猛暑が常態化し、熱を溜め込むコンクリートジャングルと化した現代の都市空間。その過酷な環境課題に対し、一見意外なアプローチで挑む企業がある。線路メンテナンスで国内トップシェアを誇り、「交通インフラメンテナンスのリーディングカンパニー」として知られる東鉄工業株式会社だ。
点群データやAR/VR、5Gを駆使した施工DXの最前線を走る同社だが、売上の主軸である線路事業や土木・建築工事と並行し、現在猛烈な勢いで注力しているのが「環境事業」である。
その領域は多岐にわたる。屋上緑化では、断熱による省エネやヒートアイランド現象の抑制を狙い、「超軽量・省メンテ・厳しい条件下への適応」という現場を知り尽くした実務的な強みを凝縮。また、壁面緑化ではJR東日本グループのパートナーとして豊富な実績を持ち、JR信濃町駅での「アロマステーション化」など、利用者の心理的ストレスにまで踏み込んだ象徴的なプロジェクトも手掛けている。
直近では、東京都が推進する「東京グリーンビズ」のコラボレーションパートナーにも登録。都市部の大規模プロジェクトや公共施設改修での仮囲い緑化で着実に実績を積むほか、「全国都市緑化かわさきフェア」では独自の壁面緑化技術「トスラシステム」が「みどりのサステナビリティ賞」を受賞するなど、その高い技術力は外部からも熱い視線を集めている。
線路工事でナンバーワン、ゼネコンとしてオンリーワンの存在感を放つ東鉄工業。彼らが目指すのは、単なる「建物の植栽」という枠を超え、「都市環境の改善」と「鉄道インフラの付加価値向上」を両立させるしたたかな戦略だ。都市とビルの緑化を牽引する東鉄工業の環境・技術開発本部 環境事業部長、木村尚弘氏にその真髄を訊いた。
鉄道省のDNAを受け継ぐ東鉄工業が、「緑化」を新たな事業の柱に据えるまで
――東鉄工業といえば、やはり「鉄道」の印象が強いですが、改めて事業の全体像から教えていただけますか。
木村氏 当社は1943年(昭和18年)7月に、当時の鉄道省(現在の国土交通省にあたる組織)からの要請を受け、鉄道の保持・強化を目的として関東地方の鉄道工事業者が企業合同を行って設立された「東京鐵道工業株式会社」がルーツです。その後、1952年に現在の商号へと変更し、今に至ります。
私たちは鉄道関連工事で培った高い専門的技術力を活かし、本業では国内最大の鉄道線路メンテナンス工事シェアと大型保線機械の保有台数を誇っています。まさに線路保全を通じて鉄道の安全・安定輸送に貢献しており、売上高全体の7割がJR関係の工事です。
ただ、仕事は線路事業だけではありません。線路に付随する高架橋やトンネルなどの土木工事、駅周辺の建築工事のほか、民間工事でもマンションや倉庫などをカバーしています。そして、規模はまだ小さいながらも、それに続く新たな柱として「環境事業」を東日本一帯で展開しています。
――圧倒的なシェアを持つ鉄道関連事業から、なぜ「環境事業」にも着手したのでしょうか。
木村氏 実際に社を挙げて環境事業を本格化したのは2006年です。経営企画本部の中に環境部署を設立し、2008年には当時の代表が「全社的にCO2対策へ取り組む」と号令をかけました。
当時はまだ具体的な商材の検討段階でしたが、2023年に機構改革を実施し、環境戦略部と技術開発部を統合して「環境・技術開発本部」を新たに立ち上げました。従来は自社内のCO2対策や現場の環境美化が中心でしたが、体制が整ったことで、外部のお客様へ具体的な商材を提案する「稼ぐ事業」としていよいよ本格稼働し始めたんです。
東鉄工業が手掛けた上野駅公園口での壁面緑化
――当時、環境強化を打ち出した具体的なきっかけはあったのでしょうか?
