引き渡し5年後に不同沈下の損害賠償請求訴訟
軟弱地盤にベタ基礎にて建築された住宅が不同沈下し、損害賠償請求訴訟となりました。経緯は下記です。
- 平成6年5月、Aは建設会社Xと建物建築請負契約を締結した。
- 平成7年5月、Aは建設会社Xから建物の引き渡しを受けた。
- 平成7年11月頃から不具合が発生した。
- 平成12年秋頃、地盤が最大傾斜1,000分の7の不同沈下をしていることが判明した。
Aは建設会社X、Xの代表取締役Y、設計及び工事監理を担当した一級建築士Zに対して連帯して損害賠償請求として4,107万1,200円及び遅延損害金の支払いを求めました。
不同沈下は軟弱地盤、造成地、埋設物がある土地などで発生します。不同沈下が起こると、構造を支える部材が平行四辺形や台形に歪み、壁や天井、床材とのあいだに隙間を生みます。窓から雨が吹き込む、ドアやサッシの鍵が掛けられなくなる、気密性が失われて隙間風が吹きエアコンの効きが悪くなるなどの不具合が発生します。雨仕舞いが悪くなると、躯体の腐食が進み、建物の寿命が短くなったり、耐震性能が著しく損なわれます。
さらに、傾きが原因で健康被害に発展するケースもあります。0.6°ほどの傾斜でめまいや頭痛が起きるとされ、2~3°になると吐き気や食欲不振などの症状が、7~9°になると睡眠障害が発生すると指摘されています。
建替えを回避できるか?4つの建替え不要工法を検討
この裁判において、建替えの要否について4つの建替え不要工法が検討されました。
リフトアップ
建物をその場でリフトアップして基礎工事をやり直します。
⇒建物をその場でリフトアップして、その下で基礎工事をやり直す方法については、作業時の安全性の点に疑問があり採用できないとした。
曳家
建物を解体せずに、そのままの状態で移動する工法です。建造物をジャッキアップして地面から持ち上げ、鉄道で使用する枕木などを組み上げたルートに乗せ、ウィンチなどを使って移動させ、建物を下ろして固定する方法です。
⇒スペースの問題から曳家による方法はとれないとした。
アイリフト工法
地盤内部にセメント系注入材を注入して、傾斜したり沈下した建物を持ち上げて元に戻すとともに地盤の支持力を高めることができる工法です。
⇒瞬結タイプのセメント系注入材を地盤に注入して建物を持ち上げると同時に地盤の支持力を高める工法についても、工事の成果を確認する手段がないとした。
アンダーピニング工法
家の基礎部分と地中深くにある強固な地盤の間に鋼管を入れ、鋼管杭の上部でジャッキアップを行い、建物の傾きを修正します。工事は家の下に穴を掘って行いますが、工事中の在宅、通常の生活をしたままでの施工が可能です。
⇒地震による水平力に対する安全性の確保や完全な水平にできない可能性があり適切ではないとした。
結局、建物をいったん取り壊し、適切な支持基盤まで杭基礎を打設したうえで建物を再築するよりほかに方法はないとされました。非常に慎重な判断が下されました。
また、建築基準法施行令第38条第1項により、本件建物の基礎構造には、法令に違反する欠陥があると判決が下されました。
【建築基準法施行令第38条第1項の内容】
- 建築物の基礎は、建築物に作用する荷重や外力を安全に地盤に伝えなければならない。
- 地盤の沈下や変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない。
本件建物の構造耐力上の安全を回復するには、建物解体後、適切な地盤補強工事を施工した上で再築するほかなく、合計3,828万円が因果関係のある損害と認める。
損害の発生および額は以下です。
- 建物の再築費用(地盤の修復含む):3,038万円
- 代替建物レンタル費用:130万円
- 引っ越し費用:30万円
- 慰謝料:100万円
- 調査鑑定費用:150万円
- 登記費用:30万円
- 弁護士費用:350万円
(平成20年6月11日、和歌山地方裁判所)
地盤調査が義務付けられたのは平成12年
判決は、この建物の瑕疵として、基礎構造選定の誤りによる欠陥が認定されていますが、適切な基礎構造を選定するために地盤調査を行うことが必要か、つまり地盤調査義務があるかということが問題となります。
Aと建設会社Xとの建物建築請負契約の締結は平成6年5月、建物の引き渡しは平成7年5月です。ところで、地盤調査が義務付けられたのは平成12年です。平成7年1月に起きた阪神淡路大震災で、同じ地域でも住宅の倒壊状況が異なることが分かったことがきっかけです。
阪神淡路大震災時の倒壊家屋(筆者提供)
法律は原則として、制定前の事実にさかのぼって適用されません。さかのぼって適用すると、行為者の予測可能性を害し、法秩序に対する信頼が失われます。「法の不遡及の原則」といいます。
平成6年5月、Aと建設会社Xが建物建築請負契約を締結した時点では地盤調査は義務化されていませんでした。そこでこの裁判では平成12年改正前の建築基準法施行令(旧施行令)が適用されています。従って、本判決においては、地盤調査義務そのものについては触れていません。しかし、判決では「不同沈下した最大の原因は(中略)漫然とベタ基礎を用いて最上部の盛土層を支持基盤」としたことにあると地盤調査義務を前提にしているように読むことができます。
現在は地盤調査が義務付けられ、全長コアボーリング試験などの事後試験結果を根拠資料としてリスクは軽減できます。しかし平成6年の契約時点では、被告人X、Y、Zは平成7年の阪神大震災も平成12年の地盤調査義務化も予測できなかったでしょう。
また、4つの建替え不要工法はすべて却下されています。仮にアンダーピニング工法が採用されていれば在宅での工事が可能なため引っ越しや仮住まいの費用が不必要になります。アンダーピニング工法の費用の目安は500~1,000万円だそうです。仮に1,000万円としても代替建物レンタル費用、引っ越し費用、登記費用が不要になりますから合計1,600万円になるのではないでしょうか?4つの建替え不要工法は今後も検討に値すると思われます。
この判決は、被告人X、Y、Zにとって厳しい判決に見えます。しかし、地裁の一審判決が確定しています。これは、被告人ご本人は控訴をしなかったということになります。居住する方の暮らしと未来を考えて、裁判所の慎重な判断を受け入れて、建物建築請負人として不同沈下に対して万全の対処をなさったのだと思われます。
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