川田テクノロジーズ技術研究所長の金平徳之氏、グループ経営戦略室溶接ソリューション事業推進室長の北川悟氏

川田テクノロジーズ技術研究所長の金平徳之氏、グループ経営戦略室溶接ソリューション事業推進室長の北川悟氏

溶接教育の「見えづらい・見せづらい・伝わりづらい」問題を解決。川田工業が「3Dデジタル溶接マスクシステム」を開発

川田テクノロジーズ株式会社(東京都・北区)と川田工業株式会社(東京都・北区)は2022年度末に、「3Dデジタル溶接マスクシステム」の製品第1号を職業訓練校に納入した。そしてこの納入を皮切りに、「見えづらい・見せづらい・伝わりづらい」という課題を抱える溶接教育現場のDX実現に向け、製品を広く展開している。2023年6月には、(一社)日本溶接協会が主催する「2022年度(第53回)日本溶接協会賞」の技術賞「開発奨励賞」を受賞するなど、溶接業界から評価され、高い期待を受けている。

初の「3Dデジタル溶接マスクシステム」

溶接技術の伝承が困難な原因の一つとして、溶接者視野目線での鮮明な溶接映像を記録する手段が実現されていない点がある。同システムの開発は、溶接者の技能の見える化に貢献し、今後の溶接者育成に大きく寄与するほか、溶接者自身のレベルアップも期待される。

採用した職業訓練校からは、「この機器は溶接士の目線の映像を生徒に見せられる点がとても良く、伝わっているのが実感できる。今後は使用頻度を増やしていき、自分の溶接の振り返りや、手本との違いが見せられればと思う」との感想もあり、高い評価を得た。

今回、開発を担当した、川田テクノロジーズ技術研究所長の金平徳之氏、グループ経営戦略室溶接ソリューション事業推進室長の北川悟氏に話を聞いた。

溶接士目線のデジタル化された画像を共有し、習熟スピードの平準化へ

――溶接士も他の建設業界の技術者・技能者と同様に高齢化が進み、技術伝承も困難との見方があります。

北川 悟氏 溶接士の確保・育成や技能の伝承は、関係企業からすると喫緊の課題です。生産年齢人口も1995年をピークに減少し、2015年比で2030年に約10%減、2060年には約37%減と予測されています。そのため、溶接士の仕事の魅力をアピールして人材を獲得し、さらに早期に教育して育成しなければ、溶接関係企業は存続が厳しい状態となります。しかし、現場が過酷で、技術伝承が困難である点が課題です。

溶接の担い手に話を聞いてみると、「仕事の達成感がある」とも語っており、こうした魅力を世に伝えていくことが非常に大切だと考えています。

――従来の溶接工の技能伝承の方法は。

北川 悟氏 通常行われている典型的な溶接教育を写真で紹介します(写真1)。指導者が溶接をしながらポイントを説明し、訓練生たちは指導者を囲むように観察しています。その後、訓練生が各自で実践してみる、というのが一般的なスタイルです。

一般的な溶接教育現場(写真1)

――この従来の方法のどこに課題感をお持ちになられたのでしょうか。

北川 悟氏 写真を見ていただくと分かりやすいのですが、まず集まることのできる人数に限りがあります。一度に溶接の様子を見ることができるのは多くても5人くらいまで。仮に教育訓練機関に15人の生徒がいるとした場合、指導者は3セット組まなければなりません。これでは限られた時間で大きな労力と時間が掛かってしまいます。

また、溶接作業は暗く、狭い場所で行われることに加えて、作業によって生じるまぶしいアーク光や白い煙、いわゆる溶接ヒュームによって、そもそも作業の様子が見えづらい。さらに模範となる指導者目線での見え方と周りの訓練者の見え方は、当然同じにはならないため、指導者の目線を共有できません。指導者側としても作業しながら説明をするということ自体が難しく、生徒に正確に伝わっているか確認しづらいことも課題でした。

つまり、現行の教育では、どうしても訓練者間で習熟スピードに差が生まれてしまうのです。さらに指導者側もベテラン技能者から教えられた経験が少なく、明文化されたものがあまりないという問題もあります。

この「見えづらい・見せづらい・伝わりづらい」という課題を改善し、溶接技能教育を効率的に実施し、溶接士を早期に育成するために、教育訓練をデジタル技術で変革することを考えました。


