一建設株式会社人材開発部部長の菊地修一氏

一建設株式会社人材開発部部長の菊地修一氏

【一建設】10年前から大工などの技能職を正社員化。次世代の育成にも成功

飯田グループホールディングスの中核を担い、分譲戸建て住宅を中心に約1万棟以上を供給する一建設株式会社では、10年前の2014年から木造住宅の建築現場で働く大工を含む技能者の正社員化を進めている。

大工は一般的に個人事業主で、一人親方が多い。以前は親方が弟子を取り、時間をかけて育てる徒弟制度を中心とした育成手法が中心だった。しかし、近年の大工の担い手不足、高齢化、プレカットによる住宅建築工法の合理化などが進展し、従来手法での人材確保が進まなくなったことが大きな課題として浮上している。

しかし、同社では正社員としての安定した働き方が求職者ニーズとマッチし、今では100人を超える施工体制の規模に。新卒で採用した若手の育成も順調で、次の世代への技能伝承もスムーズに進んでいるという。最近では4府県で工業高校を対象に木造住宅の建築現場見学会も開催し、住宅建築の魅力を広くアピールし、さらに採用を強化していく方針だ。

なぜ10年前からいち早く技能者の社員化に踏み切ることができたのか。一建設株式会社人材開発部部長の菊地修一氏に話を聞いた。

“正社員の大工”として働くメリット

――まず御社の概要からお願いします。

菊地修一氏(以下、菊地氏) 当社は1967年に創業し、当初は首都圏を中心に展開していました。現在は全国に拠点を構え、先日には木造住宅販売棟数累計20万棟を達成しました。これまでは分譲住宅が中心でしたが、今後は地域によるニーズの変化にも対応しながら、平屋住宅などの供給やリフォーム工事などにも注力していく考えです。

――これだけ多くの棟数を手掛ける中で、大工不足は全国ニュースになるほどの話題になっていますが

菊地氏 総務省の国勢調査の結果では、大工の数のピークは1980年では約90万人を越えましたが、2020年には約30万人を割り、約1/3に減少しました。2040年頃には約13万人とさらに減っていく予測があります。とくに当社は石神井本店から広がった会社なので、都心郊外の大工の高齢化を早くから身近に感じてきました。また、当時から全国展開を視野に入れていたため、安定して住宅を供給していくためには、若手の大工の確保は大きな課題です。

しかし、例年の採用活動では、建設業界の3K(きつい・汚い・危険)という労働環境に対する悪いイメージが依然として残っていることに加えて、大工の雇用形態は個人事業主が多く、正社員ではないこと、収入の不安定さ、育成制度に対する不安などが若い学生には見受けられました。過去には「怪我と弁当は自分持ち」とも言われましたが、こうした働き方は他の業界ではありえません。

こうした背景から、当社では2014年から大工を含めた技能者の正社員化を進めてきました。

現場でアドバイスする菊地氏(左)

――企業側としては正社員として抱えるリスクもあるかと思います。

菊地氏 当然ながら、社会保険料や福利厚生などもありますから、正社員として雇用したほうが請負大工よりも経営面での負担やリスクは大きくなります。

ただ一方で、今の親方は育成のためのコストを捻出できないために弟子を取らなくなってきています。これを私たち企業側が先行投資として育成費用などを負担していかなければ、ハウスメーカーとして担い手確保の観点から経営が厳しくなるという危機感がありました。

班長制度で大工としてのキャリアアップ

――新卒でも大工を採用されていますが、育成はどのように行ってきたのでしょうか。

菊地氏 正社員として採用をはじめた当時は社内に育成担当がいなかったため、当社の仕事を請け負っている大工と委託契約を締結して、3年間で大工の一連の仕事の流れを教えていただくようにお願いしました。

――社員として採用するわけですから、昇格や昇給制度の整備も重要になるかと思います。

菊地氏 当初こそ請負大工に教育をお願いしていましたが、今は社員大工のみで100人体制になっており、部下・後輩への指導を任せられるような社員大工も増えています。こうした育成を担当できる社員大工は本社の主任レベルから主査レベルとして査定しています。

そして、その先のポジションとして、班長という役職でマネジメントを任せていきます。具体的には、班長を頂点としスモールピラミッドを構成して、自班の人材の業務スピードを見ながら適切に配置し、工程管理を行うような役割です。班長になると、自ら施工することがメインだったのが、業務の半分はマネジメントに移行することになります。