木村氏 聞くところによると、JR東日本がCO2削減に強い関心を寄せており、当社としても足並みを揃え、貢献していく必要があったとのことです。そうした中で、国土交通省や環境省関連の研究会に加盟し、屋上緑化において「苔は軽量で非常に有効である」という知見を得たことが、環境事業が本格的にスタートする大きな鍵となりました。
表面温度に27℃の差。データが裏付ける壁面緑化の輻射熱対策
――苔の知見からスタートした環境事業ですが、現在展開されている具体的なソリューションについて教えてください。
木村氏 緑化事業をはじめ、暑熱緩和対策施設、石綿除去、太陽光発電、建物ZEBプランニングと幅広く展開しています。具体的な商品としては、オリジナルの壁面緑化「トスラシステム」、屋上緑化では苔を用いた「トモスシステム」や「常緑キリンソウ」、そして屋外空間向けの暑熱緩和対策「木陰のトンネル」などを提案しています。
こうした技術の応用は多岐にわたり、実は熱田神宮の「東屋」に設置するなどの実績にも繋がっています。熱田神宮の深い森の緑に溶け込むような、質実剛健かつ優美な造りが特徴です。また、当社の現場では10年前から仮囲いの壁面緑化を試行してきましたが、2025年度からは外販を本格的に開始し、都内でも既に導入現場が出てきています。
――主力商材の一つである壁面緑化「トスラシステム」はどのような技術ですか?
木村氏 「アルミ押出型材(ベースレール)」「植栽バッグ」「自動灌水システム」の3つで構成されたシステムです。土台となるアルミ型材は水平ラインを強調したシャープなデザインで、植物がない状態でも建築物として美しく見えるよう設計しています。そこに特殊な不織布で培養土を包んだ植栽バッグをレールに差し込み、レールの内部や背面に隠したチューブでタイマー制御の自動灌水を行う仕組みです。見た目を損なわず、土の飛散も防ぎながら最適な水やりを実現しています。
JR信濃町駅に採用された壁面緑化「トスラシステム」
この独自の構造によって壁面の確実な緑化が可能となり、高い環境改善効果を生み出します。夏の屋外は過酷な暑さですが、実は直射日光以上に、建物からの輻射熱が体感温度を押し上げています。JR信濃町駅のタクシー乗り場でヒートアイランド抑制効果を計測したところ、緑化の有無で表面温度に「27℃」もの差が生まれました。日差しだけでなく、建物からの反射熱をいかに抑制するか。その有効性を実証データとして明確に確認できました。
ヒートアイランド抑制の仕組み
――データを裏付けとした機能性が評価されているんですね。
木村氏 ええ。様々な研究会や外部団体に加盟する中で、光栄なことに賞をいただくケースも増えています。たとえば、公益社団法人日本アロマ環境協会へ提案した「JR信濃町駅 アロマステーション化プロジェクト」は、2012年度に同協会賞を受賞しました。環境省が支援する「みどり香るまちづくり」企画コンテストでも、2016年度に審査委員特別賞をいただいています。
このプロジェクトは、地域景観の改善に役立つ緑化に加え、香りの効果がある植物を植えることで、視覚・嗅覚・触覚を一体とした知覚環境の改善を目指したものです。とくに信濃町駅の利用者の特性を考慮し、心理的ストレスを緩和する香りを演出しました。特殊緑化技術を導入し、香りの拡がりや緑視率の向上にも配慮しています。
また、トスラシステムのCO2吸収量について千葉大学と共同研究を行い、壁面緑化の植物による炭素固定量について緑化工学会で発表し、CO2削減効果を数値化しました。
――外部からの評価が高まることで、ビジネスへの波及効果もありましたか?
