福岡大学工学部社会デザイン工学科で景観まちづくりについて研究している柴田久教授にお話を伺う機会を得た。
柴田さんは、土木学会の景観・デザイン委員会のメンバーにも名を連ねるれっきとした土木の先生で、景観やコミュニティ・デザイン、住民参加による公共空間の創出を大きな研究テーマに置き、福岡や大分などの公園や道路、岩手での橋の架替えといった公共空間や土木構造物のデザインなどを手掛けてきた。近年盛んなPark-PFIについても、地元福岡における自治体の事業者選定委員会の委員長を務めるなど、造詣が深い。
景観、公共空間づくりのプロである柴田さんに、土木における景観研究の魅力について、これまでの活動を振り返ってもらいつつ、聞いてきた。
景観は、住民と一緒につくらないと、うまくいかない

柴田 久さん 福岡大学工学部 社会デザイン工学科 景観まちづくり研究室 教授
――柴田先生は土木系の先生ですが、景観まちづくり研究室のHPを拝見したとき、「建築っぽいな」という印象を持ってしまいました。土木の景観まちづくりの研究者になられた経緯を教えていただけますか。
柴田さん 建築のほうがメディアなんかでも取り上げられやすいし、分かりやすいので、若いころは、もちろん建築にも興味がありました。同時に、環境への関心がすごく高まった時代でもあったので、 建築だけじゃなくて、もっと面的な広がりのある「地域や地球規模での環境ってどうなんだろう」みたいなことも、ぼやっと考えていた気がします。
研究者になろうと思ったきっかけは、いろいろあるんですけど、たぶん一番私の中で大きいのは、 早くに亡くなった父親が大学の教員をしていたことですね。父は工学部電気科の先生で、小さいころよく実験室に連れて行ってくれて、実験の様子などを垣間見させてもらっていました。それで、大学の教員、研究者という存在に対する認識というか、憧れとまでは言い過ぎですけど、こういう仕事ってどうなんだろうという興味が芽生えたんです。
それがずっとあって、いざ大学生になったころに、自分試しみたいな感じで、コンペや懸賞論文に応募したりしていました。今考えれば、顔から火が出るくらい恥ずかしい作品や文章ですが、何度か応募していると、佳作とか優秀賞とかに引っかかり始めたんですね。それで「意外とイケるのかな」と勘違いするようになったんです(笑)。その後、当然たくさんの挫折を経験し、その都度、一生懸命勉強して今があるという感じです。
大学教員や研究者は、なりたいと思っても必ずなれる道筋やポストがあるわけではありません。タイミングや運もあるし、 博士課程で学位を取らないといけないとか、いろんなハードルがあります。私の場合は、そういうハードルをなんとなく地道にクリアしていった結果、景観やコミュニティに関わるデザインやまちづくりを研究するという仕事にたどり着いた感じです。
景観や公共空間というものは、やはり専門家だけではなくて、住民と一緒につくっていくほうが、できた後の愛され方や使われ方にも好影響を生み出します。確信とまでは言えないのですが、ふわっとした信じ込み、でも若いときには行動を起こす動機としてはとても大事だと思うんですけど、博士過程では住民参加型まちづくりやコミュニティ・デザインを専門とされる造園学ご出身の土肥真人先生に師事しました。
コミュニティ・デザインにはその当時から興味があったんですけど、分野的にも議論が盛んだったように思います。私の博士論文は「景観の主体と公共性に関する研究」と題し、住民参加型の景観づくりにおける専門家と住民の役割等について執筆しました。
景観は単なるハードの集まりではない