ただし、マネジメントではなく大工としてキャリアを積みたいという社員には、施工棟数や施工技術を突き詰めてもらえるキャリアも用意しており、マネージャーとプレーヤーのいずれかの道を選べるような人事制度を採用しています。

――自社の社員大工だけで技能の伝承が可能となるのは、人材を確保していく上で大きなポイントですね。

菊地氏 ただし、現場でのOJTでは工期への影響もあるため、育成と実際の施工の分離は検討していくべき課題だと考えています。研修施設を設けて、一棟丸ごと施工する研修プログラムなども考えているところです。

研修会のもよう

月の残業45時間は絶対に遵守

――4月1日から働き方改革関連法の建設業界への適用が始まりますが、自社の大工の労働時間についてはどのように管理されていますか?

菊地氏 働き方改革関連法自体は2019年4月1日から施行されており、建設業界は5年間もの猶予期間があったわけですが、当社では2019年に法が施行された時点ですでに他業界と同様に残業時間の上限に当たる月45時間を絶対に超過しない体制で労働時間を管理してきました。

勤務時間については、大工は8時~18時が定時となっており、現場への直行直帰も認めています。大工以外の技能職については営業所に7時に集まり、16時半に営業所へ移動し、17時に退勤するスケジュールです(各職種、休憩2時間)。他社と比べても終業時間は早いかと思います。

ひと昔前は、当社でも現場から一度営業所に寄ってもらって出勤簿を書いてもらったりもしていましたが、今はスマートフォンの勤怠管理システム「Time-Pro」と連動させて出勤簿を作成したり、施工管理アプリの「ANDPAD(アンドパッド)」を使って工程を管理するなど、効率的な働き方を推進し残業時間を抑制しています。

――福利厚生での取組みは。

菊地氏 大きな取組みとしては、男性の社員技能者5名が育児休暇を取得しています。育児休暇は休んだ分だけ賃金が減ってしまう請負大工の世界では難しいものですが、安心して育児休暇を取っていただけることは社員であることのメリットだと考えています。

また、年齢を重ねて現場での重労働が難しくなったら大工からクロス工事の職人へ、女性であれば新築工事からリフォーム工事へといったジョブローテーション制度など、長期的に働きやすい環境の整備を進めているところです。

――取組みから10年が経ちましたが、課題はありますか?

菊地氏 10年間、大工として働いていると、自身の技術にも自信を持つようになるわけですが、請負ですと仕事量をこなした分だけ賃金に跳ね返ってくるため、「自分も請負に回れば、もっともらえるようになるのでは」と思うようになる方もいます。

社員大工であれば社会保険や福利厚生、休日はしっかりと確保されますが、目先の賃金を周囲から聞く中で、キャリアを迷われるケースもあるようです。社会保険などの保障は目に見えにくいものですが、理解を深めてもらうための取組みも必要だと感じています。

コンプライアンスを最優先にできる人材を採用したい

――採用活動はどのように進めているのでしょうか。

菊地氏 これまで、福岡県、大阪府、兵庫県、宮城県で工業高校の生徒を対象に現場見学会を4回開催しました。学校にヒアリングをしてみると、建築科に通っているのに、全く別の分野に入職される生徒も多くいるとのことで、少しでも住宅建築に関心を寄せてもらいたいという趣旨で実施しています。

宮城県白石工業高等学校建築科の1年生31名を対象にした「建築現場見学会」を2023年9月12日に開催

また、全国に大工を養成する専門校もありますが、地方であっても直接面接に伺うようにしています。北海道には当社の営業所はないのですが、北海道の人材が技能者として多く活躍している事情もあり、北海道に出向いての会社説明会も開催しています。最近では、技能者自身に母校へ訪問してもらい、後輩たちに魅力付けをしてもらうなどもしています。コストは掛かりますが、人材獲得には代えられません。

――採用では、応募者のどのような面を重視していますか?

菊地氏 モノづくりが好きだからと大工を志望される方も多いですが、大変な仕事ではありますから、信念を持って取り組める方であるかが大切です。

そして何より、社員大工は当社の看板を背負って仕事をするわけですから、ルールを守るという意識は当然に持っていただきたいと考えています。会社員である以上、コンプライアンスが最優先です。その上で成果を上げること、後輩の育成やマネジメントも重要な業務であることを認識いただける方に来ていただきたいと思います。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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