木村氏 大きな後押しになり、本格的に「トスラシステム」の外販に乗り出しました。現在では、ビルオーナー様の環境への取組みを象徴するアイコンとして、あるいは都市緑地法の必要面積を確保する手段としてご提案しています。 実は東鉄工業の受付にも設置しているのですが、エントランスを緑でシンボリックにデザインすることで、建物の付加価値は大きく高まります。植物育成用のLED照明を併設すれば自然光が入らない空間でも生きた植物を設置できますし、自動灌水システムにより年間を通して水やりをプログラム制御できる点も強みです。
実績も着実に積み上がっておりまして、上野駅公園口や武蔵溝ノ口駅、四ツ谷駅のほか、川崎市の緑化フェアでも展示を行いました。そのご縁で、富士見公園のパークセンターや、2023年に完成した川崎市本庁舎のアトリウムにも導入いただいています。
また、JR上野駅の「パンダ橋」で開催されたイベント「パンダバシピクニック2024Autumn」では、トスラシステムを4基設置しました。水のない場所でしたが、給水タンクとソーラー駆動の自動灌水で対応しました。半年間の設置期間中、SNSでも「花がかわいくて、いい取組みだ」とご好評で、終了後にお花を配布した際も多くの方が喜んで持ち帰ってくださいました。
パンダ橋に設置していたトスラシステム
――施工や維持管理の面で、今後の課題はありますか。
木村氏 現地の状況に合わせて設置方法や最適な草花まで一つひとつ検討しているのですが、現在は環境事業部の社員10名が営業から施工・維持管理まで全てをこなしている中で、引き合いが増えると自社のみでは限界もあり、外注化も模索中です。当社が製品とノウハウを提供し、販売や施工はパートナーの代理店様が担当されるような体制を整備できれば、より理想的だと考えています。
芝生ではなく「苔」を選ぶ理由。現場発想で生まれた超軽量・無灌水システム
――壁面だけでなく、建物の屋上緑化にも独自の強みをお持ちですね。
木村氏 屋上緑化には、苔を利用した「トモスシステム」を展開しています。これは天然の雨水のみで育つため、無灌水での緑化を実現しており、水道設備の引き込みすら不要です。年1~2回の点検を行い、必要に応じてメンテナンスをご提案するだけで済みます。
また、コンクリートの屋上だけでなく折板屋根にも使用できるほど軽量で、建物への荷重負担を大幅に軽減できるため、事業主様のコスト負担が従来の製品より圧倒的に軽いのが特徴です。厚さ数センチの軽量ユニットを並べる工法が主流ですので、既存の建物への後付け施工も容易に行えます。
豊海振興ビルの屋上事例の苔緑化の「トモスシステム」
――苔を活用するというアプローチがユニークですね。
木村氏 苔は1年に数ミリしか成長しないため、時間が経過しても見た目が崩れません。河原にあるような苔とは異なり、高品質で安定した「スナゴケ」を専用の「苔栽培ほ場」で計画的に生産しています。暑さに強く乾燥を好む特質があり、水やりや施肥、刈り込みも必要としない、まさにローメンテナンスなシステムとなっています。
屋上への設置は防水層の紫外線劣化軽減に繋がるほか、断熱効果による熱負荷の低減で、建物内空調の省エネ効果を強力に発揮します。都市緑地法や自治体の緑化条例の必要面積を確保する手段としても有効で、設備機器の目隠しとして壁面緑化と組み合わせ、屋上空間を機能的かつ美しく彩るケースも好評です。
――屋上緑化というと、一般的には「芝生」のイメージです。
木村氏 実のところ、過去には芝生でトライアルをしましたが、施工費や維持費などのコスト面では太刀打ちできませんでした。そこで、イニシャルコストを抑えられ、維持管理の手間もかからないスナゴケに行き着いたのです。
工法は主に2種類あり、ビルのコンクリート屋根に接着剤で直張りする「トモス接着工法」と、駅や工場、駐車場などの折板屋根(金属板を波型にした屋根材)にメッシュパネルとシートを組み合わせる「メッシュパネル工法」です。この両工法を用意したことで、ほぼあらゆる屋根に対応できるようになりました。
「トモスシステム」のスナゴケ
――その「メッシュパネル工法」は、どのような現場で強みを発揮しますか?
