岩盤型潜水突堤

岩盤型潜水突堤

【西湘海岸事業を追う#2】外海の猛威に挑む 大林組が切り開く西湘海岸の新たな施工技術

2007年、猛烈な台風が神奈川県大磯町から二宮町の西湘海岸を襲い、砂浜を根こそぎ奪った。西湘バイパスの通行止め、地元住民の喪失感――この壊滅的な被害を機に、国土交通省は2014年から総事業費320億円、28年間にわたる「海岸保全施設整備事業」を始動した。世界初の岩盤型潜水突堤や36万立方メートルの養浜事業を柱に、自然と共生する砂浜再生を目指す日本最大級のプロジェクトだ。

本稿は、「西湘海岸事業を追う」シリーズの2回目に当たる。現場の最前線で、世界初の潜水突堤施工を担う大林組の玉井礼子氏、星原和輝氏に取材を行い、外海の予測不能な波、未踏の技術的挑戦、そして地域との調和――、初尽くしの現場の舞台裏を聞いた。波との戦い、3Dプリンターによる革命、ICT活用の効率化、そして若手技術者の成長。西湘海岸の未来を切り開く彼らの物語に光を当てる。

※取材は2025年1月下旬

玉井 礼子氏

星原 和輝氏

過去の港湾工事とは全く異なる挑戦だった

西湘海岸の工事は、大林組にとって未踏の領域だった。「河川事務所が発注する海岸工事は初めて。外海に面した環境は、過去の港湾工事とは全く異なる挑戦だった」と玉井氏は振り返る。羽田空港や東京湾、福岡での港湾工事の実績はあったが、外海の荒々しい波は想像を超える難敵だった。「社内に海岸工事の経験者はいたが、こうした環境は未知。波の影響を肌で感じた」(玉井氏)と語る。

入社2年目の若手技術者として現場に配属された星原氏は、管理業務を担当。写真撮影、工程管理、品質チェックと、大学の授業で学んだ知識を初めて実践する機会だった。「慣れない作業に緊張したが、先輩や作業員に支えられ、現場の感覚をつかんでいった」と振り返る。未知の環境での施工は、リスクと興奮が交錯する「初めて尽くし」の経験だった。

「新しいことに挑戦できるのはワクワクしたが、工程が読めない不安が大きかった」(星原氏)。波の影響で稼働率が予測できず、会社として大きなリスクを背負う。「でも、若手にとって貴重な機会。建設業界の可能性を感じる現場だった」と笑顔を見せる。初めての海岸工事は、技術者としての成長の第一歩だった。

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自然の猛威と向き合いながら、西湘バイパスにも配慮する

外海での工事最大の敵は、波だ。「波の高さが一定以上になると作業ができない。資材を西湘バイパスのヤードに持ち上げる必要がある」(玉井氏)。過去6年分の海象データを京浜河川事務所から取得し、年間の稼働率を分析したが、当初の工程に収まらない懸念が浮上。「台風シーズンは毎日天気予報とにらめっこ。作業員と『今日はどうなるかな』と話す日々だった」と苦笑する。

自然の猛威に立ち向かうため、発注者との協議を重ねた。「自然には絶対に勝てない。作業員の命を最優先に、工期が伸びる可能性を正直に説明した」(玉井氏)。9月や10月の台風状況に応じた柔軟な対応を求め、発注者の理解を得た。「『状況を見て判断させてほしい』とお願いしたら、快く応じてくれた。本当に助かった」(同)と感謝を口にする。この信頼関係が、現場を前進させた。

現場は西湘バイパスに隣接し、一般道のすぐ横での作業が求められた。「車が猛スピードで走る中、工事車両の出入りに細心の注意を払った」(玉井氏)。警察と協議し、朝8時から19時まで1車線を確保。トレーラーや生コン車のスケジュールを調整し、周辺の渋滞を防ぐ。「ドライバーに迷惑をかけないよう、現場周辺の清掃も徹底した」と、細やかな配慮を欠かさなかった。地元住民への説明会も開催し、「工事の騒音や渋滞を最小限に」との声に応えた。

高波シーズンに備え、波が穏やかな時期に集中作業する

波の影響を管理するのは、想像以上に過酷だった。「海ギリギリで作業する場面も多く、波の状況を肌で感じながら判断した」(玉井氏)。作業中止基準を設け、予報より強い波が来れば即座に中断。「ある日、予報では穏やかだったのに急に波が強くなり、慌てて資材を撤収したことも」(同)と振り返る。作業員の安全が最優先ゆえ、判断に迷いは許されない。

資材の移動も一筋縄ではいかない。「資材を3日かけて持ち上げるが、予報が出てからでは遅い。4日前に判断する必要がある」と技術者。過去5年分のデータで稼働率を予測したが、天候の不確実性は拭えない。「判断を誤れば資材が波にさらわれる。安全第一で慎重に進めた」と語る。作業員から「早めに決めてくれて助かった」と言われた時は、ホッとした瞬間だった。

