必要となり、問答無用で1名が選出された。管理技術者に必要な資格要件を満たす者が、その1名しかいなかったからだ。
だが、問題もあった。選出されたその人は、管理技術者経験者ではあったものの持病があり、よく会社を休んでいた。今でも通院しており、補助者が必要だった。
誰かが管理技術者補佐として、通常業務もこなしつつ、管理技術者の仕事(照査)やステークホルダーとのやり取り(業務管理)をし、さらに若手技術者を育成しなくてはいけなかった。
私の会社では、そういった人(率先して行う人)がおらず、暗黙のルールで「文句を言わない人」がそれをやらないといけないことになっていた。
管理技術者と担当技術者、それぞれの思い
失踪した管理技術者は以前、業務体制について、「若手技術者を育てるために、経験がある人と2人1組(若手とベテラン)で作業を行うこと」と、担当技術者に提言していた。
これに対し、「それなら管理技術者が一人で若手を指導すればよいのではないか?ベテラン技術者もこれまで1人でやってきたから今がある。若手を過保護にしすぎると育たない」と、ベテラン技術者は大反対だったそうだ。
ベテラン技術者の言っていることはわからなくもないが、今の時代には合わない教育方法だ。ただでさえ技術者不足なのに、これ以上退職が増えたら困る。技術者が豊富にいればいいが、この業界に入ってくる人は少なく、まして地方は特に人手不足だ。
このような背景もあり、管理技術者と担当技術者の間で溝ができてしまい、今回のような違算や失踪事件が起きてしまったのではないかと思う。
違算を起こした技術者の「寿退社」
管理技術者が失踪して数か月、1人の技術者が結婚して退職することになった。
寿退社することになったその技術者は、今回の違算を起こした担当技術者だった。
今回のことで会社に居づらくなり、退職したいと思っていたに違いないが、「寿退社」にしたら響きがいいし、事の真相はうやむやにできるのでそうしたのだろう。あくまでも憶測であり、真相は誰にもわからない。
事件を経て、何か変わることができたか?
繁忙期になると、この2つの事件を思い出し、あれから会社や自分たちは何か変わることができたか?と時々考える。
正直、会社は何も変わっていない。【遅すぎたステークホルダーへの謝罪】で述べたことも、今でも絵にかいた餅様態で、何一つ解決していない。
会社はそうでも、自分は変わりたいと思っているし、これからを担う若い世代をしっかりと育てていきたいと思っている。
コンクリートに例えるなら、『その日の気温や骨材の温度、どこの材料を使用するかで品質は変わってくる』というのと同様で、技術者も、その時の指導をどうするかで伸びしろは変わると思っている。
新人時代、教育担当者に恵まれていたこともあり、私は辞めずに続けられているし、あの時があったからこそ今があると感じている。
自分がそうだったように、今後、若手の指導を行う際には、その人にあった指導法を考えながら指導にあたりたいと思っている。