――このような課題を解決するために、「3Dデジタル溶接マスクシステム」を開発し、本格的に販売を開始されたのですね。

金平 徳之氏 ええ。とはいえ、溶接士の作業をそのまま写真撮影しただけでは共有できません。先ほど話した通り、大切なことは溶接者の視線にある映像をどのように共有するかです。そのためには、溶接によるまぶしい光を取り除いた上で、リアルタイムに皆が見られるようにしなければなりません。

開発した「3Dデジタル溶接マスクシステム」は、溶接士の視野目線の画像を取得し、画像合成技術により溶接のまぶしい光を取り除き、その映像を3次元化してリアルタイムで表示したり記録したりすることができます。従って、溶接中の溶接士目線の映像をリアルタイムに大人数で共有することが可能になるわけです。

3Dデジタル溶接マスクシステムの概要

また、この映像は溶接保護面内のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に奥行きある3D映像として表示することできるため、溶接士は従来の遮光ガラス越しで見る視野よりも広く、鮮明な画像を見ながら溶接することができます。

そのほか電圧・電流値などの各種情報も共有・録画・記録することができます。

開発を始めたときのキャッチフレーズが「見えないものを見えるようにしよう」というものでした。遮光ガラスで見えにくくなっている溶接の周囲の様子だけでなく、技能という暗黙知を”見える”ようにするための技術となっています。

「3Dデジタル溶接マスクシステム」の概要図

――「見えないものを見えるようにする」は、様々な分野で活用できる考えですね。

北川 悟氏 今回はたまたま溶接でしたが、この開発で溶接士の視野映像を可視化できたことで、工場での教育・技能のレベルアップ、教育機関での学習にも技術を転用できると考えています。

企業や教育機関への納入に期待

――訓練校に納入されたとのことですが、反響はいかがですか?

北川 悟氏 実際に使用いただいたときの写真がこちら(写真2)ですが、溶接指導者が自分で行った溶接を50インチのディスプレイを使って、これだけの大人数に対して一度に教えている様子です。多忙な先生にとっては、大人数で教えられることに加えて、機材そのものも簡単に設置できるため、高く評価いただきました。

録画での解説内容を食い入るように見る生徒たち(写真2)

訓練生からしても、恐らく普段見たことがない映像でしょう。暗黙知も見える化したことで、技能自体の魅力も伝えられるのではないかと期待しています。

――これからどのように拡販していかれるのでしょうか。

北川 悟氏 今回のような訓練校、工業高校や高専への導入のほかにも、企業の溶接工の育成、レベルアップへの活用にも期待しています。「3Dデジタル溶接マスクシステム」は溶接者の画像を取得するだけでなく、画像から溶接者の技量を評価する機能を付加しています。建築・土木業、造船業に加えて、建機メーカーなどでも溶接教育が行われていますが、こうした企業に対して溶接の技能教育だけでなく、溶接士の溶接状態の評価にも活用いただき、次の学習のフィードバックにもつなげていただければと考えています。

技術研究所の役割は未来見据えた価値づくりにある

――最後に、川田テクノロジーズ技術研究所の役割についてお話をうかがえますか。

金平 徳之氏 技術研究所の役割は大きく変化しています。川田テクノロジーズは川田グループの持ち株会社であり、技術研究所はどこの事業会社にも属していません。

各事業が求めている技術は各事業会社が担当しますが、技術研究所は少し遠い未来、10~20年後の先を見据え、特定の技術にこだわらない価値をつくりあげていく役割を担います。

――現在、研究している内容でお話しできるものがありましたら教えてください。

金平 徳之氏 今、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の仕事として、CO2をプラズマにより分解する技術開発を国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学と共同で進めています。

ほかにも、株式会社オリィ研究所(東京都・港区)と共同研究を進めています。これは、ロボットを使って、寝たきりになるなどして外出できない方の社会復帰を促すような技術開発です。川田グループでは、オリィ研究所が2022年にオープンした「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」(東京都・中央区)にも協賛・技術協力しており、このカフェでコーヒーを淹れるロボットは川田グループが開発したものです。

社長の川田も「ロボティクス トランスフォーメーション(RX)」への強い意欲を持っており、将来的にはロボットを建設業界に活用することを視野に入れています。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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