国土交通省には、砂防職という専門職のワクがある。現役の砂防職職員数は100人(2024年4月1日時点)、省全体職員数のうち0.25%と、数の上では少数派だが、専門技術者集団として、独自の勢力を保っている。
今回、砂防職採用の若手(20才代)職員の方々に取材する機会を得た。なぜ砂防という道を選んだのか、砂防職の仕事はどのようなものか、砂防の魅力はなにかといったことについて、率直なところを聞いてみた。
第2弾として、入省3年目で、近畿地方整備局紀伊山系砂防事務所の大規模土砂災害対策技術センターで勤務する小林正直さんを取り上げる。
第1弾はコチラ:【砂防職の魅力を探るvol.1】国土交通省入省5年目 北本楽さんのケース
「登山しながら研究ができたら、おもしろそうだな」
小林 正直さん 国土交通省近畿地方整備局 紀伊山系砂防事務所 調査課・大規模土砂災害対策技術センター(写真本人提供)
――砂防との出会いはどのようなものでしたか?
小林さん 私は京都大学で土木を学んでいたのですが、研究室を選ぶときに、砂防の存在を知りました。大学の砂防研究室は、岐阜県高山市にある穂高砂防観測所と連携しているのですが、私は登山が趣味なので、「登山しながら研究ができたら、おもしろそうだな」と思って、砂防研究室に入ったのが、砂防との出会いになります。
――最初は土木に興味があったということですか?
小林さん いえ、ただのなりゆきです(笑)。
まず、大学に入学する際、大学でなにを学びたいというのはとくになかったのですが、高校のときに物理とか数学が好きだったので、なんとなく工学部を志望しました。次に、工学部には5つほど学科があって、どれかを選ぶ必要がありました。宇宙に興味があったので、宇宙を含む物理工学科を第一志望にしました。すべり止めとして、土木を含む地球工学科を第二志望にしました。入学試験を受けた結果、第二志望の地球工学科になったというわけです。
――砂防研究室でなにを研究したいというのはとくになかったということですか?
小林さん そうですね。正直、砂防研究室でなにをやっているか、あまり知らないまま入ったところがあります。当時の関心事は、研究よりも登山でしたね。とにかく観測所のロケーションが良かったので(笑)。
――かなりの登山好きですか?
小林さん 好きですね。私は名古屋市内にある高校に通っていたのですが、ワンダーフォーゲル部に入って、長野や岐阜、三重あたりの山々を登っていました。大学も登山サークルに入っていましたし、個人でも登っていました。大学のころは縦走登山がメインでした。テントなどを背負って、数日間かけて泊まり歩くという感じの登山です。
なりゆきこそ、人生?
登山を楽しむ小林さん(右、写真本人提供)
――砂防研究室ではどのような研究をしましたか?
小林さん 土石流のメカニズムを数値計算して解析する研究をしました。土石流がなぜ起きるのかとか、土石流によってどういう被害が起きるかといったことです。あとは、土砂が河川に流れた際のシミュレーションなんかもやっていました。
――研究は楽しかったですか?
小林さん 楽しくも苦しくもあり、難しいところですね(笑)。これを学びたいというものがとくになかったと言いましたが、逆に言えば、いろいろ学びたいというのがあったということになります。
養老孟司さんが「なりゆきで、目の前のことをやるのが人生であり、仕事だ」という趣旨のことを書いていましたが、まさに私のことだなと思ったことがありました。1つのことを深く突き詰めて研究するより、広く浅くいろいろなことに手を出すほうが性に合っているんです。つまり、そういうノリで研究していたということです(笑)。
とりあえず飛び込んでみて、ダメだったら、そのとき考えれば良い
穂高砂防観測所近くの焼岳で現地調査中の小林さん(写真本人提供)
――就活はどんな感じでしたか?
小林さん なりゆきとは言え、せっかく土木や砂防を勉強したので、それを活かしたいという気持ちがありました。建設コンサルタントなども一応視野に入れていましたが、幅広くスケールの大きな仕事ができそうだということで、国土交通省が第一志望でした。全国転勤があるのも、私にとってはメリットだと考えていました。
――他の学生さんは全国転勤ウェルカムな感じでしたか?
小林さん いえ、そうではないと思います。私は少数派でしたね(笑)。他の学生には、「どこか特定の場所で落ち着いて働きたい」という考えが多かったと思います。
――国交省は砂防職一択という感じでしたか?
小林さん 就活に際しては、先生方などから「終身雇用の時代じゃないからね」というアドバイスもいただいていました。それはその通りだなと思いました。その上で、「まずは国交省に飛び込んでみよう」ということで、国交省の砂防職を受けました。極端ですが、「もしダメだったら、辞めれば良い」ぐらいの気持ちでいました。
――国交省でなにをやりたいというのはありましたか?