スケジュール調整も工夫の連続。週休2日制で28.5%の休工が求められたが、波で作業が止まる週中は土曜出勤で補填。「波が穏やかな時期に集中作業し、高波シーズンに備えた」と技術者。作業員の疲労を考慮し、柔軟に工程を組み替えた。「大変だったが、チームワークで乗り切れた」と胸を張る。台風シーズンの緊張感は、技術者としての責任感を育てた。

3Dプリンターの革命で施工の常識を覆す

岩盤型潜水突堤の模型

潜水突堤の施工で最大の課題は、先端ブロックの設置だった。当初は300ミリのコンクリートパネルをトレーラーで運び、海辺で連結する計画。「だが、高波でバラす必要があり、潜水士の安全に懸念があった」と技術者。シミュレーションで不安定さが露呈し、潜水士からも「このままでは危ない」との声が上がった。計画の見直しを迫られた瞬間だった。

そこで大林組が提案したのが、3Dプリンターによるブロック製作だ。「1台ずつトレーラーで運び、ポンと置くだけで済む形に変更。工期短縮と安全性向上を実現した」と技術者。京浜河川事務所の承認を得て導入し、施工効率が劇的に改善。「作業員からも『これなら安心』と好評だった」と笑う。この革新は、現場の常識を覆した。

製作には建設用3Dプリンターを使用。専用のモルタルをノズルから噴射し、型枠なしで複雑な形状を形成。「縦3対1、横6対1の傾斜を持たせた設計を、3Dプリンターで精密に再現した」と技術者。コンクリートを充填し、トレーラーで運べる重量に3分割。「製作過程を見た時は技術の進化に感動。作業員も『初めて見た』と驚いていた」と語る。台風リスクの高い8月・9月でも施工を進められたのは、この技術の賜物だ。

このアイデアは大林組独自のもの。「3Dデータで形状を検討し、分割方法に意味を持たせた」と技術者。発注者からも「おもしろい」と高評価を受け、インフラDXアワードの優秀賞に輝いた。「国内初の試みを応援してくれた発注者に感謝」と胸を張る。3Dプリンターは、建設業界の未来を垣間見せる革新だった。

ICT活用で働きやすさも確保

ICTの活用も現場の特徴だ。「社内チャットで遠隔やりとりを効率化。3Dデータで施工方法を検討し、リアルタイムで情報共有した」と技術者。単純作業は外注し、書類整理や写真整理も締め切りを設けてアウトソーシング。「現場の負担を減らし、効率を最大化した」と語る。情報の遅れがなくなり、意思決定が迅速に。「事務所と現場がシームレスにつながった」と効果を実感する。

残業規制にも対応。「令和5年度から社内ルールを強化。忙しい時は残業もあったが、ゆとりある時期にバランスを取った」と技術者。若手として残業を覚悟していたが、「先輩から『ムリしないで』と声をかけられ、想像以上に働きやすかった」と笑う。ICTのおかげで、働き方改革も進んだ。「データ共有のスピードが、現場のストレスを減らした」と評価する。

発注者との信頼 挑戦を支えるパートナーシップ

京浜河川事務所との関係は、成功のカギだった。「3Dプリンターの提案時、国内初の試みにもかかわらず『やってみよう』と後押ししてくれた」と技術者。柔軟な対応と新しい挑戦への理解が、現場を前進させた。「立ち会い時間の調整や水中カメラでの品質説明にも協力してくれて、信頼関係を築けた」と語る。

水中作業の品質管理は難題だった。「見えにくい部分は写真や水中カメラで丁寧に説明。問題がないことをしっかり伝えた」と技術者。ある時、水中カメラの映像を見せながら説明すると、発注者が「こんな風に見えるんだ」と驚いた。「信頼を深める良い機会だった」と振り返る。発注者の協力が、技術革新を現実に変えた。

新しいチャレンジだらけの現場で、波や海に関する知識を深める

星原氏にとって、入社2年目の現場配属は、技術者として大きな成長の場となった。「新しいチャレンジだらけで、考えることが多くて大変。でも、初めての経験が楽しく、成長を実感した」と語る。完成までの不安は大きかったが、「無事に終わった時の達成感は忘れられない。天候とチームワークに助けられた」と笑う。

波の管理や海の知識は、現場で深まった。「業者と話しながら海の常識を学んだ。今の施工管理の基礎になっている」と技術者。現在4年目の別の現場でも、西湘での経験が活きる。「やりがいのある現場で、建設業界の可能性を感じた」と胸を張る。

新しい技術の成功を支えた発注者との信頼関係

西湘海岸の工事は、大林組にとって大きな挑戦だった。外海の波と戦い、3Dプリンターで常識を覆し、ICTで効率を極める。京浜河川事務所との信頼関係が、新しい技術の成功を支えた。

「大変だったけど楽しかった。完成の喜びは格別」と技術者は語る。西湘海岸の砂浜が再生する日、技術者たちの挑戦は地域の誇りとなり、日本の海岸保全の新たなモデルとなることが期待される。

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基本的には従順ですが、たまに噛みつきます。
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