柴田先生が手がけた津久見市湧水めだか公園(福岡大学景観まちづくり研究室提供)
――柴田先生にとって、景観とはなにを指すのでしょうか?
柴田さん 私は、景観を単なるハードの集まりとしては見ていません。そこに暮らしている人の営為というか、ソフトも含めて美しい景観、公共空間であるというふうに考えています。人がどういうふうに暮らしているか、その姿とか、 笑顔で幸せそうな様子であるとか、そういうところも含めて景観を捉えて、良いかどうかなどを考えるようにしています。
その上で、じゃあ幸せな暮らしってなんだろうとか、快適な居場所や利用は?とか、 快適にしている人がそう思える場所の特徴は何か?とか、 そういう関心が研究対象の広がりにつながり、さまざまなタイプの「人」に関する研究が増えていきました。
たとえば、頻発化する災害や今後ますます高齢者が多くなってくる時代に、地域における共助や認知症の人にも優しいまちや公共空間のあり方とはどのようなものか?といった研究などです。
そういうふうに、景観、公共空間や人を中心に、いろいろな事象を大小関係なく研究しています。とくに、どうしても現場主義というか、フィールドワークをしてナンボみたいなところがあって、現場に出かけることが多いのが、年を取ると、なかなか応えてきますねえ(笑)。
――ご研究を拝見すると、大分に縁が深いようですが。
柴田さん 時期的に重なっているだけですけど、ありがたいことに、確かにそうかもしれませんね。大分県庁に親友がいたり、私の教え子が現在、大分の津久見市役所で働いているという縁もあると思います。
以前、私が津久見市に呼ばれたときに、まだ学生だったその教え子を一緒に連れて行き、市の公園設計のプロジェクトを手伝わせたんですね。彼は福岡出身で、津久見とは縁もゆかりもない学生だったのですが、プロジェクトに関わるうちに「津久見市のまちづくりを自分が盛り上げたい」と言って、内定していた会社を辞退して市の職員になることを選びました。
津久見市だけでなく、長崎の五島市など、同じような縁がほかにも続いています。そういう教え子から「手伝ってください」と言われたら、全力でサポートするのは当然ですよねえ?(笑)。

柴田先生が手がけた津久見川周辺整備(福岡大学景観まちづくり研究室提供)
Park-PFIは自治体独自の枠組みをつくれるかが成否のカギ
――福岡でもいろいろなプロジェクトに関わられていますね。先日、Park-PFIの関係の動画ニュースでお見かけしましたが。
柴田さん そうですね。福岡県のPark-PFI制度を使った事業者選定委員会の委員長はたくさん関わらせていただいています。たとえば、大濠公園や西公園、天神中央公園などです。私の専門とする景観や公共空間のデザイン領域としても都市公園はとても重要な場所だと思っています。
――近年Park-PFIが盛んですが、Park-PFI導入に際し、柴田先生がポイントにしていることはありますか?国が定める枠内であれば、なにをやっても良い感じなのでしょうか?
柴田さん 枠内であれば、 なんでも良いとおっしゃったんですけど、 まさに、その枠を自治体がどうつくるかが一番大事だと思っています。私がPark-PFIに関わるときは、どこを対象に公募するのかとか、どこまでを誰が整備するのかとか、という枠組自体も、最初に行政の人と一緒に練り上げるんですよね。
より良い事業者を募るためには、この条件をクリアにし、枠組み自体を洗練化させるというか、しっかり議論しながら詳細にわたり内容を詰めておくことがPark-PFIの成否に関わるカギだと考えています。
なので、どこかの自治体の公募要項をコピーしてきて、自分のところの公園に当てはめるような作業は注意しますし、あとから痛い目に遭うリスクも増えると思っています。
さらに大事なのは、サウンディング、市場調査ですね。最近は経済状況自体が目まぐるしく動いているので、読みにくくなっていますけど、これをどれだけしっかりやれるかで結果は大きく変わってきますよね。
懸念材料は、やはり人手不足ですよねえ。事業者も建設技術者も人が足りていないので「Park-PFIに手を挙げたいけど手が回らない」という話をいろんな会社さんからよく聞きます。
トイレなどの施設デザインもやったけど、あくまで公共空間デザインが私の専門

柴田先生が手がけた警固公園(福岡大学景観まちづくり研究室提供)
――公園で言うと、警固公園のリニューアルにも関わられていますね。
柴田さん ええ、10年以上前のプロジェクトですけど、再整備事業、いわゆるリニューアルのデザインをやらせていただきました。
リニューアル前の警固公園、とくに夜は、木々が鬱蒼とし、死角や暗がりも多く、オヤジ狩りなんかが起きる、治安の悪い寄りつきがたい公園でした。そこで、福岡市が警固公園を安全にする再整備プロジェクトを始められて、私も最初はアドバイザーとして加わったのがきっかけだったと記憶していますが、最終的に公園のデザイン、基本設計および舗装などの石材選び施工終了に至るまでの全体デザイン監修に携わらせていただきました。
――建築っぽいお仕事ですが、建築ではないんですよね。
柴田さん 違います。私は建築自体の設計はやりません。建築の教育は受けていませんし、15年くらい前に一度、トイレの外観デザインをやったことがありますが、基本的には、広がりのある面的な公園とか街路とか、土木に関わる構造物など、あくまで公共空間、インフラストラクチャーに対するデザインが私の専門です。