木村氏 敷地いっぱいに倉庫や工場を建てたいとき、地上に外構緑地を設ける余裕がないため、緑地面積を屋根に移管する現場などで重宝されます。とくに、人が登ることがなく、手入れもほぼ行わないセッパン屋根には同工法が最適であり、物流施設等でも多く採用されています。おかげさまで、屋上緑化全般の採用実績は現在までに約1万㎡に達しています。
――屋上緑化の提案は、デベロッパーやビルオーナーからの直接のオファーも増えているのでしょうか。
木村氏 当社の建築設計部が建物を設計する際、セットで提案する事例ももちろんありますが、それとは別に、他社のゼネコン様やデベロッパー様から直接オファーをいただくケースも増えており、緑によるCO2削減と、憩いの場を確保したいという機運が高まっているのを感じますね。
CO2削減については和歌山大学と共同研究を行い、スナゴケの成長度合いと炭素固定量を算出し、確かなエビデンスとしてご提出しています。この成果が認められたことに加え、断熱効果という明確な「環境面での実利」があるため、より引き合いが強くなっています。
――経済的なメリットも大きそうですね。
木村氏 ええ。とくに、当初から屋上緑化を検討されていた施主様へのご提案は、VE(バリューエンジニアリング)に直結します。最初の図面が「芝生による緑化」であっても、トモスシステムに切り替えることで整備コストや将来の維持費が半分で済むとなれば、事業主様にとって非常にメリットの大きい提案になります。
――具体的な導入事例を教えてください。
木村氏 東京・江東区の豊海振興ビルの屋上事例があります。展示会で当社のシステムに関心を寄せられたのがきっかけです。屋上の半分が広場で、残りの半分が室外機置場という構成でしたが、広場にコケ緑化を設置しつつ室外機周辺の味気ない目隠しルーバーを壁面緑化で囲い、景観を向上させました。
“涼”と“美”を両立させる「木陰のトンネル」
――建物そのものの緑化だけでなく、屋外空間を快適にする「木陰のトンネル」というアプローチも手掛けられていますね。
木村氏 「木陰のトンネル」は、ゆらぐ木をイメージした木製アーチにネットを張り、つる性植物で強い日差しを遮るもので、2022年度にはウッドデザイン賞も受賞しました。アーチ状のフレームには岩手県産カラマツの積層材を使用しており、こちらも自動灌水システムを導入しているため、水やりの手間はかかりません。
トンネルについても、各種研究会で新たな可能性を模索する中、2017年に調布駅で試行設置したところ非常に大きな手応えを感じました。その後、2018年にお台場で行われた国交省の「自立型緑化設備」公開テストを経て、その高い遮熱・冷却効果が公に認められたという経緯があります。
――実際に導入された場所での反応はいかがですか。
木村氏 代表的な活用事例が、2019年のラグビーワールドカップ開催を契機に、来場者の暑さ対策として導入されました日産スタジアムに隣接する「新横浜駅前公園」や、立川市にある昭和記念公園です。ここでは「緑とミスト」の相乗効果を発揮させています。日射を遮る植物に加え、微細ミストを併設することで、蒸発時の気化熱が周囲の温度を下げ、体感温度を大幅に低減させました。スタジアムへ向かう観戦客の皆様に、心地よい「緑の陰」と「涼感」を提供できました。
新横浜公園周辺における緑化による暑熱緩和対策
また、朝霞市の「シンボルロード(中央広場)」での活用は、市を象徴するメインストリートの価値向上と、市民の健康を守る実用的な暑さ対策の両立を目的としています。単なる通路としての「トンネル」に留まらず、居心地の良い空間であることを強く意識した設計です。冬の夜間には朝霞市が設置したLEDでライトアップされ、3次曲線の複雑な形状が光を反射し、昼間とは全く異なる温かみのある「光の回廊」へと姿を変えます。
朝霞市シンボルロード中央広場(木かげのトンネル)
こちらの木陰のトンネルは川崎市の「等々力緑地」にも採用されました。
仮囲いを「無機質な壁」から「みどりの回廊」へ
――建設現場につきものの「仮囲い」を緑化する取組みも、都市景観を変える面白いアプローチですね。
木村氏 元々は自社の現場で、近隣への配慮やコミュニケーションツールとして採用したのが始まりです。単なる無機質な壁よりも植栽がある方が、暑熱対策にも効果的だと考え、社内での活用を経て外販へと踏み切りました。他社のゼネコンによる再開発現場でも引き合いが増えています。こちらも自動灌水設備を搭載しており、水やりの手間はかかりません。ちなみに、公共工事では周辺環境対策の評価項目として、加点の対象にもなります。
都内の現場で採用された、仮囲い壁面緑化
――最後に、今後の環境・緑化事業の展望をお聞かせください。
木村氏 今後は自社での直接販売だけでなく、リース業界等との提携も視野に入れています。仮囲い用のフラットパネルを扱う業者様が代理店となり、ゼネコン各社へ営業をかけていただく仕組みができれば、よりスピーディーに広く普及していくはずです。また、当社は東京都の政策指針「東京グリーンビズ」のコラボレーションパートナーに登録しており、大規模プロジェクト等での仮囲い壁面緑化を通じて、都市の緑化に直接的に貢献していきます。
私たちの根底にあるのは、「緑が豊かな都市の方が、人間的にもゆとりが生まれる」という思いです。周囲に緑があれば仕事の効率も向上しますし、心にゆとりが生まれ、柔らかな人間関係が進展するものです。そのためにも、単なる表面的な緑化に留まるのではなく、誰もが思わず近寄りたくなるような「みどり」を都市の中に形にしていきたいですね。