小林さん 「大学時代に学んだことを活かせられる仕事ができたら良いな」ぐらいに思っていました。一方で、国交省の仕事には自分が知らない分野がいっぱいあるわけですが、自分の知らない仕事もいろいろ経験してみたいというのもありました。このときも「流れに身を任せよう」というノリが自分の中にありましたね(笑)。
砂防事業のある事務所で道路を担当する
――最初の配属先はどちらでしたか?
小林さん 九州地方整備局大隅河川国道事務所でした。この事務所は、道路と河川のほかに砂防も所管している珍しい事務所なのですが、私は道路工事を担当する工務第二課に配属になりました。ちなみに、砂防職の同期は、私を含め3人いるのですが、配属先は全員道路関係でした。
――どのような業務を担当しましたか?
小林さん 道路工事の設計、積算、発注です。具体的には、東九州自動車道などの新設工事を担当していました。大学の土木の授業で学んだことを思い出しながら、仕事をしていました。
――砂防職とは言え、道路の職員なので、砂防関係の仕事にはノータッチだったのですか?
小林さん 基本的にはそうでしたが、所長が砂防職の方だったので、研修的な意味で、砂防関係の仕事に関わらせていただくこともありました。私のほうから積極的にアピールしたこともありました。
宿舎の近くに家畜場があったので、部屋がたまにクサかった(笑)
大隅半島の山々を堪能する小林さん(写真本人提供)
――シンドい思いをしたことはありましたか?
小林さん わりとストレスフリーで過ごさせていただきました。私はイヤなことはすぐに忘れてしまうタイプなのですが、それを差し引いても、ほぼストレスなく過ごせた感覚があります。
強いて言えば、実家である愛知が遠かったこととか、宿舎の近くに家畜場があったので、風向きによっては、部屋がクサかったり、火山灰でクルマが灰を被ったりがあったということぐらいです(笑)。
――休みの日はなにをしていましたか?
小林さん 旅行が好きなので、いろいろな場所にドライブしました。鳥刺し、黒豚、キビナゴやカンパチといった地元のおいしいものもたくさん食べ歩きましたし、もちろん登山もしました。
田舎好きにはたまらないロケーション
紀伊半島の山々を堪能する小林さん(写真本人提供)
――その次はどちらに?
小林さん 今の職場である近畿地方整備局紀伊山系砂防事務所です。ふだんは和歌山県那智勝浦町にある大規模土砂災害対策技術センターで働いています。センターには、私を含め国交省職員は4人常駐しています。今年でセンター勤務2年目です。
――今の職場はどうですか?
小林さん けっこう良いところだなと思っています。私はもともと田舎好きなのですが、那智勝浦は観光地でもあって、おいしいものも食べられます。なにより、周りにたくさん山があるので、登山好きの私にとっては、たまらないロケーションです(笑)。
あと、3時間半ほどで実家に帰省できるのも良いなと思っています。前の職場が大隅だったことを考えると、格段の違いです(笑)。
自分がやりたい調査研究ができる
台風14号発災後、TEC-FORCEの一員として、宮崎県の被災現場に派遣された小林さん(左端、写真:国土交通省TEC-FORCE公式サイトより)
――仕事はどうですか?
小林さん センターでの主な仕事は、大規模土砂災害への対策に関する調査研究、実証実験になります。1年目は前任者の調査研究を引き継いでやりながら、自分がやりたい調査研究も進めていました。
たとえば、ドローンを使った調査研究などをやってきました。最近だと、能登半島に災害派遣(TEC-FORCE)というカタチで現地に入り、ドローンを飛ばして、被災状況などを調査しました。
あと、こちらの砂防事務所やセンターには、現場視察で来られる方々がけっこういます。その一行に同行して、現場に入り、現場説明を担当したこともありました。
――大変なことはありますか?
小林さん 業務が調査研究ということで、仕事自体が難しいというか、なかなか答えが出ないので苦労する、というのはあります。本省や国総研、大学の先生などに意見を聞きながら、研究を進めていっているわけですが、担当者としては、仕事がなかなか前に進まない部分に正直困ったこともありました。
自分の知らない分野を経験できるのが魅力
なにやら仕事中の小林さん(写真本人提供)
――砂防職の魅力について、どう感じていますか?
小林さん 砂防についていろいろ勉強させていただいていますが、まだまだ知らないことばかりです。もっとたくさんのことを学んでいきたいと思っているところです。
たとえば、雪崩に関することです。最近まで知らなかったのですが、雪崩も国交省の砂防事業の範疇に入っています。いずれ、雪崩を担当する仕事に就いてみたいと思っています。あとは、霞ヶ関の本省の仕事も経験してみたいです。
あと、砂防という仕事は、国交省だけではなく、むしろ都道府県が主体となって事業を進めているようなところがあります。都道府県の仕事については勉強不足と感じているので、いつかは都道府県の仕事も経験してみたいと思っています。
そういったことで、自分がまだ知らない分野を経験できるチャンスがあるというのが、砂防職の魅力だと感じています。